2020.09.22

私と猫の歳時記白露のころ

私と猫の歳時記
我が家の5人猫と味わった四季
白露のころ

井上靖と言う作家がこの比良に新しい世界を感じるという
内容を比喩的に描いている。
「ああ、ここだけは魔物たちの毒気に侵されていない、と
鏡史郎は思った。小鳥の声と、川瀬の音と、川霧とに迎えられて、
朝はやってくる。漆黒の闇と、高い星星に飾られて、夜は訪れる。、、
さゆりはここで育って行く。
、、、レジャーなどという奇妙なことは考えない安曇乙女として
成長していく。とはいえ、冬は雪に包まれてしまうかもしれない。
が、雪もいいだろう。
比良の山はそこにある。、、、さゆりは悲しい事は悲しいと感ずる
乙女になる。本当の美しいことが何であるかを知る乙女になる。
風の音から、川の流れから、比良の雪から、そうしたことを教わる。
人を恋することも知る。季節季節の訪れが、木立ちの芽生えが、
夏の夕暮れが、秋白い雲の流れが、さゆりに恋することを教える。
テレビや映画から教わったりはしない」

チャトも仙人猫と四方山話をしている中に、ふとこのような想いを
感じる。それは猫だからか、本来は人間が感じるべきことなのだが。

季節は白露、ようやくこの言葉を感じる季節となった。
夏が追い払われ、秋の気配が深まる頃となり、山間の野草にも露が
宿り始める。寒さや暑さだけでなく、ささやかな自然の変化にも
季節の移り変わりを見る。期間としての意味もあり、この日から
次の節気の秋分前日までである。
大気が冷えてきて、露ができ始めるころ。「暦便覧」では、「陰気
やうやく重りて、露にごりて白色となれば也」と説明している。
中々に風情のある季節名である。
この時季に迎える重陽の節句は、平安から、延年を祈る菊花宴や
菊の香りを移した菊酒の習慣がある。別名、菊の節句とも言う。
まずは、草露白(くさのつゆしろし)九月七日頃
草に降りた露が白く光って見える頃。朝夕の涼しさが際立ってくる。
秋の七草(萩、すすき、葛、なでしこ、おみなえし、藤袴、桔梗)
を愛でる。
「秋の野に咲きたる花を指および折り かき数ふれば七種ななくさの花 
山上憶良」
さらに進めば、鶺鴒鳴(せきれいなく)九月十二日頃
鶺鴒せきれいがチチィと鳴き始める頃。せきれいは日本神話にも登場し、
別名は「恋教え鳥」。梨が美味しい。オシロイバナ(夕化粧ともいう)
がひそやかな美しさで庭に咲く。 
最後の候は、玄鳥去(つばめさる)九月十七日頃
燕が子育てを終え、南へ帰っていく頃。隣で啼いていた仔鳥たちも
いつしか素早く飛び回っていたがそれも見納め。秋なすの焼き具合が気になる。

風雲や時雨をくばる比良おもて  大草
名月やひそかに寒き比良が嶺   歌童
宿りするひらの都の仮庵に
 尾花みだれて秋風ぞ吹く     光俊朝臣

ママがこの季節になると思い起こすようだ。
宝石の琥珀を彷彿とさせる美しさに封じ込めた和菓子の宝石琥珀は
菊花の花びらを幾重にも重ね、その可憐な姿とかたどった目にも
可愛らしくその上品な甘さの中に広がる紫蘇、小豆、抹茶
それぞれの風味が嬉しい、と。
食べ物も美味しくなるが、この季節になると、我が家の五猫衆を
はじめ家に蟄居の老人や家々の猫たちも、ノンビリと街内をめぐること
が多くなる。
そしてあらためて街を知る事となる。
家もその住む人と同じく様々な顔を持つ、猫たちはそう思った。
コンクリートで全てが覆いかぶさられたような無機質な顔の家、
白いコンクリート塀と枯れ木の如きハナミズキが一つのみの殺風景な庭、
その佇まいの単調さから清潔と言うよりも人の気配のない家。
多分この家の人は冷めた心の持ち主なのであろう。
その三軒隣りは、多くの老いた木々が家を占拠している。家の佇まい
は消し去られ、桜、百日紅、樫、梅の木、ゴールデンクレストなどの
木々が生茂り緑の衣となり、それらの足元には五月、ツツジ、
雪柳などの小粒の花が多くの色で取り囲んでいる。
木々は自然体で伸びやかに育ち、四季折々の草花がこの小さな世界
で自分たちの命を咲き誇っている。ここの主は、ジーパンにTシャツ
でノンビリと日々を過ごしているのであろう。
瓦葺の屋根が重々しく月や陽に照りはえ、すべてを飲み込み囲む黒板塀、
夜の闇にほのかな光がわずかにさす家には老夫婦がひっそりと住んでいる
のかもしれない。
色褪せた家の壁、庭には雑草が生茂り黒く朽ち落ちたベランダが
無残な姿をさらす。自堕落な人がそこにいるような思いにもかられ、
中年のオッサンが無精ひげを伸びるがままにして過ごす姿が垣間見える。
とても清楚な女性が居るとは想像できないであろう。
赤い瓦に黄色の壁の派手やかな家の造り、緑の芝生に小さな茶色煉瓦
の花壇、そこに芽を出している黄色のチューリップの群れ、ここは若い
夫婦がまだ始めたばかりの愛の巣なのかもしれない。
また、広い庭にただ存在するのが好みだ、という風情のこじんまりした家
もある。広い芝の庭の周囲は茶色の板塀が二つほど長く延びており、
後は何もない。緑の絨毯に黒い箱がポツネンと置かれている、
そんな風情の家にナナは気を引かれた。

街を囲むように続いている細く続く散歩道から一歩山側に足を
踏み入れれば、そこは人の影が見えない世界である。鬱蒼たる笹の葉
におおわれた地面にいくつもの木が寄り添い、多くのつる草を身にまとい、
薄暗き別の世界を作り出していた。
ナナはそんな後景が間際まで寄せている家の広い庭を横切り、
まるで自分の家のような風情で開いている大きなガラス戸の一つから
中に入って行く。
ナナは浮いて漂い始めていた。この家に入るのは、二回目である。
昔はよく先輩のトトの後をついてよく人様の家にお邪魔したものだ。
その部屋は、ナナの部屋のように直接湖に面しては居ないが、
三つの異なった方角から、即ち山側の一角と、中庭と、道路とから、
外の明かりを受ける様になっており、かざりつけもナナの部屋と違って、
金銀の細線を配し薔薇色の花模様を刺繍した何脚かの肘掛椅子がある。
そうした装飾からは、気持のいい、すがすがしい匂いが、発散して
いるように思われ、部屋に入るときにいつもそれが感じられるのであった。
さらに一日の様々な時間がそこに集った。
異なった向きからはいってくるさまざまな光は、壁の存在を消しさり、
ガラス戸棚にうつる庭の木々の反射と並んで野道の草花を束ねたような
色取りの美しい花瓶を浮き立たせた。飛び立とうとする光線は、
ふるえながらたたまれた温かい翼を、内壁にそっと休ませ、
太陽が草蔓のからんだように縁取っている小さい中庭の窓の前の、
白く輝く四角な絨毯を温かく包み込んでいく。
さらに光りの群れは、肘掛け椅子からその花模様をちらした絹
をはがしたり飾り紐を取り外したりするように見せながら、
家具の装飾の魅力や複雑さを増していく。丁度そんな時刻に、
横にあるその部屋は、外光の様々な色合いを分散するプリズム
の様でもあり、ナナの味わおうとしているその日の甘い花の蜜が、
酔わすような香気を放ちながら、飛び散るのがまざまざ
と目に見える。それは、蜜蜂の巣の様でもあり、銀の光線と
薔薇の花びらとのふるえおののおく鼓動の中に溶け入ろうとしている
希望の花園のようでもあった。いつもこの部屋にくると人間の
装飾とはいえ、ナナにとってなぜか落ち着ける場所であったし、
この時期のまだ強さの残る光の中では、衰え始まった身体にとって
癒しにもなった。体が光の中に浮遊し、花びらの中に漂う姿を
思い描くだけで、心が静まった。
まだこの家の棲み人とは会ったことがない。しかし、ナナは分かる、
その彼女を。彼女は細面の顔に薄紅いベージュを引いているが、
やや薄蒼さに満ちた顔の白さが一段とその紅さを際立たせていた。
若葉の影が彼女のうしろの壁にうつって、薄いピンクのブラウスに
やわらかい反射があるように思える。頭の後ろで引きつめた髪も
黒く光っているようだ。黒く一直線に引かれた眉毛が小さく光る
眼差しを一段と強め彼女の強気の側面を描き出している様でもある。
その髪を解けば、黒髪が肩まで伸び、白いチュニックを着ている
彼女はその細さを一段と強め、ほのかな日差しの中では朝顔の花
のようであり、細く伸びた蔓の上に咲く数輪のピンクの柔らかさが
朝露の清楚さとともにそこにある。
そんな彼女なのだ。
ナナは、自分の魅力をどう人間に上手く見せるか、を頭では分かっていたが、
トトやライと同じようにはできなかった。猫族としてのプライド
が許さなかった。しかし、飼われた家を自分なりに動かし、
自分の思いとおりにするには、家人に如何に自分をアピール出来るか
に懸かっている。そのしぐさ、表情、顔や身体の動き、その全部を
使って自分の魅力を輝かせることが必要となる。
例え、それが、少し衰えの見えた毛並であろうと黒い縞のある典型的な
雑種の姿であろうとも、快活で愛嬌があり、人好きな面白さを
持っており、愛と人間が呼ぶ不思議な感情を引き立たせ、お前は可愛いと、
言わせる存在となることが、家猫の宿命であるのかもしれない。
が家の主人もママも、大分前から「この子はだめね、この人の食事は、、、」
と言うのがごく自然になっている。猫族にとって、この段階と成れば、
凄く好都合で、何事も我々のペースとなる可能性は高い。
既に、彼らにとって子供であり、友達でもあるのだから。そして、
人間は自分たちの感情や想いを何か形あるものから受け取りたいと
言う気持が強いのだ。ナナは、悩んでいた。
「ここの人ってどんな人なんやろ、猫嫌いだったどないしよう」
「二軒先に世話好きの白猫のおばあさんがいるし、少し聞きに行かんとあかんかな」
「この家に住むんだったら、もう少し愛想いい猫にならんとあかんし、
そんなことできるんやろうか、ほんま、ややこしいわ」
愛想のいい猫がどんなものか、想像ができないが、本気でこの家に住もうと
思っているナナであった。

2020.09.05

私と猫の歳時記処暑のころ

私と猫の歳時記
我が家の5人猫と味わった四季
処暑のころ

今は、処暑(しょしょ)といわれる季節である。暑さが峠を越えて
後退し始めるころとされ、「暦便覧」では「陽気とどまりて、初めて
退きやまむとすれば也」と説明している。
暑さもようやく峠を越え、ここの風景も少しずつ秋の装いを帯びてくる。
とはいうものの、相も変わらず35度以上の猛暑、酷暑の日々が続いている。
でも、秋色が少しながら眼につく。辺りでは草木が黄色く色づき始め、
いつのまにか日の出が遅くなったことを知る。まだ明けきらぬ朝に、少し早い秋を見る。

二百十日、二百二十日とともに台風襲来の特異日とされているようだが、
最近はスーパー台風とも呼ばれる風速80キロの強烈な風と雨が襲ってくる。
いつもであれば、暑さもようやく峠を越え、志賀の風景も少しずつ
秋の装いを帯びてくる。でも天の神は、中々に手強い。最近はいつまでも
暑さが続く。さすがの猫たちもこの暑さでは、ノンビリといつもの
昼寝が出来ないと見てか、全員朝から仲良く枕を並べてお休みのようだ。
チャトは例の如く、大の字になり、恥ずかしげもなくそのおちんちんを
天井に向けて寝ている。また世界を征服した夢でも見ているのであろうか、
それとも可愛い彼女との甘い逢瀬を夢見ているのであろうか、
いずれにせよ何やら楽しそうな姿をしている。
猫たちが心地よい夢から醒めると、主人と隣町の小田さんが何やら
嬉しそうな雰囲気で話をしていたが、やがてそれは思いがけない光景となった。
いつもの如く、小田さんはその丸い体と顔を絶え間なく揺らしていたが、
突然、小田さんの顔に赤みが差し、次第に顔全体がゆがみ始めた。
目尻は下がり、目が潤んでいるようにも見えた。半開きとなった口からは、
訳の分からない単語が発せられ、息苦しそうにも見える。幾筋もの汗
が額から頬を伝い、顎を濡らしながら、床に落ちていく。すーと落ちる
その水玉が外からの光りにきらりと輝く。
身体が浮き立つようにゆらりと揺れた。やがて、自分で自分にで納得
させるかの如く、何度もうなずき、座り込んでしまった。今の彼には、
何も見えないのであろう。たとえ、そこに死体が転がっていようと、
それさえ分からないのかもしれない。そこにお金が転がっていようと、
ただの紙切れと思うかもしれない。もっとも、その紙切れの存在
すら見えないかもしれない。
彼は、喜びと言う表現を最大限にしているのだ。何で、との思いは
あるものの、チャトはじっとその光景を見ていた。主人とのつながり
から人間の行為の不思議さには慣れていたが、いまだその本当の
ところは分かっていない。身体と言う見えるものに対しての認識
はできるが、その心と人間が呼ぶ見えないものには理解が及ばない。

仙人猫によれば、その見えない心を喜怒哀楽と呼ぶそうだが、それが
人間としての最大の欠点と言う。猫族では、全く不要な感情なのだとも言う。
でも、目の前のこの不可思議な行為を見ていると、中々に楽しいものである、
とチャトは最近思うようにもなった。猫たちの行為は怒りと言う、
尻尾と体の毛を逆立て、牙を剥く、だけである。この単純な表現にチャトは飽きていた。
自分も、彼のような喜びという感情を身体全体で表したいとも思っていた。
小田さんは、盛んに主人の手を握り、「よかった、よかった」と繰言のように
言葉を発している。一度、主人と手を握るのも楽しいものだ、と思うチャト。
やがて、小田さんは何度もお礼を言って帰っていった。
「あの人何であんなに喜んでいたん。わしにはようわからへん」
「まあ、人間世界のつらいとこだね。ややこしい契約をして悩んでいた
ようだけど、話している間に何か気が付いたようだね。猫世界はいいね、
そんなことないし」
チャト、ようわからんけど、小田さんの姿を思い出し、ともかく納得。
家の中には、しばらく静寂が支配したが、チャトは何か自分もよいこと
をしたような嬉しい気持になっていた。
もっとも、それは彼の全くの誤解ではあるのだが。チャトはこの暑さを
忘れるほどに嬉しかった。

主人とチャトとライがいた。
この小高い丘から街一面が見える。よく見るとこの丘と反対にあるこんもり
した姿の森の間からは、夕陽にそのきらめきを見せる琵琶湖が家々の上
に浮かぶような形で垣間見られた。家々は西から一直線に指す光りを
浴びて、紅く燃えているようだ。
黒や茶色の屋根が幾重にも重なり東の彼方に消えていく。
様々な形で甍の波がこの静かな街に漂っている。蒼い空と屋根の重なり
が少しづつ色を失いつつ、やがて来る暗闇の時に合わせるかのように
徐々にその景観を整えている。夕暮れがその涼しさを呼んでいるかの
ように風が頬を伝わっていく。
主人は、もう十七年か、と思った。ここへ移住して来た時見た派手やかな
甍の波の記憶は薄くなっていたが、これほどの連なりになっていたのを
あらためて見た思いであった。そして、夕陽の先を見れば、
うす赤く染まった中に比良山がその稜線を黒く引き、いつも見る姿とは
違うようにも見えた。数羽の鷹であろうか、その赤薄い空の中をこちら
の森に悠然とした体で、飛んでくる。丘の後ろの森に数本の高い杉の木
があるが、そこが棲家なのかも知れない。よく見れば、その森も杉を
中心にまばらな木々の群れとなり、以前と比べて小さく萎んだ形に
なっているような気がした。鬱蒼とした木々の塊りではなく、
木々それぞれがその姿をさらした姿となり、その間を落ち行く陽射し
が数状の光りとなってこの丘にも届いていた。
丘には、黄色やピンクの名も知らぬ小さな花々がそれぞれの色の群れ
をなしており、数羽の雀がなにやらつまびやかにさざめきながら
群れていた。

下から見上げる黒い瞳があった。ルナである。若気のなせることか、
「黒い旋風」の名の如くよく動き回る。夕刻には、運動を兼ねて彼女と
主人は、ここに来る。時によっては、チャトがルナの行動を監視しながらも、ついてくる。
「主人はなんで突っ立ってんね。はよう、ボールをほって欲しいわ。
そのためにわてはここにいるんやから」
と声にならない声をルナは発している。
人間の感傷とやらは、犬でも猫でも理解できない。多分、チャトを除いては、
そうなのだ。チャトが少しはなれた茂みから、
「あんたも焦っては行けんわ」
「もうすこし我慢しおし」
「そろそろ主人も投げる気になったみたいや」
とルナにご託宣している。
とは言うものの、チャトは、
「あんた、なんでそんなに一生懸命にボール取りに行くねん。犬族は無駄な事をしますな」
とも思っていた。

2020.08.24

私と猫の歳時記立秋のころ

私と猫の歳時記
我が家の5人猫と味わった四季
立秋のころ

早いもので、既に立秋である。初めて秋の気配が現れてくる頃とされる。
だが、その気配は微塵もない。人も犬猫もただこの猛暑に天を恨むだけ、
もっとも、我が家の犬のルナは寒さに強いが、暑さにはさっぱりだ。
外に散歩しようと誘うが全く動かない。
「暦便覧」では「初めて秋の気立つがゆゑなれば也」と説明している。
夏至と秋分の中間で、昼夜の長短を基準に季節を区分する場合、
この日から立冬の前日までが秋となる。暦の上ではこの日が暑さの
頂点となるという。
翌日からの暑さを「残暑」といい、手紙や文書等の時候の挨拶
などで用いられる。秋の気配を感じ始めるとは言うものの、
実際は一年で一番暑い日が続くこの頃である。
京都では精霊送り五山の送り火が催される。街の灯りが消え、
夜空の黒を燃え上がる炎が彩る。
この頃食されるのが、水羊羹。寒天に奈良県吉野産の「吉野葛」
を加えて、より滑らかさを増している。そのみずみずしい質感と
ほんのりした舌触りがこの暑さを忘れるひと時かもしれない。

なんで猫が天候や食べ物なんぞ人間がすることに気を付けないと
あかんね、とチャトは思う。でも、仙人猫に言わせると少し違った。
「おまはんたちのように人間と同居する猫は、そういうことに
気を付けることが猫としての道義や。猫は人間よりも律儀な動物
やさかいな」。
しかしながら、最近の天候不順は、それが定着したか如く、季節の
移ろいが二十四節気のいう季節よりも早いか極端な天候となって現われる。
今も、残暑どころではなく、正に夏真っ盛りの暑さである。人も猫も、
ついでに犬もこの暑さには閉口気味なご様子。
チャトは先日の仙人猫のご託宣を、なるほど、と噛みしめてもいた。
琵琶湖も比良の山々も、そして田畑の稲や野菜たちも、今暑さにおおわれる
ものは、燃え立つ空気の中に立ちすくみ、あるものは頭を垂れ、
緑の中に黄色の斑点なぞを目立たせ始めていた。

主人は、一瞬自分の目がおかしくなったのか、と思った。
いつもは、紺青の水を静かにたたえている琵琶湖が見えない。
朝日を浴びながら、坂をゆっくりと下りつつこの強烈な暑さで、
身体も頭もおかしくなったのでは、と思ったりもした。
春霞ならぬ夏霞の朝であった。道路には影一つ無く、まるで砂漠が
如き様相である。汗が容赦なく顔に幾筋もの流れをつけていく。
二ヶ月ほど前に味わっていた朝の清清しさは影を潜め、灼熱と化した
太陽が中天にどっしりと居座っている。後ろを振り返れば、比良の
緑の稜線が透き通った青さの中に、まるで太い毛筆で引いたように
描かれている。
我が家の孫娘のような犬のルナを息子が飼ってから約8年、そのルナを
我が家に連れてくるのが毎朝の日課となった。やや寒さの残った三月
から正に百花繚乱の春の草花を味わいながらの四月から六月、そして
時は確実に過ぎ行きて、今は夏の真っ盛り、連日の猛暑である。
我が家に向うには、この急な坂を上がるしかない。それでも、若いルナは
主人を先導するかのようにどんどん先に行く。歳の違いであろうか、
主人が衰えたのか、いずれにしろ、後ろから刺し込むように朝日が二人
を押し包んでいる。
ふと、見れば淡いピンクの色を付けた百日紅の木々が主人を和まして
くれている。味気ない緑一色の中にその紅の花は、真珠の粒のごとき
きらめきと優しさを道行く人に与えているのだ。一段と増した汗の川が
顔全体を覆っているが、ルナの影を見る形で、右の足をだし、
そして左の足を出すという単純な行為に更ける主人であった。
ルナはこの暑さを感じているのか分からないほどに歩く先々の様々な匂い
を感じ取ろうと一生懸命である。公園の横の太田さんが花に水を
やりながらこちらに挨拶を送っている。主人もルナもそれに応えるが、
暑さがその間を裂くがごとく、会話もなく、一段と増す暑さに我が身を
委ねる。角を曲がった先に長く白く光る道が続いている。この一番先
に我が家があるのだが、まるで果てしなく続く砂漠の道にも見えた。
これが明日も続く、そして明後日も、人生とは終わりのない道、
そんな思いで我が家の扉を開き、元気なママの声を聞く。
しかし、このような行為はまだ続く。主人もママもただ毎日を暑いの
一言で恨み通し、チャトや他の面々も仙人猫の言い分は兎も角、
猫が猫の所以たる毛皮を脱いでしまいたい、そんな切なる想いで日々を
過ごしていた。
ただ一人例外はルナであった。彼女は相も変わらず庭と家の中を大忙しで
飛び回り、ママに怒鳴られるのだが、それも一瞬の事とて、その若さを
前面に出して、張り切っている。
他の人の「何でお前はそこまで頑張るの」と言う言葉に、厭味を厭味と
思わず、黒い旋風を家中に撒き散らしていた。
そんな中、主人とチャトはそろそろ自分の来るべき姿が見えたかのごとく、
同舟異夢ではなく同舟同夢のごとく過去とわずかな残り火の自分を
思い返す日々でもあった。
そんな時、主人はあの歌を思い出し、その心根がチャトへと伝わる。
その緩やかな調べの中で、二人は同舟同夢そのものだ。
ここまで歩き、眺めてきた情景、人の欲望のために作られた物が朽ち
消え去るのは、しょうがないとして、又、人は老いて行くのも
致し方ないが、まだ残る自然をこの歌詞の風情、情景の如くに
そのままにしたい、という。

小椋圭の「山河」である。
「人は皆 山河に生まれ、抱かれ、挑み、
人は皆 山河を信じ、和み、愛す、
そこに生命をつなぎ、生命を刻む
そして終わりには 山河に還る。
顧みて、恥じることない足跡を山に残しただろうか
永遠の水面の光増す夢を河に浮かべただろうか
愛する人の瞳に愛する人の瞳に
俺の山河は美しいかと。美しいかと。

歳月は 心に積まれ 山と映り
歳月は心に流れ 河を描く
そこに 積まれる時と、流れる時と、
人は誰もが 山河を宿す。

ふと想う、悔いひとつなく悦びの山を 築けたろうか
くしゃくしゃに嬉し泣きするかげりない河を抱けたろうか
愛する人の瞳に愛する人の瞳に俺の山河は美しいかと。
顧みて、恥じることない 足跡を山に残しただろうか
永遠の 水面の光 増す夢を河に浮かべただろうか
愛する人の瞳に愛する人の瞳に
俺の山河は美しいかと。美しいかと」

ポーチに浅き赤みが差しこみ、やがて庭にその強さを増した
陽射しが降り注ぎ、夕べには西の山端から黄色味を帯びた日が
強く顔を照らしその光が薄くなるころ、天空に広がる星のきらめき
を少しづつ感じ、また明日を思い寝入る日々が続く二人である。
「この歌は何とも言えんな」
「そうやな、ええわ。なんとなく嬉しいような、切ないような
昔の彼女を思い出すわ.タマはんは、誰に転生したんやろか」
だが、チャト自身も少し前から身体の変調を感じ、自分の次の
世界への意識が高まっていた。
もっとも、その辺は鈍感な人間として主人は、まだチャトの元気さ
を信じていたものである。

