2021.02.05

私と猫の歳時記大寒のころ

私と猫の歳時記
我が家の5人猫と味わった四季
大寒のころ

昨日からまた雪が降り出し、比良の山も湖も灰色と白く
舞う雪の花にひっそりと見え隠れする。
主人にとって、この季節、ある情景がいつもその心
によみがえってくる。
白く輝く光りを浴びた湖面は三角錐の八幡山と皿を伏せた
沖島の島影を浮き立たせ、細かな波状のつらなりが丸く
輝く月の下で揺れかかっている。雲一つ無い闇天の空に
神々しく輝く満月がその様をのぞき見ている。
山と空、水、沖舟にさす影、羽衣のひだと思わす波のはしり、
それが墨絵の趣で眼前にあった。

彼は、凍えそうな手に己が息を吐きかけ、闇に身を置いていた。
湖水は寂寞として何も言わず、橋を渡る赤いいくつもの
筋のみが消えてはまたその姿を現していた。
さらには、湖に薄く舞い落ちる雪の切片が月光に染められ、
金粉をまいているように湖水の面に踊っていた。湖面も月光に
染められ金色の縞波がひろがる上に雪が休みなく降り続いている。
だが、月が雲にかき消されるとそこは暗闇と化し、すべてが消えた。
それは、静寂とある意味甘美の世界でもあった。
むかしの彼であれば、それは苦痛の世界であったろうが、今は違った。
そこに永遠にいたいとも思った。いつの間にか横にチャトがいた。
その眼の中に、今見た彼の情景が映っている。

今年は雪が多い。朝のしじまのなかで見た時は、道路を薄布が
覆うような細雪であったが、その白い薄片はやがて大きな粒状を
成しボタン雪となった。
「津軽恋女」という歌に「七つの雪」というのが歌われている。
「津軽の女よ ねぶた祭の行きずり戯れか
過ぎた夜の匂いを抱いて 帰れと叫ぶ岩木川
降り積もる雪雪雪また雪よ
津軽には七つの 雪が降るとか

こな雪 つぶ雪 わた雪 ざらめ雪
みず雪 かた雪 春待つ氷雪
津軽の海よ 三味がゆさぶるじょんがら聞こえるよ
嘆き唄か 人恋う唄か
胸のすきまに しみてくる

降り積もる雪雪雪また雪よ
津軽には七つの 雪が降るとか
こな雪 つぶ雪 わた雪 ざらめ雪
みず雪 かた雪 春待つ氷雪

降り積もる雪雪雪また雪よ
津軽には七つの 雪が降るとか
こな雪 つぶ雪 わた雪 ざらめ雪
みず雪 かた雪 春待つ氷雪」

だが、ここではそれほど多彩な雪は見られないし、思いなせない。
そんな考えが浮かぶほどの今日の雪だ。
ボタン雪、それが風に揺られことはなく、ほぼ垂直に天から地へと
落ちてくる。一時間もすると家の周辺は白く輝く光が満ち、
ただ平板な白い地面となった。
すでに、四十センチほどの雪の絨毯が庭を被っている。
ライが飛び出したものの、雪の中にはまり大慌てで出ようとするが、
目の前はただただ白い壁が続くのみ、彼にとっては何回も
経験しているはずであるが、相変わらず懲りない男である。
助けての叫びに、わたしもまたかの顔で抱きかかえに行く。

だが、犬のルナは違った。元来寒さには強い犬種でもあり、
自分の顔が沈むほどの深さの中に飛び出し、白く深く伸びた
雪原のごとき広場をはね飛びながら遊んでいる。
梅ノ木もその枝枝を白き雪帽子で着飾り、他の草花はすでに
影形なく、映え光る白の世界に埋没している。
薄いベールの先に見えていた比良の山並みも薄墨の壁紙が
はられたように彼の視線から消し去られた。われわれは
ただ水滴がこぼれ落ちる窓ガラスの中で、ひっそりとこの情景
に見入るのみだ。
だが、この辺りを北国と呼ぶには、雪の中に数か月も閉じ込められる
「北国の人」には大いに失礼だ。その想いを柳田國男は
「雪国の春」の中でうまく綴っている。

「故郷の春と題して、しばしば描かれるわれわれの胸の絵は、
自分等真っ先に日の良く当たる赤土の岡、小松まじりのつつじの色、
雲雀が子を育てる麦畑の陽炎、里には石垣のタンポポすみれ、
神の森の大掛かりな藤の紫、今日から明日への題目も際立たずに、
いつの間にか花の色が淡くなり、木蔭が多くなって行く姿であったが、
この休息ともまた退屈とも名づくべき春の暮れの心持は、ただ旅行
してみただけでは、おそらく北国の人たちには味わいえなかったであろう。
北国でなくとも、京都などはもう北の限りで、わずか数里離れた
いわゆる比叡の山蔭になると、すでに雪高き谷間の庵である。
それから嶺を超え湖を少し隔てた土地には、冬ごもりをせねばならぬ
村里が多かった。丹波雪国積もらぬさきにつれておでやれうす雪に
という盆踊りの歌もあった。これを聞いても山の冬の静けさ寂しさ
が考えられる。日本海の水域に属する低地は、一円に雪のために
交通が難しくなる。伊予にすみ慣れた土居得能之一党が越前に
落ちていこうとして木の目峠の山路で、悲惨な最後を遂げたという
物語は、「太平記」を読んだ者の永く忘れえない印象である。
総体に北国を行脚する人々は、冬のまだ深くならぬうちに、
何とかして、身を入れるだけの隠れ家を見つけて、そこに平穏に
一季を送ろうとした。そうして春の帰ってくるのを待ち焦がれていた
のである。越後当たりの大百姓にはこうした臨時の家族が
珍しくはなかったらしい。、、、
汽車の八方に通じている国としては、日本のように雪の多く降る国
も珍しいであろう。それがいたるところ深い谷をさかのぼり、
山の屏風を突き抜けているゆえに、かの、黄昏や又ひとり行く
雪の人の句のごとく、おりおり往還に立ってじっと眺めている
ような場合が多かったのである。停車場には時として暖国から
来た家族が住んでいる。
雪の底の生活に飽き飽きした若い人などが、何という目的もなしに、
鍬をふるって庭前の雪を掘り、土の色を見ようとしたという話もある。
鳥などは食に飢えているために、こと簡単な方法で捕らえられた。
二、三日も降り続いた後の朝に、一尺か二尺四方の黒い土の肌を出しておくと、
何のえさも囮もなくてそれだけでヒヨドリやツグミが下りてくる」

彼はこの一節を読みながら、ストーブの前を占拠している五人の
猫たちの顔を一睨みした。チャトなぞは堂々と腹と隠すべきもの
までさらして寝ていた。他の四人も夢の世界で生きているのであろう。
ハナコがその茶と白、黒の斑の毛を様々な形に見せている。
ノロとの生活を思い起こしているのだろうか、その顔には微笑さえ見える。
ライは雪冷えの怖さをまた知ったかのようにストーブの前で
背を丸め何事かを想っている風情だ。レトとナナは目を閉じ
お坊さんの瞑想の仕草で時に身をゆだねている。寒さに弱い二人は
ただ春を念じている、その薄茶と黒の縞模様の身体からそれが漂ってくる。
勝手口でことりと音がした。ママが「ジュニアだわ」という。
久しぶりの訪問だった。
好きな缶詰を食べるジュニアは夏のころより一回り小さくなったように見えた。
彼もこの雪の中で食べ物に苦労しているのだろうか、ママがぽつりと言った。
だが、我々を見る眼はその薄緑の色は翳りなく、底光りしている。
出された食事を食べ残すことなく静かに彼は去っていった。

大寒は、一月二十日ごろ、寒さが最も厳しくなるころである。
「暦便覧」では「冷ゆることの至りて甚だしきときなれば也」と説明している。
そして、初めの五日ほどを「款冬華」(ふきのはなさく)、「水沢腹堅」
(さわみずこおりつめる)、最後に「鶏始乳」(にわとりはじめてとやにつく)
と昔の人はこの季節を細かく言い表している。
朝の空は青一色、そこに櫛で梳いたような雲がたなびき、木立の向こうには、
いまなお細い月が消え残っている。前夜の雪がまだその残滓を残し、
街は白く輝いていた。朝の寒さの中、街の一番奥にある丘の上に彼はいた。
まるで雪に埋もれる木々のごとく立ち尽くしていた。主人はまた
この季節を迎え春を感じ始めることに安堵した。
だが、彼の頭は茫洋とした果てしない過去のつなぎの中にいた。
広々と視界の開けた自然な中に立ったいま、彼はふたたびある場所
と次の場所との中間地点にあって、頭には、様々な情景がなんの
束縛もなく去来していく。この数十年のあいだ考えまいとして
抑えつけて来た過去のもろもろが解き放たれ彼の中を駆け巡っている。
おかげで、いま彼の頭の中では様々な情景がけたたましくさえずりながら、
独特の騒々しいエネルギーを発していた。夜来よりの雪の残り香
であろう小さな宝石の雫を光り輝かせる丘の上の桜の木。
この自然が描く一幅の浮世絵の中をあこがれの目で眺め、
自分の素足が柔らかな草花に沈むところを想像した。横をほとばしる水
が鞭となって空気を打ちながらときおり陽の光を捉えてきらめき流れて行く。
黒くむき出した野原の中に、赤く燃え映えた花が一群を成していた。
ハート形をした柄の長い葉には白斑があり、伸びた花茎に篝火
をたいているように白い雪原にその赤さを誇っているようだ。
シクラメンだった。まだ若かった頃聞いたあの歌が思い出される。
「、、、うす紅色(べにいろ)の シクラメンほど
まぶしいものはない
恋する時の 君のようです
木もれ陽あびた 君を抱(いだ)けば
淋しささえも おきざりにして
愛がいつのまにか 歩き始めました
、、、、」
ある人に言わせると、真の題名は「シクラメンのようなかほり」で、
奥さんを思っての歌だともいう。寒いなかに一刻の温かさが
心を過ぎる。
水の流れと篝火花の赤さが時の記憶を見せてくれる。
父と母に手を引かれて小学校入学に向った日、息子の七五三で、
家族五人でお宮参りをした日の青いブレザーを着た長男のなんとも
いえない晴れがましい顔、白き棺に納められた父の死に顔の静けさ、
脈絡のない記憶が流れる水の光にあわせ浮かんでは消えていく。
そして、今ここにいるのは一人、寄るべきなき老人がいる。
生の輝きから外れたものにとって、今浮かぶ景色は残酷な仕打ちの
様でもある。
あの夏のある日、眼前に広がる青い稲穂の並び、さらに三メートル
ほどに区切られたその水田が幾重にも連なって湖へと一直線に
伸びている様がある。遠くには、琵琶湖の銀色の波頭が数千
の煌めきとなってこの棚田の在り様を一段と高めていた。
ここを耕してきた人々には、四季折々、朝夕の勤めの中で、
当たり前の光景であったろうが、今彼を支配する自然風景は、
農業、漁業、日々の暮らし、更には様々な交通など等、社会は変われど、
生活は変われど、我々日本人の生活とつながっている「営み」が
この風景の中に溶け込んでいるのだ。だが、自分はこの六十年以上
の生の中で何もしてこなかった、と主人は思った。
単なる野辺にある草草と同じだ。
目を凝らせば凝らすほど、自分自身もこの中に吸い込まれていく、
そんな感覚になった。白き何もなき世界だ。もっとも、すでに体も
心もその白さを失ってはいるが。より生活を楽しく、便利に
するという経済優先の社会の中で、開発と言う美名の下、
あらゆる破壊が日本各地を覆い尽くそうとしているのに、
わが身はただ息をしてきたのみに過ぎない。

だが、思う。この日本の中には、自然の時間に逆らわない空間が
まだまだある。しかも、それらは、「自然と人の営み」が一体化
した風土として息づいてきた。
この地はまだそのような風土を持っている。残されたわずかな
時間であろうが、主人もまた、今の比良山と湖の自然がとりあえず
残るあの場所で最後を迎えたいとも思った。
振り返れば、白い世界の中に彼は佇んでいた。

2021.01.21

私と猫の歳時記小寒のころ

私と猫の歳時記
我が家の5人猫と味わった四季
小寒のころ


冬至は、一月四日ごろまでだから、正月も入るが、小寒という言葉の響きはどことなく、
元旦前後に合う、季節感がいい、と勝手に思っている。
白く輝く光りを浴びた湖面は三角錐の八幡山と皿を伏せた沖島の島影を浮き立たせ、
細かな波状のつらなりが丸く輝く月の下で揺れかかっている。
雲一つ無い闇天の空に神々しく輝く満月がその様をのぞき見ている。
山と空、水、沖舟にさす影、羽衣のひだと思わす波のはしり、それが墨絵の
趣で眼前にあった。
彼は、凍えそうな手に己が息を吐きかけ、闇に身を置いていた。
湖水は寂寞として何も言わず、橋を渡る赤いいくつもの筋のみが消えてはまたその姿
を現していた。さらには、湖に薄く舞い落ちる雪の切片が月光に染められ、金粉をまいているように
湖水の面に踊っていた。湖面も月光に染められ金波がひろがる上に雪が休みなく降り続いている。
だが、月が雲にかき消されるとそこは暗闇と化し、何もない。
それは、静寂とある意味甘美の世界でもあった。
むかしの彼であれば、それは苦痛の世界であったろうが、今は違った。
そこに永遠にいたいとも思った。
だが、そんな思いもはるか昔の感傷となった。

正月の慌ただしさも薄れ、いわゆる小寒の季節、一月五日ごろとなる。
暦の上で寒さが最も厳しくなる時期の前半であり、「暦便覧」では「冬至より
一陽起こる故に陰気に逆らふ故、益々冷える也」と説明している。
この日から節分(立春の前日)までを「寒(かん。寒中・寒の内とも)」と言い、
この日を「寒の入り」とも言う。更には、「芹乃栄」(せりすなわちさかう)
「水泉動」(しみずあたたかをふくむ)「雉始」(きじはじめてなく)とその
風情も少しづつ変化していく。例えば、芹乃栄(せりすなわちさかう)一月の初め、
セリが盛んに生育する頃であり、冷たい沢の水辺で育つセリは春の七草のひとつとしても知られているし、
一月七日に無病息災を願って食べる「七草粥」にも入れられる。
我が家でも七草粥は食べる。今年は風邪でかなり調子を落としてる主人にとって、絶好の御膳となった。
もっとも、猫たちは横目でちらりと見るだけで興味はまったくなしの風情だ。

そんなこともあり、少し七草粥の由来を述べてみる。
春の七草と言って、七草粥を食べる一月七日は「人日(じんじつ)の節句」という五節句のひとつだそうだ。
五節句とは何なの?
一年に五回ある季節の節目の日(節日)のことで、一月七日(人日)、三月三日(上巳)、
五月五日(端午)、七月七日(七夕)、九月九日(重陽)を指している。
古来日本には、雪の間から芽を出した若菜を摘む「若菜摘み」という風習があり、唐の時代には、
人日の日に七種類の野菜を入れた汁物、「七種菜羹(ななしゅさいのかん)」を食べて、
無病息災を祈った。さらに、平安時代になると中国の風習や行事が、多く日本に伝わり、
「若菜摘み」と「七種菜羹」の風習が交わって「七草粥」が食べられるようになったという。
そして、江戸時代になると、幕府が「人日の日」を「人日の節句」として五節句の一つと定め、
これによって「一月七日に七草粥を食べる」という風習が、民衆に広がり定着した、と言われてる。
幕府が定めたとは言え、中々に良い風習だと思うが。

七草粥の具材になる「春の七草」は春の七草とは、
芹(せり)=「競り勝つ」
 解熱効果や胃を丈夫にする効果、整腸作用、利尿作用、
 食欲増進、血圧降下作用など、様々な効果がある。
薺(なずな)=「撫でて汚れを除く」
 別名をぺんぺん草という。
 利尿作用や解毒作用、止血作用を持ち、
 胃腸障害やむくみにも効果があるとされている。
御形(ごぎょう)=「仏体」
 母子草(ハハコグサ)のこと。痰や咳に効果があり、のどの痛みもやわらげてくれる。
繁縷(はこべら)=「反映がはびこる」
 はこべとも呼ばれ、昔から腹痛薬として用いられており、胃炎に効果がある。
 歯槽膿漏にも効果があるそうだ。
仏の座(ほとけのざ)=「仏の安座」
 一般的に、子鬼田平子(こおにたびらこ)を指し、胃を健康にし、食欲増進、歯痛にも効果がある。
菘(すずな)=「神を呼ぶ鈴」
 蕪(かぶ)のこと。 胃腸を整え、消化を促進し、しもやけやそばかすにも効果がある。
蘿蔔(すずしろ)=「汚れのない清白」
 大根のこと。風邪予防や美肌効果に優れている。
七草粥には、菘と蘿蔔は葉の部分を、薺は花芽を持つ前の若芽を利用する。
冬に蓄えた自然の力を人間がもらうわけだ。お陰で、主人の風邪もだいぶ良くなった。この地域でも
場所によっては、七草全部を入れずに粥にするところもあるそうだ。雪が深くなるところは食材
を得るのが難しいからだろう。
チャトが仙人猫に聞いても、要領を得なかった。猫族にとって、意味がないからだろう。
ただ、猫といえども、草は食べる。主人がチャトに聞くと、体の毒素を吐き出すためだと言っていた。
猫も自然の力を利用しているわけだ。

しかし、我が家では七草粥以外正月らしい習わしはとんとご縁がない様で、わが猫族は一様に
ストーブの前でご睡眠中、チャトは近くのソファーであくびをしながら、伸びきっている。
さすがのハナコとライも昨夜降った小雪の白さに恐れをなしたか、これも主人の二階から
降りてくる様子を薄目で覗き見ながら動かない。ナナはママと一緒に二階のベッドで仲良く寝ている。
レトは、と見るがその猫影は見えない。正月三日はこの家の三人息子も顔を見せ、
オッ、チャトまだ生きていたか、ライは痩せたねとご挨拶があったものの、疾風怒濤の如くいなくなった。
ルナも、季節感はないものの、この寒さは嬉しい様で一騒ぎしてこれもいなくなった。あとには、
老人二人と猫五人、だがこれも老猫四人に若いハナコ一人とまるで老人介護の家の如き様相でもある。
外は庭に少し雪が残り、その寒さを見せている。薄く庭をなぞる雪の間に黒く沈んだ土が見え、
そのまだら模様の中に紫のクロッカスが四、五株ほど少し身を寄せるように風に揺れている。
朝の光を浴びて、目覚め良い姿を白く光る冬空の下にさらしている。世間では、この日から
寒中見舞いを出し始めるらしい。らしいと言うのは、そのような冠婚葬祭的慣わしの嫌いな
主人は何もしない。なんせ、年賀はがきさえ生まれてこの方、出していないのだから。
今年も、普段と変わらない年末と年始を迎え、主人とママが更に歳を重ね、猫族もご同様の仕儀の日々であった。
時間という見えない変化がこの家をただただ通り過ぎていく。
兎に角、正月は元旦に近くの神社にお参りするだけの家族であり、静寂がこの家を支配していた。
ハナコが食べるドライフードの音のみが広いダイニングに規則正しいリズムを響かせている。
朝の目覚めもまだなのか、ソファーにだらしなく伸びきった形でチャトと同様の姿で庭を見ている主人である。
「チャト、今年もよろしくね。お前も無事新しい年を迎えられてなによりだ」
「お互い、年ごとに同じ言葉やね。たまには、違う挨拶にしたいもんやね」
「そうか、同じことが同じように続く、これって素晴らしいことだと思うけど」
そんな言葉の中、いつかの観音さんの言葉が池に浮かぶ木片のように漂い近寄ってきたが、主人は入れ違う夢想の中にいた。

比良の山並みは白いカーテンにおおわれ、その姿を隠したままだ。庭の白一色のなかに、白い六枚の花びらに
黄色の花冠の艶やかな水仙の花が凛とした風情で顔を出している。
この水仙の黄色一点が白さのすべての存在を示している。
白帯のつらなりは湖辺までつづきそのまま重く沈みこんだ湖面へと消え去っていく。
ヤナ漁の仕掛け棒が薄墨の平板な面から細く黒い影を無数に突き出している。カモメが数羽、
その針先のような上で首をすくめじっとこの寒さに耐えているようだ。
普段は死地のごとき褐色の雑木の群れ、ポツリポツリと点在する農具小屋や家並みもまた、
延々と続く白き世界の中でひっそりとたたずんでいるだけだ。
平板につづく白帯のつらなり、その下の大地がたんぼなのか畑なのか区別がつかない。
ため池あとの雑木林も雪に閉ざされ、晩秋に落ち葉を踏みしめ猫たちと歩き回ったことがうそのようだ。
雪を踏みしめて一歩一歩慎重に進んでも足を取られてしまうほど、雪は深く、
己の歩みを笑っているようでもある。クスノキの林、太い幹から伸びた枝枝は、
雪の重さに耐えかねて苦しそうにうなだれている。枯草に覆われていた数日前とは一変していた。
ここにも、雪が枯草や小さな雑草たちを隠し、消し去っていた。狐の足跡が一筋、
木々の間を縫うようにくっきりとその黒点を林の奥へと続かせている。空も大地もすべてが白い。その静寂に一人立つ。
生あるものがわれ一人の世界だ。いつもはいるチャトやハナコの姿はない。
真っ白になった頭の中では、次第に時間がゆっくりと昔へと戻り始める。
春のその冷えた空気が残る中で、小さな花たちが芽吹き、白や黄色、赤などの色の点描を見せはじめる頃、
林のなかに小さな生命が湧きだす。夏の強い日差しにほっと息をつく休息のひと時、秋の終わりころの
陽だまりの暖かさを感じた。落ち葉の上をかさかさと音を立ててかけ走る我が猫たち。
紅葉したツタの葉で、重ね合わせた手のひらの上に、あごを乗せて物思いにふけっていたアマガエルは、
土くれの中に無事隠れることができただろうか。小さな動物や虫たち、植物たちのことが、頭の中を駆け巡る。
雪の中で春を待つホソミオツネントンボを見たことがある。脚で枝をしっかりつかんで体を固定し、
体をピンと張って小枝に見せていた。その力強さに思わず見とれた。

「冬草も 見えぬ雪野の 白鷺は おのが姿に 身をかくしけり」
道元の和歌とされる。冬の枯草も見えないほどに降り積もった白一色の雪野原
にいる白鷺は、おのれの姿の白さの中に身を隠しているのだ、というほどの意味というが、
この歌の題が「礼拝」とされている。
よくわからない。そんなことが浮かぶ世界でもある。スマホで何気なくその光景を納めたいと思った。
白肌が艶かしくひろがる情景だ。もっとも、そのような女性を主人は見たことはないが、
その想いは浮世絵の美人画から連なってくる。
顔形の整ったいわゆる美人であっても、一般的な綺麗と言う感情は湧くが、その整った顔や形に
自身が歓喜する、楽しくなる、幸福感が増すなどの行為になる、とは思っていない。自身が
意識していない何か、心の琴線と呼ばれるものに触れることが重要なのだ。むしろ、
今見える純粋無垢な白さの方が共感が湧く。さらには彼の場合、昔写真に入れ込んだときから
カラーよりもモノクロの持つ見えざる力に共感していた。カラーは、色によって人の感情を高めるが、
それは本当の写真の持つ力ではない。ある意味、誤魔かし、とさえ考えている、と言うより確信していた。
最近、ある高齢の女性写真家がモノクロによる神社や社などの風景を撮った写真を見た。素晴らしいと思った。
神社や社の持つ不可思議な雰囲気と神と言う形の見えない何かを何故かその写真は感じさせてくれた。
多分、これらをカラーで見せていたら、単なる風景写真として、人の心をふるわせることには
ならないであろう、彼は写真の前でそう感じたし、現にその写真家もカラーで
数年、同じ題材を撮っていたが、ほとんど評価されなかったと言う。
色と言う人の心を惑わす所作がなくなった分だけ、見る人も写真の持つ力を
感じ取れるのではないだろうか。
夢想の曼荼羅は取り止めもなくその広がりを見せ始めていた。これも冬のなせるしわざなのであろうか。
美味しいもの、美しいもの、それらが無秩序に浮かんでは消え、新しい触発を得て、別なものが浮かんできた。

