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2011年1月8日

2011.01.08

グローカルの時代へ!

グローバルの発想、視点で、ローカルでの活動を進める。グローカルという言葉が一時?
よく言われたように思う。
ソーシャルメディア、共有化資源、そして、その代表のようなFacebookの急激な拡大がある。
年末から年始に少しながら、今後の興味あるこれらの動きを本やインターネット情報で検証していた。
(と言うほどでもないが?)

国内での、Facebookの参加者が約200万人と、世界レベルでの5億人と比べるとかなり少ない
ことと相関性があるように、人、もの、金、情報のいずれもが、世界レベルでは、共有化という流れを
含んで進み始まっているが、日本では未だ、、、との感触を受けた。
車をシェアするZipcar、中古品を流通させるフリーサイクル、更に、個人間での金融を進めるProsper
等世界的なレベルでは、数千以上のサイトが存在するようである。

特に、使用頻度が低くて、維持コストが掛かるモノについては、積極的な活動がある。
有限の資源を上手く活用して、人間のあくなき欲望に応えるには、これも有効な解の1つかもしれない。
・プロダクトサービスシステム
その製品から受けたサービス分だけ対価を支払う。先ほどの車や自転車など多数存在する。
・再配分システム
中古品や私有物を必要とされない場所から必要とされる場所、人へ配りなおす。
子供服のThredUPなどこれも多数。
・コラボ的な支援サービス
同じような目的を持つ人たちが集まり、時間、空間、技術など目には見え難い資産を共有する。
日本でも、事務所の共有化、など少しながら、その動きは出てきている。

いずれも、その底流にあるのは、
需要と供給の過剰感であり、余剰キャパシティの存在である。
また、モノを持つ事が社会的なステータスな状況から、少し違うのでは?という消費者側の
意識変化、改革が大きいのではないだろうか。
そして、この意識と行動を強力に後押ししているのが、ソーシャルメディアに代表される圧倒的な
インターネットでの情報の拡大とスマートフォンに見られる個人レベルでの情報アクセスの
容易化ではないのだろうか。

個人的にこの流れにすごく期待するのは、正に、グローカルの対応である。
社会の変化、変革に、非常に有効な手段となるはずである。
昔から地域で言われてきた「結、講」などの地域コミュニティ、コミューンでは、絶えず顔を合わす
程度の世界が基本であり、まだ、多くの地域人は、この考え方から変わる事は無いであろう。
しかし、「携帯が自分の命」と言い切る若い世代では、既に、インターネットの世界も、リアルの
世界もその障壁はほとんどなくなっている。
インターネットが既にお互いを繋ぐインターフェースから渾然一体となった自身の世界となっている。
既に、その先見性のある人々は、比較的にまとまった地域で、ネットをコアとしたコミューンを
始めている。
国内でも、それが出来ない事は無いはずである。

ソーシャルメディア、共有化サービスでは、かなりの後進国である日本では、かなりの歳月が
必要かもしれない。しかし、衰退期の日本として、次への新しい流れとして期待できるのでは、
と思う新年であった。

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