2020.08.08

私と猫の歳時記大暑のころ

私と猫の歳時記
我が家の5人猫と味わった四季
大暑のころ

長く続いた梅雨、人も猫も水に浮かぶ様に、自然の理に怒りを
覚えた。天よりの恵みも過分になれば、災いとなる。多くの地域
で水の恐ろしさに天を仰いだものも多かった。
大暑(たいしょ)の時期、二十四節気の十二番目だそうだ。
この日から、次の節気の立秋前日までである。
快晴が続き、気温が上がり続けるのもこのころからである。
夏の土用が大暑の数日前から始まり、大暑の間じゅう続くという。
猛暑という自然のサウナがチャトのその暑苦しい茶と白の毛を
おおい尽くす。それでも端々に涼を感じさせる湖や林をわたる風
の風景があり、長い歴史で育まれてきた知恵と自然との共生
がこの街や下の集落には息づいている。
夏は不細工だ、チャトはよく思う。
緑以外何もなくなる。強いて言えば、三軒先の庭に咲く百日紅の
紅色が目を惹く程度であり、周辺は深緑だけの世界となる。
春のように緑といっても、芽生えたばかりの浅緑、冬から続く深緑、
やや褐色の模様がある緑、など様々な緑が乱れ咲く世界はない。
さらに猫族を苦しめるのが、この暑さだ。チャトもこの毛皮が
人間のように自由に変えられたならと思う季節である。

三丁目の長老猫の話が思い出される。
「人間は、その何もない肌を隠すためか、着物と言う不便なもの
をつける。服は人間にとって、極めて大事なものなのである。
相手を威嚇するにも、友情を交えるにも、全て服ありて
人間ありきの如く思えるものだ。もっとも、ここの主人のように、
概ね同じ服を着て、我々の毛皮付けの如き生活をしている
お方もおられるが。服をつけていない人間は、何か危険である。
服に依存し、服が主人のような日常生活を営む人間が、服を
着ない生活を過ごせるのだろうか。そんな人間は、ある種化け物だ」
そんな事を思い出すと、猫に生まれてきた事に誇りを感じる。

まあ、単純な方だ。そんな彼が、この暑い最中、一丁目の高台に
ある大きな家の大きな庭の木々の下でノンビリとした移ろいの中に
いたときである。
彼は物思いからさめて、ふと見知らぬ真っ白の猫がその青い眼を
近づけている事を感じた。霞のかかった眼、小春日和がそれと
わからぬほど徐々に秋に移っていくように、ゆっくりと彼は彼女の
ほうに顔を向ける。目前の眺めとの間で、眼はたじろぎ、
ためらい、宙をさまよい、慌ててその目を伏せる。彼は一瞥する
ことの怖さから目を閉じたまま、彼女の姿を消し去る。
彼女は彼を見下げ、本来なら好奇心が宿るところに、空白しか
ないのを見る。
それから、猫を認めようという意識の完全な欠如にも似た、ガラスを
はめこんだ隔絶した感じで見る。相変わらず彼の眼は伏せられたままである。
多分、彼が平凡な姿の猫で、自分が綺麗な姿である事を知っているからだ。
彼女はこれまで、多くのオス猫の眼の中に、憧れや、興味や、
嫌悪を見てきたからであろう。更に、彼女は自分が人間であると
思い込んでいることもあるのだろう。
しばらくじっとチャトの動きを見ているようであったが、やがて陽射し
が雲に隠されるようにチャトの前からすーと消えた。チャトはその心に
昔味わったあの甘酸っぱさの残り香を感じた。
また、あの歌が浮かび上がって来る。
「恋唄綴り、堀内孝雄 」
「涙まじりの 恋唄は 胸の痛さか 想い出か
それとも幼い あの頃の 母に抱かれた 子守唄
ああ… 夢はぐれ 恋はぐれ 飲めば 飲むほど 淋しいくせに
あんた どこにいるの あんた 逢いたいよ

窓にしぐれの この雨は あすも降るのか 晴れるのか
それとも 涙がかれるまで 枕ぬらして かぞえ唄
ああ… 夢はぐれ 恋はぐれ 泣けば 泣くほど 悲しいくせに
あんた 抱かれたいよ あんた 逢いたいよ
ああ… 夢はぐれ 恋はぐれ 飲めば 飲むほど 淋しいくせに
あんた どこにいるの あんた 逢いたいよ」
主人もそうだが、わしも歌謡曲が好きやけど、ある学者さんの話では、
このような悲哀、涙、などといった湿った感傷が日本人の意識
の独立を妨げている、と言わはったな。でも、合理性、理性的と
呼ばれる判断や行動がもたらした結果はどうや、日本全体が
人間的なふるまいを益々薄くしていくつまらない国にしているようやし。
猫族もそれに毒されるかのように少しづつ人間の悪さになじみ始め、
猫としての行動や考えも昔と変わっておるわ。
主人も近頃よくわしに、日本人としては今ある情感を大切にしていきたい、
と主人には似合わない悲哀を帯びた態度で言ってはるわ。さらに、
歌謡曲に込められている言葉をかみ締めて行きたいと思っているようやし。

一丁目の仙人猫も噛んで含むような口調でチャトによく言う。
猫は全てにおいてドライな生き方が普通だ、と。しかし、チャトは
主人の影響もあるのか、その意識は日本人的だ。情に弱い男である。
四人の猫たちをよく世話をするのも、自分の捨てられた過去の
思い出から同じ目にあってきた猫たちに情を感じているからだ。
ハナコはよく主人の膝に行ったり、すりすりを盛んにするが、
これは主人がこの屋での守り神であり、食べ物を気前よく
出す人間からだ。彼女の猫としての打算、割りきりがそのような
行為をさせている。他の猫も主人かママを自分にとってどれほど有益か、
を考えている。でも、チャトは違う生き方をしたいと思っている。
多分、その想いが主人と会話が出来る手立てとなって現われているのだ、
と思っている。
それにしても、暑い。主人もママも寄る歳に勝てず、日々、クーラーの
中にこもりぱなっしや。そして猫たちもまたクーラーの恩恵にあずかり、
猫族の気概の一片すらない。

2020.07.23

私と猫の歳時記小暑のころ

私と猫の歳時記
我が家の5人猫と味わった四季
小暑のころ

今年の梅雨は長い。草木にとって命の育みのはずであるが、
人間も草木もこの長さにやや疲れ気味。今年はコロナと言い、
すべてが「適度」という範疇を超えている。

毎年、七月も半ばに梅雨があけるころ、庭は紫陽花の薄紫で
彩られ、まだ枯れ色の残る紫式部の姿と対照的な光景を示し、
そこに朝日が強く射しこんでいた。
その光りの帯の間を縫うようにして、一匹のカラスアゲハの
しっとりとした黒の姿態が現れた。毎年この頃になると何処
からともなく現れる。黒いベルベットの落ち着きのある翅に
紅色の珠がその優雅さを一層引き立てている。ゆらりと空中
を飛翔し、こちらに向かってくるが、そこには警戒心は微塵も
感じられない。この小さな庭で永年その命を紡ぎ、次へと伝えて来た、
彼にとってこの世界がすべてだ。少し短めの触手とやや灰色みを
帯びた眼が、それを告げている。更に、この庭にはもう一対の
永住者がいた。透き通る身体に少し水色の映える翅を持った
糸蜻蛉である。彼らもこの時期になるとこの庭の中で飛び回っている。
ただ、カラスアゲハとは違うのは、彼らは夫婦でいつも一緒に、
行動していることだ。一匹の糸蜻蛉が姿を見せれば、
必ずその近くをもう一匹が、そのか弱そうな身体とは思えない
力強さで、張り巡らされた蜘蛛の糸を巧に避けながら、
小さいながらも住み慣れた我が世界を謳歌していた。
しかし、今年は少し様子が違う。2匹とも未だ現れない。

だが変わらず、庭にはやがてグンとチャト他四人の猫族の墓が
四季の草花の彩りに囲まれ静かに鎮座するのである。翅のある
同居者たちもこの庭を飛翔し、いつの間にか消えていく。
毎年消え去る彼らを、妻とともにしばらくは惜しんだものだった。
それを突き抜けて時折、陽射しが私の顔に届く。白い雲の上には
さらに高層の雲が秋の天空の深さで霞み光る太陽のまわりを
ゆっくりと一筆を描きながら流れ過ぎる。だがそれも一瞬のこと、
比良の山を駆け抜けた黒雲に空はおおわれ、庭は黒ずむ。
それは蜘蛛なのであろうか、黒ずむ視界の端にうごめく黒いものがいる。
やがてそれも葉の裏へと消えた。
かたわらには、鼻息荒く動き回る我が家の孫娘、犬のルナ。
私の傍で寝そべっていたと思うと数秒後には、垣根の横で忙しく吼えまくる。
黒い影が庭、垣根、木戸と激しくうごき、時に天に叫ぶかのように吠えた。
そんな光景をうつつの中で見ながら私はリクラインの椅子にもたれ、
このやるせない気持と体の湿気に身を任せていた。目を閉じても、
全てが闇になるのではないし、陽の中でも闇はある。闇になるか
どうかは心のなせる業なのだ。
毎日の自由と安寧は喜ぶべき事なのだが、闇多き日々だ、うつつの
なかで思考の輪がめぐりまわっていた。

人間とは不思議なものだ、喜びの中に悲嘆があり、悲痛の中に楽しみがある。
チャトも永年の付き合いでよく思う。もう少し素直に喜びなさい、と。
でも、今の我が家には、安寧と言う言葉のみがある様でもある。
庭のポーチでノンビリとしている主人、五人の猫族の守り神だが、
その風情とは裏腹な思いが彼の身体から滲み出ている。
チャトたちの思いとは別なようではあるが、ここ数ヶ月の変化に
浸っているようだ。
「そろそろ夏休みだ。世間では多くの人が何か楽しみを見つけようと
動いているのだろう。しかし、われわれ夫婦は少し違う。
先ずは、三百六十五日連休のような年金生活者となった。
さらに、人の多さが苦痛となって来た年齢であるからかもしれない。
代わりに、自然の中で過ごす事に幸せを感じる年齢になったから
でもあろう」。
今日は、雨だが晴れの厄介な日だ。先日までの青空と強い陽射し
はそれなりに素晴らしい日々を与えてくれるが、このしっとりと
した静けさは老夫婦にとって、恵みの雨でもある。比良山は雲の中に
顔を隠し、琵琶湖も遠い鈴鹿連山や八幡の山々が霞む中、湖面の
灰色と共にその静けさを漂わせている。気のせいか通り過ぎる車
も柔らかく微妙な音感を周囲に発しながら、この静けさに一種の
高まりを与えていく。二人の周り全てがゆるゆると流れる時間の
中で進んでいるようだ。我が五人の同居人たちも夫々の思いや
夢を描きながら、それぞれの姿でこの静けさを味わっている。
チャトはいつもの如く窓辺のソファーに、ナナは二階のママの
ベッドでお休みし、ライはレトと共にテーブルの椅子でノンビリ
と毛繕い、ハナコも最近の生活パターンとなった二階の主人
のベッドにナナに睨まれながらも、堂々と寝ている。
ママは小雨の中、芝桜や久しぶりに花を持った紫陽花に想いを
込めながら小さな草花をいじっている。

私は、何をするのでなく、漫然と庭の梅ノ木に滴り落ちる小雨の
露をみている。燕が一羽、軒先に飛んできた。新しい巣でも
造ろうとしているのか、忙しく羽を動かし、周囲を見回している。
その羽音に気付きチャトが上目遣いに燕を見ていたが、
この静かさを破りたくないのであろう、その三角眼を再び閉じていく。
燕が飛び去った後には、しばらく音がこの家から消えた。

更に数日後、これほど美しい初夏は初めてだ、とママは思った。
今までの仕事からの解放が彼女の心を軽くしているのであろう。
来る日も来る日も、空は例えようのない青さに輝き、それを
損なう雲はひとかけらも見えない。家々の庭は早くもルピナス
やバラ、デルフィニウム、スイカズラの花、さらにライムグリーン
の雲を思わせるハゴロモグサで埋め尽くされている。
虫たちが飛び立ち、宙にとどまり、翅音をたて、空を切って飛び去っていく。

そして私は、いつものごとくポーチの椅子にいた。初夏の陽射しはきつい。
眼を閉じてもその奥にある眼球までその光りが差してくる。
少し眼を開けると、その先にあるのは白く輝く蒼い空とそれを取り囲むかの
ように風に揺られる緑の葉の群れである。さらに細めた視線を下に
向ければ、そこには数ヶ月前まで咲き誇っていた白の西洋芙蓉や
赤いガーディアン、さらには小粒のさくらんぼの白い花、全てが消え去り、
緑色一色に変わり、わずかな風の動きに合わせて黄緑、薄い緑、
深緑の様々な緑の模様を描いている。葉の緑がこれほど多様なのか、
私は自分の注意深さのなさを恥じる。中天からふり降りる強い光の中で、
その緑色に塗りこめられた世界すべてがその生命を謳歌している。
私の身体に射す光りはその暑さと共に、生きるためのエネルギーも
与えてくれている。同時に、わずかな空気の流れが頬を撫ぜ、
少しながらの安らぎを与えてくれる。私と太陽の間を遮るものは何もない。
だらりと下げた指の先にわずかな動きを感じるが、多分、チャトなのであろう。
わずかにできた日陰の中に身を横たえ、私に寄り添うように寝ているはず
である。いつもそうなのだ。彼との付き合いは長いが、それがそろそろ
終末を迎えようとしている。私にも、猫の予知能力が移ったか、
それともチャトの予知能力をただ感じ取ったのであろうか、多分、
後者のような気がする。彼も残された日々を私と過ごしたいのかもしれない。

2020.07.06

私と猫の歳時記 夏至のころ

私と猫の歳時記
我が家の5人猫と味わった四季
夏至のころ

薄墨の雲にさらに墨が入り混じり、雲はその重さに耐えかね、地上を
闇に覆い始める。チャトも気が重かった。
昔の偉い坊さんが言っていた。
「さて、人間の内容の無い生活の様子をよく考えて見ますと、
およそ儚いものは、人間の生まれてから死ぬまでの間のことで、
それは幻のような生涯です。
それゆえに、いまだ一万年の寿命を授かった人がいたなんてこと
を聞いた事がありません。人の生涯は過ぎ去りやすいものです。
それゆえに、朝には血色の良い顔をしていても、夕には白骨
となる身であります。夜更けの煙と成り果ててしまえば、
ただ白骨だけが残るだけ。哀れと言っただけでは言い切れない」
チャトはこの話を隣町の坊さんの話を聞いて、なるほどと思った。
正確に言えば、昨日、上弦寺の小野さんが昼間にやってきて、
主人と会話をしていたときに漏れ聞いたのだが、ひどく感心
したものだ。雨が長く続き、暇をもてあました時に運良く
テーブルの下で昼寝中に、半分夢うつつの中で聴いたのだが、
最近自分の寿命が気になることもあって、寝ながら聴いていたのだ。
特に、「念仏とやらを唱えるだけで、極楽と言う世界にいける」
とは、なんと便利な事であろう。輪廻転生を基本とする猫族
にとっても、念仏とやらを口ずさめば自分の好きな世界、
姿になれるとは聞き捨てならない。

近くの神社に行った。雨に濡れひと時の静けさに包まれる。
桧原葺きの屋根は薄い膜におおわれ、薄く細い細い水が
幾筋も庇を伝い、石畳へと落ちていく。はねた水滴の音が
境内に低く緩やかに広がっていく。手前の榊の木々は
その深緑の葉を薄く引く雨の中に浮き立たせていた。
老婆の本殿の前で打つ柏手が高い音を四方へと放っていた。

主人がポーチの椅子に寄りかかりながら梅雨を楽しんでいるような。
枝には一片の葉もなく立ち枯れの木のごときだった梅の木、
今は緑の小ぶりな葉がその枝に茂り、日の光を浴びて葉表の
黒き緑と葉裏の白さが光を隠すほどだし、これも庭の端に
細く弱々し気な枝ぶりを見せていた紫式部、緑の重さに
首を垂れ、庭の砂利を隠すほど、さらにはやや盛りを過ぎた
紫陽花、散りゆく花びらに代わって大仰な葉が一段と目立つ、
すべてが緑の世界を見せていた。

春のような多種多様な色、匂いは消え去り、緑一つと草草の
放つ草いきれだけが支配する世界だ。「夏は愛想がない」、
毎年この時期に主人が思うことだ。
肌を塗り込めるような湿気と絶え間ない雨の雫、大粒の水滴
の続く日々、愛想のなさに加えてやりきれなさが各人の気持ち
をとめどなく押しつぶしていく。
これが初夏の季節だ、植物たちの成長の中、人も猫もただ
黙ってそれに耐えていく。時にチャトはあの分厚い脂肪と
茶と白の毛皮を持て余し気味で、腹を出して寝る日々が続いていた。
例年であれば、庭には、赤みを帯び青が幾重にも重なり合った
紫陽花が五月雨にひっそりと咲いているはずだが、今年は全く
その姿を見せない。ここ三日ほどその艶やかな葉の上に
小さな水滴を残す静かな佇まいの日々であった。
比良山も益々緑色が濃くなり、少し前までまだらだった中腹も
深緑一色に化粧している。ただ、その緑も静かに降り注ぐ雨の中
では、ぼんやりと浮かんでいる様だ。灰色の中にやや茶げた
山頂と緑の中腹、そしてピンクや黄色に彩られた麓がやや霞んだ
琵琶湖へと一直線に伸びている。主人の鬱たる日々はもう少し続くようだ。

その風景に見とれている人がもう一人いた。二階の出窓から
その緩やかな流れを感じ、己が身体の衰えを感じている
日々のナナであった。
「今日も雨やな、こんだけ降るとあの大きな水溜りはんも、
溢れんと違うんかな」
「昨日、下でなんかごそごそと話してはったんは、隣町のお坊さんやな」
「隣の猫さんは気が強いから嫌いや。もう少しおっとりせんと、
はようなくなりまっせ」と独り言。
突然、窓の下からがらがら声がした。一丁目の黒さんである。
「ナナはん、元気にしてるか、最近月例の集会にも出てきいへんけど、
周りの連中がナナはんがボケが来て徘徊猫にでもなったんと
違うんかと言んで、ちょっと様子見や。元気でよかったわ」
「あんたこそ、そんな危なっかしい足取りで歩くと車に轢かれるで。
ちょっとここで休んでいたらええよ」
黒さんも、ナナがここに来てからの付き合いだから、もう二十歳
以上になったはずだが、毛並みは良くまだ十数歳のような
体つきではある。重々しいまぶたの裏に冴えた大きな眼球のくるくる
と回転するのが見えて、生え揃った睫毛の蔭から女好きのする瞳が、
細く陰険に光っている。蒸し暑い部屋の暗がりに、厚みのある
やや高い鼻や、黄色味がかった潤んだ瞳や、ゆたかな輪郭の
顔と黒毛が、まざまざと漂っている。この近くの猫には結構
もてる様でもあるが、ナナにとっては単なる友達であった。
しかし、黒もその衰えは隠せない。
まるで、ご近所の年寄りの会話のようであるが、猫世界も
同じなのである。

暑さの中、人も猫も夢想する。
我が家の主人やママも、老齢と言われる歳である。五人の猫は、
ハナコを除き、総じて孤独をたしなむのが好きになっている。
歳月は人も、猫も変えていく様だ。そして、ママと主人の生活
にも変化があった。犬のルナの世話は相変わらずだが、ママが
今の仕事を辞めて、主人、ママ共に無職の人となった。
ナナは、どちらかと言えば、ママが好きである。主人が暫く家
にいなかった時にナナはママに世話をしてもらったからだ。
ともに、六十歳を超えた女同士でもある。

それは、圧しつけられるように蒸し暑い日だった。大気は熱で
キラキラ輝き、しかもひどく静かである。木々の葉は眠たげに垂れ、
動くモノとては、庭の紫陽花の上のてんとうむしと、日光に
あって身をもがくように草の上で突然にくるくると丸まった、
一枚の縮みかけた葉しかなかった。
しかし、朝の水がママの手から放たれると様相は一変した。
一切のものがきらめき、光り、しぶきをとばした。木の葉、枝、
幹、全てが濡れて光った。地面や、草や、葉の上に落ちる水滴は、
幾千の美しい真珠となって飛び散った。小さな雫は、しばらくかかっているかと思うと、
大きな雫となって落ち、他の滴と合わさって小川になり、
小さな溝に注ぐと、大きな穴に流れ込んだり、小さな穴からまた
出てきたりして、塵や木屑や葉っぱごと流れていき、それを地の上
に置いたりまた浮かべたり、くるっと回しては、また地の上に
置いたりした。芽の中にいてはなればなれになっていた葉たちは、
濡れてまたくっつきあった。

四季の移ろいに合わせ家族を養い、次の世代へ命のつなぎを
してきたと言う土の人としての強さに感じ入っていた。
翻ってみれば、風の人として腰の定まらぬ日々でこの歳まで
生きてきたという悔悟の念に似たものが体の奥底から沸きあがってくる。
ママと息子の顔が瞬然と浮かびまた心の底に押し入れられた。
そして、裏山にあるこんもりした土の下に埋まっているトトの優雅な
三毛の顔が浮かんだ。
折角、この数週間の暗き沈んだ時間を忘れていたのに、と彼は思った。
数メートル先にある石地蔵が所在なさげにこちらを見ている。
地蔵は眼を細め、ふっくらとした頬が優しい微笑を見せている。
この数十年を通じて、彼は色々な物に対する執着心が少なかった。
富や美しいものばかりではなくて、人や家族への思いもそうであった。
死んだ母の顔はすでに忘却の彼方にあり、わずか十数年ほど前に
死んだ親父の顔さえ思い出すのに苦労する。一時のめり込んだ写真
も五台ほどの写真機はどこかの片隅に忘れ去られ、
これも熱中したクラシックの音盤もすでに跡形も無く消えていた。
また、よく買い集めた陶器の数々、備前焼、有田焼きなども
我が家のどこかに存在しているのだろうか。物への執着は、
その平板な心が許さなかった。人への愛情もそうだった。
熱烈な恋と言うのが彼にはわからない。
それはまるで人間や物とのつながりが自分の隠れている姿を晒し出す
ことへの怖れだったのかもしれない。人の笑顔の裏に出てくる
拒絶し、差別しようとする心の醜さを垣間見、幻滅する自分への
失望感でもあった。言葉の端に出てくる優越感、目尻のわずかな
動きから感じられる失望感、手や体の発する動きから見える拒絶する心、
彼は、それが素直に見えていた。

チャトも、最近空を見ることが多くなった。
その三角眼には様々な空の色や雲のかたち、時には鳥たちの優雅に
飛び行くさまが映った。チャトも人間とその感覚はたいして変わらない。
主人がよく文句を言う様に、この暑さ以上に、冬の重く低く
そして黒く、墨を天一面に引くかのように頭上に広がる空は嫌いだ。
自分が圧しされ、躰が動かなくなるようで、そんなときにはただ
ただ寝ることに邁進するだけだ。
だが、蒼く澄んだ空の多い日は、東の薄く引かれた赤色の雲間の
はじまりから西の山端の橙色の雲が闇の中に消え去るまで、
庭のポーチから見て過ごす。卵形の雲がゆっくりと比良の山をよぎり、
湖へと流れる様は、仙人猫の言っていた中有の童子のようにも思えた。

2020.06.20

私と猫の歳時記 芒種のころ

私と猫の歳時記
我が家の5人猫と味わった四季
芒種のころ

春から夏への季節、芒種を迎える。
そろりと梅雨が来る。天皇、小野神社の境内もしっとりと
雨に濡れひと時の静けさに包まれる。もう二週間ほど経つと、
京都では半年間の罪のけがれを祓い清めて、残る半年を
無病息災を願う神事「夏越祓」(なごしのはらえ)が行われる。
もっとも、猫族にとっては、人間の勝手に決めたことであり、
猫の営みからすれば、真冬と真夏の時期さえ分かればよい
のであるが。
だが、人との付き合いが長くなると、猫とて心情的には
人間的な感情がもれこんでくる。部屋の大きなガラス戸の
前には、主人とチャトが外の風情に引かれる様な形で座っている。
庭には、赤みを帯び青い花弁が幾重にも重なり合った紫陽花
が細糸の雨にひっそりと咲いている。ここ三日ほどこの花の上
に小さな水滴を残す静かな佇まいの日々であった。
比良山も次第に緑に濃さが混じり合い、少し前までまだらだった
中腹も深緑一色のに化粧顔となった。ただ、静かに降り注ぐ
雨の中では、焦点の緩い画像を見るかのように明確さを
欠いた曖昧な世界であった。
灰色の中に茶げた山頂と緑の中腹、そしてピンクや黄色に
彩られた麓がこれも曖昧な線となって茫漠とした薄青い琵琶湖へと
一直線に伸びている。