そんな静かな時間、あの人が勝手口に立ったよ、とママの声が響く。
秋の終りから我が家に新しい外猫が来た。ライに顔つき、体つきがよく似ている。はじめは寒さの
始まったころで、庭のポーチに陽射しを浴びながらそーとこちらを見ている姿をママが見つけた。
ライが外にいるよ、と言われ主人がソファーを見れば、当のライはだらしなく腹を見せて寝ているのだ。
良く見れば、ライよりも毛並みが短く眼つきは鋭い。ライのどこか甘えのある眼とは大分違った。
これからの寒さを生き抜いていくのだろう。ジュニアがはじめて我が家にきた時と同様に身体は
大分太めになっている。しかし、その眼は我々に大いなる空腹を告げている。主人は「しょうがないな」
と言いながら、ドライフードをポーチに出すと、警戒しながらも、あっと言う間に平らげてしまった。
ノンビリとわが世の春(今は冬だが)を謳歌していたわが猫族は、一斉に窓ガラスに駆け寄り、威嚇の叫びを上げる。
「此処は、わいたちの家や。直ぐに立ち去りいいや」
と言っているが、ちょっと下卑た関西弁では余り迫力がない。チャトとハナコは、まあ、しゃないわとの
風情で見ている。ライ、レト、ナナが大いに敵対心を見せていた。それから数ヶ月、既に彼は
「ノロジュニア」の名前をもらい、朝になると勝手口で、朝の食事を待っている。彼は、どこかで
飼われていたのであろうか、少しこちらが家の窓やガラス戸を開けておくと、さっと入り込み、
残っているドライフードなどを食べて、そ知らぬ顔をして出て行く。中々に、食わせ者だが、
どこか愛嬌のある風情と我が家の猫との諍いを避けようとする態度が、ママをして、大いに彼を
評価しているようだ。この寒さの中で、どこに住んでいるのだろう、と主人とママが折に触れ会話している。
実は、ハナコは彼のよくいる場所を知っていた。ハナコはノロとの生活で、野良との付き合いは心得ている。
ある日、彼女がいつものごとく一丁目の谷さんの家猫と話している時に、彼に会ったのだ。
一丁目の山側と周辺の家々が彼の縄張りで、話好きの猫オバサンの井戸端会議でも、話題になったと言う。
彼は下の街の家で飼われていたらしいが、飼い主が歳を取り、家族に引き取られた時に、飼い主を失った。
この時、能天気なハナコもさすが、主人とママが歳を取ってきたとチャトに聞いた事もあり、
我が身の末を思ったものである。
「主人とママが歳とって死んでしもうたら、どないしようか、心配やわ」と。それを二丁目のクロに話したところ、
「仙人さんも言ってはるやろ、猫は元々人間よりも進んでいるんや。お前はんも、猫族の気概をもって一人で生活するんや」と。
ジュニアの出現は、他の四人を含めて、新たな緊張感を与えたのかもしれない。
翌日、ママがライが怪我をしていると騒ぎ始めた。左耳の付け根のところが
深々と傷があり、膿み始めていた。ライはチャトに「そんな心配するほどで
あらへん」と息巻いていたが、かなりの傷である。ジュニアにやられたにしては、傷が深すぎる。
イタチか何かの動物と夜にでもやりあったのであろう。
ママと主人から
「なんでこんな寒い夜にわざわざ出かけるだ。お前も、歳と体力を考えろよ」と諭されている。
そんな騒ぎの中、昔ノロがあの精気溢れる頃主人がふらりと出かけた先で蛇と格闘していた時の情景をまざまざと思い出した。

2021.01.07

私と猫の歳時記冬至のころ

私と猫の歳時記
我が家の5人猫と味わった四季
冬至のころ

薄灰色のとばりが湖面まで垂れ下がり、灰色の水面を覆う形で
琵琶湖がいた。その上には、わずかに残る力を振り絞るが如き姿で
朝日がわずかな形を見せている。既に比良山には、頂上を雪の切れ
切れが白く大きく張り付き広がっている。こちらも薄墨の背景に
浮かぶ山水画の風情を見せている。
主人は坂をゆっくりと、その歩みを確認する仕草で下りて行く。
肩に白い粉がかかるがすぐに消えた。雪か、と思った。昨日より
もその寒さは一段と厳しくなり、全ての動作がを油の切れた
機械の様を見せている。夏、秋と華麗な姿を見せていた家々の草花
もすでに消え去ったり、残り香を見せるものは、茶褐色と灰色
の世界をなし、主人の気持を一段と落ち込ませる。
もう冬至を迎えたのか、早いものだ。
雪下出麦(ゆきわたりてむぎのびる)一月一日頃
雪の下で麦が芽をだす頃。浮き上がった芽を踏む「麦踏み」は
日本独特の風習だと誰かに聞いた。
初茜、いい言葉だ。元旦、直前の茜空。夜の暗がりから白み、
明るみ、茜に染まる東雲しののめの空をさす。
近くの農家の年寄がよく言っていた。
むかし、冬至によく食べたのが、冬至がゆとかぼちゃだった。
冬至がゆは小豆を入れたおかゆのことで、小豆の赤が太陽を
意味する魔除けの色で、冬至に食べて厄祓いをするそうだ。
かぼちゃは栄養豊富で長期保存がきくことから、冬の栄養補給になり、
冬至に食べたのだという。

人がその風土に合わせ生きる力として数百年も培ってきた知恵
を忘れるべきではない、と彼は思いつつ昨夜はカボチャ料理を
妻に頼んだ。猫たちも同じだ。仙人猫の薫陶よろしく、我が家の猫
は意外と昔の風習を知っている。もっとも、それを実行に移してるのは、
ナナぐらいだ。

目はじに黒く深い緑に黄色の点描が見えた。小さな赤子のこぶし
ほどの黄色い実が小ぶりの葉を押しのけるように実っていた。
柚子の木が一つ、彼の背丈を超す大きさにその直立した姿を見せている。
数日前に柚子の風呂をした記憶がよみがえる。
小松さんが大きな段ボール箱に入れて持ってきたのだ。
むかしは、冬至の翌日から日が延びるため、この日は陰の極みとし、
翌日から再び陽にかえると考えられてきた。それを「一陽来復」といい、
この日を境に運が向くとされていた。厄払いするための禊(みそぎ)
として身を清めるということから柚子風呂は冬の代名詞のようなものだ。
冬が旬の柚子は香りも強く、強い香りのもとには邪気がおこらない
という考えもあったのであろう。
身体の芯に迫り溶け込むような感触を今日も味わいたい、思わず体
がほてるのを感じた。茶色に広がる枯れた野原と疎林となった林
が一段とその侘しさを見せていた。白く緩やかな穂毛を見せていた
ススキの群れも消えていた。ただぼーとして、動きのない雑木を
見つめる。実に他愛のないことが、頭の中を駆け巡る。生き物たち
のことが無性に恋しくなるのは、すべてが無に見える果てしない
枯草の世界から少しでも逃げ出そうとする意識がそうさせているのか、
時間は逆に廻り、晩春から初秋へ、そして夏の終わりから真夏へと
記憶が引き戻されていく。

少し前、レトが大いに興味を持った猫のいる島の話がでた。
それはこの周辺の月一回の猫の集会の時であった。
下の街の仙人猫が少し興奮しながら言ったものである。
「わしもいつもこの時期になると胸が苦しくなるんや。考えてもみい。
今、家猫のほとんどは人間たちの都合で避妊手術という憎むべき行為
に子孫さえ自由に残せへんのや。春になるとわしらの身体は子孫
を残さんと、皆子作りに励み出すはずじゃのに、その数はますます
減ってきてるんや。昔は全国各地に猫族の国が幾つもあったんや。
此れが犬族と大いに違う点や。犬族は人間に柔順やから、何もいわへん。
おとなしゆ、従ってるんや。でも、人間はその勝手な理屈でやな、
多くの猫を殺してきたんや。例えばじゃ、人間世界では偉いと
言われている坊さんの教えに「南泉斬猫」と言う話があるや。
南泉は、弟子の僧たちが猫を巡って論争をしているのを見て、
この猫について的確に一句言い取ること(道得)が出来るのなら猫
を斬り殺さないが、出来なければ、斬り殺すと迫り、弟子たちが
道得できずにいると猫を斬り殺してしまった、という。
考えられへんことやろ。
この話を聞いたほかの偉い坊さんもな、「此斬猫、即是仏行也」と
言ったそうや。「今の斬猫ハ、是即仏法ノ大用、或ハ一転語ナリ。
若し一転語ニ非あらズハ、山河大地妙浄明心トモ云ベカラズ、
又即心是仏トモ云ベカラズ。即此一転語ノ言下ニテ、猫体仏身
ト見あらわれ、又此語ヲ聞テ、学人モ頓ニ悟人スベシ。
南泉が行った斬猫とは、仏法の大いなるはたらきである」とさ。
仙人猫のまなじりはあがり、その黒毛は逆立ち、怒り心底の様子だ。
冬の夜空は透き通り月下の光の中に黒白の影をきちりと四方に
はめ込んでいる。そのしじまを切り裂き再び仙人猫の熱き声が
広がり続ける。
「そのとき、仏身としての猫にとっては、斬られることが仏の行いであり、
そして、その猫を南泉が斬ることも、仏の行いである。すべてのものが
仏として現われ、仏の行いをなすのである。
要するに、人を「悟り」へと導く慈悲行為であり、絶対的に善なる世界
を思考する行為であり、南泉の行為は修行者たちの迷いを一刀両断
に切り捨て、「悟り」の世界を示す事になる、と言っている。
でもな、この猫を斬り殺すという行為が不殺生を犯す行為である、
というその坊さんよりもっと偉いお人が言った事を否定しているわけじゃ。
殺された猫もえろう迷惑な話だが、自分の勝手な理屈で猫を殺して
いいんかいな。大体、猫は輪廻転生の偉い存在なんや、たかが
一坊主の勝手な思いで殺されるなんて、その猫も可哀相なやつや」
仙人猫は、少し怒りを抑えた風で、ほかの猫からも聞いているやろ、と断りながらもさらに続けた。

2020.12.23

私と猫の歳時記大雪のころ

私と猫の歳時記
我が家の5人猫と味わった四季
大雪のころ


ようやく大雪になった。1週間ほど前に比良に初冠雪、寒さも冬らしく
さすが猫たちも陽ざしに暖かさを求めて仲良く日向ぼっこ中、
こちらも冬景色。
大雪(たいせつ)は、二十四節気で十二月七日ごろ。期間としての意味もあり、
この日から、次の節気の冬至前日までである。雪が激しく降り始めるころであり、
「暦便覧」では「雪いよいよ降り重ねる折からなれば也」と説明している。
鰤などの冬の魚の漁が盛んになり、熊が冬眠に入り、南天の実が赤く色付くころ。
比良山も大きな白い帽子を被り、その白き稜線をくっきりと見せる。
右には、遠く微かに鈴鹿の山並がどこか頼りなげに薄く延びている。
眼を左へと緩やかに転じていくと、三上山の形のよい山姿が静かな湖面の
先に浮かび上がる。その横には八幡山と沖島が深い緑の衣に包まれるように
横たわっている。更にその横奥には、御嶽山を初めとする木曾の山並が
薄く横長に伏せており、その前にはその削られた山肌が痛々しい伊吹の
山が悄然と立っている。全てが琵琶湖の蒼さを照らし出すように薄明るさの
中にあった。
このころになると、風向きが北西となり、比良の山並みに対して
垂直にぶつかるような季節風になってしまう。そのため、強力な
寒気団が居座ると、大量の雪を吐き続ける怪物と化す。
だが、山ろくで猛威をふるった風は琵琶湖に行きつくまでには、
湿気をだしきり、軽く透明な空気となって、何もなかったような穏やかさ
を取り戻す。もっとも、比良おろしと言って、冬から春先までは猛烈な風
が麓を駆け抜ける。
また、司馬遼太郎が「街道をゆく」の第一巻でも感じ入っているようだが、
湖西を車で行くと、志賀にさしかかったあたりから景色が雪国の様相
に急変することに驚かされる。天候は時間を追って変わり、大津市内
では何事もないような天候がこのあたりでは、雪や氷雨と太陽が絶え間
なく入れ替わりつづける。
最近、チャトや猫たちが街を歩いていると、点々と少し灰色がかった
煙が直立した煙突から吐き出されているのを見る。
主人にそれを話すと、「煤の文化」への回帰なのだろうか、という。
もっとも最近は昔を懐かしむというより、環境保全という名目も多く
聞かれるとも言うので、チャトにはよく理解できない。

しかし、人間には炎に魅了され続けてきたという原初的な想いも
強いようだ。常に、不思議な色合いを発し、姿を変え、時に激しく
めらめらと、時にゆらゆらたおやかに燃えるさまに、人は安らぎを
覚えてきた。炎の揺らめきは五感に訴えかける何か、それは遠い昔
に人間が持っていた本能に引き込まれているのかもしれない。
この話を聞くと、火の存在を快く思っていない仙人猫を含め、
チャトもさらに理解できない仕儀となる。
下の街の老猫によると、この地域は昭和三十年代まで割り木を
木材燃料として湖辺周辺に供給していた、という。割り木には、クヌギ、コナラ(ホソ)、
ナラガシワ(ギンボソ)、が良いとされ、火付きが
良く長く燃えるからだそうだ。
これらを上木じょうぎと言い、桜、ハンノキ、栗などの軽い木は
雑木というそうだ。燃料としての木々にも歴史はあった、とチャト
は感心もした。
火を使い始めた、その時から人間は煤とともに暮らしてきた。
以前みた茅葺きの家を思い出す。この煤の国では毎年暮れ、降り積もった
家中の煤を払い清めた、といい、これが煤払いである。
一家総出の行事のはずだが、主人だけはお役を免れることがあったという。
これを「煤逃げ」。「逃げ」であるから、どこかへ姿をくらますのである。
おかげで、家猫も駆り出されたそうだ。だが、電化が進むにつれて煤は
人間の前から姿を消し始めた。そして、「煤逃げ」の季節でもあるこの
時期は寒さだけが心に染み込むだけのことになった。
こんな和歌がよくあう季節でもあるが、猫も人間もやはり寒い。 
・吹き迷う雲をさまりし夕なぎに
 比良の高ねの雪を見るかな   為美
・夕づく日比良の高ねを眺むれば 
 くるるともなき雪の白妙    元恒

寒さが少しづつ我が家に押しいり、夜は寒さの塊が部屋を支配し始めた。
ナナは二階にいることが多くなり、特に夜になると、呼びもしないのに
自分の方から主人の膝に乗って来て、お愛想を使った。
また、彼女はよく額をママの顔に当てて、頭ぐるみぐいぐいと押して来た。
そうしながら、あのザラザラした舌の先で、頬だの、顎だの、
鼻の頭だの、所構わず舐めまわした。そういえば、猫は二人きりになると
接吻したり、顔を摺り寄せたり、全く人間と同じ様な仕方で愛情
を示すものだが、ナナはかなり人間化しているからだろうか他の
四人よりもよくやっている。以前にもまして、夜は必ずママの傍に寝て、
朝になると起こしてくれたが、それも顔中を舐めて起こすのである。
寒い時分には、掛け布団の襟をくぐって、枕の方から潜り込んできたり、
布団をもくもくとあげてウサギのような柔らかい毛、これを昔は和毛にこげと呼ぶが、
を足下から入れてくるのであったが、寝勝手のよい隙間を
見出すまでは、胸の上に這い入ってみたり、背中の方に回ってみたりして、
ようやくある場所に落ち着いても、具合が悪いと又直ぐ姿勢や位置を変えた。
結局彼女は、ママの腕へ頭を乗せ、胸の辺りに顔をつけて、向かい合って
寝るのが一番気持ちが良いらしかったが、もしママが少しでも身動き
をすると、勝手が違ってくると見えて、その都度身体をもぐもぐさせたり、
又別の隙間を探したりした。だからママは、彼女に這い入って来られると、
一方の腕を枕に貸してやったまま、なるべく身体を動かさないように行儀よく寝ていなければならなかった。
そんな場合に、彼女はもう一方の手で、
猫の一番喜ぶ場所、顎の部分を撫でてやると、直ぐにナナはゴロゴロと
言い出した。そして彼女の指に噛み付いたり、更には顔を舐めまわしたり、
涎を垂らしたりしたが、それはナナが興奮した時のしぐさであった。
年とともに、そのしぐさは人間らしさが増していった。
しかし、隣りに寝ている主人の方へ行くことは滅多になく、一度入った時には、
主人が急に寝返りを打ちナナは押しつぶされたような声を出して布団
から飛び出した。それを分かってか、他の猫も主人の寝床には行かないようだ。
もっとも、チャトは主人の布団の上でよく眠る事があるが、その重さに
主人が大きな声で、退いてくれ、と夢うつつで言っていることが
多くなるのもこの季節である。

チャトが三丁目の仙人猫に聞いている。
「湯たんぽって、なんやの」
黒い毛並みに囲まれた黄色く光る瞳がじっとチャトを見ている。
「わしは何か悪いことしたんかいな」
そんな思いが体を抜けていった。
「なぜ、そんな話をするんや」
「主人がわしを膝に抱いているときに、お前はん湯たんぽみたいやな、
というんやけどわけがわからんかった」
「お湯の入った丸い奴でな、朝まで子供と一緒に布団でぬくうすごしたわ。
ゆたんぽ、湯湯婆とかくそうや。小さいころ、これのお陰で冬の夜を
温かく寝られたわ」
と懐かし気に仙人猫は言った。
主人もこの冬、湯たんぽのことを思い出していた。
だが、今はあまりその名を聞かない。電気毛布や羽根布団など、
暖を取るためのより温かいものが増えたからだろう。
多分、これに多くお世話を感じていたのは、いわゆる高齢者であろう。
もっとも、時には、その熱さのため、やけどをしたこともあるのでは、
私がそうだ。いまだ左足の脇に大きな卵形のやけど跡が痛々しくも残っている。
数年前、押しいれにあった湯たんぽが突然目の前に現れた。
そして、その赤く錆びた縞模様が私を六十年前ほどの少年時代へと引き込んだ。
そこには、やけどの痛さと心の痛さの両方が懐かしさを伴って現れてきた。

なるほど、昔ママと寝ていた時の肌のぬくもりがよみがえった。
さらに、今は猫たちを抱いているときのほのかな優しいぬくもりが体を伝ってくる気がした。
膝には、チャトがその大きな体を目いっぱい伸ばしゆるくふんわりとした温かさを主人に伝えていた。
彼も湯たんぽの意味を知り、納得気に寝ている。
老いの目立つナナは、最近はママが湯たんぽ代わりだ。
ママが寝るとすぐさま、布団の隅に顔をいれ、もぞもぞさせながらママの横へと這い寄っていく。
しばらくはおとなしくママの横で寝ているのだが、それが飽きるとママの顔を
舐めまわしはじめる。ママもたまらくなり、夢うつつのまま、寝返りを打つ。
その温かさが伝わらくなるのか、単にママと遊びたいのか判然としないが、やがてナナも布団の中を
こじ開けるかのようにママの顔先へと這いより、その温かさの中でもどろむ。

2020.12.08

私と猫の歳時記小雪のころ

私と猫の歳時記
我が家の5人猫と味わった四季
小雪のころ

秋も深まりすでに冬の日差しの中では、春ほどの花の咲きそろいはない。
梅の木はその葉の多くを落とし、まばらな葉影をポーチに点描する。
わずかに紫式部の紫の小さな粒が我が家に冬の訪れを告げる。
隣家の柿の木は二つほどの熟れ切った柿が黒ずんだ橙の色を残し、
薄く透き通る蒼空に浮いている。枝葉も落ち、丸裸となった枝が
細身の骨のように茶褐色の幹から四方へと伸びている。

このころになると、色々な鳥が熟れた柿を求めてやってくる。
ツグミはその熟れころを一番よく知っているようだ。
丸裸の枝にうまく体をよせ、垂直に顔を上げて細く鋭いくちばし
を柿に差し込んでいる。
いつものように二階の窓辺にナナが一人遠くを見ていた。
書斎の窓から見える比良の山は赤や橙色の色縞をさらに強め、
中腹の緑の色を飲み込み始めている。時には、白く重たい真綿
のような雲が山の頂を隠し、我が家の周辺には木々を揺さぶり
動かす風が枯葉を巻いて我が物顔に吠えまくる。
先ほどまでの青く光る空は廃色と黒の入り混じった雲でおおわれ、
日はその中に埋没する。だが、それも一刻のことで、また陽が
蘇り家々の壁を白く照らし出していく。
その光と闇の循環がこの地方の天の習いのようだ。

数年前、ナナも下の街をよく徘徊していた。
下の街に植木や花物を売る店が出来て、その前を通るので、
つい季節ごとの花が咲き乱れその色と匂いの混じり合った
雰囲気にしばし足を止めることがあった。寒くなると、
淡い緋色の山茶花を数株求めたりする人がよく見かけられたが、
我が家の狭い庭では、どこに植えるんですか、もう植える
場所がありません、と愛想のないママの言葉が飛んでくるようだ。
主人との軽い口喧嘩ではよくあることなのだが、我が家の猫
や犬たちもしたり顔でその声を聞く。
しかし、幾株かの山茶花だが、冬だというのに揃って花ざかり、
小さい庭を明るくしている。椿も好きで、白玉椿、光悦椿、
からはじめて黒椿まで持っているが、椿の花は霜に弱く、
純白のものなど一夜で、なさけない姿になる。
ナナが朝早く庭に出ると、白く輝いていた花びらが茶色に
萎び朽ち落ちそうになっているのをよく見た。山茶花はそれに
比べると強く、ママが散りつくしてもう終わったと思っていると、
また、小さい蕾を持って沢山に咲く。
その可憐な姿がなんともいえない。主人がその花を愛でながら、
白い花に紅を少し差したようなのは、昭和はじめの日本娘のように
つつましく感じられる、というのをよく聞いた。
もっとも、ナナには全く分からない世界ではあったが。
だが、ナナの知るかぎりいまどきの若い女性を感じさせる山茶花はない。
人間のほうが花よりあくどく装飾過剰だ、と思う。
もっとも、猫がそこまで思うかは別であるが。
家から一筋向うの少し古びた家の庭に、この花が咲くのを
美しいと年々に思って眺めてきた。白一色古い八重のものも、
冬の厳しさにつりあって見事である。

さらに、一丁目の大きな家の庭にこの木の花の咲いたときに
見に行くと、白川砂を敷いた地面にこの花びらが一面に散っている。
黙って静かに白い花びらが宙を軽くこぼれてくる様は、
この季節でも温かくほっこりする。

小雪(しょうせつ)は、二十四節気の第二十の季節。十一月二十二日ごろ
となり、この地域では寒さを感じるこのごろである。木々を彩っていた葉が
雨に濡れて落ちる頃となり、山間部ではその雨が雪に変わり始める
秋から冬への移り目の時期でもある。
わずかながら雪が降り始めるころともなり、比良の山並にも白いものが
見え始める。「暦便覧」では「冷ゆるが故に雨も雪と也てくだるが故也」
と説明している。この頃から初春までに育った椎茸は冬茹(どんこ)と
呼ばれる。寒い空気にさらされて育つため、肉厚で身が締まり、
味が濃厚となる。我が家の下の街では、そろそろ郷土の料理としても、
冬の味わいに入る。
ビワマスのご飯、いさざのじゅんじゅん鍋、氷魚のおすましや
釜揚げなど白菜や大根も加え、冬の味覚が本格的になる。
人間も楽しそうだが、ナナも同じだ。だが、他の無粋な四人たちは、
ドライフードと猫缶詰しか思い浮かべないであろう。

このころ、比良の中腹には虹が多くかかる。薄雲を後景にして
直線的に天へと七つの色を伸ばし、時には比良の山と琵琶湖を
つなぐ七色の架け橋ともなる。地上のいろどりが消えかかるものの、
天上には新たな色が登場する。
しかし、猫たちにとっては、寒さという怨念の季節でもある。

