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2012年10月27日

2012.10.27

過去、現在、未来

今回は、最近、特に、思っていることを少し書いてみる。
五木寛之氏の「下山の思想」、大分前に買ったが、時折、めくっている。

「、、登山が山頂を征服する、挑戦する行為だとする考え方は、すでに
変わりつつあるのではないか。そしていま、下山の方に登山よりもさらに
大きな関心が深まる時代に入ったように思われる。、、、、」
「、、安全に、しかも確実に下山する、というだけのことではない。下山
のなかに、登山の本質を見いだそうということだ。下山の途中で、登山者
は登山の努力と労苦を再評価するだろう。下界を眺める余裕も生まれて
くるだろう。自分の一生の来し方、行く末を思う余裕もでてくるだろう。、、」

多くの人が共感したと喧伝されているが、一般企業と周辺では、あまり、その
動きは感じられない。

「、、しかし、とそこでふと思う。私たちの再生の目標は、どこにあるのか。
なにをイメージして復興するのか。それは山頂ではない、という気がする。
ふたたび世界の経済大国という頂上をめざすのではなく、実り多い成熟した
下山をこそ思い描くべきではないのか。、、、、」
「、、、私たちは、新しい社会をめざさなければならない。経済指数とは
別の物差しをさがす必要があるだろう。、、、、」

多くの企業とやや古手の人の意識では、まだまだ、高度成長への仄かな期待
と技術国日本への期待は消えていない。
それに対して、ここでは、経済成長を測るモノやサービスの量を示す概念
では把握できない非経済的、非市場的価値の重視を説く。例えば、
・下山は「林住期」から「遊行期」への時期であり、そこに人生のつきせぬ
歓びと ひそかな希望を思う。
・日は堂々と西の空に沈んでいく。それは意識的に「下山」をめざす立場
 と似ている。
・節電の運動が普及して、街は暗い。しかし夜の濃さを再発見したような気
がして、節電の街があまり不安ではない。
・下山の過程は、どこか心に余裕が生まれる。遠くを見はるかすと海が
見えたり、町が見えたりする。
人生のつきせぬ歓び、ひそかな希望、堂々と西の空に沈んでいく日(太陽)、
暗い街で夜の濃さの再発見、心の余裕 ― などはいずれも経済成長とは無関係
であるが、精神的充実感を味わうのに大切な要素である。経済成長や日常の
惰性的な生き方からの脱皮をめざし、「自分らしく生きよう!」と言っている。

日立では、少子高齢化など複雑な課題に対し、社会システムのイノベーション
が求められている事を捉え、社会システムの要件を生活者視点で捉えなおし、
あるべき将来像の仮説”ビジョン”を描出することを目的とした「25の
きざし」をまとめた。自治体や協創パートナー、ならびにグループの求心力と
なる構想形成に貢献しようとするものとの事。
技術動向や客観的事実から直接導かれる予測としての将来像ではなく、将来に
向けて日立が取るべき選択肢を導くために、PESTの視点
(P:政治/E:経済/S:社会/T:技術)で文献、Webを中心としたリサーチを
行った上で、2005年から2030年までの要素を、時間軸とPEST軸に
またがって掛け合わせる考察をした。特に、24と25のきざしにも出て
くるが、総体的に感じるのは、「高齢者の絶対的な増加」と「ネットを中心
とする従来のつながり、コミュニケーションの大きな変化」である。

1)高齢者の絶対的な増加については、既に、2007年に21.5%となり、
超高齢社会となっているが、今年には、65歳以上の高齢者人口が3000万
人以上になるとの事。
このため、ジェロントロジー、老年学、と言うものの研究が高まってきた。
高齢化に伴う課題は多く、負の側面が強調され不安感をあおる傾向もあるが、
ジェロントロジーは、加齢変化を退行のプロセスとしてではなく生涯発達と
してとらえ、高齢化を前向きに受け入れることを基本とする。
諸能力を活用できる自由で健康な生活を送り、長寿を全うする人生設計を
確立し、若年層が多数を占めることを前提にしたかつての社会制度やインフラ
を超高齢社会に合わせて再構成していくことがジェロントロジーの課題になる。
個人の長寿化と社会の高齢化は、それに応じた新たな価値観の創造と社会
システムの構築を要求するが、これに貢献する学問がジェロントロジーである。
労働市場の流動化、地域社会での人材の活用など、従来のビジネスの人的
要素の大きな変化が出てくる可能性も高くなる。

2)つながりの強化拡大と社会基盤の変化が顕著となってくる。以前にも、
紹介した「一般意志2.0 東浩紀著」は、ルソー的一般意志(「一般意志
1.0」とされる)を、大衆の「集合的無意識」に見立て、それがインター
ネット以降のグーグルなどによる自生的にネットワークする情報技術によって
可視化される(データ化)にいたった、と考える。多くの人の行動や発言の
履歴が、ソーシャルなネットワークサービスなどのうえでデータとして集積
してくる。ひとつひとつは意識的であったネットワーク上の行動と発言は、
集積されたものとしてみれば、そこに大衆の欲望なり、あることへの集合的な
意識の傾向なりを露わにし得るし、そうした欲望や傾向は、個々のレベルでは
意識化されることがなかったという意味で無自覚的かつ無意識的な、大衆の
「一般意志」と見ることができる。しかも、それは現在進行中の記録として
実体化されている。これが、「一般意志2.0」だ。この「一般意志2.0」
が、これからの政治の制度設計にとって決定的な役割を果たし、民主主義と
呼んでいるシステムを再設計する。25のきざしの中にも、同様な動き
が社会変化へのベースとなっていると考えている様である。

いずれにしろ、多方面での情報や提言はあるものの、まだまだ、この
「高齢者の絶対的な増加」と「ネットを中心とする従来のつながり、
コミュニケーションの大きな変化」をキチンと個人ベースで意識し、
また、ビジネスとしても、意識している人はあまり多くない。
これを自身の「下山の思想」として、新しい物差しにしたい。

登山時代の幸福感から「下山時代の幸福感」、絆を大切にし、熟成した人
としての幸福感を求めたい。

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