蓬莱の駅は無人駅だ。少し前まで手打ちそばの蕎麦屋があったが、
すでに休業している。やや硬めのそばは歯ごたえがよく結構
通ったものだ。そこは琵琶湖が近くに迫り、わずかに茶褐色
を見せる畑と田んぼの薄緑が混じり合い湖の青さの中に消えていく、
その風景を店の窓辺から見たものだが、いまはない。

久しぶりの快晴だ。ふと、暑いさなかの歩きをしたくなった。
老人の冷や水か熱中症に一片の不安は残るがチャトを引き連れ、
私は出かけた。
駅前からの道はやや勾配を保ち、比良の山端に向かって伸びている。
初夏の日差しがさえぎるものがない舗装道路に強く照りかえり、
その白さを一段と強めながら、私とチャトの体を突き抜いていく。
小さな影がわたしらの歩みに合わせ静かについてくる。
集落を外れ、砂利道に入ると、草草の発する息がむっとした
水蒸気となり、朝日をうけて金色に輝き、体にまとわりつき始める。
すでに十センチほどに伸びた稲穂が鋭い穂先を見せながらゆったり
と風に乗って動いている。朝の雫に光り輝く蜘蛛糸がそのあり様
を誰の目にも明らかにするかのように水平な網を稲穂の揺れ、
あぜ道の草むらの中に見せている。その細く雫を帯びた糸は、
五線の譜のようでゆらゆらと揺れている。大きな水玉がしなった
葉の上を転がりすっとんと落ちた。
チャトが少し首をかしげてこちらを見ている。深緑、薄い緑、
白い小さな花、その群生の中を日差しを跳ね返しながら、川が顔を出す。
小さな凹凸が水にいくつかの階を作り、下へと流れていく。
数条の水の筋を作りながらそのくねり進む様は悠々たる大河の趣
を感じさせた。

夏の暑い日、友達とパンツ一つとなり、ザリガニや小魚を捕りあった日、
小魚がその銀色を一ひねりしながら水草に隠れるのをさらに
追いかけた友の水浸しの体、足に伝わる泥と小石の感触と水の冷たさ、
さらには背中に刺す太陽の熱さ、ふとそんな昔の情景が浮かぶ。
川を少し上ったところにその情景はあった。
蓬莱山に横たわるかのように何十となく緑に熟れた水田が上へ上と
重なっていた。北船路の棚田だ。伸びた先に森の一団がこれも
蓬莱の山に溶け込む形で棚田と青い空を仕切り、横一線に伸びている。
飛行機雲が一つ、青く広やかな空を二分するかのように西へと伸びている。
覚悟を決めて、棚田の最上部へと一歩踏み出す。見た目でもその
勾配の強さが感じられるが、歩き始めるとその強さが足の裏を
伝わり、体全体に感じられる。かなりきつい。
夏の田んぼには、浮草がその水面を覆うかのようにひろく生えわたっている。
その中にいくつかの目がこちらをうかがうように水面に盛り
上がっている。蛙たちだ。その緑の肌と大きな目は闖入者の動き
を見張るかのようにじっと眼を据えて動かない。
チャトがあぜ道に身を伏せるかのようにそれに近づくと一瞬にして
それは消えた。横でぽちゃりと水音がはねた。
「まあ、蛙さんも逃げますな、こんな二人が来たんやから」
途中、紅色の花が群れ咲く三本の木に寄り添って、強烈な日差し
を避け、ひと時の息休めをする。頬を撫ぜる風がわずかな流れで
二人に心地よさを与える。チャトが鼻を天に向け何かを嗅いでいる
ようだ。草たちの息使いであろうか。

成長の途中であろう稲たちが一斉に右へとその穂先を傾け、
また左へと揺れ動いている。渡る風の音は聞こえない。棚田の中ごろ
あたりであるが、平板な青さの湖に白い帆を揺らめかせている
ヨットや二筋の波線を引きながら右から左へと流れるボート
が見られる。その先は初夏の霞の中にただ茫洋と白さが広がり、
いつも見える三上山の小さくも華麗な姿はその白き霞の中に消えている。
比良は山端が琵琶湖の湖岸まで直接伸びており、平地が少ない。
伝承によれば、明智光秀の時代から山麓の傾斜地に水田の開発
が進められてきたという。どこの地域の棚田もそうだが、
水をたたえるため、石垣等をつくり、等高線に従い平坦な土地
を確保している。棚田百選などと言われているが、ここも先人たち
の努力が営々と続けてこられた結果でもある。
我々は写真などで美しいとは思うものの、その地道な毎日の生業
を忘れてはならない。

最上部の棚田の横に来た。途中の道で見た情景よりもさらに艶やかに
広がる緑と琵琶湖の千々に光る群青、雲の幾重にも重なった空の
薄青きが一つのフレームにはめ込まれたように目の前にある。
既にここでは棚段という意識は覚えず、幾重にも重なる緑の絨毯
がいくつもの黒い線で区切られ、下へ下へとと延びている、
ただそれだけだ。その緑も平板なそれとは違い、そばの森の
ざわつきに合すかのようにその緑の中に小さな影が出来、
全体がふわり浮き上がりまた下がる、その緩やかなリズムが
わたしの鼓動と同期し、緩やかな和らぎを与えていく。

チャトの立つ足元をゆったりとした水縞を描きながら水音が流れる。
その溝の横に、ツユ草が群れ咲いていた。真っ青な花びらには、
紺色の筋が枝葉のように広がり、さながらガラス細工のようである。
黄色のおしべはその目の覚めるような色をさらに強めている。
ここはちょうど梅の木の下、強く光る日差しの中で、ややくつろいだ
空気が占めている。小さな草花たちもその日陰の中で、休息している。
静かな時間が流れ、わたしは一刻の眠りにつく。チャトはすでに
夢の中に入ったようだ。
棚田は自然と人の結節点だ。ひな壇のように落ちていくそれぞれ
の水田のすぐ横には、樫の木や栗の木がその葉群をざわつかせ
ながら取り巻き騒いでいる。今はのびやかに育つ稲たちも人の手
が手控えられた瞬間からこれらの森の様々な木々や草たちに
侵略され朽ちていく。どこの棚田もそのような宿命の中で生き続けるのだ。
春先に聞こえる田植えに集まった人々、そこには幼児の初々しい
声もある、がある限りこの水田たちも永く生きていけるのだ。
午睡の中で、そんな取り止めのない思いが湧きまた消えた。
そのウツらとした中にブーンという羽音がわたしを引き戻す。
虎模様のカミキリムシがわたしの肩に止まり、その長い触角を揺らしていた。
チャトは、彼の得意の腹だしスタイルで、まだ夢の中だ。
空を飛び回る夢でも見ているのでろう。
数時間前までの灼熱の空はやや柔らかさを増し、頬を撫でる風にも
涼やかさが加わり始めている。わたしは木陰から重たげに体を起こし、
少し周りを見るかの仕草で棚田の外れへとあぜ道をたどりながら進む。
チャトはまだうつつの中にいるのか、こうべを少し下げ、
わたしの後に少しふらつきながら続いた。
かっ、かっ、かっ、と少し早いヒグラシの声が近くの林、遠くの森
から木霊してくるようだ。その澄んだ声が足元の草藁を撫ぜるかの
ようにわたしらの耳に届く。やがてここにもアブラゼミや
ミンミンゼミの声があふれその穂先を揺るがすかのように四方に飛び交う。
「結局、わしは眠りにきただけかいな」
そんなつぶやきが私の後ろから聞こえてきた。

2020.06.05

私と猫の歳時記 小満のころ

私と猫の歳時記
我が家の5人猫と味わった四季
小満のころ

葦が色づく頃、カイツブリの姿がその葦群れの中に
見え隠れする。
琵琶湖も季節の違う彩を見せ始めていた。
例えば、司馬遼太郎も「街道をゆく」二十四巻の中で、
カイツブリと松尾芭蕉について書いている。
「かいつぶりがいませんね。
よく知られるように、この水鳥の古典な名称は、鳰におである。
水にくぐるのが上手な上に、水面に浮かんだまま眠ったりもする。
本来、水辺の民だった日本人は、鳰が好きだった。
「鳰の海」とは、琵琶湖の別称である。鳰の句は、梅雨のころである。
五月雨に鳰の浮巣をみにゆかむ
この句では初夏のものとして鳰が登場する。鳰は夏、
よし、あしの茂みの中に巣を営む。句に「鳰の浮巣」が入れば
季題としても初夏に入り込むらしい。
小満は「万物が次第に成長して、一定の大きさに達して来るころ、
万物盈満(えいまん)すれば草木枝葉繁る」と記されている。
草木が生い茂り、山の緑が濃くなる頃であり、裏山の檜や
韮の樹にも生気に満ちた木々の香りが立ち込める。
この頃、古来より親しまれてきた山菜のひとつ、わらびも育つ。
ハナコはそんな風情を知る由もないが、あの苦しかった野良
時代の事を思いだし、湖岸の大きな草むらに向かっていた。
ノロと初めてあった場所である。ちょうど、今のようにどこかで
蛙が鳴き、田圃に水が引き込まれ、小さなせせらぎが
微妙な音を奏でていた。水の張られた田圃には、七、八羽の
白鷺がその白さを水面に映しながらひと時の安らぎと
食べ物を得ている様でもある。春から夏への季節の移ろいが始まり、
大きく育った草花がそれぞれの花や大きな葉を気の向く
まま広げていた。この緑の世界をハナコは好きだ。
生い茂った草が日差しを弱め、地面には小さな葉群が柔らかな
絨毯となってハナコを迎えていた。彼女はここで終日を過ごすのであろう。

庭はさして大きくないが、春のはじめの緑が薄い世界から
四月、五月となると、瞬く間に小さな深い緑の森になる。
梅の木の葉がポーチや庭を覆い隠すかのように影を落とし、
金柑の木、椿の木などが同様の影を黒い土の上に幾重にも
作り出す。地上近くには名も分からぬ細身の葉やハコベの葉、
たんぽぽの葉が広く薄く地面を緑色に変えている。
そこには、小さな生き物たちがこの家の住民には気づかぬように、
特に猫たちには、静かにその生活を守っている。
糸トンボ、カラスアゲハ、カマキリ、蜥蜴、バッタさらには
蜘蛛たちが縦横無尽にその罠を空中に仕掛けていた。
朝露が風に揺られてぽつりとポーチに小さな黒い染みを作るが、
初夏の光がその染みをゆっくりと消し去っていく。
チャトがいつものごとくポーチでその巨体を伸ばし切っていると、
わずかな翅音と何かをこすりつけるような音に気が付いた。
彼にとっては、特に危険とは思えない音であり、しばらくは
無視していたが、それが長い時間続くとさすがののんびり屋の
チャトも気になった。とても近い音なのに、見渡しても
何も見えない。音のする方にゆっくりと近づくと、すぐそばの
梅の木の根方にそよぐ草叢から発していた。目を凝らして草の間
をのぞいてみると、前肢に黒い蝶ががっしりと捕らえられたまま、
黄緑色の大きなカマキリがこちらを振り向いた。もともと、
けんかやこの手のやりあいにが苦手なチャトである。
あのこすりつけるような音は、カマキリの翅音だった。
黒い翅は時に大きく開き、また弱々しく閉まり、その律動を
続けているが、徐々にその勢いは衰えていくように思えた。
後ろから大きな影が近づいてチャトに聞いた。
「お前何してんの」
主人であった。チャトが草むらに顔を突っ込んでいるのをみて、
不思議に思ったのだろう。事情を話すと、すっとその影が後ろに
引いて、突然、チャトの横手から箒がカマキリとカラスアゲハの
間に割り込んだ。
箒でたたきカマキリを引き離し、背後の植込みの方へ撥ねやった。
それから、ぐったりしているカラスアゲハをゆっくりと掴んで
掌に載せた。もうだめかと思っていたら、カラスアゲハは
黒いビロードの斑紋をもつ翅からちょっと音を立ててよろよろ
と飛び立ち、いったん地面におちそうになりながら、
また持ち直した格好で翅を打ち震わせ、高く、後ろの塀を越えて
飛んで行った。
「やったね、チャト」
主人が満足げにチャトを見下ろしていた。
「俺は何も出来んかったわ、もう少し出番がほしかったのに」
「そうか、お前に任せればよかったかな」
ちょっと疑問符のこもった声で主人が言った。この季節、
小さな世界の些細な出来事があちらこちらで垣間見える。

この頃、彼方此方で春の祭りが行われる。田には水が満ち、
稲の子供たちが一列となって希望の歩みを始めるようだ。
今日は近くの神社の春の祭りである。
そして雲が一片足りとも見えない蒼く透明な空とともに
祭りの日となった。
普段わずかな人影だけが残されている境内には五基ほどの
神輿がきらびやかに鎮座している。その少し先にある
鳥居から三,四百メートルの道の両脇には色々なテント
が軒を並べている。焼きとうもろこし、揚げカツ、今川焼き、
たこ焼きなど様々な匂いが集まった人々の織り成す雑多な音
とともに一つの塊りとなってそれぞれの身体に降り注いでいく。
やがて祭りが最高潮となるとハッピを着た若者たちが駆け足
で神社に向って一斉に押し寄せてくる。
周りの人もそれに合わすかのようにゆるりと横へ流れる。
駆け抜ける若者の顔は汗と照りかえる日差しの中で紅く
染め上がり、陽に照らされた身体からは幾筋もの流れとなって
汗が落ちていく。
神社と通り一杯になった人々からはどよめきと歓声が蒼い空
に突き抜けていく。揚げたソーセージを口にした子どもたち、
Tシャツに祭りのロゴをつけた若者、スマホで写真を撮る女性、
皆が一斉に顔を左から右へと流していく。
その後には、縞模様の裃に白足袋の年寄りたちがゆるリゆるり
と歩を進める。いずれもその皺の多い顔に汗が光り、白髪が
その歩みに合わし小刻みに揺れている。神社の奥では、
白地に大宮、今宮などの染付けたハッピ姿の若者がまだ
駆け抜けた興奮が冷めやらぬのか、白い帯となって神輿の
周りを取り巻いている。

2020.05.20

私と猫の歳時記 立夏のころ

私と猫の歳時記
我が家の5人猫と味わった四季
立夏のころ

幾重にも重なったピンクの淡い色が道路一面を覆っている。
既に春の華やかな芳しさは、燃え立つ緑の生命の光景に
変わっていた。目の前の見えてはまた隠れる家々の庭には、
紫のワスレナグサをはじめ、黄色、ピンクなどの小さな
花たちに混じって少し背の高いチューリップやウンナンオオバイ
のこれも紫や黄色、ピンクの色合いがライを見ている。
上からは既に花を落とした桜の明るい緑の葉の群れが幾重
にも重なってその影をライに投げかけている。様々な色が
ライの周りにはねていた。
「ああ、春の陽気さで何処かの野良猫がハナコを追い回している
のに、俺はまたふられたわ。三毛さんが死んでから俺もついてへん」
家にはあのルナが庭ではしゃぎまわっているので、落ち着かない。
主人とママも今はルナの世話で俺たちには気がそぞろやし、
膝の上には乗れないし、面白くない。ないない尽しの日々である。
三丁目の少し奥の家の塀にキジ虎がノンビリと陽にあたっている。
夏の陽射しになるこの時期に、まるで、ご隠居風情でいるのも
キジ虎らしい。塀の上で腹を出し、いつでも攻撃しても文句は
言いませんよ、と言っているようだ。
三丁目ではあまり見かけない猫がキジ虎をじっと見ていた。
しかも、メス猫である。俺は少し興奮した。白い身体に黒の縞
があり、かなり若そうである。ないない尽しの生活から
抜け出せるのでは、そんな淡い期待が頭をもたげる。
「お前はんどこの猫や」
とりあえずはそれとない調子で聞いてみる。
「あんたこそどこの猫よ、ちょっとその辛気臭い顔やめてんか」
チョット強気の返答に少し後退り、俺はこの手の女に弱いのだ。
「そいつは俺のダチや、変な気を起こすなよ」
突然上から天の声がした。天の声ではなく、キジ虎の声
だったが、その声に俺は戦意喪失。慌ててそれとない風情
で周りの風景を見る。
薄墨を被ったような空の向こうに比良山が若い緑に覆われた
姿を見せている。三丁目の後ろは竹の群生と過ぎの木々が
生茂る小さな森が夫々の領分を誇るかの如く密生している。
以前はそこにこの街を巡る散歩道があったのだが、今は
その姿が生茂る草木の中に隠れている。
この奥に十数年前に死んだトトの墓があるのだが、主人も
ママも最近は行っていない、と言うより行けないのだ。
「おまはん、元気ないね、どうしたん」
キジ虎はこの界隈のボス猫である。以前、ライがこの街に
きた時、一発でやられた。チャトもその洗礼を受けた。
その後、ライはこいつには勝てないと、あまり近づかない
様にしてきた。しかし、何が気に入ったのかキジ虎は
ライを結構可愛がっている。
「家に元気なメス犬が来て往生してますねん、おちおち
食事もできへん」
「そうか、それはご苦労はん、あんじょうやって行く
しかないでぇ」
「ちょっと、元気付けにおもろい所に案内しようか、ついてきなはれ」
すたすたとキジ虎と彼女猫は山の方に向かっていく。
ライも特に断る理由もないので、とぼとぼとついて行く。
二つの元気な影としょぼくれた影がその後を追うようについて行く。
二人は、三丁目の更に上の街を通り過ぎ、かなり奥深そうな林の道を
同じテンポで進んでいく。ライは仕方なくその後を同じ調子でついて行く。
眼には伸び盛りの草が映るのみで、細い泥道の感触が、何時もの
舗装された硬くて熱い道とは違う心地よさを下から伝えてくる。
周りからはライも知らない鳥たちの鳴き声が幾度となく降り注いでくる。
街育ちのライにとって恐さと新鮮さが入り混じって己が身に湧き上がってくる。
「キジ虎さん、どこまでいくすか」
「もう少しだ、辛抱しや」
やがて、林が目の前から消えた。比良山がこちらを見て笑っている様だ。
目の前にはライが見たこともない金属製のパネルが初夏の陽射し
を浴びて光り輝いていた。その光り輝く板は、少なくとも
ライの視界全てにその無機質な姿を晒している。
「これはなんですか、なにかやばいものなんか」
「俺もよく知らんけど、一丁目の黒によると電気を起こす板やと」
「俺の家の屋根にも同じ様な板があるけど、それと同じやわ」
「人間ってよく分からんものを造りますね」
「何十人もの人間が来てこれを作っていたんや」
キジ虎の彼女猫も何か恐いものを見る様にこの光り輝く板
の群れを見上げている。また、自然の一つが壊されていく。
此処には、ライを驚かした猿の群れの食事場所であったかも知れない。
仇敵イタチの住まいがあったかもしれない。
ライが知らない様々な生き物たちが棲家としていたのかもしれない。
そんな想いがライの頭をかすめて行った。
ライの眼には白く光るような青い空を背景にその稜線を
くっきりと浮かび上がらせている比良山と少し緑がかった
湖面を光らせている琵琶湖が見える。
その穏やかな風景の中に林立するこの不気味な板の群れに
吐き気さえ覚えた。
既にキジ虎はライにこの情景を見せて満足したのであろう、
来た道を帰って行く。ライも慌ててその後を追った。
閉ざされた冬の中では見えなかったものが、少しづつライの
前に現われ、その暖かさとともに、一年前とは違う姿を見せている。

同じころ、チャトは仙人猫に連れられ違う経験をしていた。
小さく迫る山端が切れ、湖が杉の木立から見え隠れする。
やがてブナの灌木が下草を分けるように顔を見せる先に、
偶然その木を見た。樹齢千年ほどの大杉だった。
その周径が十メートル以上もあり、正に周りの若い杉や栗、
楠の樹々を睥睨するかのように鎮座していた。
昔からこの樹には神が宿っていると言われているとチャトは
麓の老猫から聞いていたが、眼前に見るそれはチャトを圧倒していた。
それは大地を踏みしめる巨人の脚であり、ごつごつとした木肌
を幾重にも重ね、岩と化しているようだ。そこから三本に
分かれた幹が天に届くかのような勢いで青い空を突き通していた。
チャトや仙人猫が出歩く周辺にも多くの巨木といわれるケヤキ、
カツラ、ツブラジイの樹々を垣間見てきたが、この樹は
それらよりもはるかに大きい。もっとも、多くは間近まで
行くだけの想いがなかったので、遠景で満足することが多かったが。
大きな木といえば、川を渡った先にあるお寺の中にある
ムクロジであった。それはしっかりと大地を踏みしめるか
のように寺の白壁に大きな影を差し黒味のある実をつけていた。
横でこれも感激しているのであろうか、仙人猫が静かに大杉
を見上げている。仙人猫が言うには、
「人間どもは昔から大きな自然のものに神という、訳のわからない
ものを崇め、たたえてきた」
という。それは巨木であり、巨岩であり、山そのものである
場合もあった。
この比良山系も神として崇められ、その神域で様々な修行も
行われていた。
この大杉は、昔は七本もあったという。しかし漁師たちの
争論ですべてを伐採しその費用の捻出を図ろうとしたが、
白髪の老翁が現れ木の前に立ちふさがり大鋸を折って
消えたという言い伝えがある。
それ以来この大杉は神木として崇められている。人間の
浅はかな思いを誰が打ち砕いたのであろうか、大杉が
じっとチャトを見下ろしている。巨木の生命は数百年から
数千年にまで及ぶ。出来るなら、彼らの見てきた情景
や体内に宿ったであろう智慧を知りたいものと二人は思った。
少しは人間の愚かさが見えてくるのではないだろうか、
そんな想いともつかぬ想いを巡らす。チャトはこの大きな木
のことを主人に教えてやりたいと思った。主人は早速そこへ
行こうというに違いない、その時の情景がはっきりと目に浮かぶ。
少し強まる風が周囲の草叢の立ち騒ぐ音をさらに高め、
風の音と大杉の群れ騒ぐ枝々と葉の擦れ合う音が一つの協奏をなし、
二人に降りてくる。それは天の声に聞こえ、なにゆえか二人
を鼓舞しているようでもある。それは過去になした人間の無知を
彼らに諭させるかのような風情でもある。

四月を契機に世の中も色々と変わる。隣町の小田さんの息子は就職し、
隣りの田中さんは娘が大学へ行く、上弦寺の息子も今年から
本格的な僧侶修行、などなど、我が家を訪ねる人も生活も夫々の
転機の時期なのだ。
「一丁目の黒白婆さんも亡くなってしもうたし、話す相手もどんどん
居なくなるし、わてもそろそろ転生の時期かいな」と思うナナ。
猫世界でもわずかながら変わって行くようだが、我が家の猫族は
総じて相変わらずである。
「うちらも年金とやらがもらえたら、少しは主人やママに楽させられるのに」
と嘘のような想いを浮かべるのはチャト一人かもしれない。

猫にとって、眠り続けることは、自堕落なのではない。
それどころか、猫にとって、眠ることはとても高尚な行為なのだ。
仙人猫も良くチャトに言っている。
眠ることは、自分たちのこれからのための訓練であり、人間で
言えば、坐禅をしているようなものだ。昔の偉い坊さんが
言っている只管打坐と同じじゃ、と。
「只管打坐?」聞いたこともない言葉にある日、チャトは主人に聞いてみた。
「参禅は身心脱落なり、、、只管に打坐するのみなり、対象にかかわり
これに執著することが、自己と世界の真実の姿を見る眼から覆い隠す。
坐禅に打ち込むとき、このあり方から脱して、ありのままの世界を
ありのままに見ることができる」、と。
チャトは全く理解できなかったが、主人にそれ以上は聞かなかった。

2020.05.04

私と猫の歳時記穀雨の頃

我が家の5人猫と味わった四季
穀雨のころ

穀雨(こくう)とは、二十四節気の第六番目であり、
四月二十日ごろである。
田畑の準備が整い、それに合わせて春の雨の降るころであり、
穀雨とは、穀物の成長を助ける雨のことである。そして、
穀雨の終わりごろ(立夏直前)に八十八夜がある。
香り優しい茶の葉、仄かな丸みのある味わいに喉を潤す。
春雨が地面に染み入り、芽を出させる頃となり、各地の
竹林では筍が収穫の時期を迎える。街の奥にある竹林でも、
筍が元気な姿を見せる。筍の魅力は、春を感じる独特の
香りとコリコリとした独特の歯応えであり、それを楽しむ
方法はここの郷土料理にはたくさんあるが、中でもよく
親しまれているのが佃煮。細かく刻み、木耳(きくらげ)や
椎茸などと混ぜ合せることで、食感が更に引き立つ。
その味は、食べたものでしか分からない。
チャトは仙人猫からその様な講釈を受けていた。もっとも、
猫がその味を十分わかっているとは思えないが。
すでに桜は散り、公園や坂を少し下った道沿いの桜もその
薄紅色を落としていた。
農作業はすでに始まり、田圃にも水が張られ、気の早い蛙は
日夜その独唱に励げ増すころでもある。水を湛え始めた田圃
にも生気が蘇り、畦道にも命の息吹が見えていた。
ハコベの緑に加えタンポポの小さな黄色が幅を利かしていたし、
紫の小さな花々がその横に一団となって咲いている。
気の早い農家はすでにトラクターの騒がしい音を畑や田圃一杯
に響かせている。
チャトもまた、そのような沸き立つ情景を見ながら、春の
まどろみの中で、うつらうつらと夢とうつつに身を任していた。
牡丹の真紅、花水木の白、若芽の艶やかな緑、雪柳の雪白、
彩の季節、紫陽花の葉が緑色を深くし、水田は褐色の土の塊
から空の青さを映し鏡の水張りに、琵琶湖は茫洋たる春霞に浮かぶ。