そして、我が家の猫たちも炬燵やストーブの前の置物になる。
猫をヨーロッパの都会人文化人の一部では、客間の虎と形容して
賛美してきた。たしかに、チャトが床に置物の如く、座って
こちらをうかがっている姿はその強さは別として、虎の風貌である。
もっとも、以前からも度々話題にしてきたが、喧嘩となると
連戦連負のまさに張子の虎であった。
我が家には野良猫だけであり、外国種の混ざったものもいないようで、
国産種の雑種集団であるが、三丁目の中村さんの銀灰色で毛の
ふさふさしたチンチラ猫など、サロンの絹椅子にながながと
寝そべって、青い瞳を燐光のように光らしているのを見ると、
豪奢な姿が虎のようにおごそかで立派である。
もっとも、日本の家造りのような雰囲気の中では、なにか
そぐわない気がしないでもない。
近所でも、贅沢な品種のシャムネコ、ペルシャ猫など飼う人
が増えたようであるが、それでも犬の愛好者に比べては少ない。
猫は犬よりも気位が高く、孤独で、人を拒絶する気質があるから、
中々に理解の良い飼い主にめぐり合うことが少ない。
でも、猫たちのほうでも、別にその事を歎いてはいない。
私をそっとして、ほっといて下さい、と言うのが元来、
猫の本音なのであり、全体的には、人間よりも優越性が高い
と思っている猫のほうが多いのだろう。
もっとも、我が家の猫たちは、自分たちがほっとかれると無理にでも
気を引こうとする。この気質は人間のそれと何ら変わることはない。
さらに、日本の猫は、都会的であるよりも、田舎猫の風情でもあり、
住む家に付属して、箱入り娘のごとき気質で余り外に出たがらないようだ。
ただ、ご近所のトイようなシャムネコなどのように、その正反対で
家には馴染まず、人に、特にその中の誰か一人に馴染んで、
他の家人さえ無視する性質があるが、日本の猫は、その多くは家猫
と言われるぐらいに人間よりも家になついてきた。
だが社会の変化に合わしているのであろうか、最近は家に懐くのも
まだ多いが、猫らしい猫でも、家に住み着いたものよりも人に
懐いているねこも多くなった。
チャトが主人に言うには、我が家の猫たちの友達も多くは、
人に懐き、そのつながりで生きている猫の方が多いという。
そんな状況でも全般的には、日本の猫は客間の虎にならなかった。
始終、炬燵の上か、飼い主の膝の上、または縁側、大根や干し柿
をつるしている家の日溜りのひさしの上にいる。
もっとも、我が家のチャト以下他の猫たちも主人かママのどちらかに
へばり付くか如き生活をしている。客間の虎と言うよりも、
子供たちそのものになっている。猫も時代変化を感じ取り、
日々の生活にいそしんでいる。

そして、我が家のナナ、チャト、ライも既に壮年から老人の歳になってきた。
特に、ナナはここ数年めっきり歳を取り出して、身体のこなしや、
目の表情や、毛の色艶、更には体つきまでもに老衰のさまがありあり
と見えていた。
それもそのはずで、この琵琶湖の畔に居を構えて既に十七年。ナナがまだ
目も見えず、ウンチの世話までもしたときのことが主人とママには
ありありとその様子が残っているし、チャトもその後直ぐに
病院で拾われたのだから、彼ら自身がまだ一歳ていどの子供だったのに、
もう数年で二十歳に手が届くのである。まして、猫の寿命からいえば、
十七年という歳月は多分人間の八十歳に当たるであろう。
それを思えば、もうひと頃の元気がないのも道理であるとは言うものの、
カーテンや網戸の天辺に登っていって綱渡りのような軽業をした
仔猫の動作が、つい昨日の事のように眼に残っている二人は、
腰のあたりがげっそりと痩せて、俯き加減に首をチョコチョコ
振りながら歩く今日この頃のチャトやナナを見ると諸行無常の
理を手近に示された心地がして、いうに言われず悲しくなって
来るのであった。普段は、「無常観」と言う言葉さえ忘れかけている
二人だが、秋と言う切なさを増す季節と彼らの日頃の動きを見ていると、
最近の夫婦の会話にもよく出てくるようになった。
彼らがいかに衰えたかをと言う事を証明する事実はいくらでもあるが、
たとえば跳び上がり方が下手になったのもその一つの例なのである。
仔猫の時分には、実際二メートルぐらいまでは鮮やかに跳んで、
本棚やタンスの上に軽々と上っていたし、食べ物や鼠のおもちゃ
をいつ見せびらかしても、直ぐに跳び上がった。
ところが歳を取るに度に跳び上がる回数が少なくなり、高さが
低くなって行っても、もう近頃では、諦めのほうが早い様で、
目の前で見せびらかすようなことで、始めて跳び上がるのであるが、
それでも頭上三十センチぐらいの低さにしなければ駄目なのである。
それは食べ物を見せたときでも同じである。
それだけの気力がないときは、ただ食べたそうに鼻をヒクヒクさせながら、
あのやや薄青さの目立つ眼を、哀れっぽい眼で主人やママをの顔
を見上げるのである。
「どうかわてを可哀相だと思ってんか。実はその食べ物が欲しいん
やけど、それに跳び付きたいんやけど、何を言うにもこの歳になって
しもうて、とても昔のようなマネは出来しません。
もし、お願いや、そんな悪ふざけなことしいひんと、早うそれを投げてや」
と、特にナナに弱いママの性格をすっかり飲み込んでいるかのように、
眼に物をいわせて訴えるのだった。チャトの場合は、すぐにでも
主人にじか談判するのだろうが。

2020.11.22

私と猫の歳時記立冬のころ

私と猫の歳時記
我が家の5人猫と味わった四季
立冬のころ

今日は主人も近所の年寄り連中と山へお出掛け、と言っても
山登りではない。山登りには全く興味のない人であり、
あの体重では一キロでも山を登れれば、奇跡ではないか、
とママが言っていた。それでも、山の中にある旧いお城の
跡を探しに行くのだ。この行為にママは黙って見ているが、
眼は口ほどにモノをいい、本当に皆さんといけるの、と言っている。

朝の日差しがわずかに流れる風とともに我々を包み込む。
まだ田圃の広がりが見える山道を少しづつ進む。この山間の田圃
とて既に稲は刈られ、金色の稲穂は褐色の土と無様に残った稲の
根株だけになっている。秋の終わりの明け方の風物の変化は非常に早かった。
山端に足を踏み入れしばらくして、主人が振り返って見た時には
対岸の三上山の彼方から橙色の曙光が昇ってきた。それがみるみる
濃くなり、やがて褪せはじめると、辺りは急に明るくなって来た。
萱は平地のものに比べ、短く、その所々に大きな山ウドが立っていた。
彼方にも此方にも、花をつけた山独活が一本づつ、遠くの方まで所々
に立っているのが見えた。その他、女郎花、吾亦紅、萱草、松虫草
なども萱に混じって咲いていた。小鳥が啼きながら、投げた石のように
弧を描いてその上を飛んで、また萱の中に潜り込んだ。琵琶湖の端
に突き出した八幡の山並の頂が色づくと、湖面が急速に青味がかり、
その青き湖面がさざ波に揺れている。三艘ほどの漁船がゆるやかな
船路をつけながら東に向かっていく。沖島の黒い島影がお椀を伏せた
ように湖面に浮いている。遠く鈴鹿山脈も陽を受け、はっきりと浮かび出した。間もなく、
琵琶湖もいつも見る顔になるのであろう。

三日前、灰色の重たい雲に覆われたあと、朝の光の中に白いものが
その頂に張り付いていた。今年初めての冠雪だった。だが、それも
今は赤や橙、黄色の色舞台からは消えている。まだ秋と冬のせめぎ合い
が始まったばかりだ。くねくねした尾根道が細く緩やかにのびている。
その東側には、青々とした湖面を見渡せ、西側には幾重にも重なる
山の頂が遠望出来る。左右の景色は全く趣が違うが、そこは天から
落ちてくる水が、山に沁み込んで樹々を育み、沢が出来る始まりの場所であり、
やがて地中を流れ落ち、麓の集落に豊かな水を与える。
それは「山は水の塊」であり、湖の生命の源でもある、この季節になるとその想いが一層強くなる。

歩みが進むほどに、山道には桜やブナなどが暗いほど鬱蒼と茂ってきた。
そうしてそれらの古い幹には藤だの、山葡萄だの、あけびだのの蔓草が
実にややこしい方法で絡まりながら密集していた。
私が最初そんな蔓草に注意を向けたのは、藤の花が思いがけない樅の枝から
ぶら下がっているのに、びっくりして、それからやっとその樅に
絡み付いている藤づるを認めてからであった。
よく見れば、そのような藤づるの多いこと。
それらの藤づるに絡み付かれている樅の木が前より大きくなったので、
その執拗な蔓がすっかり木肌にめり込んで、いかにもそれを苦しそうに
身悶えさせている様を見つめていると、私は不気味になって来た。
今回の城跡めぐりが今年は最後かな、と感じた。
帰りの山道を少し逸れるとすぐに、若い杉の木々の群れがいくつも彼の
周りに現れた。それらが織りなすまだら模様の光の影が時には明るい
道筋となり、さらに数歩先には光を強く拒絶するような一面黒色模様
の帯となってその歩みに逡巡の心地を湧きあがらせるような道ともなった。
比良は、静かに彼らを送るかのように淡然とその後背に鎮座していた。
しかし、その光に映えた姿も、時には、覆いかぶさるように繁茂した
蔓草や見知らぬ木々の群れに遮られ、消えた。やがて、太く重い音の
響きとともに、目の前を一直線にその灰色の無様な姿を横たえた
コンクリートの塊が現れた。比良の山端を縫うように走る高速道路
がそこにいた。右手方向へは「中村淡水の墓」とある。道なき道だった
ものが、砂利の道と何の思いもなく単に物理的にまじわった、
そんな風情の出会いであった。

しかし、その砂利道は、舗装道路に分断されたものの、さらに山
への力強く続いているようであった。でも少し違うと彼は思った。
よく見れば、更なる道にはその横を細いながらもその力強さを映える
光の中に持っているような湧水からの一条の流れがあった。
草木の匂いがあたりに満ちている。道の両側に松が多くなり、
見上げる空には、日が強いので、松笠のその鱗の影も一つ一つが
明確な意思を示しているように見えた。左方には、荒れて褐色の形を
成した蔓のいっぱい絡まった小さな空間があらわれた。道の行く手を、
なおいくつもの木陰が横切っている。あるものは崩れた簾の影のように
透き、別のそれは喪服の帯のように三、四本黒く濃厚に横たわっている。
身体の内を汗が数条流れるような感触が強まり、疲労が徐々に体全体
を覆っていくようだ。先を行く年寄りたちも先ほどまでの足の
運びはなくなり、それぞれが一様に荒い息を挙げている。
あたりに幾つかの露草があるが、花は日差しの中で萎んでいる。
若い燕の翼のように躍動した葉の間で、ごく小さい青紫の花が萎えている。
見上げた空には、掃き残したような雲の幾片も、ことごとく怖ろしい
ほどに乾いている。時折落ちる葉のかさりとする音のほか、
しんしんとした静寂が身の回りを包む。
左方に竹藪がはじまったのは、道がやや左へ迂回して間もなくである。
竹藪は、それ自体が人間世界の聚楽のように、しなやかな繊細な若葉の
ものや悪意と意地を帯びた強い黒ずんだ緑まで、身を寄せ合って
群がって繁っている。松林がやがて杉林にその領域を譲るあたりに、
一本孤立した合歓があった。杉の強い葉の間に紛れ込んだ、
午睡の夢のように思える中、そのやわらかい葉叢そこからも一羽の
白い蝶がたって、行く手へ導いた。

道はややその勾配を高めながらもまっすぐに林の奥へと消えている。
さざめく木の葉の音ずれとゆらゆらと飛ぶ蝶の白き影を追って、
十分ほど経つのであろうか、突然それは表われた。三メートル
ほどの石垣が前を遮っていた。
それが右手の方に途切れた林にそって、さらに先へと延びている。
何処からか、力強い水音が彼を誘うかのように聞こえてきた。
手作りの階段を上がると、それは見えた。大きな石を何十
となく積み上げた堤が川の流れに沿って、数百メートルほど
伸びている。百間堤であった。
比良の山並みを光背にして、十メートルほどの川幅の、その強い
流れを音と岸にそそぐしぶきの踊りで表した、四ツ子川があった。
堤と川の切れ目の間に、白く輝く琵琶湖の水面が陽光を見せながら、
静かに見えた。ここは石と水の戦いの場でもあったのであろう。
百間堤の説明があった。
「この周辺は、洪水ごとに何度も決壊した場所で、現在の石積は、
嘉永五年(1852)の洪水後、六年近い歳月を費やして完成した
と伝えられます。
堤の上巾十五メートル、長さ二百メートルの堤です。
「大物区有文書」や『近江国滋賀郡誌』(宇野健一1979)、
『志賀町むかし話』(志賀町教育委員会1985)などによると、
四ツ子川が嘉永五年(1852)七月二十二日卯刻(現在の暦でいうと
九月六日朝六時頃)に暴風雨で大規模に氾濫し、下流の田畑や
人家数戸が流失する被害が出ました。四ツ子川は集落の上側(西側)
で左折して流れているため、それまでも暴風雨や大雨でしばしば
洪水を起こしていて、下流の集落や田畑に被害をもたらしていました。
そのため、住民は藩への上納米の減額をたびたび役所に願い出ていました。
そこで、当時大物村を治めていた宮川藩(現在の長浜市宮司町に所在)
の藩主堀田正誠は、水害防止のために一大石積み工事を起こすことにしました。
若狭国から石積み名人の「佐吉」を呼び寄せて棟梁とし、人夫は
近郷の百姓の男女に日当として男米一升、女米五合で出仕させました。
一メートル前後の巨石を用いて長さ百間(約百八十メートル、
ただし実測では約二百メートルあります)、天場幅十間(約十八メートル)、
高さ五~三間(五~九メートル)の大堤を、五年八ヵ月の歳月をかけて
完成させました。

下流の生活用水や水田の水源用に堤を横断して造られた水路は、石造建築の
強さと優しさが表れています。百間堤に続く下流部の堤は女堤(おなごつつみ)とよばれ、
女性でも運べる程度の石で造られています」
この堤に立って、周囲の空気に交われば、自ずとこの石たちの持つ優しさを感じる。対岸に若い二人連れがいた。
この堤の上で見る風景とあちらから見るそれは、大分違う、そんな思いが湧いてきた。
多分それは、これを作り上げた人々の想いが足元を通じて伝えてくるものと少し離れ、
観察者として見ることの違いなのであろう。
四ツ子川から引き込んだ小川が堤の間を、それは苔むした石で覆われているが、
緩やかに流れていく。先ほどの小川の流れはここから出ていたのであろう。
そしてその水がさらに下り、大物の集落の水の恵みとなった。
しかし、それは突然神の顔から荒れ狂う風神、雷神の顔に一変し、
その昔は集落を襲ったのだ。
人もこの自然の中の一員であることを知らしめるための神の仕業
なのかもしれない。この周辺は、その神への信仰もあるのか、
弁天、金毘羅など水への畏敬を表した神社が多い。

堤を後にして、さらに下りもう一つの場所へと向かった。静かな
午後の日差しがやや赤みを帯び始め、湖面にもその気配が漂い始めていた。
五人の枯葉を踏みしめる音が緩やかなリズムとなり、
周囲に溶け込んでいく。

2020.11.09

私と猫の歳時記霜降のころ

私と猫の歳時記
我が家の5人猫と味わった四季
霜降のころ


霜降(そうこう)は、二十四節気の第十八番目であり、
十月二十三日ごろ。露が冷気によって霜となって降り始めるころ、
「暦便覧」では「露が陰気に結ばれて霜となりて降るゆえ也」
と説明しており、楓や蔦の紅葉が見られる。
この日から立冬までの間に吹く寒い北風を木枯らしと呼ぶ。

時の移ろいは早いものだ。
ほんの三十年前までは湖辺で洗濯をしたり、野菜を洗ったりしたもので、
湖というのは、地元にとってはそれこそ家の一部、生きていく上
での仲間だといってもいいほど親しみのある存在だった。
猫たちもその一員だった。チャトの前には、古老猫がそのささくれだった
毛をつくろいながら懐かしき日々を思い起こし語っている。
ところが、人間は便利と効率を求めて、家と湖とのあいだに幅の広い
舗装道路を作った。遠浅の砂浜はほかからもってきた土砂で埋められ、
岸辺はコンクリートで固められてしまった。そのことによって、
湖と人々の間に深い溝が出来てしまった。別に工事によって岸辺
が何キロも、離れてしまったわけではない。距離で言うと、たった
数十メートルほど湖から離れただけだ。それなのに、湖岸に
住んでいた人たちは、湖が全く手の届かないところへ行ってしまった
ような寂しい気持ちになってしまった。
日常的に体を支配してきた波のさざめきを失った彼らたちは、
不安でさえあった。
人の心のなかに溶け込んだ潤沢な湖は、日常から離れ、人の心根からも
遠くなり、早くも昔の語り草のような存在となった。
古老猫もその前の年寄から色々と聞かされていたが、特段彼らの
生活が変わったわけではなかった。
下の街でも、この地域の木戸石や守山石の産出とともに山で枯れ木と
なった枝を取り出しそれらを燃料として船で周辺に積みだしていた。
その割り木はお風呂をたくときや生活燃料としてよく使われていた。
どこの家の子たちも、そのころ、釜に割り木を入れる仕事をさせられたものだ、
古老猫はしみじみと言う。
黄昏のほの暗い庭と深い紺色をした空、そして、油煙という黒い煤
と香ばしい割り木の香りをはっきりと覚えているのだろう。
だが、風景は変わらないものの、油煙と黒い煤、さらにその香ばしい
香りは消えている。
この時代、少し遠くの大きな町の家々は、割り木まとめて買っていた。
毎年秋の終わりになるころ、何百、いや何千束という割り木を大型トラックに
積んで行商のおやじがもってきたという。
割り木はすべてクヌギやコナラだった。
湖近くの古老は思い出すように眼を閉じ、傍にいる猫にその話を語るのだ。
猫も人も同じ感傷の思いを共有しきょうまで生きてきた。
古老猫もまた、眼を閉じて昔の湊風景を想像している。
木の桟橋がいくつも張り出した静かな港に、丸子舟が何艘も停泊しており、
長い桟橋を人々がせわしなく行き来している。その周りを何匹もの猫たちがうろつき、
湖岸の際まで続く畑や水田にも人と猫たちの姿があり、黄緑色をしたセキショウモが
なびく小川が音を立てて湖に流れ込んでいる。
その風景のそこここに、木造りの「にう」が浅茶色の屋根を光らせている。
採られた割り木は藁で屋根を作ったこの「にう」の中にびっしりと並び、
しばらく乾燥されてから丸子舟であちこちに運ばれていた。
湖の周辺の街で子供のころから親しんできた木の木片がこのような形で
運ばれていた。
チャトは初めて知った心持だった。割り木は、帆を張って揺れる丸子舟に身を任せ、
青く澄んだ湖面を旅していたのだ。だが、そのような雑木林の最盛時代は、
生活の進化で様々な燃料が世に出始めると終わった、という。

浜から三十分ほど歩けば、旧家が寄り添うように若い杉木立の中に建っている。
そのなかのほそい道は、なかなか風情があっていい。ママや主人と時折来た場所でもある。
土壁の蔵や苔むした石積み、四方にささやかな水音を残して流れる小川が見える。
そのどれもに歴史が感じられた。道の角ごとにお地蔵さんがあったり、祭壇に花が生けられていたりするのもいい。
生け花は、旧家の庭に生えているものばかりで心が和む。黄色い菊の花が緑の中に二差しほど見える。
これらの篤い信仰もまた、長い歴史の中で確実に
生き続けてきた。
チャトは思う。仙人猫は人間の行為はすべてだめだというが、このような
後景を見ると、人間の行動もまんざらでないと思う。
ほおかぶりのお婆さんが腰をかがめながら、野菊をだきかかえて歩いてきた。
ちらりと彼を見て、そのしわくちゃな顔を緩めながら小藪の先へと消えた。
野仏に甘い香りが供えられると、集落は一段と秋らしくなっていた。

人家の外れの畑で紫苑の花を見つけた。薄紫と黄色が、たおやかな風を誘う。
幾匹かの蝶が舞っては止まり、翅をゆっくりと開閉させている。黒褐色の地に
紅色と白斑、何ともシックなアカタテハと言う蝶である。この蝶は、夏場は
もっぱら雑木林にこもって樹液ばかり吸っているが、秋になると花の蜜を
もとめて日当たりのよい所に出てくる。翅は新鮮で傷一つ無いので、
今日の朝、羽化したのだろう。もう二,三週間もすれば、冷たい北風が
吹いてくるというのに、なんというのんびり屋の蝶なのだろう。
そのとき、主人が以前この蝶は、親の姿のままで冬を越して、春になって
卵を産み始める、と。
栄養ををたくわえて、過酷な季節に挑むこの蝶にとって、今はこの蝶には、
残された最後の時なのでろう。優雅さの中に必死さが放たれている。
その必死さにチャトは狩りをやめてその優美な姿を見送った。
さらに、あぜ道を上っていくと、秋の匂いが漂ってきた。
見ると、数人の農家の人が薄く映える煙の中に見えた。土手を焼いているのだった。
土手の下に茶色の仔猫が子供と一緒に周りの草を相手に遊んでいる。
枯草の間を茶色の手毬のように転がりはねている。
草が焼ける匂いと刈り上げた稲の藁積みの匂いは、体をリラックスせてくれる。
遠い昔無邪気にその日を過ごした安寧の気持ちが湧いてくるからだろうか、
眼を閉じて香ばしい香りを吸い込むと、体の中の緊張感が急に溶けてしまう
ようである。何千年もの遠い昔に森を開き、鍬を振るって田や畑を作ってきた
気の遠くなるような時間と労働の蓄積がそこにある。草の焼ける匂いは、
自然の力に負けぬように頑張ってきた人の汗の匂いと人としての生業の姿を
思い起こさせるのかもしれない。それは猫族も同じだ。野良ネコでも家猫でも
この自然に生き、生かされている。

赤い炎が土手の上を走り、枯草を黒い炭に変身させ、その上を白い煙がゆっくりと
たちのぼっていく。少し赤みの増した光を浴びて刻々と白さを増す香りの渦は、
大気の中に静かに浸透していく。
紅に燃え始めた空を背に、あぜ道を歩く。夕刻の時が刻まれるにつれて、土手や刈田の草の茂み
から虫の鳴き声が聞こえはじめる。
チリチリチリ、ササキリの細かい声が闇に沈んでいくと、今度はジーンジーンという脳の髄に
しみるようなウマオイムシの声。それと同時に、チンチロリンというマツムシ、ガチャガチャ
というクツワムシ、リリリリリというカンタンなど、一斉に翅をふるわせはじめる。
ススキの穂がその音に合すかのようにゆらりと揺れている。
いつもであれば、これらの音に反応して虫たちの狩りをするのだが、いまその気は失せている。
チャトはしばしその協奏の中で、たたずんでいた。
比良の山並みを仰ぐと、赤や黄色に染まりはじめた落葉樹の森と、深い緑が
色褪せない杉の林をぬうようにして、里まで続いている。山頂にある緑、そこはブナの林かもしれない。
人里より紅葉が進んでいるに違いないが、まだ多くの緑が支配している。
山好きの沢さんが言っていたことが思い出された。
黒い稜線の先は、雨が山の背をさかいにわかれていく分水嶺であり、尾根道の東側からの紺青の
湖面を見渡せる情景と幾重にも重なる山の頂が遠望出来る西側の景色とでは、全く趣が違う。
天から降り落ちてくる水たちが、山に沁み込んで森を育み、沢が出来るはじまりの場所出もあり、
豊かな湧き水の源でもある。ここは水を生み、育てる場所でもあるのだ、と。
今日は霜降と人が名付けた季節を十分堪能したチャトだった。

2020.10.23

私と猫の歳時記寒露のころ

私と猫の歳時記
我が家の5人猫と味わった四季
寒露のころ

寒露(かんろ)のころ、露が冷気によって凍りそうになるころなのだ。
雁などの冬鳥が渡ってきて、菊が咲き始め、こおろぎなどが鳴き始めるころ。
「暦便覧」では、「陰寒の気に合つて露結び凝らんとすれば也」
と説明している。
日が落ちるのも早くなり、風が冷たくなる頃、夕暮れに聞く虫の声も次第に
小さくなり、この静かな街を紅くなった夕日が照らす。
七十二候に言う。
・鴻雁来(こうがんきたる)
・菊花開(きくのはなひらく)
・蟋蟀在戸(きりぎりすとにあり)
日が落ちるのも早くなり、風が冷たくなる頃。夕暮れに聞く虫の声
も次第に秋色を帯びてくる。チリリリリリリ・・・とヒゲシロスズの声、
これは昼間も聞こえた。リー 、リー 、リーと鈴虫の声、
コロコロコロ、コロ、コロとそれはエンマコオロギ。チッ、 
チリリッと鳴くのはマツムシ。

比良の稜線も赤く描いていたが、すでに黒い薄墨の線となってこの里山
も暗闇に包まれはじめる。夕日に変わり、家々の灯が琵琶湖へと伸びている。
だが、我が家の猫たちが一番輝くのがこの季節でもある。
夏の暑さにその精力を抜かれた猫、冬と春の寒さの中で眠り呆けてきた
緊張力の著しく欠けた猫、それぞれ猫としての美しさが発揮できない
季節であった。
秋は食べ物の美味しさと適温、清清しさの満ちた空気が否が応でも、
猫たちにその輝きを与えるのだ。我が家でも、毛並みが落ち歳を全面に
感じさせている
十八歳のナナでも身体全体から発する力が若い猫の如き輝きを見せている。
だが、ライは少し違った。
秋の寂しさがライの心の傷を呼び起こしているのだろうか。
ご近所にいる猫たちもそれぞれにその良さを見せている。きもの猫と呼ばれ
「着物を着た女の形の斑点が背中にある猫」もこの季節に生まれると一段と
有難がられる。昔は、この猫が生まれると、その猫に飼い主の祖父か大叔母
の霊がこもっているものと信じて、寺へやり大切に育てた。
いまでも、下の街の古老たちはそうしているそうだ。
また、気取り屋のペルシャ猫も、一番豪奢な感じを抱かせるふさふさと
長い毛がさらに豪奢に見える。さらに、一丁目の奥にいるシャム猫さんは、
あの「カットグラスの焦げ茶色で染められたシック」さが一段と映え、
さらに尻尾や耳、鼻面がこげ茶色となり、チャイニーズ・ブリュウの
目の色と実に見事な色の調和を見せる。
さらには、「どう見ても薄汚くて可愛くない、人にはもらってもらえないような
つぎはぎだらけの毛並み」の継接ぎ猫も、何ゆえか、その微妙な配色が
かわゆく見えてくる。秋とは不可思議な力を持つものだ。
これは、チャトがよく仙人猫から聞かされてきたことでもある。

遠い昔の音や声が聞こえてくる、そんな夢の中にチャトはいた。
路地と言うのは、不思議な場所だ、そう感じている自分がいる。
通りを一筋入っただけなのに、違う世界がある。通りが時代に沿って
その姿を変えていくのだが、路地はその流れに逆らい、幾十年も
そこに生きた人、生きる人の痕跡を残していく。
春になれば、家から年寄りや御かみさんが梅や少し経てば桜の
賑わいに誘われるように這い出してくる。家の前の縁台や路地の角
にあるごみ置き場の横で、あるときは立ち話に花を咲かせ、
ある時は時候の挨拶とともに家に誘われ、時には犬の散歩の途中
で子供たちに囲まれる。
昼は子供たちの遊び場として、その声に誘われかのように、家で
くすぶっていた大人たちをも引きずり出す。少し前までは、
路地の多くは舗装もされず、雨ともなれば、ぬかるみと化し、
路地に住まう人々は大いに迷惑をしたものであるが、それが
時候の挨拶ともなり人々のつながりの一つともなっていた。
今の主人に育てられる前は旧い町並みで過ごしたチャトには、
少し分かるような気がするが、夏には、垣根越しに夕涼みの
一刻が仕事から帰る人のなごみであり、安らぎの場所でもあった。
家々の中の団欒の光りが周囲を照らし、その開放感が暑さに
負けそうな人の心の支えともなった。一番路地が華やぐのが、
秋の日々である。特に満月とその光の下で迎える夜は柔らかな
適度の涼しさと乾いた空気のすがすがしさがそこにいるだけで
明日への力が湧いて来るのだった。日中の蒼い天空と薄く白く
流れる鰯雲は、更にその透明感を高め、そこに集う人々全てを
心地よくしていく。冬は、その寒さが人々を家に閉じ込めるが、
子供たちは元気だ。特に雪の降った日は、路地中に子供の声が
鳴り響く。まるで、そこは白く小さな遊園地に変身する。
白く降り注ぐ雪が金粉の如く、子供たちに降り注ぎ、笑顔と
嬌声をもたらす。ふと目の前を子供たちが走り去る。
ベーゴマのぶつかる音、めんこの跳ねる世界がそこにある。
皆の輪の中で、遊ぶチャトもいる。
「あの頃は、何も考えんと毎日を過ごしていたもんやな。
わしも今のような生活になるとは思ってもみいひんかった。
猫は先を見るなんて、仙人猫はいうとるけど。中々難しいもんや」

横でニコニコとそれを見守る人がいる。前の主人だろうが、
その姿は判然としない。子供の背丈ほどしかない板塀の向こう
からは、洗濯物を干しながら、これも近所のオバサンたちと
高笑いの会話が続く。白い割烹着のオバサンは頭をうしろに
のけぞらせて笑っている。彼女たちの笑いは、身体の奥底
から湧き上がってくるようだ。路地と言う狭い空間であるが、
蒼き空の下で広々とした海を目指し、深い水をたたえ、
のびのびと流れてくるたくさんの川の響きのように、子供たちの
声を掻き消すかのように。まだ若い娘のような奥さんは
くすくす笑った。ひとつひとつのささやくような笑いと甲高い声が、
眼に見えない紐と眼に見えない手によって、この路地に
満ちてくるようである。その中に、屈託なく遊ぶ自分がいた。
人間の子供としていた。多分、これは願望だ、と思った。
秋、寒露は猫にも懐かしき日々を思い起こさせるようだ。

ハナコの行動範囲は、広い。今も街の裏山を越した集落の中を歩いていた。
艶やかに日に照る柿は、一つ一つの小枝にみのり、いくつかのそれに
漆のよう影を宿していた。ある一枝には、その赤い粒が密集して、
それが花とちがって、夥しく空へ撒き散ったかの柿の実は、
そのまま堅固に張り付かくように端然とした静けさを保った
空へ嵌め込まれていた。
野辺の草葉はその碧さを失い、大根畑やそれを囲むかのような
竹藪の青さばかりが目立った。大根畑のひしめく緑の葉は、
日を透かした影を重ねていた。
やがて左側に沼を隔てる石垣の一連が始まったが、赤い実を
つけた葛がからまる垣の上から、小さな泉の澱みが見られた。
ここをすぎると、道はたちまち暗み、立ち並ぶ老杉のかげへ入った。
さしも広く照っていた日光も、下草の笹にこぼれるばかりで、
そのうちの一本秀でた笹だけが輝いていた。
秋の冷気が体に寄せてきた。身の丈ほどの石垣に色づいている
数本の紅葉が、敢えて艶やかとは言いかねるが、周りのややかすれた
木々の黒ずんだ木肌と合わせ、彼女にはひどく印象に残る朱色
のように見えた。紅葉のうしろのかぼそい松や杉は空をおおうに
足らず、木の間になおひろやかな空の背光を受けた紅葉は、
さしのべた枝の群れを朝焼けの雲のようにたなびかせていた。
枝の下からふりあおぐ空は、黒ずんだ繊細なもみじ葉が、
次か次へと葉端を接して、あたかもレースを透かして仰ぐ空のようだった。
左へ折れて、小さなせせらぎを横目で見ながらゆっくりと登る。
幾段にも続く道がつづら折りのように上へ上へと延びていた。
川面には枯草がその縁を伝うように両脇を薄茶色で彩っている。
小さな堰堤がその流れを遮るように青草が縞模様に映える壁となっていた。
そこから丘陵への道がひっそりと姿を現した。
その丘陵の端には、一本の蜜柑の木が寒々した空に身をゆだね、
立っている。春に来たときは、その枝枝に白い蕾をつけ周辺の緑
の若草に映えて天に伸びきっていた。今は冬の寒さに耐えるため、
厚い木肌に覆われたその木の横に立つと、遠く琵琶湖の白く光る
姿が見えた。何十にも続く小さく区切られた田圃が琵琶湖に
向かって駆け下っている。すでに今年の役割を終えた水田は黒々
とした地肌を見せ、中天の光りの中で来る冬の寒さに備えるかの
ように身を固くしている。しかし、彼女の眼には一か月ほど前の
金色に光る稲穂のさざめきの光景が見えていた。
何十年、何百年とこの地で住いしてきた人々の変わらぬ世界でもあった。
丘を下り、幾重にも重なるように立ち並ぶ集落を抜けると、
その小高い場所に水分(みくまり)神社があった。ここの老猫の話では、
「御祭神は、天水分神アメノミクマリノカミという。
当社は康元元年の創祀と伝えられ、元八大龍王社と称して、
和邇荘全域の祈雨場であった。応永三十五年畑庄司藤原友章が
栗原村を領した際采地の内より若干の神地を寄進した。
元禄五年社殿改造の記録がある。尚和邇荘全体の祈雨場であったのが、
後に和邇荘を三つに分けて、三交代で祭典を行い、更に後世
栗原村のみの氏神となって現在に及んでいる。
また当社には古くから村座として十人衆があり、その下に一年神主
が居て祭典、宮司が司る。この為古神事が名称もそのままに
残っている。その主なものは、神事始祭(一月十日)
日仰祭(三月六日)菖蒲祭(六月五日)権現祭(七月二十日)
八朔祭(九月一日)等があり、田植え祭が六月十日にある。
八朔祭には若衆による武者行列があったが、今はやっていない」という。
まあ、そのような話はハナコにとっては、興味ないものの、
ここは以前ノロと来たところでもある。やけに広く長い参道
の中間点あたりの勧請木に青竹を渡し勧請縄が掛けられている。
見上げると、何本有るのかもわからない程多くの子縄が垂れ下がり
それぞれに御幣とシキミの小枝がつけられている。
ちょっと不可思議な光景でもある。雨乞い、田植え祭りなど水に
育まれた集落であるが、春に来たときはその人の多さに少し驚いた。
集落のはずれであった白猫が言うには、時たま人が大勢で押し
寄せてくるのだそうだ。人間の行動はわからへん、と言っていた。
この集落には、道路を挟んだ対面にもう一つ棚田がある。
それは昔、何気なく何もわからぬまま、竹藪の流れに身を任せるか
のように分け入った先に突然現れた。猫であるハナコにとっても、
そこは甘い匂いのする不思議な里のように思えた。
道を一気に駆け下り、さざめく小川のほとりから上を見上げた時
のあの風景は中々に忘れ難い。丘に張り付き隠れるように幾重にも
水路が走り、それが細長く仕切られた水田に小さな水の流れを起こしていた。
さらにその先には、緑深く敷き詰めた比良の山端がその丘を
懐に抱くように、迫っていた。
心が癒される一刻の鎮まりと絵画のごとき風景がそこにあった。
主人に見せたら喜ぶ、そんな思いが片隅をなぞった。

主人もまたこの季節に埋もれていた。
ふと、昨日、刈田の横で見た情景を思い出す。
朝の光が細く光る竹林の隙間からはじけ、刈田の表面をなめるように照らす。
茶色に支配された地面に、橙色の点がいくつも見えていた。
柿の実があちこちに落ちて散らばっていた。何のためらいもない
様子で無造作に転がった柿の実たちは熟れるにはまだ早い青い色
のものもあれば、その橙色の中に黒く点描が見える朽ち行くものもあった。
柿の古木は、そんなことを気にもしない様子で、その大きくくびれた
腰回りを冷えた空気と光をうけてただ立っていた。
その踊っているような姿の柿の幹は、緑と白の苔をまとい、やや不細工な姿だ。
この木の年はどれほどなのだろうか、老い行く猫や私と同じような
歳を重ねてきたのであろう。多分、それ以上だ。そしてまた春の光を
受けているのかもしれない。足元の影が少し短くなった。
果実の匂いにひかれてやってきたのだろうか、ハチの羽音が聞こえはじめ、
白いまだら模様の蝶の姿が舞っていた。
田んぼは、その一面黄金色から、ところどころ刈り取られたところ
があって、パッチワークのようになっている。それは金色の世界とは
違う美しさがある。
刈田には藁が長い竹竿に等間隔に干してあって、それを見るのがまた
楽しい。
少し先の刈田からは、薄い紫の煙が風にゆらめいている、
この匂いを嗅ぐと誰もが、秋を感じる。
そして、あぜ道を赤く染め、彼岸花の炎のような花のつぼみ
と白い茎が続いている。小ぶりのトンボ、ナツアカネが数匹翅
を休めている。このとんぼは自分が全身真っ赤な色をしていて、
よく見逃す。
彼岸花は、稲を刈り取る時期を教えてくれる大切な花だ、と
古老が言っていたのを思い出す。確かに、あぜ道は赤い線に彩られ、
すでに稲毛の消えた横に鮮やかな縞模様を見せている。
線香花火に似たその立ち姿は、秋の風情そのものだ。
華やかさと侘しさが混在している。黄色い胸と黒い体の鳥が、
その華やかな色とピヨーピヨーという明るく少し甲高い鳴き声で
赤みをました楓の木々へと飛んでいく。キビタキなのだろうか、
彼らの季節ももう終わったのかもしれない。

チャトもまた一人、秋の終わりを見ていた。
すでに日は比良の山影に赤みがさす時刻で、雲片が斑をなす空の光が、
群れ合うようにあたりの風景を包んでいた。湖辺に浮く橋板には、
とめどもない振動をすり寄る波にあわせ軽くにじませている。
黒ずみの強い砂を隔てた先に湖辺の松林や畑や錆色の葉をわずかに
残す楓や、官能的なほど黒い幹から赤い実一つをかざした柿が、
漁師小屋を背景に、折から山の端の雲をわずかに破った西日に
よって照らされている。
その西日がチャトの白い胸毛を細かく鋭利な毛立ちにし、あたかも
内から光りを放ったように明るませていた。
チャトは湖辺から見慣れた秋の山のたたずまいを、改めて見回した。
ここは山際に当たっているので、遠山近山の濃淡は重複して迫って見える。
どの山も杉が多く、杉木立の部分だけが、周りの彩色溢れる紅葉
の中に、暗く凛然としている。紅葉と言っても季節が浅いから、
黄ばんだ毛織物の毛足の間に、ところどころ赤さび色が際立つだけで、
その赤、黄、緑、茶などを、もうひとつ鮮やかにさせないぼんやり
とした絹目の柔らかさが漂っている。
すべての上を畑の野火の煙のような匂いと薄靄のような光があたり
を支配している。かえって湖の先の遠山が、霞の内に湖の色と
同調しあうかのように淡い紺色を凝らしている。
ゴンとの逢瀬も終わり、大きな川に沿って、家路をとるチャトがいた。
杉木立の中に小さな社が収まっている。杉と杉のあいだには、
端正な黒い沈黙がきっちりとはまっていた。生き物の気配はどこにもない。
そこからわずかに明るくなる雑木の疎林に入った。
すると突然、足元から山鳩が飛び立った。
頭上には黄や赤の入り混じった葉が残光を透かしていた。そこから
のぞかれる憂わしい夕空に、煌めく緑のきわめて重たい冠が一瞬
掛かったように、静止して見えた。水あさぎの空に暗い小さな
円盤や鋭い突端を見せる電波塔が浮いていた。ここから道は柿落葉
に埋もれていた。さらに小さな水菜畑があり、数軒の農家の
屋根が見え、赤柴の田舎菊があって、どの家にも葉を失い丸裸
となった柿の木が繭玉のような赤い実をつけている。
道は石垣で囲まれた川沿いに連なり、家々の生垣の間をめぐって
竹藪の先に消えていた。
道は「途中峠へ二里」の石道標が草に埋もれたあたりから、広々
とした畑中の道になった。南西に迫る小山が一つあるばかりで、
藁しべの落ちた道ばたには、赤のまんまが咲き群がり、幽かに
こおろぎの声がしている。
周りの田の多くは、ひびわれた黒い土の上に稲架はぎをつらね、
あるいは刈ったばかりの稲をいちめんに敷き詰めている。
軽トラックの親父がチャトに気付かずゆるゆると行きすぎた。
南西の小山は、粉をまぶしたような紅葉に覆われているが、
その田中にただ一本、落雷に引き裂かれた杉が立っていて、
裂かれてややのけぞった幹の方の葉は、ことごとく枯れて乾いた
血のような色をしている。根方はやや田面から高まって、
そこにすすきの草むらが八方へ白くはじけている。
橋を渡る前、足元に目立ったのは桜落葉であった。これが橋
のむこうからは赤い落花のように見えていた。蝕まれた葉も曙色に濡れ、
その先に赤く輝く白い病院の姿が忽然と現れた。
その先に主人とママがいる、たかだか半日の遠出ではあったが、
懐かしさがチャトの胸に去来した。
秋はそれぞれの猫や人にそれぞれの思いを巡らせるようだ。

2020.10.08

私と猫の歳時記秋分のころ

私と猫の歳時記
我が家の5人猫と味わった四季
秋分のころ

すでに黄金色の穂波の多くは消え、真っ赤な曼殊沙華が赤い縁取りを
四方に見せている。秋色のそよぎにピンクや白いコスモスがその可憐で
清楚な立ち姿を揺らめかせている。
空気も森羅万象すべてに秋が静かに寄せてきた。
人も猫も感傷という心根に捉われる季節となった。

蓬莱の山からのぼった弦月は、ずい分足が早い。月光は山麓を
白く貫いている道を浮き立たせこの内湖の水面をを海のように
照らしている。更に、その光りがいまは人の膝先まで伸びた
稲穂の一つ一つにその影を落とし、暗闇の先まで続く松林を
青白く光らせ、やがて湖面まで届いていた。その稲穂の中に
悄然と立つ福田寺の本堂が湖を見守るかのように周囲から
ひときわ高く傘を広げたような甍をみせ黒く光って見えた。
そろそろ残暑が和らぎ、稲穂も黄金色に色づけば、それはお月見
の合図であろう。十五夜と十三夜の両日を祝うのは平安から伝わる
風習で、旬の食べ物を供えることから十五夜は「芋名月」、十三夜は
「栗名月」と呼ばれる。

チャトは何故自分がここにいるのか、分からない。
主人が吼えるチャトを乗せてこの浜まで夜のドライブをしてきた。
今は秋分の時期、昼と夜の長さがほぼ等しくなる頃であり、
現在広まっている
車から遠くを望めば、蓬莱山の頂上にある家が小さな淡い光り
を放ち小さな星の如く輝いていた。連なる山並それぞれの稜線
が夜空と山々を分けるように白く長く続いている。チャトのいる
車の後ろには、月明かりにその白さを見せる砂浜と何百という
松が湖に向かう巨人のように立っている。遠く沖島や八幡山が
水平線に浮かび、その間を幾重にわたるさざなみの線がこちらに
向かって押し寄せている。浜辺には数人の人がライトの光りを
頼りにゆっくりと左から右へ、右から左へと動いていた。
大きな蛍のようだ。その先には、数軒の家が明るく光り、窓辺や
庭先にはさざめく人々がいる。たぶん、そこは保養所と呼ばれる
建物でこの季節、秋の夕べを味わうために訪れている人たちであろう。
それを見守るかのように欠けた月と無数の星たちが天空に広がっている。
昼間の生きているというダイナミックな力とは違う優しさが満ちていた。
チャトもその中にわずかながらまどろみを感じ、主人の帰りを待っている。
猫の夢は、自分の想いの世界の実現であり、彼らがいつも寝ている
ようではあるが、実はこの夢の世界の方が彼らの生活なのであろう。

今も浜辺のまどろみの中で、あの欠けてはいるがどこか優しさの
ある月に向かってチャトは飛んでいた。目の下には、白く続く砂浜
とその砂浜を守るような姿勢で何百の松が列をなしてこれも長く
長く続き、暗闇の中に消えていく。
少し先に黒く重く小さなざわめきを発しながら、比良の山々が
これもどこまでも続いている。湖と山々の間には、何十という
光りが紅く時には橙色に輝き、点在しているのが見え、時折、
白い線がそれらの間を流れて行く。ふと思った。仙人猫が見た
かなり昔では、これら眼下に広がる世界には、光りはなく漆黒の
世界が支配していたんだ、と。
更に、周囲を見渡せば、今見る星たちは、何者にも邪魔されず、
伸び伸びとした光りを発しているが、先ほどの砂浜からではその
光りは弱く縮み、頼りない力しか見せていなかった。月明かりに
映える比良の山並はトカゲの背びれの様に北へと伸び、
尾根伝いの細い道が黒々とした木々の間を走り抜けていく。
更には、トカゲの横腹のような山麓が湖との間にある平地まで降りて、
わずかばかりの田畑を人間に分け与えている風に見える。
横腹からは、幾筋もの水の流れが湖に向かって月の光りを反射しながら
伸びて行き、三つほどある洲に突出した三角形の浜辺には、
白く輝くさざなみが押し寄せては消え、また新しい波縞を見せている。
黒い水面に灯火をつけた舟が数艘、わずかな揺れを見せながら漂っている。
その揺れに合わすかのように右手を見れば、黄色と赤の帯が間断なく
湖を渡って、ゆるやかな弧を描きながら対岸の林や建物に消えて行く。
人間はあのように水の上を渡れるのか、チャトはそれを不思議に思った。
チャトは知らなかったが、そこには琵琶湖大橋と言う大きな橋があった。
と、突然チャトは湖に落ちた、と言うより夢から今いる世界へと引き戻された。
横に主人が湖を見ていた。
「チャト、気持良さそうに寝てたな」
誰に問いかけているのか分からない風情で、主人がチャトに言った。
「ほんま、折角気持よう寝てんのに、勝手に起こさんでな、天使に
なってたさかいに。夢も破れたわ」
「ごめん。でも、本当に気持のいい月夜だね、三日月だけどね」
上を見上げれば、月に一筋の雲が寄せている。まるで、三日月が天空の
舟に乗っているようにも見えた。主人が「瓔珞品ようらくぽん」
という大正の時代の作家が書いた本の話を突然始めた。
それは、琵琶湖の夜の美しさに魅了された主人公が何度となく
琵琶湖を訪れて、天人石を探したり、夢の中で鮒になったり、
無限の世界を体感する話だった。
「水を切る船端の波の走るのが、銀を落とすと、白い瑠璃の
階きざはしが、星を鏤めてきらきらと月の下へ揺れかかって、
神女の、月宮殿に朝する姿がありありと拝まれると申します」とか、
「霜のように輝いて、自分の影の映るのが、あたらしいほど甲板。
湖水はただ渺茫として、水や空、南無竹生島は墨絵のよう。御堂の
棟と思い当たり、影が差し、月が染みて、羽衣のひだをみるような、、、」
と夜の湖水を表現している。
これ日本語の極めだね、と誰に言うのでもなく一人感心している。
更には、松尾芭蕉と言う人が短い文で、このあたりの情景を詠ったいるのが
今の雰囲気に合うな、と独り言。月夜におかしくなるのは、ドラキュラや
狼人間だけではないようだ。
「鎖(じょう)明けて月さしいれよ浮御堂(堅田)」
「やすやすと出でていざよう月の雲(堅田)」
「病雁の夜寒(よさむ)に落ちて旅寝かな(堅田本福寺)」
「比良三上雪さしわたせ鷺(さぎ)の橋(本堅田浮御堂)」
「海晴れて比叡(ひえ)降り残す五月かな(新唐崎公園)」
猫族も音楽は楽しく聞くが、さすがにこれは分からない。
こんなに言葉が短くて分かるんか、チャトの素直な感じであった。
「このオッサンわしが思ってるんとは少しちゃうな。風流なんぞ
全然分からんと思うとったけど、結構やるんや。もう十年以上の
付き合いやけど気つかんかったわ」
人間の深さをあらためて知るチャトではあったが、普段は寝ている
ようなおっさんの変身ぶりに、月夜の晩は何か不思議な力があるのでは、
ふとそんな考えが頭を過ぎった。
チャトもどうせ次の世界にいくのなら、このような情景の中で
次の自分になりたいもの、そんな虫の良い考えもしてみた。
「チャト、お前とももう十年以上、長いね。俺もお前も歳をとったもんだ」
「人間も言いますやろ、歳月人を待たずですわ、わしも近頃は身体が
だるうて調子が出ません。そろそろ、次の世界に行くことになるんやろね」
「そう言わず、もう少し頑張ってよ、お前がいなくなるとママも俺も寂しく
なるからね」
二人の先に光るものがすーと流れ、沖島と呼ぶ島の上に消えていく。
「最近ね、よく俺が猫になる夢をみるんだよ」
主人が、ぼっそと独り言、誰に言うのでもなく、誰かに聞いて欲しい、
そんな風情だ。
「わしは人間になる夢なんて思ってもみいひんけど、そんなに猫が
よろしいか」
「まあ、人間も六十年以上やってると色々あるからな」
その夜、主人とチャト、月の光の中で静かな眠りについた。