チャト、主人と久しぶりの散歩である。
初めはほんの少しのお出かけと思ったが、主人は、さらに歩を
進めていた。頭上には緑の色模様の入り混じった葉が残光
を透かしていた。そこからのぞかれる比良の山端が澄んだ
蒼さの空に、煌めく緑の円錐が一瞬左右へと揺れ、微動するように
見えた。影を落とす細い道は滑らかに磨かれた石が敷き詰められ、
小さな森まで続いている。横の水路では、多くの水滴をはねあげ、
光を反射し、くねりつついく筋もの水縞を作りながら彼の
進む方向とは逆行して流れ去る。
ひとびとは、比良の恵みとなる水を石造りの三面水路で引き込み、
家々の生活用水として長くその恩恵を受けてきた。
そのような水路が地域を縦断する形でいくつもあるという。
守山石という江戸時代からこの地の特産品として庭石や神社の
基礎石として使われてきた石が観賞用の庭石や庭全体を
覆う形での敷詰め石としてこの地区の家々には多く見られる。
さらには、これらの石は比良の湊から対岸の石山寺や大津城
などの石垣に使うため、船で運ばれたそうだ。立ち並んだ倉庫や
石細工をするための小屋などの名残がその痕跡を名前や史跡
などに残っている。
小さな神社がまだ若い杉の木立に見え隠れしている。その背後に
広がる竹藪の中にはゆらめき光る水のような光が漂っている。
苔に覆われた道を行くと、ぽっかりと木々の屋根が消えた下に
やや薄緑を帯びた水面を持つ池が静かにそこにあった。
水面に揺れる光の群れと何処からか漏れてくる湧水の水音が
一定のリズムを持ち、主人とチャトの体に染み込んできた。
人の気配はあるが、人が見えない。そんな不可思議な世界に
彼ら二人が、水と光の空間に立ちつくしている。
「静かだな。お前どう思う、この静けさを」
「猫も一人も見えまへんな。まあ、こんなもんと違いますか」
と冷めた調子のチャトである。
さらに入り組んだ小道を歩き、白い壁の土蔵の美しさに思わず
立ち止まり、緑の中に橙色のかんきつの小さな実をなでながら、
登り道から下りへと方向を変えてみた。比良の山並みが後押し
をするかのようにその歩は早まり、一コマづつの風景が古き
トーキーの映像のようにゆっくりと流れ去っていく。
眼前には琵琶湖がさざ波の模様を引き、観光船の大きな波痕
を深く描き、対岸の八幡山の小さな山影や沖島の茫洋とした
姿を見せながら、浮かんでいた。
神社に向かって歩いていたときは、気が付かなかったが、湖に
沿って走る国道に向かって歩き始ると、その青と白とやや薄い
水墨画的情景の広がりのある鏡面に思わず、見とれた。
歩くにつれて石の持つ情景が幾重にも重なっていることに
気が付いた。家々を取り巻く石垣がちょいと入った路地を
一直線に横切っている。そのさして広からぬ田畑は、何段かの
棚田となって湖に下り落ちるように耕されているが、それは
大小の石で造られた石垣で丁寧に囲われていた。
縁側が日の中でまばゆい光を発しているその庭には守山石で
造られた石灯篭があり、その造りは真っ直ぐといきり立つ宝珠、
それを受ける見事な請花、露盤のくびれも見事であり、
蕨手(わらびて)の先っぽまで反り上がる笠のラインはその
優雅さに思わず見とれる。火袋を受ける中台に施された
十二支の彫刻の精緻さは素人目にも多くの石工がこの地域で
活躍していた
そんな証、所在なげに置かれた庭の石たちに見られた。
この辺をよく知る人に聞いて、湧水のある林に向かう。
杉の林が切れかかり、湖の淡い碧さが垣間見れるところに
小さな泉があった。
クレソンがその小ぶりの葉を緑の光の中に浮きだたせていた。
白い砂地から幾重もの輪となって水がふつふつとわいている。
透き通った水の中を飛ぶように動くものがあった。
数匹の小エビだった。クレソンの葉に隠れ、またそこから
飛び出し、自由奔放の時を過ごしている様だ。
この小さな水の世界が彼らの全世界なのだ。気が付けば、
背後にはこの里を慈しみ、守るような形で、比良の山並みが
その緑一色であるが様々な模様の山肌をみせ佇んでいる。
まだここには古き時代の生活とその匂いが残っていた。
最近は、若い人が移住したり戻ってきたりしているという
古老の話は、この情感の中では、すとんと心に落ちる。
主人はその大きな鼻孔を広げ、チャトもあの三角目を一段と
三角にして、その匂いを嗅いでいる。
数日前までよく降っていた雨がやみ、それと同時に自然界に
新たな成長の季節が訪れた。時は確実に進んでいる。
木々や草花はいっせいに華やかな色彩とかおりをまき散らし、
トチノキの枝は小刻みに震えながら、円錐形の花キャンドル
を支えていた。白いヤマニンジンの花笠が道端をびっしりと
覆っている。つるバラが庭塀を這いあがり、深紅のシャクヤク
がテッシュペパーのような花弁開いている。
りんごの木は花びらを振り落としはじめ、その後にビーズの
ような小さな実をのぞかせている。
二人は、比良の若葉山の姿は、やはりこのあたりから見るのが
良いように思った。山並みの傾斜と直立する杉の木々との角度、
これに対する見るものの位置があたかもころあいになっているの
である。その上に昔もこの通りであったとも言われぬが、
明るい新樹の緑色に混じった杉の樹の数と高さがわざわざ人
が計画したもののように好く調和している。チャトや猫族、
特に仙人猫の考えでは、山は山の自然に任せておけば、永く
この状態は保ちえられると思っている。
琵琶湖の水蒸気はいつでも春の木々を紺青に映え、これを
取り囲むような色々の雑木に花なき寂しさを補わしめるような
複雑な光の濃淡を与える。山に分け入る人は、単によきときに
遅れることなく、静かに昔の山桜の陰に立って、鑑賞して
おりさえすればよいのであって、自然の絵巻きは季節が
これを広げて見せてくれるようになっているのだ。
そんな事を考えながら、主人は雑木林を抜け、街の奥の竹林の中
を落ち葉のかさかさする音と踏みしめる足元の心地よさを味わっていた。
チャトもその肉球を伝わってくる春の心地を同じように感じていた。
通り過ぎる家々の壁はその陽射しの中で新たな灰色を見せ、
キチンと刈り込まれた生垣は鮮やかな緑色となり、庭の芝生
も黄緑の色を濃くしていた。それに対抗する様にユキヤナギの
木々が五弁で雪白の小さな花を枝全体につけてその白さを
誇っているように繁っている。雑草が一本も生えていない
花壇には、クロッカスの紫の花が二列をなしている。
庭のベランダには、三つほどの洗濯干しが陽射しに向けて
置かれている、タオル、ハンカチ、そして男性用の下着が
数枚。その下で身体全体を大きく伸ばして寝ているキジ虎
の姿も見えた。光が庭中に放たれていた。
二人は、心を残しながら我が家への道をとる。

2020.04.19

私と猫の歳時記 清明のころ

私と猫の歳時記
我が家の5人猫と味わった四季
清明のころ

湖は不思議だ。陽が射すと珠玉のように明るく映えるが、
陽が一瞬でもその力を弱めると一変して闇に近づき濃紺
から重い灰色となる。
さざ波が立つと、ここは死者の眠る奥津城なのかの想いが
強くなる。さざなみは、人が死んで還っていく黄泉路の
道しるべとなり、その霊気に満ちた様相をさらに深める。
いま見る湖は、一番手前の砂浜をわずかに残す程度で薄絹
の幕の中にその茫洋とした姿を見せている。

春を迎えるにあたり自然も色々な顔を猫や人間に見せる。
清明は4月19日まで、万物がすがすがしく明るく美しいころだ。
だが、時に雨水や啓蟄のような姿も見せる。気まぐれな自然
の神が遅い雪なども持ち込んでくる。それもまた自然なのであろう。
主人は、今見る湖の姿から勝手な思いを込めていた。
「暦便覧」には「万物発して清浄明潔なれば、此芽は何の草
としれるなり」と記されている。すでに様々な花が咲き乱れ、
お花見シーズンになる。全てが柔らかな光に照らされ、
早朝の比良の山には、うっすらとした霞がたなびく。
春霞の中、樹々に清々しい新緑が芽吹きはじめる。その中で、
山椒の花が開花し、このごく短い期間に自宅で手摘みされた
花山椒は、収穫もわずかで貴重な季節の食材となり、
やがて来る色とりどりの食べ物への先駆けとなる。

ママがラジオから河口恭吾の桜を聞いている。
「僕がそばにいるよ 君を笑わせるから、、、、、
いつもそばにいるよ 君を笑わせるから やわらかな風に吹かれ
君と歩いていこう、、、、、君がいる いつもそばにいるよ」
そして、この歌のような清純な世界とは対極にある生存への
涙ぐましい世界もある。我が家の周りにも人や雌猫達が昼夜に
関係なく様々な時間や情景に合わすかのように出没し始める。
ここしばらく我が家の猫たちそして主人とママも結構忙しく
立ち回っている。雌猫達が数匹、我が家の雌猫を狙ってか、
入れ替わり立ち代り現われている。
要するに、繁殖の季節なのだ。
オス猫がメス猫を選ぶのは、その尻の匂いが俺の好みのか、
の一点である。
ノロが以前にチャトとライに教えていた。
「メス猫を選ぶんは、その顔でもスタイルでもないんや。
お前は人間のせいで興味がなくなったかもしれへんけど、
俺がメスを選ぶんは、お尻の匂いや。その猫がぶすでも
美人でも構わへんわ。あの匂いを嗅いだ時に身体全体が
震えるような衝動が走ったらそれが俺の女や。もっとも、
相手がどう思うか知らへんけどな」
チャトはそんなものかい、と納得した。
でも、自分も遠き昔にその様な甘い感情があった事を
一瞬思い出したが、直ぐに消えた。
「俺に言わせれば、人間の男だって同じ様なものや。
結婚する、しないなんぞ言い合っているが、結局は性交
したいのが本音だと思わへんか。そのあと、人間の言う
世間体が悪いと親に言われて仕方なく結婚と言う人生の
終着を迎えるんや」
ノロはしたり顔でチャトやライに言ったものであるが、
我が家のメスであるナナ、レト、ハナコはわれ関せずと
言わんばかりに尻を向けて寝ていた。
チャトは思う。
確かに我が家の息子たちや主人の話を聞いていると、
ノロの言う事も満更嘘ともいえない。それが尻の匂いを
嗅ぐ行為ではないかもしれないが、盛大な結婚式なるもの
をやって彼女を見せた後直ぐに別れたり、喧嘩の日々を
過ごす連中が多い事を考えると性交することが
最大の目的なのであろう。

ニヤオー、ニヤオオーと言う叫びがまた外から聞こえてきた。
主人がポーチに出て行き、「こらー」の一言で納まったものの、
それも一時間も経たずして、別な雄叫びが聞こえてきた。
主人がメス猫三人に外に出ると襲われるから注意するように
と言っている。しかし、彼らの狙いはハナコだけとお見受けする。
人間がそうであるように猫もわざわざ危険を犯してまで年寄り
との交わりを望んではいまい。
しかし、当のハナコはノンビリと前足で顔を何回となく拭いて、
やがて背を伸ばし、尻尾を一直線に天に向けてお目覚めの
ご様子である。ついでながら、レトは、庭の隅でなにやら
一人で飛び跳ねている。砂利で覆われた花壇の道には、
黄色と緑の小さな草花が一段とその色を濃くしており、
そこにいる虫にでもちょっかいを出しているのであろう。
二人はここにある春を楽しんでいる様にも見える。
隣りの家の桜がすでに蕾を見せているが、残り香を発していた
梅ノ木からは白い花びらがレトの上にも降りかかっている。
あの鍵型の尻尾にも白いものが二つ三つと張り付いている。

我が家のそう遠くない場所に、小枝が四方にその伸びた木
と銀杏が二本、ひっそりと立ている広場がある。
そこは春も終わりごろになると、数十センチほどの草花が生い茂る。
その草叢のなかに、茶色と白の何かが見えた。チャトがいた。
目の前の小枝に見入っていた。その小枝は細く、しなやかで
緑色をしている。そうした小枝は完全な円になるほど曲がるが、
折れはしない。れんぎょやライラックの茂みから伸びでる、
繊細で、誇らしげで、いかにも希望にあふれた生命が表すのは、
このころの風情だ。
春も進むと、そのしなやかさも春の初めのそれとは変わってくる。
こうした新緑のしなやかな小枝が与える痛みは、春の心地よさ
と合わせ、チャトには新鮮な痛みでもあった。
長い小枝にはいらいらすることがあったので、このころにここに
来るのがチャトのここ数年の習わしとなっている。
ある春の土曜日、チャトはこの広場の草の中に体をうずめて、
上をゆっくりと流れる雲を見ながら、蟻や桃の種子や、死のことや、
眼を閉じたらこの世界はどうなるんだろう、ということを考えていた。
チャトは長いこと、草の中に横たわっていたに違いない。
家を出るときには前にあった影が、帰るときには消えてしまって
いたからだ。

主人が1人部屋にいた。
通り過ぎる車の光が一条、彼の顔を光らせ消えた。その一瞬に
目に涙があることをチャトは見逃さなかった。
多分、人間の感傷というやつや。
「なぜ、あれが涙を流させるんや、わからへんわ」
「そうね、猫にはない感情だね。でも、少しはあんたもわかるやろ。
俺との付き合いも長いんだから」
「そういわれても、ちょっと難しいわ。なんかに打たれて痛いとき、
泣くんならわかるんやけど」と、
一瞬、先ほどのしなやかな小枝が思い起こされる。
多分、チャトの永遠の理解不能な世界なのだろう。
外が騒々しい、しばらくすれば、普段の小うるさい我が家
となるのだろう。

チャトはこの街から少し離れた大きな公園にいた。街下の
キジ虎に誘われその後について横を通り過ぎる車と言う
馬鹿でかい鉄の塊りを避けつつ、幾つかの路地を通り、
大きな病院の駐車場を横断し、森に囲まれた神社の
白い石畳を歩いて来た。この暖かさにつられてか、砂場や
池の周り、横を流れる川の畔に思い思いの思いの遊びで、
子供たちが公園を支配していた。
「なんで、こんな所に俺を連れてきたのや」
「特にあらへんけど、あんたとは久しぶりに歩きたかったんや、
人間が春だ春だと騒いでいるんなら、俺たち猫ももう少し
この季節を味わうんも、猫族の一つの使命やし」、
と訳の分からない事を言っている。
ようするに、キジ虎一人ではこの公園に来るのが恐いのでは、
チャトはキジ虎の様子を見ながら、そう思った。
公園を一直線に貫ている道路は桜の花道になっているが、
まだ桜は蕾の硬い表情を崩していない。
しかし、チャトの肉球は地面の暖かさを捉えており、目の前
には土筆やセリがその元気な姿を陽射し一杯に見せている。
頬をかすめる風にも春の匂いと温かさが乗っていた。
確かに春はここに来ていた。

大きな怒鳴り声が家中に響き渡る。
チャトや猫たちにとってどうでもいいのだが、どうも違うらしい。
お互いの意地、頑固さ、メンツなどと言う言葉で、よく他愛無い
口論が始まる。そんな時には、近づかないのが、長年の経験から
学んだ対処術である。
ある日、まだその様な状況を理解していなかったハナコが
その紛争地帯に足を入れてしまった。腹が減ったと主人に
スリスリしに行ったのだが、遠くソファーまで投げ飛ばされた。
人間は季節の動物でもある。寒い冬には静かな空気に
包まれているのだが、春になるとその空気に触発されてか、
結構我が家の内戦もその頻度が増えるようだ。
夏になるとその状態がまし、さらに危険レベルがアップする。
ママも主人もその暑さに合わすかのように口論の頻度と
闘いのレベルが多く、高くなる。
チャトはよく思ったものだ。
いつも冷静な我々猫族はやはり一歩進んでいるのだろう。

ナナは想いに耽っていた。
私も歳のせいやろか、自然の摂理と言うもんを感じざるを得ない。
この季節、雄どもは発情しメスを求めメスもまた雄を求める。
灰色と黒色の一色に覆われていた世界には、緑色が支配し
始めその緑色を彩るかのように黄色、赤色、白、更に紫が
現われ出てくる。モノクロの世界がカラーの世界に移り、
更には生命の持つエネルギーが世界に充満する。
下の街にいるこの土地の長老猫が以前言っていた。

猫族は文字を持たないから大昔からの事を口承、伝承で
語りつないで行くという。ナナもチャトもこの長老猫から
よく聞いたものだ
「もう考えるんも面倒くさいほどの昔は、この辺も湖と
比良山と周辺の森や林だけやった。見えるんは、お寺と
萱葺の家が数十軒肩を寄せ合うようにあるだけだったし、
俺たちも近くの漁港の余った魚をノンビリと食べて変わらぬ
日々を過ごしていたわ。周りの景色も白と灰色の世界から
この時分は畑の緑が少し色をつけ、やがて緑色一色になり、
一面が色とりどりのカラーの世界、動物と植物が支配し、
人間は片隅で動いていたんや。そんなんが同じ様に続いたんや。
白さ舞う冬からピンクや薄緑の草木の春となり、燃え立つ緑
と湖のコントラストの強い夏、最後には抜ける蒼さの下に
広がる赤や黄色の秋、それが限りなく続いていたわ」
四十年ほど前まではその様々に色を変え、姿を変える自然の
中を茶色に塗られた二両続きの木造列車が走り抜けていた、と言う。
今の様なコンクリートの上を走るようなそっけもない列車ではなく、
まるでどこでも乗り降り自由なそのごとごとした揺れと音の
列車は猫たちにとっても楽しい動くモノでもあった。
初めはそのような動くモノに警戒したものの、やがて猫たちに
とっても、それを見ることが一つの楽しみとなった。
菜の花が咲き乱れる中を、桜が舞い落ちる季節を、雪が吹き付ける
寒空の下をしっとりと降り注ぐ雨の中を、比良山と琵琶湖の
間を縫うように毎日欠かさず走るその姿に猫たちも
一種の感動を覚えた。
長老猫は目を細め古き良き日を味わうような目付きで
遠くを見ていた。
「それは今も続くけど、やがて丘に沿って人間の家が
上へ上へと伸びてえろうグロテスクな世界が支配し始めたんや、
田圃や畑も姿を変えていったわ。面白くないんやけど」
古きものは彼らの前からも消えていった。老いるナナ、
転生を意識し始めたチャト、いずれも時間の経過という
猫にはない考えに浸り始めていた。

チャトがそれを真近で見たのは、十数年前であった。
我が家に来て間もないころ、琵琶湖を渡る大きな橋の横
にその雄姿を見せていた。後から知ったのだが、
それの名は、「イーゴス」と言う。建設した地元の資産家が
琵琶湖の畔にこの東洋一の観覧車を造ることで、皆に「凄い」
と言わせるために名付けた、と言う話である。
晴れていれば、三十キロ以上はなれた浜大津からも
その雄姿は見えた。夏の青く塗りこめたような空に
溶け込むように、また冬の黒く重く垂れ下がる雲の中に
重々しく、春の湖面にその丸い姿をゆるりと映し、秋の
青白い天空に浮かぶ満月の光に映える鏡面の水面に静か
に佇んでいた。
初めて見たとき、それはゆっくりと円を描き、先端についた
ゴンドラをわずかに揺らすように白く光る蒼い空の中で
回転していた。
時には、数人の若い人が乗っていることもあった。
彼らの眼には、琵琶湖の広さがどのように見えたのであろうか、
地平線のかすかなそして曖昧な線の光景がこの地上
十数メートルの世界から、蟻の如き人の動き、水面を走る
ヨットの細い軌跡、連なって走るミニチュアのような車の群れ、
となって見えていたのか。やがてのその円の動きは止まり、
赤と白で塗られていた鉄柱は錆と色褪せた鉄の地肌の露出した
廃物と化していった。三十年前の輝きは失せ、死せる巨人
の如き姿態を見せていた。それもある日、終りを告げることとなる。
二十個ほど付いていたゴンドラが一つまた一つと消え始め、
円い鉄の腕も少しづつ形を失っていった。その速度は遅いものの、
癌に罹った人間が少しづつその生命を細くしていくのと
同じ様に、着実に消えていった。ある日、完全にイーゴスは消えた。
その強大な身体を支えていたであろうコンクリートの
塊りがわずかにその存在を示していた。

主人は、この変化を見ながら、人間も同じだな、とママと
語り合っていた。
三十年以上前、人々にその存在を強く意識させていた時代、
彼の絶頂期であった。歳月とは残酷なものであり、その衰え
がはじまり、錆と剥げ落ちた塗料の無残な姿になり、
地上から消えた。そして、その存在すら人々の記憶から
すり落ちていくだろう。この地にあったという多くの城と同様に、
今は侵略してきた森の強さの中に、わずかな石組みの形跡
のみが傷ましさととともにあるのみである。
流れゆく時間、自然の消し去る力と人間の作り出す力との
狭間の中で、幾層にもわたる歴史の痕跡は破壊され、
人々は眼前の見えるものにしか興味を見せない。全てがそうなんだ、
チャトは一人納得した。

2020.04.05

私と猫の歳時記 春分の頃

私と猫の歳時記
我が家の5人猫と味わった四季
春分の頃

庭の梅の木、春が盛りである。
少し前まで茶褐色の枝にピンクの蕾がまるで小粒の豆のように
幾重となく張り付いていた、それがピンクの花弁となり、
十数本の白いオシベが顔を出す。
蒼い空に向かってピンクの笠が張り出したように四方に
その甘い香りと艶やかな空気を醸し出していた。
陽射しも冬の残り火を消すかのごとく力強く降り注いでいる。
我が家の猫全員が庭のポーチで思い想いのかっこでその
陽を浴びている。
チャトは得意の腹だしスタイルで、大の字になり、可愛い
オちんちんを丸出しにし、春の暖かい光を身体全体で
受け取っていた。
他の四人の猫たちも互いの微妙な関係を見せている。
仲の悪いライとナナはベランダの両端で少し緊張な面持ちで
香箱を作り、気の弱いレトは大分離れた庭の椅子の上で
この二人の様子をうかがい、ハナコはいつも虐めるレトの
動きを見張るためかチャトの横でレトの監視をしている。
まあ、そんな空気を知ってか知らずか、チャトは時折聞こえる
自分のいびきに吃驚している。
また、千切れ雲がその陽射しを遮るように比良の山へと、
四人にその薄い影を這わしていく。少し風が強くなった。
だが、数か月前の風とは大分違う。ほの暖かい空気がチャト
やほかの猫の毛を緩やかに触れ、母のぬくもりを伝えていく。

春は人も猫も虫たちと同じ様に様々な形で這い出してくる。
春を分けるという春分も、この時期となると人間は色々に
動き出す。春分、待ちわびた春の盛りである。
街の風景も柔らかな桜色に染まり、あちらこちらから甘い
香りが漂う。美味しい四季折々の風情を味や色、香りなどで
表す春のお菓子たちが立ち並ぶ。
この季節は桜色に染められた粉がよく使われ、鮮やかさが
目にも美味しい。
五感で感じる春薄紅色の粉を使う桜餅。五感全てで春を感じ、
穏やかな季節を祝う。だが、猫たちは寝ているのが本分
とばかり、五人五様の寝姿で過ごしていた。
部屋には主人とママに加え、隣町に住んでいる小田さんが
来ている。彼は甘いものが好物であり、近くの和菓子の店
のウグイス餅とイチゴ大福を持参してきた。ママと同じ
仕事の関係から時々顔を出すが、いつも持参は甘いものに
決まっている。その小太りの体を揺らしながら、
まるでガチョウのような歩みを見せる。三分刈りの頭に太い
眉毛に垂れた目、甘党で優しい声を出す人とは思えない。

三月、 弥生 季春 などと言われるのが一般的だが、ほかに
こんな呼び方がある。
花月、 嘉月、 禊月(けいげつ)、 建辰月(けんしんづき)、
桜月、早花咲月(さはなさきつき)、 早花月、 蚕月(さんげつ)、
染色月、 宿月、 称月、 桃月、 花津月、 花見月、
春惜月(はるおしみつき)、 雛月(ひいなつき)、 夢見月、
何となく、心躍る言葉だ。
そして、その呼び方にあわすような和菓子が目の前にある。
ウグイス餅は春告鳥(はるつげどり)とも呼ばれるうぐいす
を表現した上品な色合いの和菓子で、白地の生地に青大豆
のきなこを使って独特の蒼さを出している。
美味い物はまず「眼で食す」と言うが、イチゴ大福の
その白い生地から透かして見えるイチゴの赤い仄かな
色合いと合わせ、食べるにはもったいないようだ。
六つの眼が注がれる先に春の香りを醸し出すような趣で
十個ほどの菓子がちんまりと並んでいる。
「この季節になるとこの店ではこの二つを作るんですよ。
結構評判で朝早く行かないと売り切れる事もあるんです。
今日は上手く買えたので、おすそ分けですよ」
「毎年、頑張って持ってきてくれるなんて幸せだわ」
ママも感激の一言。

ハナコとライが珍しく主人とママの膝の上に乗り、この
不思議なものを見つめている。ママがゆっくりとお茶を
入れるのだが、主人はウグイス餅を一口で食した。
大きな口にその餅が吸い込まれ、のどが上下する。
さらにその開いていないような目をイチゴ大福へと
注いでいく。何とも風情のない人である。
チャトが「このおっさん、食べるだけかいな」の眼差しで
ソファーから見ているが、一向気にしていないようだ。
「私のとこは、すっかり緑が少なくなっているけど、
この辺は歩いている人、車にいる人、誰もがゆったりと
した雰囲気ですね。この空気感が人を解放しているのかな」
「何とも言えないそのざわつき感というか、数週間前と違いますよ」
小田さんは、何に感心しているかよく分からない風情だが、
一人悦に入っている。

「庭に梅あり、そしてウグイスとまさに春だね」
「金魚たちも何かウキウキとしているみたいだ」
なるほど、我が家にいる金魚とは言えない大きさになった
五匹が浮かぶ藻の中で心なしかその泳ぎが激しい。
十個の大きな眼がその赤銀色の巨体とともに一斉にこちらを
見ている。春の息ぶきがこのさほど大きくない水槽にも
来ている様でもある。
「やはりこのような雰囲気で食べるから美味しいのよ」
「あなたもそれ以上食べないでよ。デブが目立つわよ」
と先制攻撃だが、既に主人は完食したようだ。
ママと小田さんは、ノンビリとこの愛すべき一品を口に
運び味わっている、いつの間にかママの膝にはハナコが
来ていた。ライはすでに庭へと移動していた。
ニャオーという少し甘えた声はこのウグイス餅を欲している
のであろう。
多くの人は猫は魚の類しか食べないと思っているようだが、
我が家の猫族は少し違う。特に、ナナとハナコは甘党でもある。
先ほどまでのノンビリ感とは違う様子でハナコがママに迫っている。
「ママ、早ようその美味しそうなものを私にもくれへん」
先ほどのニャオーを翻訳するとその様になる。
ともかく野良猫育ちの彼ら、彼女らは人間と同じものを
ほとんど食べる。バター、お煎餅、チョコレートなどなど。
どこでその味を覚えたのかは定かではないが、主人や
ママがノンビリとおやつを食べているとそのざわつき感や
食べる音に素早く反応する。ネズミを捕ることがなくなった今、
猫たちにとってこれも狩りの一つなのかもしれない。
「ママ、この猫、ウグイス餅を食べてますよ」
「この子、甘いのが結構好きなの。ハナコ、あんまり食べる
とデブになるよ。もっとも、結構デブになってるけど」
「私はまだまだスマートよ、失礼な人やね」
と言いたいのだろうか、口を大きく開けてニヤオーの雄叫び、
ではなく雌叫びである。

この街は風の街でもある。
に春の訪れとともに、「比良おろし、比良八荒」が吹き荒れる。
比良山地南東側の急斜面を駆け降りるように吹く北西の風である。
その風に合わすかのように「比良八講(ひらはっこう)」という
法要が行われる。周辺の琵琶湖で僧や修験者らが、比良山系
から取水した「法水」を湖面に注ぎ、物故者の供養や湖上安全
を祈願するのだ。
小田さんは、隣町で育った事もあり、比良八講については良く
知っていた。
「比良八荒にはこの辺だけでなく、湖国のあちらこちらで比良
八荒で湖に没した乙女の悲恋の物語が存在しますよ。小さい頃、
私もおばあちゃんに良く聞かされた」
毎年この頃に吹く比良おろしは、この乙女の無念によるものだ
といわれている。
もっとも、今もJRの線は結構、この風のお陰で止められるから、
乙女の怨念は続いているかもしれないけど」
ほんのりとした空気を破るかのように一陣の風が庭の梅ノ木を
揺らしながら吹きぬけ、梅の花が数枚,ガラス戸に張り付いていく。
既に、春の匂いが多く含まれ、まだ幾分の寒さが感じられる
ものの心地良さが周囲を覆っている。庭のはずれには、寒椿の芽
が緑の深さを増した枝の中から顔を出し始めている。
風に吃驚したのか、先ほどまでノンビリとポーチにいた猫たち
も慌てて部屋に飛び込んでくる。茶色やクロのいでたちで猫族が
部屋を占拠し始めた。

そんな騒ぎの続く中、ナナは一人二階のベランダで日向ぼっこ、
やはり寄る年波は隠せない様で、最近のナナはママのベッド
で終日寝ている事が多くなった。この陽射しの中でも、
その薄茶色の毛並みはやや元気なくつやがない。
少し痩せた様でもある。何しろ十七歳である。人間で言えば
軽く八十歳を越しているお年であろう。
ナナは、風の強さよりもその陽射しの濃さが周りを支配している
二階のベランダが気に入っている。
黒く映える甍、光背に聳える比良の山並み、ナナは感傷的な眼を
遠くに流す。蒼く冴え渡った空に数片の雲が比良山から
湖の方へ駆け抜けていく。さらには、ゆっくりと円を描きながら
空に舞う鷹の大きな翼が見えた。
春初めの仄かな匂いと温かさが充満している。ライはソファーに
あった毛布をムニムニしているし、レトとハナコはベランダの
椅子で伸びやかに寝ている。チャトは先ほどの腹だしスタイル
を畳の温かさを全面に感じたいのだろうか、ここでもご披露中。
猫は寝ることが好きである。そして、気ままに自分たちの
世界を創りだしている。ハナコは先ほどのイチゴ大福の山盛り
の夢、チャトは仙人猫の言う生まれ変わった自分の若く
凛々しい姿、ライは三丁目の恋焦がれる三毛さんとの
逢瀬の夢、レトはいつも優しく抱いてくれるママさんの夢、
人間をひれ伏せ神と崇めさせる夢、皆勝手な想いの創造物
ではあるのだが、その実現を期待しつつ猫族は、日夜、
眠ることに勤しんでいる。
もっとも、チャトが言う「ナナはんが三丁目のクロさんを
殺したで」というのは夢の世界だけであってほしいものだが。
有名な心理学者によれば、夢は人としての集団的な無意識
が形になって各個人に現れるものと言う。
猫もそうなのだろうか。
猫は死を予感するというが、多分、それは彼らの奥底に
包み込まれていったことが、夢の中で、形を整え、次の
自分たちを描き出す、彼らの転生の姿を見せることが
予感と思われているのでは、最近はそう思うようになってきた。

ハナコは主人のベッドの上で寝るのが好きだ。野良猫として
我が家に来た時、ハナコとノロを受け入れたのは主人であり、
ライやレトの古株に虐められた時に助け舟を出すのが主人
であったからかも知れない。もっとも、黒と茶色の斑の
様な色合いに白い下腹や足から受ける印象はか弱さが
感じられるが、ぞっこん結構しぶとい女だ。
でも、今見える寝姿は、中々に可愛い、と主人は思っている。
前足を少し縮めるように九の字にまげて、後ろ足には
長い尻尾が捲きつけるように絡んでいる。
やや丸める様に横になった斑の背中に白いおなかが上手く
全体の色バランスを取っている。白さが優る顔を斜めに伏せ、
時々動かす耳は背中の斑と同じだ。やや上向きの鼻が
こじんまりと伏せた目元に緩やかにつながっている。

2020.03.19

私と猫の歳時記 我が家の5人猫と味わった四季 啓蟄の頃

私と猫の歳時記
我が家の5人猫と味わった四季
啓蟄の頃

まだ暗い。東の方から白い陽が徐々に忍び寄りモノクロ
の世界をさざ波が寄せるかのように周囲の風景に
その白さを付け始めていく。
すでに五弁の花に黄色の小さな蕊を見せている梅の木、
まだその葉さえつけていない褐色の紫陽花、薄黄色の
丸い実をつけている金柑の木、最後には、毎年赤い
大きな花を咲かせるデゴニアへと、黒いポーチの枠を
映しながら白い帯が微妙な速さで流れていく。
それは朝の自然の習慣のようでもある。
その影に隠れるようにその褐色の裸身をみせたままの
紫式部の木がひっそりとうずくまっている。
梅の木の蕾と少し気の早い桃色の花以外、まだこれから
見せる様々な色を隠したままである。ポーチの黒い影を
半身に帯びた梅の木、ピンクの小粒の豆のような蕾が
褐色の枝に満遍なく張り付き、四方へと伸びている。
鋭角に曲がったもの、青み始めた空に突き刺すように
直線的に伸びているもの、枝は思い思いの様で朝明けの
中にその姿をさらしている。ピンクの蕾も冬の寒さから
開放されたのか少し緩いまとわりとなりその開花
を待っている様だ。これは我が家では一番の古株となった。
ここへきてすぐに金柑の木とともに植えた。
今その根方には、犬のグンが眠っている。
青く苔のかかった犬の置物がハコベの小さな草にそっと
乗るような面持ちでこちらを見ている。周りの木々が
枯れたりいつの間にか消え去ったりしている中で、二十年
以上の付き合いでもある。
葉がすべてなくなり、丸裸の姿で冬の透き通った青の中にも
凛然と過ごす。
そして、梅の木は春の移ろいを我が家にもたらす。
比良の雪が消え、少しづつ緑がその色を濃くしつつあるころ、
枝の端々に黒く小さな芽を出し始める。
春の知らせをまず我が家にもたらすのは、褐色の枝の節々に
薄桃の色合いを見せ始めるこの小さなつぼみだ。
それはまだ固く己が姿を見せまいとするかのように枝の中に
隠れている。やがて、数日間の春を告げる柔らかさが庭を
支配し始める頃、黒いつぼみに薄桃の色が見え、ある日
そこに薄い桃色の五つの丸みの花弁と十数本の白金の弓
の反りを見せる雄しべを持った花が顔を見せる。
茶褐色の不愛想な枝が薄桃色の点描に映え、朝のしじまの
中に浮き立ってくると春は間近だ。

主人はこのころになると、朝起きるのが早くなる。斜めに
射し込む赤みを帯びた朝の光と枯れ枝と黒く沈んだ緑の冬姿
の木々の中に白く映える梅の木をしばし眺めるのが日課となる。
古びたリクラインの椅子に掛け、頬を撫ぜるわずかの中に
ひそやかな甘い香りを嗅ぎその日の力となすかのようだ。
だが、その花々もやがて一つ落ち、二つ落ちと庭に舞い降りる
と薄茶色のまだら模様の木肌が支配し始める。
その晴れ姿を見守り終えたかのように、小さいながらその
葉脈を強く太く見せる艶やかな緑の葉が次第にその形を枝
の四方に整える。やがて、尖った卵形の葉がのこぎり状の
姿を強め、すでに花の消えた枝々枝ををおおい始める。
二十年の樹齢であり老樹とは言えないが、節くれだち白い
まだら模様の枝が鋭角に曲がった姿は、長年の風雪を
過ごしてきた老いた人を思わせる風情だ。
主人にとっては、この木の趣はまさに老樹であった。
それはまたその姿形だけでなく、彼の昨今の心根を
そこに映しているからかもしれない。それは老いへの怖れだった。
だが、主人はこの姿を見るたびに、道元の梅花の巻の一節を
思い起こす。それは「老い」の怖れと強さをを合わせ持った
響きがあった。

主人とチャトが庭を見ている。
庭には、褐色の枝枝に小ぶりの葉をつけはじめた紫陽花が
細い雨にその身を置き、小さな雫が時折、黒くくすんだ
土の上に落ちていく。
ここ三日ほど梅の木の薄桃色の花群れの上に小さな水滴を
残す静かな日々続いている。主人は、見えない糸のように
降り注ぐ雨を見ながら、膝の上のチャトに語りかける。
「この頃の雨を農家の人は、百穀を潤す百の雨っていうんだ」
「なんでや」
「お前も感じるだろう。日毎に猫たちはストーブの前から
消えて、街歩きや枯れた褐色の土に降り注ぐけむるがごとき
春の雨、さまざまな穀物の種子の生育を助けて緑の野にしていく。
そのために農家の人は秋の収穫に向けて土を起こし、
種をまいていくんだよ」
実は、三丁目のクロを飼っている田中のおじいさんが町内の
俳句の会をしており、チャトはそのクロから、この時期の
雨の言葉を色々と聞いていた。
もっとも、ご当人は、ほぼ記憶の彼方になっていたが。
「シュンリン、サイカウ、カンウ、、、誰かに聞いたような
気もするんやけど」
「春霖(しゅんりん)」は今日のような春の長雨。菜の花が
咲き競う頃降る長雨だから「菜種梅雨(なたねづゆ)」
といわれたりもする。また「催花雨(さいかう)」は、
桜をはじめ色々な春の花を咲かせる雨と言われる。
桜がその短命な盛りを過ぎても、花水木、レンギョウ、
サツキにツツジと、次々と競うように咲く花うながす。
この辺で目立つのは山吹の花だ。音もなく降り注ぐ糸筋の雨
の中でも、傘さす道行の人にその黄色い光りは思わず振り
向かさせずにはおかない。甘雨(かんう)とも呼ばれるが、
それは山椒が「木の芽」を伸ばしその香りの甘酸っぱさ
が春の香りだからそうだ。実をつける前に小さな黄色い花
をつけ、「花山椒」となる。

この時期の料理には、筍と合わせ木の芽の味噌和えが出てくる。
主人は、少し前に味わったてんぷら料理の彩と味を
思い起こしていた。
「なぜ、雨にそんな名前を色々とつけるんや、めんどくさいわ」
また、チャトの大いなる疑問が口をついて出た。
「人は動物、草木、石なども入れてすべてがお互い生かしあう
ものと考えているんだ。例えば、催花雨は春に咲く花を
育てるからだし、甘雨は山椒の木の芽を育ててその甘い
香りを皆に嗅ぐわせる雨だからだ。それはお前がチャト
呼ばれているのと同じだよ」
「そんなもんかいな、、、、、」

主人は、また「山川草木悉有仏性」という言葉を思い起こしていた。
「この雨は仏の涙なのかな?」
突然、甲高い声が庭をおおった。小さな雫が幾筋も奥の金柑
の葉から枯れ木色の紫式部の枝に落ちていく。
よく見るとその葉叢の中を少し太めの黒い影が動いていた。
チャトが膝の上からその鋭い眼をじっと向けている。
こうしてみると、強き雄猫に見えるのだが、横目で見やり
ながら主人は思う。
体の背や翼の上面は暗緑色で腹には横じま模様がある。
アオゲラのようだ。「ピョー ピョー ピョー ピョー」と
甲高い声が庭を支配し、薄墨色の世界をはぎ取っていく
ようだ。黄色に黒いにじみの混じった実ももぎ取られたか
のように糸筋の雨に合しゆっくりと落ちていく。
アオゲラの去りゆく先に、わずかに見える比良の山並みがあった。

週間ほど前、比良山も次第に緑に濃さが混じり合い、
少し前までまだらだった中腹も深緑、赤茶け色の混じり合った
春山の顔となった。
ただ、いまは静かに降り注ぐ雨の中で、焦点の緩い画像を
見るかのように明確さを欠いた曖昧な世界であった。
灰色の中に茶げた山頂と緑の中腹、そしてピンクや黄色に
彩られた麓がこれも曖昧な線となって茫漠とした薄青い
琵琶湖へと一直線に伸びている。
春以外の雨は、心に重さをもたらすが、春のそれは少し違った。
「平穏、清閑」の軽き安らかさをもたらす。移ろいゆく
季節と人の心根、決して無関係とはいえない。
特に春はそうだ。また、我が家の五人の猫たちも同じだ。
神経質なナナでさえ、その顔はそれとなく穏やかさが
見え隠れする。ましてや元気者のハナコ、ライ、レトも
まなじりが緩くなりその鳴き声さえ上品に感じる。
もっとも、チャトはその三角眼と堂々たる威風はそのままであり、
外見的には相も変わらず強さを滲ませているが。

上田秋成の「藤簍冊子(つづらぶみ)」にこんな歌がある。
夕づけて水に音なく降る雨は卯花くたす初めなりけり
これは「初夏晩来微雨」の題で描かれた絵に添えた歌だという。
「音なく降る雨」は、初夏とは言えまだ春雨の風情を残す
雨であろう。やがて走り梅雨が降り、本格的な梅雨となれば
卯の花もすっかり散ってしまう(「卯の花降くだし」である)。
季節の流れと人生の無常さえをも詠っているようだ。
とは考えすぎ、再び膝の上で股を広げて寝入るチャトは、
そんな想いをあっさりと放り投げる、そんな気にさせた。
あとわずかの時を経て、この庭にも赤みを帯び青い花弁が
幾重にも重なり合った紫陽花が盛りを迎える。
昨年は、深い緑だけにおおわれた紫陽花、今年はどうなのだろう、
ふと思う主人だ。

朝から昼になるにつれて春の光はその強さを増していた。
それに合わすかのようにチャトも朝のまどろみから醒め、
その白い胸元と茶色の背中を揺らすように歩いていた。
久しぶりに湖岸の様子を見たくなり、ゆっくりとした
足取りで青白く幾筋かの波を見せる湖に向かってその歩みを
進めている。急な坂からは、琵琶湖の群青の光と銀色に
輝いて走る電車が見えている。
家々からは少しづつながら春の匂いと色が漂ってくる。
白い花が咲き誇る梅ノ木、緑が濃くなりつつあるムクロジ、
赤い中に黄色のオシベを見せる寒椿、様々な色が様々な形
でチャトの横を後ろへと流れて行く。坂を下り切った一角に
小さな田圃がひっそりと残っている。忘れられたさまでもあるが、
すでに土が起こされ冬の間に耐えた力をその黒い色一杯に
反映させているようでもある。
雀が十数羽、その上を激しく飛び回っている。土から這い出して
くる虫たちを狙っているのであろうか、その真剣な仕草からは
春が来た以上の想いが伝わってくる。その小さな畑を過ぎる
とそこには湖が迫っていた。

長く白い砂地が左から右へと大きな湾曲を描きながら延びている。
湾曲に沿ってまばらではあるが松林も続いていた。沖にはえり漁
の仕掛け棒が水面から何十本となく突き出し、数条の帯と
なって群青の中に右から左へと伸びている。
チャトのいる砂浜に向かってゆっくりとした波長をもって
さざなみが寄せていた。春は浪さえも緩やかにさせるので
あろうか、冬に見たときのそれとは大きく違う。
一枚の青い石板のような湖水が、波打ち際へきて小さく
砕けるとき、その繊細な変身を見せる。千々にみだれる
細かい波頭、こまごまと分かれる白い飛沫は、優しくも
夥しい糸を吐く蚕のような姿をあらわしている。
浜にも小さな緑がその近くまで這いより、犬を連れた
夫婦がのんびりとその歩みを進め、二三の釣り人を見る。
平板な水面に横糸を通すような縞が幾重にも重なりながら
右から左へと薄く広がっている。漁港の苔むした石垣に
波が砕けるとき、水のよどみのようなあぶくを背後
にすべらせつつ、今までの深緑のふくらみだったものが、
いっせいに白いきらめきを残し停留している漁船のすきま
に消えていく。一方では、泡は広がり、船の喫水線近くを
船虫のように列をなし、一斉に湖へと馳せかえっていく
たくさんの小さな泡沫が見られる。
それらが小さな虹を作り、古びた船をも新しい装いになる。
わずかな舟影が霞のように見えるが、湖は張りつめた薄い
皮膚のごとく艶やかな肌を見せる。
松林まで伸びる白き砂の群れが陽光に映え、湖はゆっくりと
した息遣いの中にいた。チャトはそこにたたずむ。遠くに
沖島と八幡の山が絹布のごとき薄い霞の中に佇んでいる。

2020.03.01

私と猫の歳時記 雨水の頃

私と猫の歳時記
我が家の5人猫と味わった四季
雨水の頃

既に二月も終わりに近い日々。みぞれや小雪の多かった
数週間前に比べると雨の降る事が多くなってきた。
確かに季節は雨水へと移りつつある。
まだ寒い日もあるが、少しづつ暖かさの断片が周りを
覆うような日も増えてきた。川面の色も暗い群青の色
から少しずつ淡い緑のまざった青へ変化してさらさら
とした水が幾筋もの線を描きながら流れて行く。
春とはいえ梅の蕾はまだ固く、暁の風は冬の冷たさを
持って庭の木々を縮ませている。

目の先には、灰色の空を後景にしてこれも灰色の比良山
が幾筋かの雪影を合わせて佇んでいる。
まだ比良の山はその寒々しさを残したまま冬の衣装を
まとっている。やがて、モノクロ一色の世界に少し赤み
が差し始め、天空を覆いつくしている雲をこじ開けるが
如く僅かな朝陽がその峰を照らす。
だが、それも一瞬の事とて、またもとの静寂の白と黒
の世界にもどる。

その静寂を破るように、それはメジロであろうか、
その尾を小刻みに震えさせながらまだ硬く寒さに
こらえている梅の芽のうえを飛んでいく。時は比良に
様々な顔を作らせる。昨日は薄青いカーテンが引かれた
様な空を背景に、斑模様の雪がへばりついた顔を見せていた。
その下を一筋の薄き羽衣のような雲がゆっくりと
湖の方へ流れて行った。よくみれば、その下には真綿の
ような雲の塊りが黒い木々に代わり全体を覆い隠していた。

今日は雨になるのであろう。幾筋かの雨足が見えるが、
それは地面に着く前に消えるが如く弱々しく、すこし
温かみを含んだ弱い風がその雨足を消し去りながら
頬を撫ぜ、左から右へと吹き抜けていく。
春の予兆が少しづつ顔を見せ始めている。

東北を旅した柳田國男の文章からは、それがよく
伝わってくる。
「ようやくに迎えたる若春の喜びは、南の人の
すぐれたる空想をさえも超越する。
例えば、奥羽の所々の田舎では、碧く輝いた大空
の下に風は柔らかく水の流れは音高く、家には
じっとしておられぬような日が少し続くと、ありとあらゆる
庭の木が一斉に花を開き、その花盛りが一どきに
押し寄せてくる。春の労作はこの快い天地の中で始まるので、
袖を垂れて遊ぶような日とては一日もなく、惜しいと
感歎している暇もないうちに艶麗な野山の姿は次第に
しだいに成長して、白くどんよりした薄霞の中に、
桑は伸び麦は熟していき、やがて閑古鳥がしきりに啼いて
水田苗代の支度を急がせる」(雪国の春より)

さらに、山から流れ出てくる感のある水と拓けた大地を
見ると、あらためて、水への尊敬の念が芽生え出てくる。
唐木順三、柳田國男、白洲正子、いずれも、日本の原風景
を求める中では、水に対する関心、水への尊敬の念は、
「日本文化の一つの特色を成しているようだ」と言う。
水は、生活条件の一つではあるが、同時に日本では、
それが文化や芸術の条件でもあった、と言っている。
山水という言葉が直ちに風景を意味するということは、
日本人の自然観、風景観を物語ってもいるだろう。
水墨画、墨絵には水はほとんどつきものといってよい。