2020.09.22

私と猫の歳時記白露のころ

私と猫の歳時記
我が家の5人猫と味わった四季
白露のころ

井上靖と言う作家がこの比良に新しい世界を感じるという
内容を比喩的に描いている。
「ああ、ここだけは魔物たちの毒気に侵されていない、と
鏡史郎は思った。小鳥の声と、川瀬の音と、川霧とに迎えられて、
朝はやってくる。漆黒の闇と、高い星星に飾られて、夜は訪れる。、、
さゆりはここで育って行く。
、、、レジャーなどという奇妙なことは考えない安曇乙女として
成長していく。とはいえ、冬は雪に包まれてしまうかもしれない。
が、雪もいいだろう。
比良の山はそこにある。、、、さゆりは悲しい事は悲しいと感ずる
乙女になる。本当の美しいことが何であるかを知る乙女になる。
風の音から、川の流れから、比良の雪から、そうしたことを教わる。
人を恋することも知る。季節季節の訪れが、木立ちの芽生えが、
夏の夕暮れが、秋白い雲の流れが、さゆりに恋することを教える。
テレビや映画から教わったりはしない」

チャトも仙人猫と四方山話をしている中に、ふとこのような想いを
感じる。それは猫だからか、本来は人間が感じるべきことなのだが。

季節は白露、ようやくこの言葉を感じる季節となった。
夏が追い払われ、秋の気配が深まる頃となり、山間の野草にも露が
宿り始める。寒さや暑さだけでなく、ささやかな自然の変化にも
季節の移り変わりを見る。期間としての意味もあり、この日から
次の節気の秋分前日までである。
大気が冷えてきて、露ができ始めるころ。「暦便覧」では、「陰気
やうやく重りて、露にごりて白色となれば也」と説明している。
中々に風情のある季節名である。
この時季に迎える重陽の節句は、平安から、延年を祈る菊花宴や
菊の香りを移した菊酒の習慣がある。別名、菊の節句とも言う。
まずは、草露白(くさのつゆしろし)九月七日頃
草に降りた露が白く光って見える頃。朝夕の涼しさが際立ってくる。
秋の七草(萩、すすき、葛、なでしこ、おみなえし、藤袴、桔梗)
を愛でる。
「秋の野に咲きたる花を指および折り かき数ふれば七種ななくさの花 
山上憶良」
さらに進めば、鶺鴒鳴(せきれいなく)九月十二日頃
鶺鴒せきれいがチチィと鳴き始める頃。せきれいは日本神話にも登場し、
別名は「恋教え鳥」。梨が美味しい。オシロイバナ(夕化粧ともいう)
がひそやかな美しさで庭に咲く。 
最後の候は、玄鳥去(つばめさる)九月十七日頃
燕が子育てを終え、南へ帰っていく頃。隣で啼いていた仔鳥たちも
いつしか素早く飛び回っていたがそれも見納め。秋なすの焼き具合が気になる。

風雲や時雨をくばる比良おもて  大草
名月やひそかに寒き比良が嶺   歌童
宿りするひらの都の仮庵に
 尾花みだれて秋風ぞ吹く     光俊朝臣

ママがこの季節になると思い起こすようだ。
宝石の琥珀を彷彿とさせる美しさに封じ込めた和菓子の宝石琥珀は
菊花の花びらを幾重にも重ね、その可憐な姿とかたどった目にも
可愛らしくその上品な甘さの中に広がる紫蘇、小豆、抹茶
それぞれの風味が嬉しい、と。
食べ物も美味しくなるが、この季節になると、我が家の五猫衆を
はじめ家に蟄居の老人や家々の猫たちも、ノンビリと街内をめぐること
が多くなる。
そしてあらためて街を知る事となる。
家もその住む人と同じく様々な顔を持つ、猫たちはそう思った。
コンクリートで全てが覆いかぶさられたような無機質な顔の家、
白いコンクリート塀と枯れ木の如きハナミズキが一つのみの殺風景な庭、
その佇まいの単調さから清潔と言うよりも人の気配のない家。
多分この家の人は冷めた心の持ち主なのであろう。
その三軒隣りは、多くの老いた木々が家を占拠している。家の佇まい
は消し去られ、桜、百日紅、樫、梅の木、ゴールデンクレストなどの
木々が生茂り緑の衣となり、それらの足元には五月、ツツジ、
雪柳などの小粒の花が多くの色で取り囲んでいる。
木々は自然体で伸びやかに育ち、四季折々の草花がこの小さな世界
で自分たちの命を咲き誇っている。ここの主は、ジーパンにTシャツ
でノンビリと日々を過ごしているのであろう。
瓦葺の屋根が重々しく月や陽に照りはえ、すべてを飲み込み囲む黒板塀、
夜の闇にほのかな光がわずかにさす家には老夫婦がひっそりと住んでいる
のかもしれない。
色褪せた家の壁、庭には雑草が生茂り黒く朽ち落ちたベランダが
無残な姿をさらす。自堕落な人がそこにいるような思いにもかられ、
中年のオッサンが無精ひげを伸びるがままにして過ごす姿が垣間見える。
とても清楚な女性が居るとは想像できないであろう。
赤い瓦に黄色の壁の派手やかな家の造り、緑の芝生に小さな茶色煉瓦
の花壇、そこに芽を出している黄色のチューリップの群れ、ここは若い
夫婦がまだ始めたばかりの愛の巣なのかもしれない。
また、広い庭にただ存在するのが好みだ、という風情のこじんまりした家
もある。広い芝の庭の周囲は茶色の板塀が二つほど長く延びており、
後は何もない。緑の絨毯に黒い箱がポツネンと置かれている、
そんな風情の家にナナは気を引かれた。

街を囲むように続いている細く続く散歩道から一歩山側に足を
踏み入れれば、そこは人の影が見えない世界である。鬱蒼たる笹の葉
におおわれた地面にいくつもの木が寄り添い、多くのつる草を身にまとい、
薄暗き別の世界を作り出していた。
ナナはそんな後景が間際まで寄せている家の広い庭を横切り、
まるで自分の家のような風情で開いている大きなガラス戸の一つから
中に入って行く。
ナナは浮いて漂い始めていた。この家に入るのは、二回目である。
昔はよく先輩のトトの後をついてよく人様の家にお邪魔したものだ。
その部屋は、ナナの部屋のように直接湖に面しては居ないが、
三つの異なった方角から、即ち山側の一角と、中庭と、道路とから、
外の明かりを受ける様になっており、かざりつけもナナの部屋と違って、
金銀の細線を配し薔薇色の花模様を刺繍した何脚かの肘掛椅子がある。
そうした装飾からは、気持のいい、すがすがしい匂いが、発散して
いるように思われ、部屋に入るときにいつもそれが感じられるのであった。
さらに一日の様々な時間がそこに集った。
異なった向きからはいってくるさまざまな光は、壁の存在を消しさり、
ガラス戸棚にうつる庭の木々の反射と並んで野道の草花を束ねたような
色取りの美しい花瓶を浮き立たせた。飛び立とうとする光線は、
ふるえながらたたまれた温かい翼を、内壁にそっと休ませ、
太陽が草蔓のからんだように縁取っている小さい中庭の窓の前の、
白く輝く四角な絨毯を温かく包み込んでいく。
さらに光りの群れは、肘掛け椅子からその花模様をちらした絹
をはがしたり飾り紐を取り外したりするように見せながら、
家具の装飾の魅力や複雑さを増していく。丁度そんな時刻に、
横にあるその部屋は、外光の様々な色合いを分散するプリズム
の様でもあり、ナナの味わおうとしているその日の甘い花の蜜が、
酔わすような香気を放ちながら、飛び散るのがまざまざ
と目に見える。それは、蜜蜂の巣の様でもあり、銀の光線と
薔薇の花びらとのふるえおののおく鼓動の中に溶け入ろうとしている
希望の花園のようでもあった。いつもこの部屋にくると人間の
装飾とはいえ、ナナにとってなぜか落ち着ける場所であったし、
この時期のまだ強さの残る光の中では、衰え始まった身体にとって
癒しにもなった。体が光の中に浮遊し、花びらの中に漂う姿を
思い描くだけで、心が静まった。
まだこの家の棲み人とは会ったことがない。しかし、ナナは分かる、
その彼女を。彼女は細面の顔に薄紅いベージュを引いているが、
やや薄蒼さに満ちた顔の白さが一段とその紅さを際立たせていた。
若葉の影が彼女のうしろの壁にうつって、薄いピンクのブラウスに
やわらかい反射があるように思える。頭の後ろで引きつめた髪も
黒く光っているようだ。黒く一直線に引かれた眉毛が小さく光る
眼差しを一段と強め彼女の強気の側面を描き出している様でもある。
その髪を解けば、黒髪が肩まで伸び、白いチュニックを着ている
彼女はその細さを一段と強め、ほのかな日差しの中では朝顔の花
のようであり、細く伸びた蔓の上に咲く数輪のピンクの柔らかさが
朝露の清楚さとともにそこにある。
そんな彼女なのだ。
ナナは、自分の魅力をどう人間に上手く見せるか、を頭では分かっていたが、
トトやライと同じようにはできなかった。猫族としてのプライド
が許さなかった。しかし、飼われた家を自分なりに動かし、
自分の思いとおりにするには、家人に如何に自分をアピール出来るか
に懸かっている。そのしぐさ、表情、顔や身体の動き、その全部を
使って自分の魅力を輝かせることが必要となる。
例え、それが、少し衰えの見えた毛並であろうと黒い縞のある典型的な
雑種の姿であろうとも、快活で愛嬌があり、人好きな面白さを
持っており、愛と人間が呼ぶ不思議な感情を引き立たせ、お前は可愛いと、
言わせる存在となることが、家猫の宿命であるのかもしれない。
が家の主人もママも、大分前から「この子はだめね、この人の食事は、、、」
と言うのがごく自然になっている。猫族にとって、この段階と成れば、
凄く好都合で、何事も我々のペースとなる可能性は高い。
既に、彼らにとって子供であり、友達でもあるのだから。そして、
人間は自分たちの感情や想いを何か形あるものから受け取りたいと
言う気持が強いのだ。ナナは、悩んでいた。
「ここの人ってどんな人なんやろ、猫嫌いだったどないしよう」
「二軒先に世話好きの白猫のおばあさんがいるし、少し聞きに行かんとあかんかな」
「この家に住むんだったら、もう少し愛想いい猫にならんとあかんし、
そんなことできるんやろうか、ほんま、ややこしいわ」
愛想のいい猫がどんなものか、想像ができないが、本気でこの家に住もうと
思っているナナであった。

2020.09.05

私と猫の歳時記処暑のころ

私と猫の歳時記
我が家の5人猫と味わった四季
処暑のころ

今は、処暑(しょしょ)といわれる季節である。暑さが峠を越えて
後退し始めるころとされ、「暦便覧」では「陽気とどまりて、初めて
退きやまむとすれば也」と説明している。
暑さもようやく峠を越え、ここの風景も少しずつ秋の装いを帯びてくる。
とはいうものの、相も変わらず35度以上の猛暑、酷暑の日々が続いている。
でも、秋色が少しながら眼につく。辺りでは草木が黄色く色づき始め、
いつのまにか日の出が遅くなったことを知る。まだ明けきらぬ朝に、少し早い秋を見る。

二百十日、二百二十日とともに台風襲来の特異日とされているようだが、
最近はスーパー台風とも呼ばれる風速80キロの強烈な風と雨が襲ってくる。
いつもであれば、暑さもようやく峠を越え、志賀の風景も少しずつ
秋の装いを帯びてくる。でも天の神は、中々に手強い。最近はいつまでも
暑さが続く。さすがの猫たちもこの暑さでは、ノンビリといつもの
昼寝が出来ないと見てか、全員朝から仲良く枕を並べてお休みのようだ。
チャトは例の如く、大の字になり、恥ずかしげもなくそのおちんちんを
天井に向けて寝ている。また世界を征服した夢でも見ているのであろうか、
それとも可愛い彼女との甘い逢瀬を夢見ているのであろうか、
いずれにせよ何やら楽しそうな姿をしている。
猫たちが心地よい夢から醒めると、主人と隣町の小田さんが何やら
嬉しそうな雰囲気で話をしていたが、やがてそれは思いがけない光景となった。
いつもの如く、小田さんはその丸い体と顔を絶え間なく揺らしていたが、
突然、小田さんの顔に赤みが差し、次第に顔全体がゆがみ始めた。
目尻は下がり、目が潤んでいるようにも見えた。半開きとなった口からは、
訳の分からない単語が発せられ、息苦しそうにも見える。幾筋もの汗
が額から頬を伝い、顎を濡らしながら、床に落ちていく。すーと落ちる
その水玉が外からの光りにきらりと輝く。
身体が浮き立つようにゆらりと揺れた。やがて、自分で自分にで納得
させるかの如く、何度もうなずき、座り込んでしまった。今の彼には、
何も見えないのであろう。たとえ、そこに死体が転がっていようと、
それさえ分からないのかもしれない。そこにお金が転がっていようと、
ただの紙切れと思うかもしれない。もっとも、その紙切れの存在
すら見えないかもしれない。
彼は、喜びと言う表現を最大限にしているのだ。何で、との思いは
あるものの、チャトはじっとその光景を見ていた。主人とのつながり
から人間の行為の不思議さには慣れていたが、いまだその本当の
ところは分かっていない。身体と言う見えるものに対しての認識
はできるが、その心と人間が呼ぶ見えないものには理解が及ばない。

仙人猫によれば、その見えない心を喜怒哀楽と呼ぶそうだが、それが
人間としての最大の欠点と言う。猫族では、全く不要な感情なのだとも言う。
でも、目の前のこの不可思議な行為を見ていると、中々に楽しいものである、
とチャトは最近思うようにもなった。猫たちの行為は怒りと言う、
尻尾と体の毛を逆立て、牙を剥く、だけである。この単純な表現にチャトは飽きていた。
自分も、彼のような喜びという感情を身体全体で表したいとも思っていた。
小田さんは、盛んに主人の手を握り、「よかった、よかった」と繰言のように
言葉を発している。一度、主人と手を握るのも楽しいものだ、と思うチャト。
やがて、小田さんは何度もお礼を言って帰っていった。
「あの人何であんなに喜んでいたん。わしにはようわからへん」
「まあ、人間世界のつらいとこだね。ややこしい契約をして悩んでいた
ようだけど、話している間に何か気が付いたようだね。猫世界はいいね、
そんなことないし」
チャト、ようわからんけど、小田さんの姿を思い出し、ともかく納得。
家の中には、しばらく静寂が支配したが、チャトは何か自分もよいこと
をしたような嬉しい気持になっていた。
もっとも、それは彼の全くの誤解ではあるのだが。チャトはこの暑さを
忘れるほどに嬉しかった。

主人とチャトとライがいた。
この小高い丘から街一面が見える。よく見るとこの丘と反対にあるこんもり
した姿の森の間からは、夕陽にそのきらめきを見せる琵琶湖が家々の上
に浮かぶような形で垣間見られた。家々は西から一直線に指す光りを
浴びて、紅く燃えているようだ。
黒や茶色の屋根が幾重にも重なり東の彼方に消えていく。
様々な形で甍の波がこの静かな街に漂っている。蒼い空と屋根の重なり
が少しづつ色を失いつつ、やがて来る暗闇の時に合わせるかのように
徐々にその景観を整えている。夕暮れがその涼しさを呼んでいるかの
ように風が頬を伝わっていく。
主人は、もう十七年か、と思った。ここへ移住して来た時見た派手やかな
甍の波の記憶は薄くなっていたが、これほどの連なりになっていたのを
あらためて見た思いであった。そして、夕陽の先を見れば、
うす赤く染まった中に比良山がその稜線を黒く引き、いつも見る姿とは
違うようにも見えた。数羽の鷹であろうか、その赤薄い空の中をこちら
の森に悠然とした体で、飛んでくる。丘の後ろの森に数本の高い杉の木
があるが、そこが棲家なのかも知れない。よく見れば、その森も杉を
中心にまばらな木々の群れとなり、以前と比べて小さく萎んだ形に
なっているような気がした。鬱蒼とした木々の塊りではなく、
木々それぞれがその姿をさらした姿となり、その間を落ち行く陽射し
が数状の光りとなってこの丘にも届いていた。
丘には、黄色やピンクの名も知らぬ小さな花々がそれぞれの色の群れ
をなしており、数羽の雀がなにやらつまびやかにさざめきながら
群れていた。

下から見上げる黒い瞳があった。ルナである。若気のなせることか、
「黒い旋風」の名の如くよく動き回る。夕刻には、運動を兼ねて彼女と
主人は、ここに来る。時によっては、チャトがルナの行動を監視しながらも、ついてくる。
「主人はなんで突っ立ってんね。はよう、ボールをほって欲しいわ。
そのためにわてはここにいるんやから」
と声にならない声をルナは発している。
人間の感傷とやらは、犬でも猫でも理解できない。多分、チャトを除いては、
そうなのだ。チャトが少しはなれた茂みから、
「あんたも焦っては行けんわ」
「もうすこし我慢しおし」
「そろそろ主人も投げる気になったみたいや」
とルナにご託宣している。
とは言うものの、チャトは、
「あんた、なんでそんなに一生懸命にボール取りに行くねん。犬族は無駄な事をしますな」
とも思っていた。

2020.08.24

私と猫の歳時記立秋のころ

私と猫の歳時記
我が家の5人猫と味わった四季
立秋のころ

早いもので、既に立秋である。初めて秋の気配が現れてくる頃とされる。
だが、その気配は微塵もない。人も犬猫もただこの猛暑に天を恨むだけ、
もっとも、我が家の犬のルナは寒さに強いが、暑さにはさっぱりだ。
外に散歩しようと誘うが全く動かない。
「暦便覧」では「初めて秋の気立つがゆゑなれば也」と説明している。
夏至と秋分の中間で、昼夜の長短を基準に季節を区分する場合、
この日から立冬の前日までが秋となる。暦の上ではこの日が暑さの
頂点となるという。
翌日からの暑さを「残暑」といい、手紙や文書等の時候の挨拶
などで用いられる。秋の気配を感じ始めるとは言うものの、
実際は一年で一番暑い日が続くこの頃である。
京都では精霊送り五山の送り火が催される。街の灯りが消え、
夜空の黒を燃え上がる炎が彩る。
この頃食されるのが、水羊羹。寒天に奈良県吉野産の「吉野葛」
を加えて、より滑らかさを増している。そのみずみずしい質感と
ほんのりした舌触りがこの暑さを忘れるひと時かもしれない。

なんで猫が天候や食べ物なんぞ人間がすることに気を付けないと
あかんね、とチャトは思う。でも、仙人猫に言わせると少し違った。
「おまはんたちのように人間と同居する猫は、そういうことに
気を付けることが猫としての道義や。猫は人間よりも律儀な動物
やさかいな」。
しかしながら、最近の天候不順は、それが定着したか如く、季節の
移ろいが二十四節気のいう季節よりも早いか極端な天候となって現われる。
今も、残暑どころではなく、正に夏真っ盛りの暑さである。人も猫も、
ついでに犬もこの暑さには閉口気味なご様子。
チャトは先日の仙人猫のご託宣を、なるほど、と噛みしめてもいた。
琵琶湖も比良の山々も、そして田畑の稲や野菜たちも、今暑さにおおわれる
ものは、燃え立つ空気の中に立ちすくみ、あるものは頭を垂れ、
緑の中に黄色の斑点なぞを目立たせ始めていた。

主人は、一瞬自分の目がおかしくなったのか、と思った。
いつもは、紺青の水を静かにたたえている琵琶湖が見えない。
朝日を浴びながら、坂をゆっくりと下りつつこの強烈な暑さで、
身体も頭もおかしくなったのでは、と思ったりもした。
春霞ならぬ夏霞の朝であった。道路には影一つ無く、まるで砂漠が
如き様相である。汗が容赦なく顔に幾筋もの流れをつけていく。
二ヶ月ほど前に味わっていた朝の清清しさは影を潜め、灼熱と化した
太陽が中天にどっしりと居座っている。後ろを振り返れば、比良の
緑の稜線が透き通った青さの中に、まるで太い毛筆で引いたように
描かれている。
我が家の孫娘のような犬のルナを息子が飼ってから約8年、そのルナを
我が家に連れてくるのが毎朝の日課となった。やや寒さの残った三月
から正に百花繚乱の春の草花を味わいながらの四月から六月、そして
時は確実に過ぎ行きて、今は夏の真っ盛り、連日の猛暑である。
我が家に向うには、この急な坂を上がるしかない。それでも、若いルナは
主人を先導するかのようにどんどん先に行く。歳の違いであろうか、
主人が衰えたのか、いずれにしろ、後ろから刺し込むように朝日が二人
を押し包んでいる。
ふと、見れば淡いピンクの色を付けた百日紅の木々が主人を和まして
くれている。味気ない緑一色の中にその紅の花は、真珠の粒のごとき
きらめきと優しさを道行く人に与えているのだ。一段と増した汗の川が
顔全体を覆っているが、ルナの影を見る形で、右の足をだし、
そして左の足を出すという単純な行為に更ける主人であった。
ルナはこの暑さを感じているのか分からないほどに歩く先々の様々な匂い
を感じ取ろうと一生懸命である。公園の横の太田さんが花に水を
やりながらこちらに挨拶を送っている。主人もルナもそれに応えるが、
暑さがその間を裂くがごとく、会話もなく、一段と増す暑さに我が身を
委ねる。角を曲がった先に長く白く光る道が続いている。この一番先
に我が家があるのだが、まるで果てしなく続く砂漠の道にも見えた。
これが明日も続く、そして明後日も、人生とは終わりのない道、
そんな思いで我が家の扉を開き、元気なママの声を聞く。
しかし、このような行為はまだ続く。主人もママもただ毎日を暑いの
一言で恨み通し、チャトや他の面々も仙人猫の言い分は兎も角、
猫が猫の所以たる毛皮を脱いでしまいたい、そんな切なる想いで日々を
過ごしていた。
ただ一人例外はルナであった。彼女は相も変わらず庭と家の中を大忙しで
飛び回り、ママに怒鳴られるのだが、それも一瞬の事とて、その若さを
前面に出して、張り切っている。
他の人の「何でお前はそこまで頑張るの」と言う言葉に、厭味を厭味と
思わず、黒い旋風を家中に撒き散らしていた。
そんな中、主人とチャトはそろそろ自分の来るべき姿が見えたかのごとく、
同舟異夢ではなく同舟同夢のごとく過去とわずかな残り火の自分を
思い返す日々でもあった。
そんな時、主人はあの歌を思い出し、その心根がチャトへと伝わる。
その緩やかな調べの中で、二人は同舟同夢そのものだ。
ここまで歩き、眺めてきた情景、人の欲望のために作られた物が朽ち
消え去るのは、しょうがないとして、又、人は老いて行くのも
致し方ないが、まだ残る自然をこの歌詞の風情、情景の如くに
そのままにしたい、という。

小椋圭の「山河」である。
「人は皆 山河に生まれ、抱かれ、挑み、
人は皆 山河を信じ、和み、愛す、
そこに生命をつなぎ、生命を刻む
そして終わりには 山河に還る。
顧みて、恥じることない足跡を山に残しただろうか
永遠の水面の光増す夢を河に浮かべただろうか
愛する人の瞳に愛する人の瞳に
俺の山河は美しいかと。美しいかと。