特に、このあたりは比良山系の水が湧き水として流れ出し、
それが細い水糸をなし、小川のせせらぎと形作っていく。
その水が幾重にも重なりあいながら、あるものは神社の
若水となり、また住む人の生活水となりやがて琵琶湖に
注ぎ込む。以前は、かわとと呼ばれる水の引き込みが各家
の横にしつられ、様々に生きる糧に使われた。
水への深いかかわりは、その考えや行動にも及ぶ。
仙人猫に言わせれば、当然のこととして、馬鹿に
されそうであるが、許してもらおう。

源はわかるが、水は止まることはない。源はさらなる
源になる。「無の場所」において情意で描き、空を背景
にそれを観る。
猫たちには無縁の世界に見えるだろうが、我が家の周辺は、
その自然の息ぶきが少しながら残っている。
皆がその恩恵にあずかってもいるし、見えない力で支配
されている。長きにわたって生きてきた仙人猫は
それをよく知っている。
だが、主人の自然への思いは意外としつこい。
時は人を変える、あの仕事唯一、効率優先の影は
全く掻き消え、時間さえあれば、先ほどの柳田國男の
「雪国の春」の中の想いをチャトによく聞かせていた。
これには、さすがのチャトも知らん顔のはんべい
を決め込んでいる。

人への便利さは重要であるが、このような情景との共存
はありえないのであろうか、寝たふりのチャトを相手に、
ふとした時に主人の中に浮かぶ想いでもあった。
だが、そんな解釈なぞ猫には無縁どこ吹く風か、
と言うのがもう一人いた。
ライは、ぶらりと街の中を回る。少し坂を上がると
琵琶湖が垂れこめる薄墨の空の下、幾つかの波状的な
縞模様をゆっくりと沖へと広げている。
黒い湖面にごくごく細かな白い波点がまだら模様の
中に現れては消え、少し離れたところにまた現れる。
その微妙な変化にライはしばしその歩みを止めた。
この辺の天候の変わりの早さは、女性の恋心よりも早い。
薄く引かれた黒のベールが少しはがれ、一条の光が
赤レンガの見える家や小さな松や楓が植えてある家
の庭を照らし出す。その中を所在無げに歩いているライ。
突然、耳を震わし、聞き覚えのある懐かしい歌が
聞こえてきた。ライの黒い縞模様がわずかに揺れた。

あかりをつけましょ ぼんぼりに
お花をあげましょ 桃の花
五人ばやしの 笛太鼓
今日はたのしい ひな祭り

お内裏様(ダイリサマ)と おひな様
二人ならんで すまし顔
お嫁にいらした ねえさまに
よく似た官女(カンジョ)の 白い顔、、、、、。

屋根瓦のある二階建ての古風なたたずまいの家から
それは流れ出ていた。
そろそろ、ひな祭り、三丁目の三毛さんの部屋の中に
飾ってあったひな壇が目に浮かぶ。歌の文句はともかく
そのノンビリとしたテンポに合わせていつになく
ゆったりとした歩調のライである。
「今日は何かええことあるんかな」
そんな事を考えながら気がつけばライは何時もと違う
路地を歩いていた。後ろには楓の大きな木々がまじかに控え、
秋にはその白く滑らかな木肌に合すかのように
赤や黄色の葉をつけていたのであろうが、今はその白い
裸身をさらすかのようにむき身となった枝枝が四方
に伸び、その家を覆い尽くすよう佇んでいる。
庭には、そこを取り囲む形で小さな針形のあさぎり色の
葉姿で皐月の木々が群れている。その庭に入り込んだとき、
昔隣の庭から飾ってある雛人形を見たときに聞いたこと
があった。その時の不可思議な気持、何かやるせない
地面から浮いたような、を持った事を思い返した。
その音がライの黒縞の頬をゆっくりと撫ぜていく。
「雛人形は、宮中の殿上人の装束(平安装束)を模している」
と一丁目の仙人猫がが教えてくれた。

その仙人猫も既に三十数歳、人間で言えば百歳ほどだ。
黒い艶のあった毛並みも初秋の草の如くしめやかさを失い、
一つ一つの毛が固さを増しているようでもある。
鼻筋を通る白い毛も少し汚れた様にその白さが消えていた。
最近は足の弱さを感じるのであろうか、ライと会うとき
はほとんど彼の家の庭である。
しかしやや緑がかった目にはまだまだ強さがあり、ライも
直接目をあわすときにはこちらが目を伏せざるを得なかった。
ライは枯葉が四方に広がり、時にかさかさと横へと流れる
音に気を使いながら薄雲をそのガラスに写し取っている
大きな窓框に近づいていく。
ライも庭からのぞいているのであるが、そのピンクの
世界に彩られた小さな空間に惹きつけられるか如く、
すでにその心は家の中にあった。

猫には、時間感覚がないし、当然ながら季節感と言う
余計なものも持ち合わせていない。
何時間そこにいたのか、ライは先ほどから彫像の如く
そこに居座っていた。
その不思議な光景は心の奥底に眠っていた何かを、
水底から小さな木片が浮かぶかのように、引き出していた。
物言わぬ人の形をしたその集団は、ライに遠く忘れていた、
それはライとレトが生まれたとき見えていない眼が
かすかに周りを映す様になった頃、あの音楽と目の前
にあるひな壇とは比較にならない小さなその人形たち
の記憶が蘇ったのかもしれない。もっとも、その後
その光景を二人が見ることはなかったが。

ふと、横に何かがいることを感じた。野良猫の場合は、
その様な感傷の狭間に入ったとき死が訪れる。
以前、ノロに聞いた事が思い出された。
そのノロも少し前に我が家に来た時は、やせ細り昔
チャトやライが徹底的にやられた頃のあの強烈な
エネルギーを発していた体と眼光は消えていた。
主人からの食事も少し口につけただけで、直ぐに
去って行った。もうすでに、彼の肉体は消えたのかも知れない。
「俺は野良猫として生きる」
と言っていたあの強き面影が思い出される。
クロが横で不思議そうな顔をしてライを見ていた。
お互い年を重ねたせいか、以前の様に喧嘩腰になることは
なくなった。古き良き戦友となっていた。
歳月は、猫も人も変える。それが良いのか悪いのかは、
人も猫も心根次第でもあるのだが。

「お前何してんねん」
「あの人間の形をした奴らは何をしてるんかな」
「我が家にはないし昔、隣の家のをチョットだけ
見たことはあるやけど」
「あれは人間が自分の娘の成長とやらを願って
毎年この季節にあんな風に並べて祝うんよ。もっとも、
最近はこの辺でもここだけになったけど」
「よう見るとあの人形たちは恐いわ。色は綺麗だけど、
何も言わんし、動きもせえへん。特にあの無表情な
顔は何とかして欲しいわ」
「我が家では、もう少し暖かくなったときにキンキラ
の屏風と昔のかぶりもの(一般的には兜といいますが)
や刀が飾られるんやけど、その方がええね」
「俺のところはおじいさんしかいいひんし寂しいもんやで。
まあ、三度の飯はキチンと頂けるし文句はあらへんけど。
でもお前の家は五人もおるだろう。楽しくていいや」
「ようあらへんわ。長老のナナ婆さんは俺を見ると
直ぐに喧嘩を吹っかけてくるし、若いハナコは生意気だし、
レトはミンミン良く泣くし結構大変だわ」
寒いとはいえ、その中にも僅かな温もりが差し込まれてくる
今日この頃の天気に二人の心も少し和みがちの様です。

その二人を回りこむようにあの歌が聞こえてくる。
「あかりをつけましょ ぼんぼりに お花をあげましょ
桃の花  五人ばやしの 笛太鼓 今日はたのしい ひな祭り」
二人のいるまだ色づいていない寒椿のその白い木肌に、
細く消えかかり気味の雨が静かに降り注いでいる。

2020.02.17

猫と私の歳時記

我が家の7人猫と味わった四季

立春のころ

外はまだ、春と言うにはまだ寒い日が続いている。
猫は毛皮を着ているとはいえ、寒さには弱い。またチャトのぶ厚いその脂肪ぶくれをもってしても、
まだ外で過ごすには、頑張りがいる。
しかし、二階のベランダや出窓から見える比良の山並や琵琶湖の薄いどんよりした水の佇まいは
この家からでも感じられる。
だが、時は人、そして猫も待たずして、そろそろ立春と呼ばれる季節へと進んでいる。
我が家の庭の梅の木には、小さなピンクの蕾がひしめき合あい始めている。
厳しい寒さの中にあって、ほんの少し春の訪れを感じ始める。
先日まで、白い六枚の花びらに黄色の花冠の艶やかな水仙の花が凛とした風情
を大雪の雪の中でも、顔を出していた。だが、金柑の樹に寄り添うように
すでに白い花びらは茶色の斑がかかり、錆が浸食するかのように葉を落としていた。

しかし、やがて来る春の暖かさを待てないかのようにその蕾を開き始める花々もある。
隣の庭では、大きな楕円の葉に隠れるように過ごしてきた沈丁花の花がそのわずかな匂い
とともに薄いピンクの蕾が大きくふくらみ、可憐な白い花びらが広がり始めている。
さらに奥には、濃密なピンク花びらが抱きかかえるように黄色の雄しべを見せ始めている椿
が庭に春の灯をつけ始めている。
幾つもある神社では雪も落ち着き、すぐそこにある新しい季節を待つばかりとなっている。
この頃は旧暦の正月で、かつては筍、れんこん、ごぼうなどを雑煮や葩餅(はなびらもち)
にして食べる習慣があった。根野菜は体を温め滋養をつける効果がある。
先人の智慧であろうか、根野菜は下処理が要で、それぞれを最適な状態に仕立てるため、
別々の釜で炊上げるのが美味しさの秘訣、とこれを仙人猫が言うのだからチト可笑しい。
少し前に、手を入れた夫々の木々は、夫々の想いと姿で、春の匂いを嗅いでいる。
春の仄かな香りがヒタヒタと近づいている様だ。
まだ、比良の山並には、白い雪が、頑固に張り付いているが、既に、春の霞が春になったんだよ、
言わんばかりに、立ち込めている。
私は寒い中、ポーチの椅子でしばし庭に見入っていた。
「四季のはじまりか?」
そして、徒然草という本の一段を思い出していた。
「折節のうつりかはるこそ、ものごとにあはれなれ」
「もののあはれは秋がまさっている」と誰もが言うようだが、それも一理あるが、
今ひときわ心浮き立つものは、春の風物でこそあるだろう。鳥の声なども格別に春めいて、
のどかな日の光の中、垣根の草が萌え出す頃から、次第に春が深くなってきて霞が
そこらじゅうに立ち込めて、花もだんだん色づいてくる。

チャトのいる二階の出窓からは、大きな水溜り、琵琶湖、と遠くの伊吹の山々が一片の
かけらのように見えている。
春は、既にそこにいるようでもあるが。チャトが背筋を伸ばし外を睥睨する様は、
その白い胸元と茶色の背筋とママの言うところの「三角眼」から、凛々しささえ感じる。
もっとも、内と外の違うのは、人間世界でも同じであるが、、、、。
チャトの独白、
わしも、十三歳ほどになり、人間世界で言う「前期高齢者」かもしれへんな。
生まれた時には優しかった前の主人が突然、わしを病院の横に置き去りにしてから十三年
が経ってしもうた。
あの時、たまたま車で帰ろうとしていた今の主人とママが、俺の「腹減った」の大合唱に
根負けして、家に連れ帰ってくれんかったら良くて、ノロの世界や。
悪くて、天国かな(と本人は、思っている)。
でも、あの時のショックは大きかったわ。今でも主人がたまに、「チャト、車でチョット散歩」
なんて言おうもんなら、大声で泣きわめくわ。それでも、今は、引退生活よろしく、
毎日が寝て曜日ですわ。ただ、最近は、階段の昇り降りには、苦労するねん。
つい最近も、猫好きな息子にでさえ、「お前、本当に猫か」と問い詰められた。
意味が、全然、不明でしたんやけど。

我が家に来て八年ほどの金魚が死んだ。春を待たずして、特に前ぶれなく、朝の光の中で、
ゆったりと浮かんでいた。チャトが久しぶりに水槽を覗いたが、その前日の夜には、
まだ動いていたと言う記憶はある。
結局は、朝まで持たなかったのだ。朝日の加減か、水槽の中には、うっすらと虹が出ている様にも見えた。
既に、三十センチほどに金魚としては、巨大になり過ぎていたこともあり、ママと主人が
「よくまあ、ここまで、、、」と言っていた矢先でもあった。
この金魚にとっては、小さすぎるであろう水槽での永らくの生活。
猫族も含め、家族を和ましてくれてもいた。しかし、その子供らが、まだ、五匹もゆったりと
その傍を泳いでいる。
彼、彼女の命は、彼らに引き継がれているのだ。チャトも自身の死を予感していたが、
いずれも、死んだと直ぐには、分からないほどの静けさが漂っていた。
人間も、金魚も、チャトも、死を迎える時は、同じなのかもしれない。

思い起こせば、チョットも若さがあふれ以前には、よく喧嘩したもんだ。九キロほど体重で、
この辺を仕切ろうとした。
もっとも、主人の知る限り、チャトが勝ったのを、ほとんど見たことはないし、負けて
主人に慰めてもらうため三日ほど主人から離れなかったことのほうがはるかに多かった。
耳にある傷も「男としての勝利の勲章よ」って、隣のタマさんも言っていたそうだが、
そのタマさんも、二年前に死んだ。美人薄命だ、とチャトはあの大きな体に悲しみを
漂わせていた。彼の最初で最後の恋だったのかもしれない。
もっとも、他の猫族の中では、タマさんは、美人、美猫には入らないとの裏評判もあったようだが。

春の訪れは、主人、ママも含め、チャトたち猫にとっても若さが一つ消えることなのだ。
ユルユルとした春の香りが漂う中、好きな仏間の日差しの中で、今日も、チャトは、緩やかな寝姿でいる。
このような日が、後何日、続くのであろうか、これほど、世話好きで、優しい猫はあまりいないであろう。
主人とママの願いは、「他は死んでも、チャト生きて」
と言っている。他の猫族が聞いたら、反乱でも、起こしそうな発言であるが、幸いチャト以外、
日本語は分からない。
人間でもそんな出来た人、昨今いるのだろうか。

チャトがご隠居さんの気分でいるとき、ライは、まだ冬の装いがまだ多く残る家々の庭を
ゆっくりと歩いている。黄色の冬枯れの芝生の所々にパッチを当てたような緑の葉が
感じられるようになったのも、ここ数日の変化だ。
すっかり葉を落とした木蓮や百日紅の木々は、骸骨のような骨太の枝を四方に張り出し、
裸体を晒すかのようないでたちで庭の一角を占めているし、バラの木にもまだその葉は戻らず、
とげのある枝だけが陽の光の中で、鈍く光っている。
やがてこの風景が燃え上がるような緑の中で、新しい息吹を出すのも、あと数週間かもしれない。
黄色い蝶の羽がひっついたような変わった形の花がみえた。
「オンシジウム」という花だそうだ。もっとも、猫たちにとっては単なる黄色い花なのだが。
しかし、茶褐色の情景の中にその鮮やかな黄色が春を呼び寄せるかのように幾重にも重なって
通りゆく人に安らぎを与える。
季節と言うものに鈍感なライでさえもここ数日の周囲の変化に気づき始めていた。
大分彼方此方を廻った様で、我が家の見慣れた庭の梅ノ木や寒椿のやや細身の木々を見る頃には、
陽は西に沈みつつ、新たなる夕陽の情景を縁側や窓辺に置かれた様々な置物に見出していた。
既に、薄黒の世界。風たちが木々の小枝を揺らしながら、通り過ぎて行く。
空を見上げれば、大きな月と小粒ほどの星たちが散らばりながら、さざめいている。
我が家の五人の猫たちも思い想いの姿で、今日一日の思いに浸っている様である。
もっとも、長老のナナは、二階の自分の陣地で、電気ストーブの前に陣取ってはいるが。
今日は、色々とハプニングがあった様である。
「今日は、ほんま怖かったわ。だって、わてが何時もの様に散歩していたら、突然、目の前に
茶色のデーカイ豚猫はんが、飛び出してくるんよ」とハナコ。
「お前の元彼のノロさんに、助けてもらったんか」
「あいつが、昨日、ノロさんと喧嘩していたわ。結局、主人が出てきて、茶色(ここでは
名前が無いので、そう呼んで置く)
が逃げたんやけど)レトがぼそりと、口には出さないが、
「ええ気味よ、最近、チョコチョコ、二階のナナオバはんの処で、遊びまわっているから、
罰が当たったんよ」
「ワシが、気付いていたら、応援に行ったんやが、チョット、残念やな」
でも、心の中では、あいつは、体も大分大きいし、会わなくて良かったわ。
「私も今日は、びっくりやわ。チョットだけ、庭に出ただけやのに、目の前に烏が下りてきたんよ。
あの真っ黒な体と目玉で私を睨むんよ、体に、震えが来たわ」
少しカマトトぶるレトである。
「まあ、あんた達も少しはわしを見習ろうて、外に行かないほうがええぜ。犬も歩けば、
棒に当たる、猫が歩けば、石に当たるし」
(後半のことわざは無いと思うが)。
他の三人が「そお、単にチャトオジサンは、出て行くのが面倒くさいだけやんか」
主人もママも、「チャト、外に行ったら」と最近うるさく言っているのだが。
他愛無い会話が更に続くようである。
少し、今の彼ら、彼女らの様子を見ると、チャト、ライ、ハナコは、三人揃って、
ガスストーブの前で、鎮座中。
この暖かい風は、彼ら彼女にとって、幸福の賜物そのものであるようだ。
最近は、猫は炬燵でまるくなりません。
ひどい時には、チャトとライは、股をおっぴろげて、石油ストーブを独占しています。
新参者の白猫、ソラとカイは若さを持て余し気味、二階と一階を飛び跳ね遊んでいる。
十歳以上も差があるとさすが意識が違うようだ。
今日は、北風もなく、散歩には、是非、出るべき日かもしれない。
残雪と言うには、片隅に、ちょこんと座っているような雪が、恥ずかしい。
遠く大きな水溜り、猫にとっては、海と言ってよいほどの、湖の先に、雪を
帽子にしたような山々が、こちらに向かって挨拶しているようである。
蒼と白、そして、ややくすんだ山肌の木々がいる。
公園には、数人の親子連れが、その中を流れる小川で遊んでいる。
寒さよりも、その声の暖かさに柔らかな空気を感じる。
そして、改めて日差しの恩恵を感じる。
風が一陣、庭を流れて行く。風には、春の匂いが多く含まれ、心地良さ
と幾分の寒さが感じられる。
いつの間のか、庭のはずれには、西洋芙蓉がまだ緑の深さの残る木々の中
から顔を出し始めている。風の向こうには、薄く青い空を背景に
真綿の様な雲たちが比良の山に向かって静かに進んで行く。
ちょっと手を伸ばせば、掴めそうな薄雲たち。少しづつ朝日の中で、
ピンクから紅くなり、いつの間のか、消えて行く。

俺、ライは、久しぶりに主人と一緒のお出かけ。でも、かなり興奮しているんよ。
俺も、結構、冒険好きで、あっちこっち、出歩いているけど、こんな目にあったのは、
初めてやわ。初めは、チョット先の公園の道に俺の嫌いな犬族の連中がいるんか、
と思ったんやけど。数匹の猿が(もっとも、犬以外その名前は分からず、
主人が教えてくれたのだが)いるんだわ。
顔が赤く、尻の赤い連中がこちらを見ている。主人も、チョットびっくり、
「こんな処に猿がいる」と。暫く二人で様子を見ることにした。先方も、害にならないと、
分かったのだろう、適当に遊んでいる。でも、この程度だったら、
いつも冷静な俺も興奮はしいへんぜ。そうかな、と主人の心の声はあるが。
そうなんよ。突然、十数匹の猿が、公園の運動場に現れ、全員、川の向こう
にある神社の森に突進して行くねん。
そんな大勢の猿がいる、恐怖と感激が同時にやっててきたみたいや。
大きいのから小さいのまで、多分、先頭のボス猿の後をついているのだろが、
結構、真剣に走っている。林と川の間には、道路があるんやけど、
走ってくる車お構いなく、まるで、「お猿様が通る」風情で、ドンドン行くやで。
車も慌てて停まり、多分、車の中の人も、俺たちと同じ心境かもしれへんな。
でも、話は続くんだわ。俺も、ああ、行ったのか、と思って、猿たちが来た先の家の上
を見ると、なんと、四匹の猿が、屋根の上で、日向ぼっこの最中。柿を食べてる
のもいるんよ。人間社会と同じで、ボスに逆らうのがいるんだわ。
最近、猿や猪、鹿などの動物が人家まで来て、食べ物を漁るなどの話を主人とママがしていた。
可愛そうだ、とも言っていたが、今日の猿族は、元気やし、毛並みもよさそう。
ノロさんよりも、元気のようだし。
ともあれ、仲良く、お互い過ごしたいものだわ。でも、俺一人の時にあの連中
と出くわしたら、怖いわ。
レトなぞはちびって、動けなくなるじゃないんか。その後もしばらくは、
神社の林が揺れていたわ。
「人間も猫も、猿も、皆さん、仲良く過ごしなさい」
と言っている様ようにも見えた。
と言うことで、今日も、五人の猫たちと平凡な夫婦の一日は過ぎていく。

この平凡さが幸せと思う、七人の人たちでもある。水魚の交わり、
人の暖かさと猫の暖かさの日々は続いている。
しかしながら、まだ雪の日は、静寂と言う言葉が良く似合う。
まだまだ、春と冬の同居の日々が続いている。
白の中に存在するのは、人であり、家であり、そして、自然の織り成す色々。
それが、全て押し黙ったように、
静寂を保っている。二階から見える景色には、二筋の轍がその中に、
アクセントしている。昨夜突然降って湧いたような雪
の一群が見える限りの世界にその姿を残している。きらめく白の上に
点描される人と猫の足跡、車の轍、だが、雪白の布を切り裂くか如くに庭の木々
が中天に伸び、その枝には確かな春の兆しが宿り始めている。

ナナは、先程から、白く点描をなすように降り落ちる雪なるものを見ている。
彼女にしても、十七年経とうが、この天から落ちる白いものがいまだ理解出来ない。
むしろ、理解すると言うよりも
無条件で受け入れている。先輩のトトの姿が、二重、三重に映り寒いと言うよりも、
懐かしさ、トトの温かさが見えてくるのだ。
また、あの小娘が来たわ、カイだった。
カイには初めての冬、とにかく誰かに寄り添いたいのだ。
あの子は、良く喋りまくるからウザイけど、今日は、トトさんに免じて、許そうか。
私は、あのデブのチャトと違って、猫同士の温かさなんて信じてへんし、
一人の方がましやわ。でも、考えてみるとチャト爺さん
(まあ、お互い爺さん、ばあさんの歳ではあるが)って、中々の奴やわ。
だって、そうやろ猫同士の暖かさを身をもって実践しているんやし。
どの猫にも、傍に来たら、怒らず、熱心に可愛がってやるんやから。人間で言えば、
人格者って、感じかもしれへんわ。
まあ、主人とママが、他の猫(私も含めて?)が死んでも,チャトは生きろよ
と言うんも、しようがないわ。
と言うことで、猫族、夫々の思惑が、白い雪の中でもどす黒く渦巻いていますが、
冬の寒さは、残っているようです。

猫と私の歳時記

我が家の7人猫と味わった四季

立春のころ

外はまだ、春と言うにはまだ寒い日が続いている。
猫は毛皮を着ているとはいえ、寒さには弱い。またチャトのぶ厚いその脂肪ぶくれをもってしても、まだ外で過ごすには、頑張りがいる。
しかし、二階のベランダや出窓から見える比良の山並や琵琶湖の薄いどんよりした水の佇まいはこの家からでも感じられる。
だが、時は人、そして猫も待たずして、そろそろ立春と呼ばれる季節へと進んでいる。我が家の庭の梅の木には、小さなピンク
の蕾がひしめき合あい始めている。厳しい寒さの中にあって、ほんの少し春の訪れを感じ始める。
先日まで、白い六枚の花びらに黄色の花冠の艶やかな水仙の花が凛とした風情
を大雪の雪の中でも、顔を出していた。だが、金柑の樹に寄り添うように
すでに白い花びらは茶色の斑がかかり、錆が浸食するかのように葉を落としていた。
しかし、やがて来る春の暖かさを待てないかのようにその蕾を開き始める花々もある。隣の庭では、大きな楕円の葉に隠れるように
過ごしてきた沈丁花の花がそのわずかな匂いとともに薄いピンクの蕾が大きくふくらみ、可憐な白い花びらが広がり始めている。
さらに奥には、濃密なピンク花びらが抱きかかえるように黄色の雄しべを見せ始めている椿が庭に春の灯をつけ始めている。
幾つもある神社では雪も落ち着き、すぐそこにある新しい季節を待つばかりとなっている。この頃は旧暦の正月で、
かつては筍、れんこん、ごぼうなどを雑煮や葩餅(はなびらもち)にして食べる習慣があった。根野菜は体を温め滋養をつける効果がある。
先人の智慧であろうか、根野菜は下処理が要で、それぞれを最適な状態に仕立てるため、別々の釜で炊上げるのが美味しさの秘訣、
とこれを仙人猫が言うのだからチト可笑しい。
少し前に、手を入れた夫々の木々は、夫々の想いと姿で、春の匂いを嗅いでいる。春の仄かな香りがヒタヒタと近づいている様だ。
まだ、比良の山並には、白い雪が、頑固に張り付いているが、既に、春の霞が春になったんだよ、言わんばかりに、立ち込めている。
私は寒い中、ポーチの椅子でしばし庭に見入っていた。
「四季のはじまりか?」
そして、徒然草という本の一段を思い出していた。
「折節のうつりかはるこそ、ものごとにあはれなれ」
「もののあはれは秋がまさっている」と誰もが言うようだが、それも一理あるが、今ひときわ心浮き立つものは、春の風物で
こそあるだろう。鳥の声なども格別に春めいて、のどかな日の光の中、垣根の草が萌え出す頃から、次第に春が深くなってきて
霞がそこらじゅうに立ち込めて、花もだんだん色づいてくる。