歳月は 心に積まれ 山と映り
歳月は心に流れ 河を描く
そこに 積まれる時と、流れる時と、
人は誰もが 山河を宿す。

ふと想う、悔いひとつなく悦びの山を 築けたろうか
くしゃくしゃに嬉し泣きするかげりない河を抱けたろうか
愛する人の瞳に愛する人の瞳に俺の山河は美しいかと。
顧みて、恥じることない 足跡を山に残しただろうか
永遠の 水面の光 増す夢を河に浮かべただろうか
愛する人の瞳に愛する人の瞳に
俺の山河は美しいかと。美しいかと」

ポーチに浅き赤みが差しこみ、やがて庭にその強さを増した
陽射しが降り注ぎ、夕べには西の山端から黄色味を帯びた日が
強く顔を照らしその光が薄くなるころ、天空に広がる星のきらめき
を少しづつ感じ、また明日を思い寝入る日々が続く二人である。
「この歌は何とも言えんな」
「そうやな、ええわ。なんとなく嬉しいような、切ないような
昔の彼女を思い出すわ.タマはんは、誰に転生したんやろか」
だが、チャト自身も少し前から身体の変調を感じ、自分の次の
世界への意識が高まっていた。
もっとも、その辺は鈍感な人間として主人は、まだチャトの元気さ
を信じていたものである。

2020.08.08

私と猫の歳時記大暑のころ

私と猫の歳時記
我が家の5人猫と味わった四季
大暑のころ

長く続いた梅雨、人も猫も水に浮かぶ様に、自然の理に怒りを
覚えた。天よりの恵みも過分になれば、災いとなる。多くの地域
で水の恐ろしさに天を仰いだものも多かった。
大暑(たいしょ)の時期、二十四節気の十二番目だそうだ。
この日から、次の節気の立秋前日までである。
快晴が続き、気温が上がり続けるのもこのころからである。
夏の土用が大暑の数日前から始まり、大暑の間じゅう続くという。
猛暑という自然のサウナがチャトのその暑苦しい茶と白の毛を
おおい尽くす。それでも端々に涼を感じさせる湖や林をわたる風
の風景があり、長い歴史で育まれてきた知恵と自然との共生
がこの街や下の集落には息づいている。
夏は不細工だ、チャトはよく思う。
緑以外何もなくなる。強いて言えば、三軒先の庭に咲く百日紅の
紅色が目を惹く程度であり、周辺は深緑だけの世界となる。
春のように緑といっても、芽生えたばかりの浅緑、冬から続く深緑、
やや褐色の模様がある緑、など様々な緑が乱れ咲く世界はない。
さらに猫族を苦しめるのが、この暑さだ。チャトもこの毛皮が
人間のように自由に変えられたならと思う季節である。

三丁目の長老猫の話が思い出される。
「人間は、その何もない肌を隠すためか、着物と言う不便なもの
をつける。服は人間にとって、極めて大事なものなのである。
相手を威嚇するにも、友情を交えるにも、全て服ありて
人間ありきの如く思えるものだ。もっとも、ここの主人のように、
概ね同じ服を着て、我々の毛皮付けの如き生活をしている
お方もおられるが。服をつけていない人間は、何か危険である。
服に依存し、服が主人のような日常生活を営む人間が、服を
着ない生活を過ごせるのだろうか。そんな人間は、ある種化け物だ」
そんな事を思い出すと、猫に生まれてきた事に誇りを感じる。

まあ、単純な方だ。そんな彼が、この暑い最中、一丁目の高台に
ある大きな家の大きな庭の木々の下でノンビリとした移ろいの中に
いたときである。
彼は物思いからさめて、ふと見知らぬ真っ白の猫がその青い眼を
近づけている事を感じた。霞のかかった眼、小春日和がそれと
わからぬほど徐々に秋に移っていくように、ゆっくりと彼は彼女の
ほうに顔を向ける。目前の眺めとの間で、眼はたじろぎ、
ためらい、宙をさまよい、慌ててその目を伏せる。彼は一瞥する
ことの怖さから目を閉じたまま、彼女の姿を消し去る。
彼女は彼を見下げ、本来なら好奇心が宿るところに、空白しか
ないのを見る。
それから、猫を認めようという意識の完全な欠如にも似た、ガラスを
はめこんだ隔絶した感じで見る。相変わらず彼の眼は伏せられたままである。
多分、彼が平凡な姿の猫で、自分が綺麗な姿である事を知っているからだ。
彼女はこれまで、多くのオス猫の眼の中に、憧れや、興味や、
嫌悪を見てきたからであろう。更に、彼女は自分が人間であると
思い込んでいることもあるのだろう。
しばらくじっとチャトの動きを見ているようであったが、やがて陽射し
が雲に隠されるようにチャトの前からすーと消えた。チャトはその心に
昔味わったあの甘酸っぱさの残り香を感じた。
また、あの歌が浮かび上がって来る。
「恋唄綴り、堀内孝雄 」
「涙まじりの 恋唄は 胸の痛さか 想い出か
それとも幼い あの頃の 母に抱かれた 子守唄
ああ… 夢はぐれ 恋はぐれ 飲めば 飲むほど 淋しいくせに
あんた どこにいるの あんた 逢いたいよ

窓にしぐれの この雨は あすも降るのか 晴れるのか
それとも 涙がかれるまで 枕ぬらして かぞえ唄
ああ… 夢はぐれ 恋はぐれ 泣けば 泣くほど 悲しいくせに
あんた 抱かれたいよ あんた 逢いたいよ
ああ… 夢はぐれ 恋はぐれ 飲めば 飲むほど 淋しいくせに
あんた どこにいるの あんた 逢いたいよ」
主人もそうだが、わしも歌謡曲が好きやけど、ある学者さんの話では、
このような悲哀、涙、などといった湿った感傷が日本人の意識
の独立を妨げている、と言わはったな。でも、合理性、理性的と
呼ばれる判断や行動がもたらした結果はどうや、日本全体が
人間的なふるまいを益々薄くしていくつまらない国にしているようやし。
猫族もそれに毒されるかのように少しづつ人間の悪さになじみ始め、
猫としての行動や考えも昔と変わっておるわ。
主人も近頃よくわしに、日本人としては今ある情感を大切にしていきたい、
と主人には似合わない悲哀を帯びた態度で言ってはるわ。さらに、
歌謡曲に込められている言葉をかみ締めて行きたいと思っているようやし。

一丁目の仙人猫も噛んで含むような口調でチャトによく言う。
猫は全てにおいてドライな生き方が普通だ、と。しかし、チャトは
主人の影響もあるのか、その意識は日本人的だ。情に弱い男である。
四人の猫たちをよく世話をするのも、自分の捨てられた過去の
思い出から同じ目にあってきた猫たちに情を感じているからだ。
ハナコはよく主人の膝に行ったり、すりすりを盛んにするが、
これは主人がこの屋での守り神であり、食べ物を気前よく
出す人間からだ。彼女の猫としての打算、割りきりがそのような
行為をさせている。他の猫も主人かママを自分にとってどれほど有益か、
を考えている。でも、チャトは違う生き方をしたいと思っている。
多分、その想いが主人と会話が出来る手立てとなって現われているのだ、
と思っている。
それにしても、暑い。主人もママも寄る歳に勝てず、日々、クーラーの
中にこもりぱなっしや。そして猫たちもまたクーラーの恩恵にあずかり、
猫族の気概の一片すらない。

2020.07.23

私と猫の歳時記小暑のころ

私と猫の歳時記
我が家の5人猫と味わった四季
小暑のころ

今年の梅雨は長い。草木にとって命の育みのはずであるが、
人間も草木もこの長さにやや疲れ気味。今年はコロナと言い、
すべてが「適度」という範疇を超えている。

毎年、七月も半ばに梅雨があけるころ、庭は紫陽花の薄紫で
彩られ、まだ枯れ色の残る紫式部の姿と対照的な光景を示し、
そこに朝日が強く射しこんでいた。
その光りの帯の間を縫うようにして、一匹のカラスアゲハの
しっとりとした黒の姿態が現れた。毎年この頃になると何処
からともなく現れる。黒いベルベットの落ち着きのある翅に
紅色の珠がその優雅さを一層引き立てている。ゆらりと空中
を飛翔し、こちらに向かってくるが、そこには警戒心は微塵も
感じられない。この小さな庭で永年その命を紡ぎ、次へと伝えて来た、
彼にとってこの世界がすべてだ。少し短めの触手とやや灰色みを
帯びた眼が、それを告げている。更に、この庭にはもう一対の
永住者がいた。透き通る身体に少し水色の映える翅を持った
糸蜻蛉である。彼らもこの時期になるとこの庭の中で飛び回っている。
ただ、カラスアゲハとは違うのは、彼らは夫婦でいつも一緒に、
行動していることだ。一匹の糸蜻蛉が姿を見せれば、
必ずその近くをもう一匹が、そのか弱そうな身体とは思えない
力強さで、張り巡らされた蜘蛛の糸を巧に避けながら、
小さいながらも住み慣れた我が世界を謳歌していた。
しかし、今年は少し様子が違う。2匹とも未だ現れない。

だが変わらず、庭にはやがてグンとチャト他四人の猫族の墓が
四季の草花の彩りに囲まれ静かに鎮座するのである。翅のある
同居者たちもこの庭を飛翔し、いつの間にか消えていく。
毎年消え去る彼らを、妻とともにしばらくは惜しんだものだった。
それを突き抜けて時折、陽射しが私の顔に届く。白い雲の上には
さらに高層の雲が秋の天空の深さで霞み光る太陽のまわりを
ゆっくりと一筆を描きながら流れ過ぎる。だがそれも一瞬のこと、
比良の山を駆け抜けた黒雲に空はおおわれ、庭は黒ずむ。
それは蜘蛛なのであろうか、黒ずむ視界の端にうごめく黒いものがいる。
やがてそれも葉の裏へと消えた。
かたわらには、鼻息荒く動き回る我が家の孫娘、犬のルナ。
私の傍で寝そべっていたと思うと数秒後には、垣根の横で忙しく吼えまくる。
黒い影が庭、垣根、木戸と激しくうごき、時に天に叫ぶかのように吠えた。
そんな光景をうつつの中で見ながら私はリクラインの椅子にもたれ、
このやるせない気持と体の湿気に身を任せていた。目を閉じても、
全てが闇になるのではないし、陽の中でも闇はある。闇になるか
どうかは心のなせる業なのだ。
毎日の自由と安寧は喜ぶべき事なのだが、闇多き日々だ、うつつの
なかで思考の輪がめぐりまわっていた。

人間とは不思議なものだ、喜びの中に悲嘆があり、悲痛の中に楽しみがある。
チャトも永年の付き合いでよく思う。もう少し素直に喜びなさい、と。
でも、今の我が家には、安寧と言う言葉のみがある様でもある。
庭のポーチでノンビリとしている主人、五人の猫族の守り神だが、
その風情とは裏腹な思いが彼の身体から滲み出ている。
チャトたちの思いとは別なようではあるが、ここ数ヶ月の変化に
浸っているようだ。
「そろそろ夏休みだ。世間では多くの人が何か楽しみを見つけようと
動いているのだろう。しかし、われわれ夫婦は少し違う。
先ずは、三百六十五日連休のような年金生活者となった。
さらに、人の多さが苦痛となって来た年齢であるからかもしれない。
代わりに、自然の中で過ごす事に幸せを感じる年齢になったから
でもあろう」。
今日は、雨だが晴れの厄介な日だ。先日までの青空と強い陽射し
はそれなりに素晴らしい日々を与えてくれるが、このしっとりと
した静けさは老夫婦にとって、恵みの雨でもある。比良山は雲の中に
顔を隠し、琵琶湖も遠い鈴鹿連山や八幡の山々が霞む中、湖面の
灰色と共にその静けさを漂わせている。気のせいか通り過ぎる車
も柔らかく微妙な音感を周囲に発しながら、この静けさに一種の
高まりを与えていく。二人の周り全てがゆるゆると流れる時間の
中で進んでいるようだ。我が五人の同居人たちも夫々の思いや
夢を描きながら、それぞれの姿でこの静けさを味わっている。
チャトはいつもの如く窓辺のソファーに、ナナは二階のママの
ベッドでお休みし、ライはレトと共にテーブルの椅子でノンビリ
と毛繕い、ハナコも最近の生活パターンとなった二階の主人
のベッドにナナに睨まれながらも、堂々と寝ている。
ママは小雨の中、芝桜や久しぶりに花を持った紫陽花に想いを
込めながら小さな草花をいじっている。

私は、何をするのでなく、漫然と庭の梅ノ木に滴り落ちる小雨の
露をみている。燕が一羽、軒先に飛んできた。新しい巣でも
造ろうとしているのか、忙しく羽を動かし、周囲を見回している。
その羽音に気付きチャトが上目遣いに燕を見ていたが、
この静かさを破りたくないのであろう、その三角眼を再び閉じていく。
燕が飛び去った後には、しばらく音がこの家から消えた。

更に数日後、これほど美しい初夏は初めてだ、とママは思った。
今までの仕事からの解放が彼女の心を軽くしているのであろう。
来る日も来る日も、空は例えようのない青さに輝き、それを
損なう雲はひとかけらも見えない。家々の庭は早くもルピナス
やバラ、デルフィニウム、スイカズラの花、さらにライムグリーン
の雲を思わせるハゴロモグサで埋め尽くされている。
虫たちが飛び立ち、宙にとどまり、翅音をたて、空を切って飛び去っていく。

そして私は、いつものごとくポーチの椅子にいた。初夏の陽射しはきつい。
眼を閉じてもその奥にある眼球までその光りが差してくる。
少し眼を開けると、その先にあるのは白く輝く蒼い空とそれを取り囲むかの
ように風に揺られる緑の葉の群れである。さらに細めた視線を下に
向ければ、そこには数ヶ月前まで咲き誇っていた白の西洋芙蓉や
赤いガーディアン、さらには小粒のさくらんぼの白い花、全てが消え去り、
緑色一色に変わり、わずかな風の動きに合わせて黄緑、薄い緑、
深緑の様々な緑の模様を描いている。葉の緑がこれほど多様なのか、
私は自分の注意深さのなさを恥じる。中天からふり降りる強い光の中で、
その緑色に塗りこめられた世界すべてがその生命を謳歌している。
私の身体に射す光りはその暑さと共に、生きるためのエネルギーも
与えてくれている。同時に、わずかな空気の流れが頬を撫ぜ、
少しながらの安らぎを与えてくれる。私と太陽の間を遮るものは何もない。
だらりと下げた指の先にわずかな動きを感じるが、多分、チャトなのであろう。
わずかにできた日陰の中に身を横たえ、私に寄り添うように寝ているはず
である。いつもそうなのだ。彼との付き合いは長いが、それがそろそろ
終末を迎えようとしている。私にも、猫の予知能力が移ったか、
それともチャトの予知能力をただ感じ取ったのであろうか、多分、
後者のような気がする。彼も残された日々を私と過ごしたいのかもしれない。

2020.07.06

私と猫の歳時記 夏至のころ

私と猫の歳時記
我が家の5人猫と味わった四季
夏至のころ

薄墨の雲にさらに墨が入り混じり、雲はその重さに耐えかね、地上を
闇に覆い始める。チャトも気が重かった。
昔の偉い坊さんが言っていた。
「さて、人間の内容の無い生活の様子をよく考えて見ますと、
およそ儚いものは、人間の生まれてから死ぬまでの間のことで、
それは幻のような生涯です。
それゆえに、いまだ一万年の寿命を授かった人がいたなんてこと
を聞いた事がありません。人の生涯は過ぎ去りやすいものです。
それゆえに、朝には血色の良い顔をしていても、夕には白骨
となる身であります。夜更けの煙と成り果ててしまえば、
ただ白骨だけが残るだけ。哀れと言っただけでは言い切れない」
チャトはこの話を隣町の坊さんの話を聞いて、なるほどと思った。
正確に言えば、昨日、上弦寺の小野さんが昼間にやってきて、
主人と会話をしていたときに漏れ聞いたのだが、ひどく感心
したものだ。雨が長く続き、暇をもてあました時に運良く
テーブルの下で昼寝中に、半分夢うつつの中で聴いたのだが、
最近自分の寿命が気になることもあって、寝ながら聴いていたのだ。
特に、「念仏とやらを唱えるだけで、極楽と言う世界にいける」
とは、なんと便利な事であろう。輪廻転生を基本とする猫族
にとっても、念仏とやらを口ずさめば自分の好きな世界、
姿になれるとは聞き捨てならない。

近くの神社に行った。雨に濡れひと時の静けさに包まれる。
桧原葺きの屋根は薄い膜におおわれ、薄く細い細い水が
幾筋も庇を伝い、石畳へと落ちていく。はねた水滴の音が
境内に低く緩やかに広がっていく。手前の榊の木々は
その深緑の葉を薄く引く雨の中に浮き立たせていた。
老婆の本殿の前で打つ柏手が高い音を四方へと放っていた。

主人がポーチの椅子に寄りかかりながら梅雨を楽しんでいるような。
枝には一片の葉もなく立ち枯れの木のごときだった梅の木、
今は緑の小ぶりな葉がその枝に茂り、日の光を浴びて葉表の
黒き緑と葉裏の白さが光を隠すほどだし、これも庭の端に
細く弱々し気な枝ぶりを見せていた紫式部、緑の重さに
首を垂れ、庭の砂利を隠すほど、さらにはやや盛りを過ぎた
紫陽花、散りゆく花びらに代わって大仰な葉が一段と目立つ、
すべてが緑の世界を見せていた。

春のような多種多様な色、匂いは消え去り、緑一つと草草の
放つ草いきれだけが支配する世界だ。「夏は愛想がない」、
毎年この時期に主人が思うことだ。
肌を塗り込めるような湿気と絶え間ない雨の雫、大粒の水滴
の続く日々、愛想のなさに加えてやりきれなさが各人の気持ち
をとめどなく押しつぶしていく。
これが初夏の季節だ、植物たちの成長の中、人も猫もただ
黙ってそれに耐えていく。時にチャトはあの分厚い脂肪と
茶と白の毛皮を持て余し気味で、腹を出して寝る日々が続いていた。
例年であれば、庭には、赤みを帯び青が幾重にも重なり合った
紫陽花が五月雨にひっそりと咲いているはずだが、今年は全く
その姿を見せない。ここ三日ほどその艶やかな葉の上に
小さな水滴を残す静かな佇まいの日々であった。
比良山も益々緑色が濃くなり、少し前までまだらだった中腹も
深緑一色に化粧している。ただ、その緑も静かに降り注ぐ雨の中
では、ぼんやりと浮かんでいる様だ。灰色の中にやや茶げた
山頂と緑の中腹、そしてピンクや黄色に彩られた麓がやや霞んだ
琵琶湖へと一直線に伸びている。主人の鬱たる日々はもう少し続くようだ。

その風景に見とれている人がもう一人いた。二階の出窓から
その緩やかな流れを感じ、己が身体の衰えを感じている
日々のナナであった。
「今日も雨やな、こんだけ降るとあの大きな水溜りはんも、
溢れんと違うんかな」
「昨日、下でなんかごそごそと話してはったんは、隣町のお坊さんやな」
「隣の猫さんは気が強いから嫌いや。もう少しおっとりせんと、
はようなくなりまっせ」と独り言。
突然、窓の下からがらがら声がした。一丁目の黒さんである。
「ナナはん、元気にしてるか、最近月例の集会にも出てきいへんけど、
周りの連中がナナはんがボケが来て徘徊猫にでもなったんと
違うんかと言んで、ちょっと様子見や。元気でよかったわ」
「あんたこそ、そんな危なっかしい足取りで歩くと車に轢かれるで。
ちょっとここで休んでいたらええよ」
黒さんも、ナナがここに来てからの付き合いだから、もう二十歳
以上になったはずだが、毛並みは良くまだ十数歳のような
体つきではある。重々しいまぶたの裏に冴えた大きな眼球のくるくる
と回転するのが見えて、生え揃った睫毛の蔭から女好きのする瞳が、
細く陰険に光っている。蒸し暑い部屋の暗がりに、厚みのある
やや高い鼻や、黄色味がかった潤んだ瞳や、ゆたかな輪郭の
顔と黒毛が、まざまざと漂っている。この近くの猫には結構
もてる様でもあるが、ナナにとっては単なる友達であった。
しかし、黒もその衰えは隠せない。
まるで、ご近所の年寄りの会話のようであるが、猫世界も
同じなのである。

暑さの中、人も猫も夢想する。
我が家の主人やママも、老齢と言われる歳である。五人の猫は、
ハナコを除き、総じて孤独をたしなむのが好きになっている。
歳月は人も、猫も変えていく様だ。そして、ママと主人の生活
にも変化があった。犬のルナの世話は相変わらずだが、ママが
今の仕事を辞めて、主人、ママ共に無職の人となった。
ナナは、どちらかと言えば、ママが好きである。主人が暫く家
にいなかった時にナナはママに世話をしてもらったからだ。
ともに、六十歳を超えた女同士でもある。

それは、圧しつけられるように蒸し暑い日だった。大気は熱で
キラキラ輝き、しかもひどく静かである。木々の葉は眠たげに垂れ、
動くモノとては、庭の紫陽花の上のてんとうむしと、日光に
あって身をもがくように草の上で突然にくるくると丸まった、
一枚の縮みかけた葉しかなかった。
しかし、朝の水がママの手から放たれると様相は一変した。
一切のものがきらめき、光り、しぶきをとばした。木の葉、枝、
幹、全てが濡れて光った。地面や、草や、葉の上に落ちる水滴は、
幾千の美しい真珠となって飛び散った。小さな雫は、しばらくかかっているかと思うと、
大きな雫となって落ち、他の滴と合わさって小川になり、
小さな溝に注ぐと、大きな穴に流れ込んだり、小さな穴からまた
出てきたりして、塵や木屑や葉っぱごと流れていき、それを地の上
に置いたりまた浮かべたり、くるっと回しては、また地の上に
置いたりした。芽の中にいてはなればなれになっていた葉たちは、
濡れてまたくっつきあった。

四季の移ろいに合わせ家族を養い、次の世代へ命のつなぎを
してきたと言う土の人としての強さに感じ入っていた。
翻ってみれば、風の人として腰の定まらぬ日々でこの歳まで
生きてきたという悔悟の念に似たものが体の奥底から沸きあがってくる。
ママと息子の顔が瞬然と浮かびまた心の底に押し入れられた。
そして、裏山にあるこんもりした土の下に埋まっているトトの優雅な
三毛の顔が浮かんだ。
折角、この数週間の暗き沈んだ時間を忘れていたのに、と彼は思った。
数メートル先にある石地蔵が所在なさげにこちらを見ている。
地蔵は眼を細め、ふっくらとした頬が優しい微笑を見せている。
この数十年を通じて、彼は色々な物に対する執着心が少なかった。
富や美しいものばかりではなくて、人や家族への思いもそうであった。
死んだ母の顔はすでに忘却の彼方にあり、わずか十数年ほど前に
死んだ親父の顔さえ思い出すのに苦労する。一時のめり込んだ写真
も五台ほどの写真機はどこかの片隅に忘れ去られ、
これも熱中したクラシックの音盤もすでに跡形も無く消えていた。
また、よく買い集めた陶器の数々、備前焼、有田焼きなども
我が家のどこかに存在しているのだろうか。物への執着は、
その平板な心が許さなかった。人への愛情もそうだった。
熱烈な恋と言うのが彼にはわからない。
それはまるで人間や物とのつながりが自分の隠れている姿を晒し出す
ことへの怖れだったのかもしれない。人の笑顔の裏に出てくる
拒絶し、差別しようとする心の醜さを垣間見、幻滅する自分への
失望感でもあった。言葉の端に出てくる優越感、目尻のわずかな
動きから感じられる失望感、手や体の発する動きから見える拒絶する心、
彼は、それが素直に見えていた。

チャトも、最近空を見ることが多くなった。
その三角眼には様々な空の色や雲のかたち、時には鳥たちの優雅に
飛び行くさまが映った。チャトも人間とその感覚はたいして変わらない。
主人がよく文句を言う様に、この暑さ以上に、冬の重く低く
そして黒く、墨を天一面に引くかのように頭上に広がる空は嫌いだ。
自分が圧しされ、躰が動かなくなるようで、そんなときにはただ
ただ寝ることに邁進するだけだ。
だが、蒼く澄んだ空の多い日は、東の薄く引かれた赤色の雲間の
はじまりから西の山端の橙色の雲が闇の中に消え去るまで、
庭のポーチから見て過ごす。卵形の雲がゆっくりと比良の山をよぎり、
湖へと流れる様は、仙人猫の言っていた中有の童子のようにも思えた。