チャトのいる二階の出窓からは、大きな水溜り、琵琶湖、と遠くの伊吹の山々が一片のかけらのように見えている。
春は、既にそこにいるようでもあるが。チャトが背筋を伸ばし外を睥睨する様は、その白い胸元と茶色の背筋とママの
言うところの「三角眼」から、凛々しささえ感じる。もっとも、内と外の違うのは、人間世界でも同じであるが、、、、。
チャトの独白、
わしも、十三歳ほどになり、人間世界で言う「前期高齢者」かもしれへんな。
生まれた時には優しかった前の主人が突然、わしを病院の横に置き去りにしてから十三年が経ってしもうた。
あの時、たまたま車で帰ろうとしていた今の主人とママが、俺の「腹減った」の大合唱に根負けして、家に連れ帰ってくれんかったら
良くて、ノロの世界や。悪くて、天国かな(と本人は、思っている)。
でも、あの時のショックは大きかったわ。今でも主人がたまに、「チャト、車でチョット散歩」なんて言おうもんなら、
大声で泣きわめくわ。それでも、今は、引退生活よろしく、毎日が寝て曜日ですわ。ただ、最近は、階段の昇り降りには、
苦労するねん。つい最近も、猫好きな息子にでさえ、「お前、本当に猫か」と問い詰められた。意味が、全然、不明でしたんやけど。

我が家に来て八年ほどの金魚が死んだ。春を待たずして、特に前ぶれなく、
朝の光の中で、ゆったりと浮かんでいた。チャトが久しぶりに水槽を覗いたが、その前日の夜には、まだ動いていたと言う記憶はある。
結局は、朝まで持たなかったのだ。朝日の加減か、水槽の中には、うっすらと虹が出ている様にも見えた。
既に、三十センチほどに金魚としては、巨大になり過ぎていたこともあり、ママと主人が「よくまあ、ここまで、、、」
と言っていた矢先でもあった。
この金魚にとっては、小さすぎるであろう水槽での永らくの生活。
猫族も含め、家族を和ましてくれてもいた。しかし、その子供らが、まだ、五匹もゆったりとその傍を泳いでいる。
彼、彼女の命は、彼らに引き継がれているのだ。チャトも自身の死を予感していたが、いずれも、死んだと直ぐには、
分からないほどの静けさが漂っていた。人間も、金魚も、チャトも、死を迎える時は、同じなのかもしれない。

思い起こせば、チョットも若さがあふれ以前には、よく喧嘩したもんだ。九キロほど体重で、この辺を仕切ろうとした。
もっとも、主人の知る限り、チャトが勝ったのを、ほとんど見たことはないし、負けて主人に慰めてもらうため三日
ほど主人から離れなかったことのほうがはるかに多かった。耳にある傷も「男としての勝利の勲章よ」って、
隣のタマさんも言っていたそうだが、そのタマさんも、二年前に死んだ。美人薄命だ、とチャトはあの大きな体に悲しみを
漂わせていた。彼の最初で最後の恋だったのかもしれない。もっとも、他の猫族の中では、タマさんは、美人、美猫には
入らないとの裏評判もあったようだが。
春の訪れは、主人、ママも含め、チャトたち猫にとっても若さが一つ消えることなのだ。
ユルユルとした春の香りが漂う中、好きな仏間の日差しの中で、今日も、チャトは、緩やかな寝姿でいる。
このような日が、後何日、続くのであろうか、これほど、世話好きで、優しい猫はあまりいないであろう。
主人とママの願いは、「他は死んでも、チャト生きて」
と言っている。他の猫族が聞いたら、反乱でも、起こしそうな発言であるが、幸いチャト以外、日本語は分からない。
人間でもそんな出来た人、昨今いるのだろうか。

チャトがご隠居さんの気分でいるとき、ライは、まだ冬の装いがまだ多く残る家々の庭をゆっくりと歩いている。
黄色の冬枯れの芝生の所々にパッチを当てたような緑の葉が感じられるようになったのも、ここ数日の変化だ。
すっかり葉を落とした木蓮や百日紅の木々は、骸骨のような骨太の枝を四方に張り出し、人間裸体を晒すかのような
いでたちで庭の一角を占めているし、バラの木にもまだその葉は戻らず、とげのある枝だけが陽の光の中で、
鈍く光っている。やがてこの風景が燃え上がるような緑の中で、新しい息吹を出すのも、あと数週間かもしれない。
黄色い蝶の羽がひっついたような変わった形の花がみえた。
「オンシジウム」という花だそうだ。もっとも、猫たちにとっては単なる黄色い花なのだが。しかし、茶褐色の情景の
中にその鮮やかな黄色が春を呼び寄せるかのように幾重にも重なって通りゆく人に安らぎを与える。
季節と言うものに鈍感なライでさえもここ数日の周囲の変化に気づき始めていた。大分彼方此方を廻った様で、
我が家の見慣れた庭の梅ノ木や寒椿のやや細身の木々を見る頃には、陽は西に沈みつつ、新たなる夕陽の情景を縁側や
窓辺に置かれた様々な置物に見出していた。既に、薄黒の世界。風たちが木々の小枝を揺らしながら、通り過ぎて行く。
空を見上げれば、大きな月と小粒ほどの星たちが散らばりながら、さざめいている。我が家の五人の猫たちも思い想いの姿で、
今日一日の思いに浸っている様である。もっとも、長老のナナは、二階の自分の陣地で、電気ストーブの前に陣取ってはいるが。
今日は、色々とハプニングがあった様である。
「今日は、ほんま怖かったわ。だって、わてが何時もの様に散歩していたら、突然、目の前に、茶色のデーカイ、
豚猫はんが、飛び出してくるんよ」とハナコ。
「お前の元彼のノロさんに、助けてもらったんか」
「あいつが、昨日、ノロさんと喧嘩していたわ。結局、主人が出てきて、茶色(ここでは名前が無いので、そう呼んで置く)
が逃げたんやけど)レトがぼそりと、口には出さないが、
「ええ気味よ、最近、チョコチョコ、二階のナナオバはんの処で、遊びまわっているから、罰が当たったんよ」
「ワシが、気付いていたら、応援に行ったんやが、チョット、残念やな」
でも、心の中では、あいつは、体も大分大きいし、会わなくて良かったわ。
「私も今日は、びっくりやわ。チョットだけ、庭に出ただけやのに、目の前に烏が下りてきたんよ。あの真っ黒な体と目玉で、
私を睨むんよ、体に、震えが来たわ」
少しカマトトぶるレトである。
「まあ、あんた達も少しはわしを見習ろうて、外に行かないほうがええぜ。犬も歩けば、棒に当たる、猫が歩けば、石に当たるし」
(後半のことわざは無いと思うが)。
他の三人が「そお、単にチャトオジサンは、出て行くのが面倒くさいだけやんか」
主人もママも、「チャト、外に行ったら」と最近うるさく言っているのだが。
他愛無い会話が更に続くようである。
少し、今の彼ら、彼女らの様子を見ると、チャト、ライ、ハナコは、三人揃って、ガスストーブの前で、鎮座中。
この暖かい風は、彼ら彼女にとって、幸福の賜物そのものであるようだ。最近は、猫は炬燵でまるくなりません。
ひどい時には、チャトとライは、股をおっぴろげて、石油ストーブを独占しています。新参者の白猫、ソラとカイは
若さを持て余し気味、二階と一階を飛び跳ね遊んでいる。十歳以上も差があるとさすが意識が違うようだ。
今日は、北風もなく、散歩には、是非、出るべき日かもしれない。
残雪と言うには、片隅に、ちょこんと座っているような雪が、恥ずかしい。
遠く大きな水溜り、猫にとっては、海と言ってよいほどの、湖の先に、雪を
帽子にしたような山々が、こちらに向かって挨拶しているようである。
蒼と白、そして、ややくすんだ山肌の木々がいる。
公園には、数人の親子連れが、その中を流れる小川で遊んでいる。
寒さよりも、その声の暖かさに柔らかな空気を感じる。
そして、改めて日差しの恩恵を感じる。
風が一陣、庭を流れて行く。風には、春の匂いが多く含まれ、心地良さと幾分の寒さが感じられる。
いつの間のか、庭のはずれには、西洋芙蓉がまだ緑の深さの残る木々の中から顔を出し始めている。風の向こうには、
薄く青い空を背景に、真綿の様な雲たちが比良の山に向かって静かに進んで行く。
ちょっと手を伸ばせば、掴めそうな薄雲たち。少しづつ朝日の中で、ピンクから紅くなり、いつの間のか、消えて行く。

俺、ライは、久しぶりに主人と一緒のお出かけ。でも、かなり興奮しているんよ。俺も、結構、冒険好きで、あっちこっち、
出歩いているけど、こんな目にあったのは、初めてやわ。初めは、チョット先の公園の道に俺の嫌いな犬族の連中がいるんか、
と思ったんやけど。数匹の猿が(もっとも、犬以外その名前は分からず、主人が教えてくれたのだが)いるんだわ。
顔が赤く、尻の赤い連中がこちらを見ている。主人も、チョットびっくり、「こんな処に猿がいる」と。暫く二人で、
様子を見ることにした。先方も、害にならないと、分かったのだろう、適当に遊んでいる。でも、この程度だったら、
いつも冷静な俺も興奮はしいへんぜ。そうかな、と主人の心の声はあるが。
そうなんよ。突然、十数匹の猿が、公園の運動場に現れ、全員、川の向こうにある神社の森に突進して行くねん。
そんな大勢の猿がいる、恐怖と感激が同時にやっててきたみたいや。大きいのから小さいのまで、多分、
先頭のボス猿の後をついているのだろが、結構、真剣に走っている。林と川の間には、道路があるんやけど、
走ってくる車お構いなく、まるで、「お猿様が通る」風情で、ドンドン行くやで。車も慌てて停まり、多分、車の中の人も、
俺たちと同じ心境かもしれへんな。でも、話は続くんだわ。俺も、ああ、行ったのか、と思って、猿たちが来た先の家の上を見ると、
なんと、四匹の猿が、屋根の上で、日向ぼっこの最中。柿を食べてるのもいるんよ。人間社会と同じで、
ボスに逆らうのがいるんだわ。最近、猿や猪、鹿などの動物が人家まで来て、食べ物を漁るなどの話を主人とママがしていた。
可愛そうだ、とも言っていたが、今日の猿族は、元気やし、毛並みもよさそう。ノロさんよりも、元気のようだし。
ともあれ、仲良く、お互い過ごしたいものだわ。でも、俺一人の時にあの連中と出くわしたら、怖いわ。
レトなぞはちびって、動けなくなるじゃないんか。その後もしばらくは、神社の林が揺れていたわ。
「人間も猫も、猿も、皆さん、仲良く過ごしなさい」
と言っている様ようにも見えた。
と言うことで、今日も、五人の猫たちと平凡な夫婦の一日は過ぎていく。

この平凡さが幸せと思う、七人の人たちでもある。水魚の交わり、人の暖かさと猫の暖かさの日々は続いている。
しかしながら、まだ雪の日は、静寂と言う言葉が良く似合う。まだまだ、春と冬の同居の日々が続いている。
白の中に存在するのは、人であり、家であり、そして、自然の織り成す色々。それが、全て押し黙ったように、
静寂を保っている。二階から見える景色には、二筋の轍がその中に、アクセントしている。昨夜突然降って湧いたような雪
の一群が見える限りの世界にその姿を残している。きらめく白の上に点描される人と猫の足跡、車の轍、だが、
雪白の布を切り裂くか如くに庭の木々が中天に伸び、その枝には確かな春の兆しが宿り始めている。

ナナは、先程から、白く点描をなすように降り落ちる雪なるものを見ている。
彼女にしても、十七年経とうが、この天から落ちる白いものがいまだ理解出来ない。むしろ、理解すると言うよりも
無条件で受け入れている。先輩のトトの姿が、二重、三重に映り寒いと言うよりも、懐かしさ、トトの温かさ
が見えてくるのだ。
また、あの小娘が来たわ、カイだった。
カイには初めての冬、とにかく誰かに寄り添いたいのだ。
あの子は、良く喋りまくるからウザイけど、今日は、トトさんに免じて、許そうか。私は、あのデブのチャトと違って、
猫同士の温かさなんて信じてへんし、一人の方がましやわ。でも、考えてみるとチャト爺さん
(まあ、お互い爺さん、ばあさんの歳ではあるが)って、中々の奴やわ。だって、そうやろ猫同士の暖かさを身を
もって実践しているんやし。どの猫にも、傍に来たら、怒らず、熱心に可愛がってやるんやから。人間で言えば、
人格者って、感じかもしれへんわ。
まあ、主人とママが、他の猫(私も含めて?)が死んでも,チャトは生きろよと言うんも、しようがないわ。
と言うことで、猫族、夫々の思惑が、白い雪の中でもどす黒く渦巻いていますが、冬の寒さは、残っているようです。

2020.02.03

大寒、ようやく冬らしさ。寒さに懐かしささえ感じるこの頃

第二十四節気  大寒(1月20日から2月3日ごろ)

暖冬とは言え、冬は寒い、そして心は鋭くなる、不思議だが。
内容もさしてわからず、好きな歌がある。
道元禅師の
「春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて 冷(すず)しかりけり」
彼の境地には及ぶべくもないが、この歌を詠むと何か心に張りが出る。
もっとも、これが中々に暗唱できない。出来てもすぐに忘れる。思い出せない。
これも毎日消滅する脳細胞のお陰?やがて身体の細胞も疲れ果て消えていく。
でも、心は残っている、と誰かが言う。形の見えない心、それに期待する
日々、この頃。

大寒は、1月20日ごろ、寒さが最も厳しくなるころである。「暦便覧」では
「冷ゆることの至りて甚だしきときなれば也」と説明している。
そして、初めの5日ほどを「款冬華」(ふきのはなさく)、「水沢腹堅」
(さわみずこおりつめる)、最後に「鶏始乳」(にわとりはじめてとやにつく)
と昔の人はこの季節を細かく言い表している。

大寒、そろそろ節気という流れも最後となり、春の兆しになるころ。
柳田國男は「雪国の春」の中でうまく綴っている。
「故郷の春と題して、しばしば描かれるわれわれの胸の絵は、自分等真っ先に
日の良く当たる赤土の岡、小松まじりのつつじの色、雲雀が子を育てる麦畑の
陽炎、里には石垣のタンポポすみれ、神の森の大掛かりな藤の紫、今日から
明日への題目も際立たずに、いつの間にか花の色が淡くなり、木蔭が多く
なって行く姿であったが、この休息ともまた退屈とも名づくべき春の暮れ
の心持は、ただ旅行してみただけでは、おそらく北国の人たちには
味わいえなかったであろう。北国でなくとも、京都などはもう北の限りで、
わずか数里離れたいわゆる比叡の山蔭になると、すでに雪高き谷間の庵である。
それから嶺を超え湖を少し隔てた土地には、冬ごもりをせねばならぬ
村里が多かった。
丹波雪国積もらぬさきに
つれておでやれうす雪に
という盆踊りの歌もあった。これを聞いても山の冬の静けさ寂しさが考えられる。
日本海の水域に属する低地は、一円に雪のために交通が難しくなる。
伊予にすみ慣れた土居得能之一党が越前に落ちていこうとして木の目峠の山路で、
悲惨な最後を遂げたという
物語は、「太平記」を読んだ者の永く忘れえない印象である。
総体に北国を行脚する人々は、冬のまだ深くならぬうちに、何とかして、
身を入れるだけの隠れ家を見つけて、そこに平穏に一季を送ろうとした。
そうして春の帰ってくるのを待ち焦がれていたのである。
越後当たりの大百姓にはこうした臨時の家族が珍しくはなかったらしい。、、、
汽車の八方に通じている国としては、日本のように雪の多く降る国も珍しいであろう。
それがいたるところ深い谷をさかのぼり、山の屏風を突き抜けているゆえに、
かの、黄昏や又ひとり行く雪の人の句のごとく、おりおり往還に立ってじっと
眺めているような場合が多かったのである。
停車場には時として暖国から来た家族が住んでいる。
雪の底の生活に飽き飽きした若い人などが、何という目的もなしに、
鍬をふるって庭前の雪を掘り、土の色を見ようとしたという話もある。
鳥などは食に飢えているために、こと簡単な方法で捕らえられた。
二、三日も降り続いた後の朝に、一尺か二尺四方の黒い土の肌を出しておくと、
何のえさも囮もなくてそれだけでヒヨドリやツグミが下りてくる」

満月と雪の夜のほか、琵琶湖はただ黒い油面の重たい波立ちだけ、
優雅とはかけ離れた世界だ。しかし、満月や雪が降るとその趣は全く違ってくる。
もっとも、今年はその情景に出会っていないが。
白く輝く光りを浴びた湖面は三角錐の八幡山と皿を伏せた沖島の島影を
浮き立たせ、細かな波状のつらなりが丸く輝く月の下で揺れかかっている。
雲一つ無い闇天の空に神々しく輝く満月がその様をのぞき見ている。
山と空、水、沖舟にさす影、羽衣のひだと思わす波のはしり、それが墨絵の
趣で眼前にあった。湖水は寂寞として何も言わず、橋を渡る赤いいくつもの
筋のみが消えてはまたその姿を現していた。
そして、湖に薄く舞い落ちる雪の切片が月光に染められ、銀砂をまいている
ように湖水の面に踊っていた。湖面もおぼろな月光に染められ鋼色の硬質さ、
水銀の柔らかき連なりとなる。雪が間断なく降り続いている。
だが、月が雲にかき消されるとそこは暗闇と化し、何もない。
それは、静寂とある意味甘美の世界でもあった。
数年前、大雪があった。朝のしじまのなかで見た、道路を薄布が覆う
ような細雪であったが、その白い薄片はやがて大きな粒状を成し
ボタン雪となった。
「津軽恋女」という歌に「7つの雪」というのが歌われている。
「津軽の女よ
ねぶた祭の行きずり戯れか
過ぎた夜の匂いを抱いて 
帰れと叫ぶ岩木川 降り積もる雪雪雪また雪よ
津軽には七つの 雪が降るとか
こな雪 つぶ雪 わた雪 ざらめ雪 みず雪 かた雪 春待つ氷雪
津軽の海よ 三味がゆさぶるじょんがら聞こえるよ
嘆き唄か 人恋う唄か 胸のすきまに しみてくる 降り積もる雪雪雪また雪よ
津軽には七つの 雪が降るとか
こな雪 つぶ雪 わた雪 ざらめ雪 みず雪 かた雪 春待つ氷雪 降り積もる
雪雪雪また雪よ
津軽には七つの 雪が降るとか こな雪 つぶ雪 わた雪 ざらめ雪 みず雪
 かた雪 春待つ氷雪」
だが、この里ではそれほど多彩な雪は見られないし、思いなせない。
そんな考えが浮かぶほどの雪だった。
梅ノ木もその枝枝を白き雪帽子で着飾り、他の草花はすでに影形なく、映え光る
白の世界に埋没していた。
薄いベールの先に見えていた比良の山並みも薄墨の壁紙がはられたように
消し去られた。われわれはただ水滴がこぼれ落ちる窓ガラスの中で、
ひっそりとこの情景に見入るのみだった。今は懐かしささえ覚える。

黒くむき出した野原の中に、赤く燃え映えた花が一群を成していた。
ハート形をした柄の長い葉には白斑があり、伸びた花茎に篝火を
たいているようにその赤さを誇っている。
シクラメンだった。
まだ若かった頃聞いたあの歌が思い出される。
「、、、うす紅色(べにいろ)の シクラメンほどまぶしいものはない
恋する時の 君のようです 木もれ陽あびた 君を抱(いだ)けば
淋しささえも おきざりにして 愛がいつのまにか 歩き始めました
、、、、」
ある人に言わせると、「シクラメンのようなかほり」で、奥さんを
思っての歌だともいう。寒いなかに一刻の温かさが心を過ぎる。
そしてともに若かったころの思い出、セピア色の中に生きている。

水面にポチャリと一滴
薄く小さな水紋のひろがり
思い出とはそう言うもの
一刻のごく小さな波立ち
瞬きほどの時の流れに水面に消える
わずかの痕跡もないそのままの姿
平板な何の変哲もない静かさ
思い出ってその程度

さて、二十四節気もこれで完了。さて、次は??
庭に赤い彩の南天を愛で、黄色の実を薄青い空にかかげている金柑でも
味わいつつ。
我が家の猫たちも「春隣」の雰囲気を感じつつ眠ることに余念がない様だ。

2020.01.19

小寒、本格的な寒さに震えるころと言うが??