2020.06.20

私と猫の歳時記 芒種のころ

私と猫の歳時記
我が家の5人猫と味わった四季
芒種のころ

春から夏への季節、芒種を迎える。
そろりと梅雨が来る。天皇、小野神社の境内もしっとりと
雨に濡れひと時の静けさに包まれる。もう二週間ほど経つと、
京都では半年間の罪のけがれを祓い清めて、残る半年を
無病息災を願う神事「夏越祓」(なごしのはらえ)が行われる。
もっとも、猫族にとっては、人間の勝手に決めたことであり、
猫の営みからすれば、真冬と真夏の時期さえ分かればよい
のであるが。
だが、人との付き合いが長くなると、猫とて心情的には
人間的な感情がもれこんでくる。部屋の大きなガラス戸の
前には、主人とチャトが外の風情に引かれる様な形で座っている。
庭には、赤みを帯び青い花弁が幾重にも重なり合った紫陽花
が細糸の雨にひっそりと咲いている。ここ三日ほどこの花の上
に小さな水滴を残す静かな佇まいの日々であった。
比良山も次第に緑に濃さが混じり合い、少し前までまだらだった
中腹も深緑一色のに化粧顔となった。ただ、静かに降り注ぐ
雨の中では、焦点の緩い画像を見るかのように明確さを
欠いた曖昧な世界であった。
灰色の中に茶げた山頂と緑の中腹、そしてピンクや黄色に
彩られた麓がこれも曖昧な線となって茫漠とした薄青い琵琶湖へと
一直線に伸びている。

蓬莱の駅は無人駅だ。少し前まで手打ちそばの蕎麦屋があったが、
すでに休業している。やや硬めのそばは歯ごたえがよく結構
通ったものだ。そこは琵琶湖が近くに迫り、わずかに茶褐色
を見せる畑と田んぼの薄緑が混じり合い湖の青さの中に消えていく、
その風景を店の窓辺から見たものだが、いまはない。

久しぶりの快晴だ。ふと、暑いさなかの歩きをしたくなった。
老人の冷や水か熱中症に一片の不安は残るがチャトを引き連れ、
私は出かけた。
駅前からの道はやや勾配を保ち、比良の山端に向かって伸びている。
初夏の日差しがさえぎるものがない舗装道路に強く照りかえり、
その白さを一段と強めながら、私とチャトの体を突き抜いていく。
小さな影がわたしらの歩みに合わせ静かについてくる。
集落を外れ、砂利道に入ると、草草の発する息がむっとした
水蒸気となり、朝日をうけて金色に輝き、体にまとわりつき始める。
すでに十センチほどに伸びた稲穂が鋭い穂先を見せながらゆったり
と風に乗って動いている。朝の雫に光り輝く蜘蛛糸がそのあり様
を誰の目にも明らかにするかのように水平な網を稲穂の揺れ、
あぜ道の草むらの中に見せている。その細く雫を帯びた糸は、
五線の譜のようでゆらゆらと揺れている。大きな水玉がしなった
葉の上を転がりすっとんと落ちた。
チャトが少し首をかしげてこちらを見ている。深緑、薄い緑、
白い小さな花、その群生の中を日差しを跳ね返しながら、川が顔を出す。
小さな凹凸が水にいくつかの階を作り、下へと流れていく。
数条の水の筋を作りながらそのくねり進む様は悠々たる大河の趣
を感じさせた。

夏の暑い日、友達とパンツ一つとなり、ザリガニや小魚を捕りあった日、
小魚がその銀色を一ひねりしながら水草に隠れるのをさらに
追いかけた友の水浸しの体、足に伝わる泥と小石の感触と水の冷たさ、
さらには背中に刺す太陽の熱さ、ふとそんな昔の情景が浮かぶ。
川を少し上ったところにその情景はあった。
蓬莱山に横たわるかのように何十となく緑に熟れた水田が上へ上と
重なっていた。北船路の棚田だ。伸びた先に森の一団がこれも
蓬莱の山に溶け込む形で棚田と青い空を仕切り、横一線に伸びている。
飛行機雲が一つ、青く広やかな空を二分するかのように西へと伸びている。
覚悟を決めて、棚田の最上部へと一歩踏み出す。見た目でもその
勾配の強さが感じられるが、歩き始めるとその強さが足の裏を
伝わり、体全体に感じられる。かなりきつい。
夏の田んぼには、浮草がその水面を覆うかのようにひろく生えわたっている。
その中にいくつかの目がこちらをうかがうように水面に盛り
上がっている。蛙たちだ。その緑の肌と大きな目は闖入者の動き
を見張るかのようにじっと眼を据えて動かない。
チャトがあぜ道に身を伏せるかのようにそれに近づくと一瞬にして
それは消えた。横でぽちゃりと水音がはねた。
「まあ、蛙さんも逃げますな、こんな二人が来たんやから」
途中、紅色の花が群れ咲く三本の木に寄り添って、強烈な日差し
を避け、ひと時の息休めをする。頬を撫ぜる風がわずかな流れで
二人に心地よさを与える。チャトが鼻を天に向け何かを嗅いでいる
ようだ。草たちの息使いであろうか。

成長の途中であろう稲たちが一斉に右へとその穂先を傾け、
また左へと揺れ動いている。渡る風の音は聞こえない。棚田の中ごろ
あたりであるが、平板な青さの湖に白い帆を揺らめかせている
ヨットや二筋の波線を引きながら右から左へと流れるボート
が見られる。その先は初夏の霞の中にただ茫洋と白さが広がり、
いつも見える三上山の小さくも華麗な姿はその白き霞の中に消えている。
比良は山端が琵琶湖の湖岸まで直接伸びており、平地が少ない。
伝承によれば、明智光秀の時代から山麓の傾斜地に水田の開発
が進められてきたという。どこの地域の棚田もそうだが、
水をたたえるため、石垣等をつくり、等高線に従い平坦な土地
を確保している。棚田百選などと言われているが、ここも先人たち
の努力が営々と続けてこられた結果でもある。
我々は写真などで美しいとは思うものの、その地道な毎日の生業
を忘れてはならない。

最上部の棚田の横に来た。途中の道で見た情景よりもさらに艶やかに
広がる緑と琵琶湖の千々に光る群青、雲の幾重にも重なった空の
薄青きが一つのフレームにはめ込まれたように目の前にある。
既にここでは棚段という意識は覚えず、幾重にも重なる緑の絨毯
がいくつもの黒い線で区切られ、下へ下へとと延びている、
ただそれだけだ。その緑も平板なそれとは違い、そばの森の
ざわつきに合すかのようにその緑の中に小さな影が出来、
全体がふわり浮き上がりまた下がる、その緩やかなリズムが
わたしの鼓動と同期し、緩やかな和らぎを与えていく。

チャトの立つ足元をゆったりとした水縞を描きながら水音が流れる。
その溝の横に、ツユ草が群れ咲いていた。真っ青な花びらには、
紺色の筋が枝葉のように広がり、さながらガラス細工のようである。
黄色のおしべはその目の覚めるような色をさらに強めている。
ここはちょうど梅の木の下、強く光る日差しの中で、ややくつろいだ
空気が占めている。小さな草花たちもその日陰の中で、休息している。
静かな時間が流れ、わたしは一刻の眠りにつく。チャトはすでに
夢の中に入ったようだ。
棚田は自然と人の結節点だ。ひな壇のように落ちていくそれぞれ
の水田のすぐ横には、樫の木や栗の木がその葉群をざわつかせ
ながら取り巻き騒いでいる。今はのびやかに育つ稲たちも人の手
が手控えられた瞬間からこれらの森の様々な木々や草たちに
侵略され朽ちていく。どこの棚田もそのような宿命の中で生き続けるのだ。
春先に聞こえる田植えに集まった人々、そこには幼児の初々しい
声もある、がある限りこの水田たちも永く生きていけるのだ。
午睡の中で、そんな取り止めのない思いが湧きまた消えた。
そのウツらとした中にブーンという羽音がわたしを引き戻す。
虎模様のカミキリムシがわたしの肩に止まり、その長い触角を揺らしていた。
チャトは、彼の得意の腹だしスタイルで、まだ夢の中だ。
空を飛び回る夢でも見ているのでろう。
数時間前までの灼熱の空はやや柔らかさを増し、頬を撫でる風にも
涼やかさが加わり始めている。わたしは木陰から重たげに体を起こし、
少し周りを見るかの仕草で棚田の外れへとあぜ道をたどりながら進む。
チャトはまだうつつの中にいるのか、こうべを少し下げ、
わたしの後に少しふらつきながら続いた。
かっ、かっ、かっ、と少し早いヒグラシの声が近くの林、遠くの森
から木霊してくるようだ。その澄んだ声が足元の草藁を撫ぜるかの
ようにわたしらの耳に届く。やがてここにもアブラゼミや
ミンミンゼミの声があふれその穂先を揺るがすかのように四方に飛び交う。
「結局、わしは眠りにきただけかいな」
そんなつぶやきが私の後ろから聞こえてきた。

2020.06.05

私と猫の歳時記 小満のころ

私と猫の歳時記
我が家の5人猫と味わった四季
小満のころ

葦が色づく頃、カイツブリの姿がその葦群れの中に
見え隠れする。
琵琶湖も季節の違う彩を見せ始めていた。
例えば、司馬遼太郎も「街道をゆく」二十四巻の中で、
カイツブリと松尾芭蕉について書いている。
「かいつぶりがいませんね。
よく知られるように、この水鳥の古典な名称は、鳰におである。
水にくぐるのが上手な上に、水面に浮かんだまま眠ったりもする。
本来、水辺の民だった日本人は、鳰が好きだった。
「鳰の海」とは、琵琶湖の別称である。鳰の句は、梅雨のころである。
五月雨に鳰の浮巣をみにゆかむ
この句では初夏のものとして鳰が登場する。鳰は夏、
よし、あしの茂みの中に巣を営む。句に「鳰の浮巣」が入れば
季題としても初夏に入り込むらしい。
小満は「万物が次第に成長して、一定の大きさに達して来るころ、
万物盈満(えいまん)すれば草木枝葉繁る」と記されている。
草木が生い茂り、山の緑が濃くなる頃であり、裏山の檜や
韮の樹にも生気に満ちた木々の香りが立ち込める。
この頃、古来より親しまれてきた山菜のひとつ、わらびも育つ。
ハナコはそんな風情を知る由もないが、あの苦しかった野良
時代の事を思いだし、湖岸の大きな草むらに向かっていた。
ノロと初めてあった場所である。ちょうど、今のようにどこかで
蛙が鳴き、田圃に水が引き込まれ、小さなせせらぎが
微妙な音を奏でていた。水の張られた田圃には、七、八羽の
白鷺がその白さを水面に映しながらひと時の安らぎと
食べ物を得ている様でもある。春から夏への季節の移ろいが始まり、
大きく育った草花がそれぞれの花や大きな葉を気の向く
まま広げていた。この緑の世界をハナコは好きだ。
生い茂った草が日差しを弱め、地面には小さな葉群が柔らかな
絨毯となってハナコを迎えていた。彼女はここで終日を過ごすのであろう。

庭はさして大きくないが、春のはじめの緑が薄い世界から
四月、五月となると、瞬く間に小さな深い緑の森になる。
梅の木の葉がポーチや庭を覆い隠すかのように影を落とし、
金柑の木、椿の木などが同様の影を黒い土の上に幾重にも
作り出す。地上近くには名も分からぬ細身の葉やハコベの葉、
たんぽぽの葉が広く薄く地面を緑色に変えている。
そこには、小さな生き物たちがこの家の住民には気づかぬように、
特に猫たちには、静かにその生活を守っている。
糸トンボ、カラスアゲハ、カマキリ、蜥蜴、バッタさらには
蜘蛛たちが縦横無尽にその罠を空中に仕掛けていた。
朝露が風に揺られてぽつりとポーチに小さな黒い染みを作るが、
初夏の光がその染みをゆっくりと消し去っていく。
チャトがいつものごとくポーチでその巨体を伸ばし切っていると、
わずかな翅音と何かをこすりつけるような音に気が付いた。
彼にとっては、特に危険とは思えない音であり、しばらくは
無視していたが、それが長い時間続くとさすがののんびり屋の
チャトも気になった。とても近い音なのに、見渡しても
何も見えない。音のする方にゆっくりと近づくと、すぐそばの
梅の木の根方にそよぐ草叢から発していた。目を凝らして草の間
をのぞいてみると、前肢に黒い蝶ががっしりと捕らえられたまま、
黄緑色の大きなカマキリがこちらを振り向いた。もともと、
けんかやこの手のやりあいにが苦手なチャトである。
あのこすりつけるような音は、カマキリの翅音だった。
黒い翅は時に大きく開き、また弱々しく閉まり、その律動を
続けているが、徐々にその勢いは衰えていくように思えた。
後ろから大きな影が近づいてチャトに聞いた。
「お前何してんの」
主人であった。チャトが草むらに顔を突っ込んでいるのをみて、
不思議に思ったのだろう。事情を話すと、すっとその影が後ろに
引いて、突然、チャトの横手から箒がカマキリとカラスアゲハの
間に割り込んだ。
箒でたたきカマキリを引き離し、背後の植込みの方へ撥ねやった。
それから、ぐったりしているカラスアゲハをゆっくりと掴んで
掌に載せた。もうだめかと思っていたら、カラスアゲハは
黒いビロードの斑紋をもつ翅からちょっと音を立ててよろよろ
と飛び立ち、いったん地面におちそうになりながら、
また持ち直した格好で翅を打ち震わせ、高く、後ろの塀を越えて
飛んで行った。
「やったね、チャト」
主人が満足げにチャトを見下ろしていた。
「俺は何も出来んかったわ、もう少し出番がほしかったのに」
「そうか、お前に任せればよかったかな」
ちょっと疑問符のこもった声で主人が言った。この季節、
小さな世界の些細な出来事があちらこちらで垣間見える。

この頃、彼方此方で春の祭りが行われる。田には水が満ち、
稲の子供たちが一列となって希望の歩みを始めるようだ。
今日は近くの神社の春の祭りである。
そして雲が一片足りとも見えない蒼く透明な空とともに
祭りの日となった。
普段わずかな人影だけが残されている境内には五基ほどの
神輿がきらびやかに鎮座している。その少し先にある
鳥居から三,四百メートルの道の両脇には色々なテント
が軒を並べている。焼きとうもろこし、揚げカツ、今川焼き、
たこ焼きなど様々な匂いが集まった人々の織り成す雑多な音
とともに一つの塊りとなってそれぞれの身体に降り注いでいく。
やがて祭りが最高潮となるとハッピを着た若者たちが駆け足
で神社に向って一斉に押し寄せてくる。
周りの人もそれに合わすかのようにゆるりと横へ流れる。
駆け抜ける若者の顔は汗と照りかえる日差しの中で紅く
染め上がり、陽に照らされた身体からは幾筋もの流れとなって
汗が落ちていく。
神社と通り一杯になった人々からはどよめきと歓声が蒼い空
に突き抜けていく。揚げたソーセージを口にした子どもたち、
Tシャツに祭りのロゴをつけた若者、スマホで写真を撮る女性、
皆が一斉に顔を左から右へと流していく。
その後には、縞模様の裃に白足袋の年寄りたちがゆるリゆるり
と歩を進める。いずれもその皺の多い顔に汗が光り、白髪が
その歩みに合わし小刻みに揺れている。神社の奥では、
白地に大宮、今宮などの染付けたハッピ姿の若者がまだ
駆け抜けた興奮が冷めやらぬのか、白い帯となって神輿の
周りを取り巻いている。

2020.05.20

私と猫の歳時記 立夏のころ

私と猫の歳時記
我が家の5人猫と味わった四季
立夏のころ

幾重にも重なったピンクの淡い色が道路一面を覆っている。
既に春の華やかな芳しさは、燃え立つ緑の生命の光景に
変わっていた。目の前の見えてはまた隠れる家々の庭には、
紫のワスレナグサをはじめ、黄色、ピンクなどの小さな
花たちに混じって少し背の高いチューリップやウンナンオオバイ
のこれも紫や黄色、ピンクの色合いがライを見ている。
上からは既に花を落とした桜の明るい緑の葉の群れが幾重
にも重なってその影をライに投げかけている。様々な色が
ライの周りにはねていた。
「ああ、春の陽気さで何処かの野良猫がハナコを追い回している
のに、俺はまたふられたわ。三毛さんが死んでから俺もついてへん」
家にはあのルナが庭ではしゃぎまわっているので、落ち着かない。
主人とママも今はルナの世話で俺たちには気がそぞろやし、
膝の上には乗れないし、面白くない。ないない尽しの日々である。
三丁目の少し奥の家の塀にキジ虎がノンビリと陽にあたっている。
夏の陽射しになるこの時期に、まるで、ご隠居風情でいるのも
キジ虎らしい。塀の上で腹を出し、いつでも攻撃しても文句は
言いませんよ、と言っているようだ。
三丁目ではあまり見かけない猫がキジ虎をじっと見ていた。
しかも、メス猫である。俺は少し興奮した。白い身体に黒の縞
があり、かなり若そうである。ないない尽しの生活から
抜け出せるのでは、そんな淡い期待が頭をもたげる。
「お前はんどこの猫や」
とりあえずはそれとない調子で聞いてみる。
「あんたこそどこの猫よ、ちょっとその辛気臭い顔やめてんか」
チョット強気の返答に少し後退り、俺はこの手の女に弱いのだ。
「そいつは俺のダチや、変な気を起こすなよ」
突然上から天の声がした。天の声ではなく、キジ虎の声
だったが、その声に俺は戦意喪失。慌ててそれとない風情
で周りの風景を見る。
薄墨を被ったような空の向こうに比良山が若い緑に覆われた
姿を見せている。三丁目の後ろは竹の群生と過ぎの木々が
生茂る小さな森が夫々の領分を誇るかの如く密生している。
以前はそこにこの街を巡る散歩道があったのだが、今は
その姿が生茂る草木の中に隠れている。
この奥に十数年前に死んだトトの墓があるのだが、主人も
ママも最近は行っていない、と言うより行けないのだ。
「おまはん、元気ないね、どうしたん」
キジ虎はこの界隈のボス猫である。以前、ライがこの街に
きた時、一発でやられた。チャトもその洗礼を受けた。
その後、ライはこいつには勝てないと、あまり近づかない
様にしてきた。しかし、何が気に入ったのかキジ虎は
ライを結構可愛がっている。
「家に元気なメス犬が来て往生してますねん、おちおち
食事もできへん」
「そうか、それはご苦労はん、あんじょうやって行く
しかないでぇ」
「ちょっと、元気付けにおもろい所に案内しようか、ついてきなはれ」
すたすたとキジ虎と彼女猫は山の方に向かっていく。
ライも特に断る理由もないので、とぼとぼとついて行く。
二つの元気な影としょぼくれた影がその後を追うようについて行く。
二人は、三丁目の更に上の街を通り過ぎ、かなり奥深そうな林の道を
同じテンポで進んでいく。ライは仕方なくその後を同じ調子でついて行く。
眼には伸び盛りの草が映るのみで、細い泥道の感触が、何時もの
舗装された硬くて熱い道とは違う心地よさを下から伝えてくる。
周りからはライも知らない鳥たちの鳴き声が幾度となく降り注いでくる。
街育ちのライにとって恐さと新鮮さが入り混じって己が身に湧き上がってくる。
「キジ虎さん、どこまでいくすか」
「もう少しだ、辛抱しや」
やがて、林が目の前から消えた。比良山がこちらを見て笑っている様だ。
目の前にはライが見たこともない金属製のパネルが初夏の陽射し
を浴びて光り輝いていた。その光り輝く板は、少なくとも
ライの視界全てにその無機質な姿を晒している。
「これはなんですか、なにかやばいものなんか」
「俺もよく知らんけど、一丁目の黒によると電気を起こす板やと」
「俺の家の屋根にも同じ様な板があるけど、それと同じやわ」
「人間ってよく分からんものを造りますね」
「何十人もの人間が来てこれを作っていたんや」
キジ虎の彼女猫も何か恐いものを見る様にこの光り輝く板
の群れを見上げている。また、自然の一つが壊されていく。
此処には、ライを驚かした猿の群れの食事場所であったかも知れない。
仇敵イタチの住まいがあったかもしれない。
ライが知らない様々な生き物たちが棲家としていたのかもしれない。
そんな想いがライの頭をかすめて行った。
ライの眼には白く光るような青い空を背景にその稜線を
くっきりと浮かび上がらせている比良山と少し緑がかった
湖面を光らせている琵琶湖が見える。
その穏やかな風景の中に林立するこの不気味な板の群れに
吐き気さえ覚えた。
既にキジ虎はライにこの情景を見せて満足したのであろう、
来た道を帰って行く。ライも慌ててその後を追った。
閉ざされた冬の中では見えなかったものが、少しづつライの
前に現われ、その暖かさとともに、一年前とは違う姿を見せている。

同じころ、チャトは仙人猫に連れられ違う経験をしていた。
小さく迫る山端が切れ、湖が杉の木立から見え隠れする。
やがてブナの灌木が下草を分けるように顔を見せる先に、
偶然その木を見た。樹齢千年ほどの大杉だった。
その周径が十メートル以上もあり、正に周りの若い杉や栗、
楠の樹々を睥睨するかのように鎮座していた。
昔からこの樹には神が宿っていると言われているとチャトは
麓の老猫から聞いていたが、眼前に見るそれはチャトを圧倒していた。
それは大地を踏みしめる巨人の脚であり、ごつごつとした木肌
を幾重にも重ね、岩と化しているようだ。そこから三本に
分かれた幹が天に届くかのような勢いで青い空を突き通していた。
チャトや仙人猫が出歩く周辺にも多くの巨木といわれるケヤキ、
カツラ、ツブラジイの樹々を垣間見てきたが、この樹は
それらよりもはるかに大きい。もっとも、多くは間近まで
行くだけの想いがなかったので、遠景で満足することが多かったが。
大きな木といえば、川を渡った先にあるお寺の中にある
ムクロジであった。それはしっかりと大地を踏みしめるか
のように寺の白壁に大きな影を差し黒味のある実をつけていた。
横でこれも感激しているのであろうか、仙人猫が静かに大杉
を見上げている。仙人猫が言うには、
「人間どもは昔から大きな自然のものに神という、訳のわからない
ものを崇め、たたえてきた」
という。それは巨木であり、巨岩であり、山そのものである
場合もあった。
この比良山系も神として崇められ、その神域で様々な修行も
行われていた。
この大杉は、昔は七本もあったという。しかし漁師たちの
争論ですべてを伐採しその費用の捻出を図ろうとしたが、
白髪の老翁が現れ木の前に立ちふさがり大鋸を折って
消えたという言い伝えがある。
それ以来この大杉は神木として崇められている。人間の
浅はかな思いを誰が打ち砕いたのであろうか、大杉が
じっとチャトを見下ろしている。巨木の生命は数百年から
数千年にまで及ぶ。出来るなら、彼らの見てきた情景
や体内に宿ったであろう智慧を知りたいものと二人は思った。
少しは人間の愚かさが見えてくるのではないだろうか、
そんな想いともつかぬ想いを巡らす。チャトはこの大きな木
のことを主人に教えてやりたいと思った。主人は早速そこへ
行こうというに違いない、その時の情景がはっきりと目に浮かぶ。
少し強まる風が周囲の草叢の立ち騒ぐ音をさらに高め、
風の音と大杉の群れ騒ぐ枝々と葉の擦れ合う音が一つの協奏をなし、
二人に降りてくる。それは天の声に聞こえ、なにゆえか二人
を鼓舞しているようでもある。それは過去になした人間の無知を
彼らに諭させるかのような風情でもある。

四月を契機に世の中も色々と変わる。隣町の小田さんの息子は就職し、
隣りの田中さんは娘が大学へ行く、上弦寺の息子も今年から
本格的な僧侶修行、などなど、我が家を訪ねる人も生活も夫々の
転機の時期なのだ。
「一丁目の黒白婆さんも亡くなってしもうたし、話す相手もどんどん
居なくなるし、わてもそろそろ転生の時期かいな」と思うナナ。
猫世界でもわずかながら変わって行くようだが、我が家の猫族は
総じて相変わらずである。
「うちらも年金とやらがもらえたら、少しは主人やママに楽させられるのに」
と嘘のような想いを浮かべるのはチャト一人かもしれない。

猫にとって、眠り続けることは、自堕落なのではない。
それどころか、猫にとって、眠ることはとても高尚な行為なのだ。
仙人猫も良くチャトに言っている。
眠ることは、自分たちのこれからのための訓練であり、人間で
言えば、坐禅をしているようなものだ。昔の偉い坊さんが
言っている只管打坐と同じじゃ、と。
「只管打坐?」聞いたこともない言葉にある日、チャトは主人に聞いてみた。
「参禅は身心脱落なり、、、只管に打坐するのみなり、対象にかかわり
これに執著することが、自己と世界の真実の姿を見る眼から覆い隠す。
坐禅に打ち込むとき、このあり方から脱して、ありのままの世界を
ありのままに見ることができる」、と。
チャトは全く理解できなかったが、主人にそれ以上は聞かなかった。

2020.05.04

私と猫の歳時記穀雨の頃

我が家の5人猫と味わった四季
穀雨のころ

穀雨(こくう)とは、二十四節気の第六番目であり、
四月二十日ごろである。
田畑の準備が整い、それに合わせて春の雨の降るころであり、
穀雨とは、穀物の成長を助ける雨のことである。そして、
穀雨の終わりごろ(立夏直前)に八十八夜がある。
香り優しい茶の葉、仄かな丸みのある味わいに喉を潤す。
春雨が地面に染み入り、芽を出させる頃となり、各地の
竹林では筍が収穫の時期を迎える。街の奥にある竹林でも、
筍が元気な姿を見せる。筍の魅力は、春を感じる独特の
香りとコリコリとした独特の歯応えであり、それを楽しむ
方法はここの郷土料理にはたくさんあるが、中でもよく
親しまれているのが佃煮。細かく刻み、木耳(きくらげ)や
椎茸などと混ぜ合せることで、食感が更に引き立つ。
その味は、食べたものでしか分からない。
チャトは仙人猫からその様な講釈を受けていた。もっとも、
猫がその味を十分わかっているとは思えないが。
すでに桜は散り、公園や坂を少し下った道沿いの桜もその
薄紅色を落としていた。
農作業はすでに始まり、田圃にも水が張られ、気の早い蛙は
日夜その独唱に励げ増すころでもある。水を湛え始めた田圃
にも生気が蘇り、畦道にも命の息吹が見えていた。
ハコベの緑に加えタンポポの小さな黄色が幅を利かしていたし、
紫の小さな花々がその横に一団となって咲いている。
気の早い農家はすでにトラクターの騒がしい音を畑や田圃一杯
に響かせている。
チャトもまた、そのような沸き立つ情景を見ながら、春の
まどろみの中で、うつらうつらと夢とうつつに身を任していた。
牡丹の真紅、花水木の白、若芽の艶やかな緑、雪柳の雪白、
彩の季節、紫陽花の葉が緑色を深くし、水田は褐色の土の塊
から空の青さを映し鏡の水張りに、琵琶湖は茫洋たる春霞に浮かぶ。

チャト、主人と久しぶりの散歩である。
初めはほんの少しのお出かけと思ったが、主人は、さらに歩を
進めていた。頭上には緑の色模様の入り混じった葉が残光
を透かしていた。そこからのぞかれる比良の山端が澄んだ
蒼さの空に、煌めく緑の円錐が一瞬左右へと揺れ、微動するように
見えた。影を落とす細い道は滑らかに磨かれた石が敷き詰められ、
小さな森まで続いている。横の水路では、多くの水滴をはねあげ、
光を反射し、くねりつついく筋もの水縞を作りながら彼の
進む方向とは逆行して流れ去る。
ひとびとは、比良の恵みとなる水を石造りの三面水路で引き込み、
家々の生活用水として長くその恩恵を受けてきた。
そのような水路が地域を縦断する形でいくつもあるという。
守山石という江戸時代からこの地の特産品として庭石や神社の
基礎石として使われてきた石が観賞用の庭石や庭全体を
覆う形での敷詰め石としてこの地区の家々には多く見られる。
さらには、これらの石は比良の湊から対岸の石山寺や大津城
などの石垣に使うため、船で運ばれたそうだ。立ち並んだ倉庫や
石細工をするための小屋などの名残がその痕跡を名前や史跡
などに残っている。
小さな神社がまだ若い杉の木立に見え隠れしている。その背後に
広がる竹藪の中にはゆらめき光る水のような光が漂っている。
苔に覆われた道を行くと、ぽっかりと木々の屋根が消えた下に
やや薄緑を帯びた水面を持つ池が静かにそこにあった。
水面に揺れる光の群れと何処からか漏れてくる湧水の水音が
一定のリズムを持ち、主人とチャトの体に染み込んできた。
人の気配はあるが、人が見えない。そんな不可思議な世界に
彼ら二人が、水と光の空間に立ちつくしている。
「静かだな。お前どう思う、この静けさを」
「猫も一人も見えまへんな。まあ、こんなもんと違いますか」
と冷めた調子のチャトである。
さらに入り組んだ小道を歩き、白い壁の土蔵の美しさに思わず
立ち止まり、緑の中に橙色のかんきつの小さな実をなでながら、
登り道から下りへと方向を変えてみた。比良の山並みが後押し
をするかのようにその歩は早まり、一コマづつの風景が古き
トーキーの映像のようにゆっくりと流れ去っていく。
眼前には琵琶湖がさざ波の模様を引き、観光船の大きな波痕
を深く描き、対岸の八幡山の小さな山影や沖島の茫洋とした
姿を見せながら、浮かんでいた。
神社に向かって歩いていたときは、気が付かなかったが、湖に
沿って走る国道に向かって歩き始ると、その青と白とやや薄い
水墨画的情景の広がりのある鏡面に思わず、見とれた。
歩くにつれて石の持つ情景が幾重にも重なっていることに
気が付いた。家々を取り巻く石垣がちょいと入った路地を
一直線に横切っている。そのさして広からぬ田畑は、何段かの
棚田となって湖に下り落ちるように耕されているが、それは
大小の石で造られた石垣で丁寧に囲われていた。
縁側が日の中でまばゆい光を発しているその庭には守山石で
造られた石灯篭があり、その造りは真っ直ぐといきり立つ宝珠、
それを受ける見事な請花、露盤のくびれも見事であり、
蕨手(わらびて)の先っぽまで反り上がる笠のラインはその
優雅さに思わず見とれる。火袋を受ける中台に施された
十二支の彫刻の精緻さは素人目にも多くの石工がこの地域で
活躍していた
そんな証、所在なげに置かれた庭の石たちに見られた。
この辺をよく知る人に聞いて、湧水のある林に向かう。
杉の林が切れかかり、湖の淡い碧さが垣間見れるところに
小さな泉があった。
クレソンがその小ぶりの葉を緑の光の中に浮きだたせていた。
白い砂地から幾重もの輪となって水がふつふつとわいている。
透き通った水の中を飛ぶように動くものがあった。
数匹の小エビだった。クレソンの葉に隠れ、またそこから
飛び出し、自由奔放の時を過ごしている様だ。
この小さな水の世界が彼らの全世界なのだ。気が付けば、
背後にはこの里を慈しみ、守るような形で、比良の山並みが
その緑一色であるが様々な模様の山肌をみせ佇んでいる。
まだここには古き時代の生活とその匂いが残っていた。
最近は、若い人が移住したり戻ってきたりしているという
古老の話は、この情感の中では、すとんと心に落ちる。
主人はその大きな鼻孔を広げ、チャトもあの三角目を一段と
三角にして、その匂いを嗅いでいる。
数日前までよく降っていた雨がやみ、それと同時に自然界に
新たな成長の季節が訪れた。時は確実に進んでいる。
木々や草花はいっせいに華やかな色彩とかおりをまき散らし、
トチノキの枝は小刻みに震えながら、円錐形の花キャンドル
を支えていた。白いヤマニンジンの花笠が道端をびっしりと
覆っている。つるバラが庭塀を這いあがり、深紅のシャクヤク
がテッシュペパーのような花弁開いている。
りんごの木は花びらを振り落としはじめ、その後にビーズの
ような小さな実をのぞかせている。
二人は、比良の若葉山の姿は、やはりこのあたりから見るのが
良いように思った。山並みの傾斜と直立する杉の木々との角度、
これに対する見るものの位置があたかもころあいになっているの
である。その上に昔もこの通りであったとも言われぬが、
明るい新樹の緑色に混じった杉の樹の数と高さがわざわざ人
が計画したもののように好く調和している。チャトや猫族、
特に仙人猫の考えでは、山は山の自然に任せておけば、永く
この状態は保ちえられると思っている。
琵琶湖の水蒸気はいつでも春の木々を紺青に映え、これを
取り囲むような色々の雑木に花なき寂しさを補わしめるような
複雑な光の濃淡を与える。山に分け入る人は、単によきときに
遅れることなく、静かに昔の山桜の陰に立って、鑑賞して
おりさえすればよいのであって、自然の絵巻きは季節が
これを広げて見せてくれるようになっているのだ。
そんな事を考えながら、主人は雑木林を抜け、街の奥の竹林の中
を落ち葉のかさかさする音と踏みしめる足元の心地よさを味わっていた。
チャトもその肉球を伝わってくる春の心地を同じように感じていた。
通り過ぎる家々の壁はその陽射しの中で新たな灰色を見せ、
キチンと刈り込まれた生垣は鮮やかな緑色となり、庭の芝生
も黄緑の色を濃くしていた。それに対抗する様にユキヤナギの
木々が五弁で雪白の小さな花を枝全体につけてその白さを
誇っているように繁っている。雑草が一本も生えていない
花壇には、クロッカスの紫の花が二列をなしている。
庭のベランダには、三つほどの洗濯干しが陽射しに向けて
置かれている、タオル、ハンカチ、そして男性用の下着が
数枚。その下で身体全体を大きく伸ばして寝ているキジ虎
の姿も見えた。光が庭中に放たれていた。
二人は、心を残しながら我が家への道をとる。

2020.04.19

私と猫の歳時記 清明のころ

私と猫の歳時記
我が家の5人猫と味わった四季
清明のころ

湖は不思議だ。陽が射すと珠玉のように明るく映えるが、
陽が一瞬でもその力を弱めると一変して闇に近づき濃紺
から重い灰色となる。
さざ波が立つと、ここは死者の眠る奥津城なのかの想いが
強くなる。さざなみは、人が死んで還っていく黄泉路の
道しるべとなり、その霊気に満ちた様相をさらに深める。
いま見る湖は、一番手前の砂浜をわずかに残す程度で薄絹
の幕の中にその茫洋とした姿を見せている。

春を迎えるにあたり自然も色々な顔を猫や人間に見せる。
清明は4月19日まで、万物がすがすがしく明るく美しいころだ。
だが、時に雨水や啓蟄のような姿も見せる。気まぐれな自然
の神が遅い雪なども持ち込んでくる。それもまた自然なのであろう。
主人は、今見る湖の姿から勝手な思いを込めていた。
「暦便覧」には「万物発して清浄明潔なれば、此芽は何の草
としれるなり」と記されている。すでに様々な花が咲き乱れ、
お花見シーズンになる。全てが柔らかな光に照らされ、
早朝の比良の山には、うっすらとした霞がたなびく。
春霞の中、樹々に清々しい新緑が芽吹きはじめる。その中で、
山椒の花が開花し、このごく短い期間に自宅で手摘みされた
花山椒は、収穫もわずかで貴重な季節の食材となり、
やがて来る色とりどりの食べ物への先駆けとなる。

ママがラジオから河口恭吾の桜を聞いている。
「僕がそばにいるよ 君を笑わせるから、、、、、
いつもそばにいるよ 君を笑わせるから やわらかな風に吹かれ
君と歩いていこう、、、、、君がいる いつもそばにいるよ」
そして、この歌のような清純な世界とは対極にある生存への
涙ぐましい世界もある。我が家の周りにも人や雌猫達が昼夜に
関係なく様々な時間や情景に合わすかのように出没し始める。
ここしばらく我が家の猫たちそして主人とママも結構忙しく
立ち回っている。雌猫達が数匹、我が家の雌猫を狙ってか、
入れ替わり立ち代り現われている。
要するに、繁殖の季節なのだ。
オス猫がメス猫を選ぶのは、その尻の匂いが俺の好みのか、
の一点である。
ノロが以前にチャトとライに教えていた。
「メス猫を選ぶんは、その顔でもスタイルでもないんや。
お前は人間のせいで興味がなくなったかもしれへんけど、
俺がメスを選ぶんは、お尻の匂いや。その猫がぶすでも
美人でも構わへんわ。あの匂いを嗅いだ時に身体全体が
震えるような衝動が走ったらそれが俺の女や。もっとも、
相手がどう思うか知らへんけどな」
チャトはそんなものかい、と納得した。
でも、自分も遠き昔にその様な甘い感情があった事を
一瞬思い出したが、直ぐに消えた。
「俺に言わせれば、人間の男だって同じ様なものや。
結婚する、しないなんぞ言い合っているが、結局は性交
したいのが本音だと思わへんか。そのあと、人間の言う
世間体が悪いと親に言われて仕方なく結婚と言う人生の
終着を迎えるんや」
ノロはしたり顔でチャトやライに言ったものであるが、
我が家のメスであるナナ、レト、ハナコはわれ関せずと
言わんばかりに尻を向けて寝ていた。
チャトは思う。
確かに我が家の息子たちや主人の話を聞いていると、
ノロの言う事も満更嘘ともいえない。それが尻の匂いを
嗅ぐ行為ではないかもしれないが、盛大な結婚式なるもの
をやって彼女を見せた後直ぐに別れたり、喧嘩の日々を
過ごす連中が多い事を考えると性交することが
最大の目的なのであろう。

ニヤオー、ニヤオオーと言う叫びがまた外から聞こえてきた。
主人がポーチに出て行き、「こらー」の一言で納まったものの、
それも一時間も経たずして、別な雄叫びが聞こえてきた。
主人がメス猫三人に外に出ると襲われるから注意するように
と言っている。しかし、彼らの狙いはハナコだけとお見受けする。
人間がそうであるように猫もわざわざ危険を犯してまで年寄り
との交わりを望んではいまい。
しかし、当のハナコはノンビリと前足で顔を何回となく拭いて、
やがて背を伸ばし、尻尾を一直線に天に向けてお目覚めの
ご様子である。ついでながら、レトは、庭の隅でなにやら
一人で飛び跳ねている。砂利で覆われた花壇の道には、
黄色と緑の小さな草花が一段とその色を濃くしており、
そこにいる虫にでもちょっかいを出しているのであろう。
二人はここにある春を楽しんでいる様にも見える。
隣りの家の桜がすでに蕾を見せているが、残り香を発していた
梅ノ木からは白い花びらがレトの上にも降りかかっている。
あの鍵型の尻尾にも白いものが二つ三つと張り付いている。

我が家のそう遠くない場所に、小枝が四方にその伸びた木
と銀杏が二本、ひっそりと立ている広場がある。
そこは春も終わりごろになると、数十センチほどの草花が生い茂る。
その草叢のなかに、茶色と白の何かが見えた。チャトがいた。
目の前の小枝に見入っていた。その小枝は細く、しなやかで
緑色をしている。そうした小枝は完全な円になるほど曲がるが、
折れはしない。れんぎょやライラックの茂みから伸びでる、
繊細で、誇らしげで、いかにも希望にあふれた生命が表すのは、
このころの風情だ。
春も進むと、そのしなやかさも春の初めのそれとは変わってくる。
こうした新緑のしなやかな小枝が与える痛みは、春の心地よさ
と合わせ、チャトには新鮮な痛みでもあった。
長い小枝にはいらいらすることがあったので、このころにここに
来るのがチャトのここ数年の習わしとなっている。
ある春の土曜日、チャトはこの広場の草の中に体をうずめて、
上をゆっくりと流れる雲を見ながら、蟻や桃の種子や、死のことや、
眼を閉じたらこの世界はどうなるんだろう、ということを考えていた。
チャトは長いこと、草の中に横たわっていたに違いない。
家を出るときには前にあった影が、帰るときには消えてしまって
いたからだ。

主人が1人部屋にいた。
通り過ぎる車の光が一条、彼の顔を光らせ消えた。その一瞬に
目に涙があることをチャトは見逃さなかった。
多分、人間の感傷というやつや。
「なぜ、あれが涙を流させるんや、わからへんわ」
「そうね、猫にはない感情だね。でも、少しはあんたもわかるやろ。
俺との付き合いも長いんだから」
「そういわれても、ちょっと難しいわ。なんかに打たれて痛いとき、
泣くんならわかるんやけど」と、
一瞬、先ほどのしなやかな小枝が思い起こされる。
多分、チャトの永遠の理解不能な世界なのだろう。
外が騒々しい、しばらくすれば、普段の小うるさい我が家
となるのだろう。

チャトはこの街から少し離れた大きな公園にいた。街下の
キジ虎に誘われその後について横を通り過ぎる車と言う
馬鹿でかい鉄の塊りを避けつつ、幾つかの路地を通り、
大きな病院の駐車場を横断し、森に囲まれた神社の
白い石畳を歩いて来た。この暖かさにつられてか、砂場や
池の周り、横を流れる川の畔に思い思いの思いの遊びで、
子供たちが公園を支配していた。
「なんで、こんな所に俺を連れてきたのや」
「特にあらへんけど、あんたとは久しぶりに歩きたかったんや、
人間が春だ春だと騒いでいるんなら、俺たち猫ももう少し
この季節を味わうんも、猫族の一つの使命やし」、
と訳の分からない事を言っている。
ようするに、キジ虎一人ではこの公園に来るのが恐いのでは、
チャトはキジ虎の様子を見ながら、そう思った。
公園を一直線に貫ている道路は桜の花道になっているが、
まだ桜は蕾の硬い表情を崩していない。
しかし、チャトの肉球は地面の暖かさを捉えており、目の前
には土筆やセリがその元気な姿を陽射し一杯に見せている。
頬をかすめる風にも春の匂いと温かさが乗っていた。
確かに春はここに来ていた。

大きな怒鳴り声が家中に響き渡る。
チャトや猫たちにとってどうでもいいのだが、どうも違うらしい。
お互いの意地、頑固さ、メンツなどと言う言葉で、よく他愛無い
口論が始まる。そんな時には、近づかないのが、長年の経験から
学んだ対処術である。
ある日、まだその様な状況を理解していなかったハナコが
その紛争地帯に足を入れてしまった。腹が減ったと主人に
スリスリしに行ったのだが、遠くソファーまで投げ飛ばされた。
人間は季節の動物でもある。寒い冬には静かな空気に
包まれているのだが、春になるとその空気に触発されてか、
結構我が家の内戦もその頻度が増えるようだ。
夏になるとその状態がまし、さらに危険レベルがアップする。
ママも主人もその暑さに合わすかのように口論の頻度と
闘いのレベルが多く、高くなる。
チャトはよく思ったものだ。
いつも冷静な我々猫族はやはり一歩進んでいるのだろう。

ナナは想いに耽っていた。
私も歳のせいやろか、自然の摂理と言うもんを感じざるを得ない。
この季節、雄どもは発情しメスを求めメスもまた雄を求める。
灰色と黒色の一色に覆われていた世界には、緑色が支配し
始めその緑色を彩るかのように黄色、赤色、白、更に紫が
現われ出てくる。モノクロの世界がカラーの世界に移り、
更には生命の持つエネルギーが世界に充満する。
下の街にいるこの土地の長老猫が以前言っていた。

猫族は文字を持たないから大昔からの事を口承、伝承で
語りつないで行くという。ナナもチャトもこの長老猫から
よく聞いたものだ
「もう考えるんも面倒くさいほどの昔は、この辺も湖と
比良山と周辺の森や林だけやった。見えるんは、お寺と
萱葺の家が数十軒肩を寄せ合うようにあるだけだったし、
俺たちも近くの漁港の余った魚をノンビリと食べて変わらぬ
日々を過ごしていたわ。周りの景色も白と灰色の世界から
この時分は畑の緑が少し色をつけ、やがて緑色一色になり、
一面が色とりどりのカラーの世界、動物と植物が支配し、
人間は片隅で動いていたんや。そんなんが同じ様に続いたんや。
白さ舞う冬からピンクや薄緑の草木の春となり、燃え立つ緑
と湖のコントラストの強い夏、最後には抜ける蒼さの下に
広がる赤や黄色の秋、それが限りなく続いていたわ」
四十年ほど前まではその様々に色を変え、姿を変える自然の
中を茶色に塗られた二両続きの木造列車が走り抜けていた、と言う。
今の様なコンクリートの上を走るようなそっけもない列車ではなく、
まるでどこでも乗り降り自由なそのごとごとした揺れと音の
列車は猫たちにとっても楽しい動くモノでもあった。
初めはそのような動くモノに警戒したものの、やがて猫たちに
とっても、それを見ることが一つの楽しみとなった。
菜の花が咲き乱れる中を、桜が舞い落ちる季節を、雪が吹き付ける
寒空の下をしっとりと降り注ぐ雨の中を、比良山と琵琶湖の
間を縫うように毎日欠かさず走るその姿に猫たちも
一種の感動を覚えた。
長老猫は目を細め古き良き日を味わうような目付きで
遠くを見ていた。
「それは今も続くけど、やがて丘に沿って人間の家が
上へ上へと伸びてえろうグロテスクな世界が支配し始めたんや、
田圃や畑も姿を変えていったわ。面白くないんやけど」
古きものは彼らの前からも消えていった。老いるナナ、
転生を意識し始めたチャト、いずれも時間の経過という
猫にはない考えに浸り始めていた。

チャトがそれを真近で見たのは、十数年前であった。
我が家に来て間もないころ、琵琶湖を渡る大きな橋の横
にその雄姿を見せていた。後から知ったのだが、
それの名は、「イーゴス」と言う。建設した地元の資産家が
琵琶湖の畔にこの東洋一の観覧車を造ることで、皆に「凄い」
と言わせるために名付けた、と言う話である。
晴れていれば、三十キロ以上はなれた浜大津からも
その雄姿は見えた。夏の青く塗りこめたような空に
溶け込むように、また冬の黒く重く垂れ下がる雲の中に
重々しく、春の湖面にその丸い姿をゆるりと映し、秋の
青白い天空に浮かぶ満月の光に映える鏡面の水面に静か
に佇んでいた。
初めて見たとき、それはゆっくりと円を描き、先端についた
ゴンドラをわずかに揺らすように白く光る蒼い空の中で
回転していた。
時には、数人の若い人が乗っていることもあった。
彼らの眼には、琵琶湖の広さがどのように見えたのであろうか、
地平線のかすかなそして曖昧な線の光景がこの地上
十数メートルの世界から、蟻の如き人の動き、水面を走る
ヨットの細い軌跡、連なって走るミニチュアのような車の群れ、
となって見えていたのか。やがてのその円の動きは止まり、
赤と白で塗られていた鉄柱は錆と色褪せた鉄の地肌の露出した
廃物と化していった。三十年前の輝きは失せ、死せる巨人
の如き姿態を見せていた。それもある日、終りを告げることとなる。
二十個ほど付いていたゴンドラが一つまた一つと消え始め、
円い鉄の腕も少しづつ形を失っていった。その速度は遅いものの、
癌に罹った人間が少しづつその生命を細くしていくのと
同じ様に、着実に消えていった。ある日、完全にイーゴスは消えた。
その強大な身体を支えていたであろうコンクリートの
塊りがわずかにその存在を示していた。

主人は、この変化を見ながら、人間も同じだな、とママと
語り合っていた。
三十年以上前、人々にその存在を強く意識させていた時代、
彼の絶頂期であった。歳月とは残酷なものであり、その衰え
がはじまり、錆と剥げ落ちた塗料の無残な姿になり、
地上から消えた。そして、その存在すら人々の記憶から
すり落ちていくだろう。この地にあったという多くの城と同様に、
今は侵略してきた森の強さの中に、わずかな石組みの形跡
のみが傷ましさととともにあるのみである。
流れゆく時間、自然の消し去る力と人間の作り出す力との
狭間の中で、幾層にもわたる歴史の痕跡は破壊され、
人々は眼前の見えるものにしか興味を見せない。全てがそうなんだ、
チャトは一人納得した。

«私と猫の歳時記 春分の頃

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