第二十三節気 小寒(1月5日から19日ごろ)

正月の慌ただしさも薄れ、いわゆる小寒の季節、小正月、女正月とも。

暦の上で寒さが最も厳しくなる時期の前半であり、「暦便覧」では
「冬至より一陽起こる故に陰気に逆らふ故、益々冷える也」と説明している。
この日から節分(立春の前日)までを「寒(かん。寒中・寒の内とも)」と言い、
この日を「寒の入り」とも言う。でも、今年はまったく違った。

「芹乃栄」(せりすなわちさかう)「水泉動」(しみずあたたかをふくむ)
「雉始」(きじはじめてなく)とその風情も少しづつ変化していく。
例えば、芹乃栄(せりすなわちさかう)1月の初め、セリが盛んに生育する
頃であり、冷たい沢の水辺で育つセリは春の七草のひとつとしても知られているし、
1月7日に無病息災を願って食べる「七草粥」にも入れられる。

我が家でも七草粥を食べる。今年は風邪でかなり調子を落としてる奥さんにとって、
絶好の御膳となった。そんなこともあり、少し七草粥の由来を述べてみる。
春の七草といって、七草粥を食べる一月七日は「人日(じんじつ)の節句」
という五節句のひとつだそうだ。
五節句とは?
 1年に5回ある季節の節目の日(節日)のことで
 1月7日(人日)、3月3日(上巳)、5月5日(端午)
 7月7日(七夕)、9月9日(重陽)を指している。
古来日本には、雪の間から芽を出した若菜を摘む「若菜摘み」という風習があり、
唐の時代には、人日の日に七種類の野菜を入れた汁物、「七種菜羹(ななしゅさいのかん)」
を食べて、無病息災を祈った。
さらに、平安時代になると中国の風習や行事が、多く日本に伝わり、「若菜摘み」
と「七種菜羹」の風習が交わって「七草粥」が食べられるようになったという。
そして、江戸時代になると、幕府が「人日の日」を「人日の節句」として
五節句の1つと定め、これによって「1月7日に七草粥を食べる」という風習が、
民衆に広がり定着した、と言われてる。

七草粥の具材になる「春の七草」は春の七草とは、
芹(せり)=「競り勝つ」
 解熱効果や胃を丈夫にする効果、整腸作用、利尿作用、
 食欲増進、血圧降下作用など、様々な効果がある。
薺(なずな)=「撫でて汚れを除く」
 別名をぺんぺん草という。
 利尿作用や解毒作用、止血作用を持ち、
 胃腸障害やむくみにも効果があるとされている。
御形(ごぎょう)=「仏体」
 母子草(ハハコグサ)のこと。痰や咳に効果があり、のどの痛みもやわらげてくれる。
繁縷(はこべら)=「反映がはびこる」
 はこべとも呼ばれ、昔から腹痛薬として用いられており、胃炎に効果がある。
 歯槽膿漏にも効果があるそうだ。
仏の座(ほとけのざ)=「仏の安座」
 一般的に、子鬼田平子(こおにたびらこ)を指し、胃を健康にし、食欲増進、歯痛にも効果がある。
菘(すずな)=「神を呼ぶ鈴」
 蕪(かぶ)のこと。 胃腸を整え、消化を促進し、しもやけやそばかすにも効果がある。
蘿蔔(すずしろ)=「汚れのない清白」
 大根のこと。風邪予防や美肌効果に優れている。

この地域でも場所によっては、七草全部を入れずに粥にするところもあるそうだ。
雪が深くなるところは食材を得るのが難しいからだろう。
我が家も家人も猫たちも皆、大きなガラス戸から外を見ることが多くなる。
冬は春ほどの華やかさがなくなるが、それでも、クロッカスと水仙はお気に入り
である。特に、今、庭先に見えるクロッカスには、少女のあどけなさと雪の中
でも凛然と咲く強さを感じ、彼が好きな花である。紫の手毬のような中に白い線
が数本見える。五、六ほどの花が雪の白さの中から抜け出したようにこちら
に顔を向けている。更に、眼を少し先に転じれば、道路向の庭には、白と黄色の
配色のある水仙が可憐に咲いている。毎年他の草花が枯れる頃になると、
芽を出してこの時期に花が咲き始める。細身の身体がなよと緩やかな婉曲を見せ、
白や黄色の花弁をみるに、北斎の描く美人画にも思えてくる。
冬でも主人の眼を愛でてくれるこの二つの花があるというのも、さらに彼をして
堕落的な姿にさせているのだろう。
透き通ったガラス戸が庭のさむさを遮り切りのどかな部屋のぬくもりにうつつを
ぬかし、過ごす冬の日々である。
また、裸をさらしたような枯枝の木々が多い中、金柑の樹は冬になるとその存在感が
増して見える。

梅の木ほど目立たないが、我が家がここに移ってすぐに梅と金柑の機を植えた。
梅のピンクと金柑の黄色がなんとなく気に入ったからだ。
さして大きな理由はなかった。
まだ20年ほどであるから、いずれも老樹とは言えないが、梅の木はその姿形、
幹の斑の模様や木肌の濃い褐色は老樹の趣となっている。だが、金柑はその幹の
濃い緑、花の艶やかな映え具合から壮年の力強さを感じる。
金柑の木は、白く小さな花をつける。それらが、緑濃い葉群の中に白点となり、
その小さく可憐な姿を見せると、庭に落ち着きがただよう。
多くは、2回ほど実をつけるというが、我が家では、12月ぐらいから1月まで
につける実が多い。ピンポン玉を1回りほどの黄色の映える実だ。
冬の彩の失せた中に黄色い玉がたわわに実る様は中々に見ごたえがある。
固く少し棘のある葉は、小さな白い花とその熟れた実をを守るかのような硬さと
頑固さがある。実をとるとなるとちょっとした覚悟が必要であった。
奥さんがジャムや甘露煮をよく作っていた。風邪やのどにいいという。
甘露煮を美味しく作るコツはゆでこぼしての渋み抜きと種抜きだが、ちと
面倒でだんだん作る回数も減ってきた。
以前、奥さんの友達が湖東の老舗和菓子のきんかん大福をもらった。
甘さ控えめの白あんと甘露煮した金柑の程よい苦味・酸味がマッチした
不思議なおいしさであった。もち米は地元でとれた最高級の羽二重糯(はぶたえ)で、
柔らかくなりすぎないように工夫しているのが美味しさの秘訣と聞いた。
梅は実が意外とつかないので、春の心の癒しだが、金柑は冬の身体の癒しだ。
今日もまた痛めた喉に金柑のジャムがゆっくりと流れ落ちていく。

白い季節はまだ見えない。
昨年は、比良の山並みは白いカーテンにおおわれ、その姿を隠したまま、庭の
白一色のなかに白い六枚の花びらに黄色の花冠の艶やかな水仙の花が凛とした
風情で顔を出していた。
この水仙の黄色一点が白さのすべての存在を示している。
薄茶色のつらなりは湖辺までつづきそのまま重く沈みこんだ湖面へと消え去っていく。
ヤナ漁の仕掛け棒が薄墨の平板な面から細く黒い影を無数に突き出している。
カモメが数羽、その針先のような上で首をすくめじっとこの寒さに耐えているようだ。
普段は死地のごとき褐色の雑木の群れ、ポツリポツリと点在する農具小屋や家並みもまた、
延々と続く白き世界の中でひっそりとたたずんでいるだけだ。
昨年、平板につづく白帯のつらなりに下の大地がたんぼなのか畑なのか
区別がつかなかった。ため池あとの雑木林も雪に閉ざされ、晩秋に落ち葉を踏みしめ
犬のルナと歩き回ったことがうそのようだ。

未だ秋の深さそのものの雑木林、数年前の雪を踏みしめて一歩一歩慎重に進んでも
足を取られてしまうほど、雪は深く、己の歩みを笑っているようでもあった。
クスノキの林、太い幹から伸びた枝枝は、雪の重さに耐えかねて苦しそうに
うなだれていた。枯草に覆われていた数日前とは一変していた。ここにも、
雪が枯草や小さな雑草たちを隠し、消し去っていた。狐の足跡が一筋、木々の間を
縫うようにくっきりとその黒点を林の奥へと続かせている。
空も大地もすべてが白い。その静寂に一人立つ。生あるものがわれ一人の世界だ。
真っ白になった頭の中では、次第に時間がゆっくりと昔へと戻り始める。
春のその冷えた空気が残る中で、小さな花たちが芽吹き、白や黄色、赤などの
色の点描を見せはじめる頃、林のなかに小さな生命が湧きだす。
夏の強い日差しにほっと息をつく。休息のひと時、秋の終わりころの
陽だまりの暖かさを感じた。
落ち葉の上をかさかさと音を立ててかけ走るオオオサムシ。彼はいま朽木の中で、
どのようにして眠っているのだろうか。紅葉したツタの葉で、重ね合わせた
手のひらの上に、あごを乗せて物思いにふけっていたアマガエルは、
土くれの中に無事隠れることができただろうか。小さな動物や虫たち、
植物たちのことが、頭の中を駆け巡る。
雪の中で春を待つホソミオツネントンボを見たことがある。脚で枝を
しっかりつかんで体を固定し、体をピンと張って小枝に見せていた。
その力強さに思わず見とれた。

「冬草も 見えぬ雪野の 白鷺は おのが姿に 身をかくしけり」
道元の和歌とされる。冬の枯草も見えないほどに降り積もった白一色の雪野原
にいる白鷺は、おのれの姿の白さの中に身を隠しているのだ、というほどの意味
というが、よく分からない。
ある人は言う。「純白無垢になれ、というような命令法なのだろうか。己自身の
ありのままの姿によって、他に対して際立つのではなく、風景の中に身を隠し、
そのことで自分もまたその中にある純白無垢の雪景色がそれとして立ち現れる。
そのような白鷺の有り方に気づいた、と言っている」と。
この歌の題が「礼拝」とされている。

2020.01.04

冬至、そして正月、また1つ老いへの歩み

第二十二節気 冬至(12月21日から1月4日ごろ)

冬至(とうじ)を迎えた。早いものだ。
「冬に至る」、比良の山の雪衣、琵琶湖の泥炭の黒く沈んだ面、吹き抜ける
鋭く肌を刺す風、すべてが冬の顔になった。
そして新しい暦の始まる時

1人、2人と消え行った人たち、明日は我が身
哀しみと寒さが肩に重く乗る
時の速さはますます加速し、すべてが瞬きの一瞬にすぎ行く
砂粒のような砂利道を歩いた365日
至極当然の歩みだったのか
わずかな上り坂、下り坂にも息継ぎの必要な我が身
平凡な幸せ、皆が口にするが誰も本当は分かっていない
幸せは死ぬ直前まで分からないからだ
連れ合いが言った
あなた、家族葬にするのね
わたしは黙って頷く
それは木枯らしに首を垂れる萱の白き姿形
紅白も見ることが無くなった
日本の心根を歌う人がいなくなった
幼子のような歌の集団、派手な衣装、心のないリズムだけの音の羅列
だが黙っても、不満を言ってもまた1年と言う経年劣化は進んだ
ふと見る鏡のたるんだ顔、それが己であることを認めたくはない
しかし心はひどく落ち込む

「暦便覧」では「日南の限りを行て、日の短きの至りなれば也」と説明している。
日照時間が減り、夏至と反対に夜が最も長く昼が短い日。冬至にかぼちゃを食べるのは
風邪を引かない、金運を祈願するというような意味があるそうだ。
・乃東生(なつかれくさしょうず)12月22日頃夏枯草が芽をだす頃。
夏至の「乃東枯」に対応し、うつぼ草を表しているという。
・麋角解(さわしかのつのおつる)12月27日頃
鹿の角が落ちる頃。「麋」は大鹿のことで、古い角を落として生え変わる。
・雪下出麦(ゆきわたりてむぎのびる)1月1日頃
雪の下で麦が芽をだす頃。浮き上がった芽を踏む「麦踏み」は日本独特の風習だ。
むかしは、元旦の日を浴びながら、黒く浮きだった土をしっかりと踏み込んでいた
年寄の姿が見えたものだ。

初茜(初日直前の茜空。夜の暗がりから白み、明るみ、茜に染まる東雲
しののめの空。

近くの農家の年寄がよく言っていた。
冬至によく食べたのが、冬至がゆとかぼちゃだった。冬至がゆは小豆を入れた
おかゆのことで、小豆の赤が太陽を意味する魔除けの色で、冬至に食べて
厄祓いをするそうだ。
かぼちゃは栄養豊富で長期保存がきくことから、冬の栄養補給になり、
冬至に食べたのだ。
また、冬至には「ん」のつくものを食べると「運」が呼びこめるといわれている
ともいう。
にんじん、だいこん、れんこん、うどん、ぎんなん、きんかん......など、「ん」の
つくものを運盛り といって縁起をかついでいたこともあるようだ。
最近はこのような話をあまり聞かない。豊富な野菜や健康志向のレシピ、栄養剤、
味覚ある冬料理、などこの素朴な料理に注意を向けることは失われつつある。

だが、人がその風土に合わせ生きる力として数100年も培ってきた知恵を忘れる
べきではない、と彼は思いつつカボチャ料理を妻に頼んだ。
薄灰色のとばりが湖面まで垂れ下がり、灰色の水面を覆う形で琵琶湖がいた。
その上には、わずかに残る力を振り絞るが如き姿で朝日がわずかな形を見せている。
既に比良山には、頂上を雪の切れ切れが白く大きく張り付き広がっている。
こちらも薄墨の背景に浮かぶ山水画の風情を見せている。
坂をゆっくりと、その歩みを確認する仕草で下りて行く。肩に白い粉がかかるが
すぐに消えた。雪か、と思った。しかし、今年の雪はまだ来ない。
昨日よりもその寒さは一段と厳しくなり、全ての動作がを油の切れた機械の
様を見せている。夏、秋と華麗な姿を見せていた家々の草花もすでに消え去ったり、
残り香を見せるものは、茶褐色と灰色の世界をなし、気持を一段と落ち込ませる。
目はじに黒く深い緑に黄色の点描が見えた。
小さな赤子のこぶしほどの黄色い実が小ぶりの葉を押しのけるように実っていた。
柚子の木が一つ、彼の背丈を超す大きさにその直立した姿を見せている。
数日前に柚子の風呂をした記憶がよみがえる。知り合いが大きな段ボール箱に
入れて持ってきたのだ。

むかしは、冬至の翌日から日が延びるため、この日は陰の極みとし、翌日から再び
陽にかえると考えられてきた。それを「一陽来復」といい、この日を境に運が向く
とされていた。厄払いするための禊(みそぎ)として身を清めるということから
柚子風呂は冬の代名詞のようなものだ。
冬が旬の柚子は香りも強く、強い香りのもとには邪気がおこらないという考えも
あったのであろう。
身体の芯に迫り溶け込むような感触を今日も味わいたい、思わず体がほてるのを感じた。
茶色に広く広がる枯野のそば、ただぼーとして、動きのない雑木を見つめる。
こんなとき、真っ白になった頭の中では、次第に時間が遡りはじめる。
霧が少しづつ晴れてくるように雑木林のなかは、小さな生命にあふれていたころ
の様子が蘇ってくる。
秋の終わりころの陽だまりがススキや萱の柔らかい穂先の下で波打っていた。
まだわずかの緑を残した落ち葉の上をかさかさと音を立ててかけ走る
オオオサムシ、彼はいま黒ずんだ朽木の中で、どのようにして眠っている
のだろうか。
紅葉したツタの葉で、重ね合わせた手のひらの上に、あごを乗せて物思い
にふけっていたアマガエルは、土くれの中で春の暖かさをまっているのだろう。
雪の中で春を待つホソミオツネントンボを見たことがある。
脚で枝をしっかりつかんで体を固定し、体をピンと張って小枝に見せていた。
その力強さに思わず見とれた。
実に他愛のないことが、頭の中を駆け巡る。生き物たちのことが無性に
恋しくなるのは、すべてが無に見える果てしない枯草の世界から少しでも
逃げ出そうとする意識がそうさせている。
時間は逆に廻り、晩春から初秋へ、そして夏の終わりから真夏へと記憶が
引き戻されていく。

冬至は、1月4日ごろまでだから、正月も入る。
この時期、里も忙しい。この地域は、神社や寺が多い。地域の人々は、
それぞれの氏神に参り、掃き清めや注連縄の張り直しに勤しむ。
注連縄には地域独特の張り方もあるようで、中々に味わいもある。
例えば、栗原集落の最奥近くにこの水分神社は鎮座しているが、広く長い
参道の中間点あたりの勧請木に青竹を渡し勧請縄が掛けられている。
湖東で見慣れている縄とは少し造形が変わっていて、何本有るのかも
わからない程多くの子縄が垂れ下がりそれぞれに御幣とシキミの小枝
がつけられている。
神社に多くあるのは、ごぼう締めと言われるごぼうのような形をした注連縄だ。
正月の注連縄は左へねじる「左綯い(ひだりない)」で特別なものになっており、
飾るときは太い方を向かって右にするという。
これは、神様から見たときに(人と逆)元の太い部分が神聖とされる左側
になるようにするためだそうだ。
太い注連縄を輪にした玉飾りもある。前垂れ、ウラジロ(清廉潔白・長寿)、
紙垂(しで:神様の降臨を表す)、ユズリハ(子孫繁栄)、ダイダイ(家運隆盛)、
海老(長寿)、扇(末広がり)など、様々な縁起物をつけた注連飾りだ。

また、それほど大きくはなくとも鐘楼のあるお寺が地域には少なくない。
響き渡る鐘の音にあわせ、こんな思いも持った日々もあった。
白く輝く光りを浴びた湖面は三角錐の八幡山と皿を伏せた沖島の島影を
浮き立たせ、細かな波状のつらなりが丸く輝く月の下で揺れかかっている。
雲1つ無い闇天の空に神々しく輝く満月がその様をのぞき見ている。
山と空、水、沖舟にさす影、羽衣のひだと思わす波のはしり、それが
墨絵の趣で眼前にあった。
昨年の雪の降った日だった。
凍えそうな手に己が息を吐きかけ、闇に身を置いていた。
湖水は寂寞として何も言わず、橋を渡る赤いいくつもの筋のみが
消えてはまたその姿を現していた。さらには、湖に薄く舞い落ちる雪
の切片が月光に染められ、金粉をまいているように湖水の面に踊っていた。
湖面も月光に染められ金波がひろがる上に雪が休みなく降り続いている。
だが、月が雲にかき消されるとそこは暗闇と化し、何もない。
それは、静寂とある意味甘美の世界でもあった。
以前は苦痛の世界であったろうが、今は違った。
そこに永遠にいたいとも思った。だが、そんな思いもはるか昔の感傷となった。

「雑煮」は、年神様の魂が宿った餅を食べるための料理で、食べること
で年神様からその年の生命力が与えられるとされていたと聞くが、
それも今は単なる元旦恒例の食事と化している。
我が家の雑煮はすまし汁のものと白みそ仕立ての2つが食膳にならぶ。
私が関東であり、妻が京都であるからだ。主人の権威の衰え(もっとも
はじめからそういうものはなかったかもしれないが)を感じる1つの
行事でもある。
妻は絶対に白みその雑煮と主張し、それに息子たちが合してきた。
すまし汁の雑煮は、私1人が寂しく食べるのみだ。
雑煮は地方色豊かなものだが、我が家の味は全国版だ。
大きく分けて関西風と関東風があり、関西風は白味噌仕立てで丸餅を焼かないで
煮るスタイル、丸餅なのは鏡餅を模しているからだといわれている。
関東風は醤油仕立てのすまし汁に角餅を焼いて入れるスタイル、武家社会では
「味噌をつける」はしくじるという意味なので、味噌は使わなかったそうだ。
丸める手間がない角餅で、焼いて膨らみ丸くなると解釈するという。
全国的にはすまし汁のお雑煮が多いというが、参勤交代で全国に江戸文化が
伝わったからだそうだ。
私向けの雑煮はいわゆる関東風で、醤油仕立てのすまし汁に、小松菜、大根、
人参、ねぎ、椎茸、鶏肉を入れるが、白みその雑煮にはあまり具材は入れない。
もっとも、少し前からは具材は私の雑煮と同じようになってきたが。
この地域でも多いのは、白みそに丸餅の雑煮のようだ。
丸餅に親がしら(赤ズイキの親芋)を丸のまんま1つ入れるという。
親がしらには、「親が頭(かしら)になる」といういわれがあるからだそうだ。
むかしは、雑煮の餅を元旦は1個、2日目は2個、3日目は3個と、
日を追って増やして食べたという。
増やすことによって家の繁栄を願ったからだ。
また、お節料理は琵琶湖に近い地域と山側にある地域では、その具材が
だいぶ違っていたという。湖にちかいところでは、湖魚の料理が多く、
山側では、野菜料理が主であった。
ごまめ、黒豆煮、柿なます、椎茸煮、里芋煮、飾りニンジン、栗きんとん
などが陶器のお重箱に綺麗に咲き乱れている。
だが、最近は湖側も山側も変わりがないという。食材の豊富さがその地域の
食文化まで変えていく。

2019.12.20

これから本格的な雪の頃、大雪

第二十一節気 大雪(12月7日から20日ごろ)

 

比良山も頂の白き斑が大きな白布となり、その稜線をくっきりと見せる。
右には、遠く微かに鈴鹿の山並がどこか頼りなげに薄く延びている。
眼を左へと緩やかに転じていく。三上山の形のよい山姿が静かな湖面の
先に浮かび上がる。その横には八幡山と沖島が深い緑の衣に包まれるように
横たわっている。更にその横奥には、御嶽山を初めとする木曾の山並が
薄く横長に伏せており、その前にはその削られた山肌が痛々しい伊吹の
山が悄然と立っている。全てが琵琶湖の蒼さを照らし出すように薄明るさの
中にあった。
だが、一転空に眼を向ければ、冬にしか見られない素晴らしい舞台があった。
遥か上には、櫛を梳いたような雲が幾筋もその軽やかな形を見せている。
その下には、繭がその固い形をほぐすような雲がふわりと浮き伊吹の上から
ゆっくりと比良の山に向って流れ来る。
さらに、しっかりとした二本の飛行機雲を切り取る様に、その下をやや黒味
のある雲がこれも比良に向かい素早い流れで和邇に向うように流れ来るのであった。
ここから見える空は平板としてその奥深さを知る事は出来ない。しかし、
いくつもの雲の流れがその空の深さを示すようにお互いを遮ることなく流れ
すぎていく。久しぶりに見る、感じる空の景観であった。

 

この季節、よく虹が出る。比良山の端から一直線に天に昇るが如く
7つの色がくっきりとした輪郭を保ちながら、やがて大きな弧を描き
琵琶湖の水に消えていく。ときには、半円の虹が和邇の港あたりから
和邇川の流れに合わすかのように冬枯れした田畑の上を7つの彩色を
施した薄い絹布となり、黒く立ちすくむ松林の中に消えて行く。
しかし、その落ちる先に行っても、虹は姿を隠すか如くそこにはいない。
川端康成の小説に「虹いくたび」と言うのがあるが、主人公の3人姉妹
の生への美しさとはかなさを虹に重ねて書いたものであり、
「生まれて、生きて死ぬ
 生まれて、生きて死ぬ
 いくたびの繰り返し
 人も虫も花も 虹も
 この世に生まれ出るものはすべて
 生きねばならぬ 死なねばならぬ
 理屈ではなく
 そう決まっているのだから
 いくたびのつまづきは
 いくたびの希望だから
 やがてくる死のために
 生きねばならぬ 輝いて
 生きねばならぬ」
琵琶湖で「彦根をすぎて米原のあいだ」見た琵琶湖の虹が良く出てくる。
更には、八日市から愛知川に向う近江鉄道に乗ると川端が感じていたであろう故郷の
気配があったのではないだろうか。一瞬の優美さと儚さを感じるのが
虹なのかもしれない。

 

比良の山並みを湧き上がる薄墨の雲、尾根や頂を包み、それは大津波にも似た様で

中腹や里を呑み込もうしている。
このころになると、風向きが北西となり、比良の山並みに対して垂直にぶつかる
ような季節風になってしまう。そのため、強力な寒気団が居座ると、大量の雪を吐き
続ける怪物と化す。だが、山ろくで猛威をふるった風は琵琶湖に行きつくまでには、
湿気をだしきり、軽く透明な空気となって、何もなかったような穏やかさを取り戻す。
もっとも、比良おろしと言って、冬から春先までは猛烈な風が麓を駆け抜ける。
また、司馬遼太郎がその第1巻でも感じ入っているようだが、湖西を車で行くと、
志賀にさしかかったあたりから景色が雪国の様相に急変することに驚かされるだろう。
天候は時間を追って変わり、大津市内では何事もないような天候がこのあたりでは、
雪や氷雨と太陽が絶え間なく入れ替わりつづける。

 

最近、我が家の周りでもストーブで冬を過ごす家が多くなった。街を歩けば、点々と
少し灰色がかった煙が直立した煙突から吐き出されている。
まだ残る「煤の文化」への回帰なのだろうか、もっとも最近は昔を懐かしむというより、
環境保全という名目も多く聞かれる。しかし、人々は炎に魅了され続けてきたという
原初的な想いも強いようだ。常に、不思議な色合いを発し、姿を変え、時に激しく
めらめらと、時にゆらゆらたおやかに燃えるさまに、人々は安らぎを覚えてきた。
炎の揺らめきは五感に訴えかける何か、それは遠い昔に人々が持っていた本能に
引き込まれているのかもしれない。
この地域は昭和30年代まで割り木を木材燃料として湖辺周辺に供給していた。
割り木には、クヌギ、コナラ(ホソ)、ナラガシワ(ギンボソ)、が良いとされ、
火付きが良く長く燃えるからだそうだ。これらを上木じょうぎと言い、桜、ハンノキ、
栗などの軽い木は雑木というそうだ。
燃料としての木々にも歴史はあった。

火を使い始めた、その時から日本人は煤とともに暮らしてきた。
この煤の国では毎年暮れ、降り積もった家中の煤を払い清めた。
これが煤払いである。
一家総出の行事のはずだが、主だけはお役を免れることがあったという。
これを「煤逃げ」。「逃げ」であるから、どこかへ姿をくらますのである。
戦後、電化が進むにつれて煤は人の前から姿を消し始めた。
そして、「煤逃げ」の季節でもあるこの時期も寒さだけが心に染み込むだけ
のことになった。
こんな和歌がよくあう季節でもある。 
・吹き迷う雲をさまりし夕なぎに 比良の高ねの雪を見るかな   為美
・夕づく日比良の高ねを眺むれば くるるともなき雪の白妙    元恒

大雪(たいせつ)は、二十四節気で12月7日ごろ。期間としての意味もあり、
この日から、次の節気の冬至前日までである。雪が激しく降り始めるころであり、
「暦便覧」では「雪いよいよ降り重ねる折からなれば也」と説明している。
山だけでなく平野にも降雪のある季節。寒さが日増しに厳しくなってゆく。
・閉塞成冬(そらさむくふゆとなる)12月7日頃
空が閉ざされ真冬となる。空をふさぐかのように重苦しい空が真冬の空。
琵琶湖の水もその重苦しさを増す。
・熊蟄穴(くまあなにこもる)12月12日頃
熊が穴に入って冬ごもりする頃。何も食べずに過ごすため、秋に食いだめをする。
・さけ魚群(さけのうおむらがる)12月17日頃
鮭が群がって川を上る頃。川で生まれた鮭は、海を回遊し故郷の川へ帰り来る。
鰤などの冬の魚の漁が盛んになり、熊が冬眠に入り、我が家の南天の実が赤く
色付きはじめる。

 

«寒さはいよいよ小雪を告げる

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