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2014年9月19日

2014.09.19

人に伝える難しさへの理解

私も含めて相対的に日本人のプレゼは下手といわれる。
阿吽の呼吸、目は口ほどに、、、とか、日本人としての特性をさす言葉
は、結構多い。しかし、外国人との接触拡大やインターネットの深化
によって、自身の想い、考えなどを明確にする必要性に迫られる機会が
多くなっているのも事実である。
中小企業といえども、自社の明確な特質や事業スタンスを述べることも
同様に、多くなっている。無口な経営トップでは、事業そのものも危うい
こともあり得る。もっとも、多弁な経営者、営業責任者が顧客から信頼を
得られるか、は、少し違うかも知れない。

1.プレゼの基本
プレゼに必要とされるものは人柄、内容、伝え方と言われている。つまり、
誰が(人柄)、何を(内容)、どのように伝えるか(伝達技術)のこれら3つ
が合わさってこそすばらしいプレゼになる。
例えば、人の第一印象は最初の4分で決まるとアメリカの心理学者ズーニン
が言っている。コレは、経験的にも、納得されるのでは。
1)プレゼの表現手法 
基本として考えるべきは、全体要約、詳細説明、全体要約の流れあること。
①聴衆者に、これから何を話すかを要約して概要を話す。
②本論を実際に詳しく話す。
③最後に、もう一度何を話したかをまとめる。

更には、
要点、理由、具体例、要約が必要となる。
①最初に、自分の言いたい結論を述べる。
②次に、その理由を述べる。
③具体例、実例、事例を挙げ相手を納得への導く。
④最後に、もう一度自分の言いたいポイントを繰り返し締めくくる。

実際のプレゼを行う場合は、企画書やプレゼン資料を作って行うものであり、
資料をシナリオとして構成し、それに沿った形で進めていけば良いのだが
全体のストーリーを無視してしまうケースも見受けられる野で、注意が必要である。
聞き手は、あなたの作った資料をはじめて見るのであり、作り手は十分内容を
理解しているが、聞き手は0(ゼロ)からのスタートとなり、時間内に相手に
情報を正確に伝えられるよう分かりやすい説明方法が必要とされる。

心理学者アルバート・メラビアン教授は、コミュニケーションを構成する
3つの要素①言葉(なにを言うか)②話し方(声の調子、高低、音色等)③ボディー
ランゲージ(態度、姿勢、身ぶり、手ぶり、顔つき、外見、視線、服装など)の中で、
言葉以外つまり非言語コミュニケーションの果たす役割が全体92%であると
言っている。
つまり、聞き手を説得し、その人が提案に同意して実行してくれるようにするために
は、貴方自身もその提案内容を良く理解し自信を持っておくことが必要となる。
即ち、聞き手の望む最高の満足はどこにあるのか?あなたの提供する商品やサービス
はどのレベルにあるのか?他社や他の人の提案内容はどのレベルと考えられるのか?
等を考えておくことが肝要となる。

楽になるのか?
効率がアップするのか?
儲かるのか?
安心できるのか?
有利なスキルが身につくのか?
地球の問題を解決できるのか?
等など
このようなメリットを“明確”かつ“端的”に打ち出すことが不可欠となる。

2.パワーポイントによるプレゼの基本
行政関係のパワーポイントで良くあるのが、
・小さくて見えない文章
・やたらと箇条書き
・空いている場所に写真やイラスト
・イラッとくるアニメーション効果
パワーポイントは「プレゼ」だけに使われているのではない。
実際、パワーポイントがもっとも使われているシーンは、
スクリーンを用いたスライドプレゼンではなく、説明資料や営業資料として
つまり「紙」として使用する場面であり、企画書、提案書、商品案内、
調査資料などなど、パワーポイントを紙出力して相手と共有する。
「プレゼ」ではなく、「説明」にも使われるパワーポイント。
「スライド」ではなく、「紙資料」としても使われるパワーポイント。
これをキチンと理解して活用する必要がある。

1)配付資料をスクリーンに投影した説明会の場合
伝わる伝わらない以前に、スクリーンの文字が読めない。聞き手は見えない
スクリーンと説明者の話に意識を向けることなく、手元の配付資料をパラパラ
と好き勝手に眺めることになる。これでは、せっかく組み立てたストーリーも台無し。
このような「配付資料プレゼ」を成功させるには、どうすればよいか?
それは、「スライドの役割を変える」こと。
具体的には、「スライドを配付資料のナビゲーションとして使う」ことにする。

メインのツールは、手元に配られた配付資料。
スライドは、それをサポートする情報の提示に使用する。
勝手に配付資料をめくられないよう、説明をコントロールし、主導権を取るために
スライドを使う。
スライドの役割は、主に以下の4つ。
①参照すべき「位置」を示す
②強調したい部分を「拡大」する
③印象的なメッセージを「提示」する
④紙では観せられない「映像」を観せる

「配付資料をそのままスクリーンに映す」だけのプレゼは問題外だが、少し工夫を
すれば「伝わるプレゼ」に変わることになる。

2)印象に残るプレゼにするにはどうすればよいか?
スライドには「キーワード」か「ビジュアル」しか使わない。
たとえば、
スライド1:「55%」の文字
スライド2:「家」の写真
スライド3:「ゾウの群れ」の写真
スライド4:「三島と太宰」の文字
スライド5:「300年前」の文字
等など
スライドだけでは何のことかさっぱりわからないでしょう?
聞き手はプレゼンターの話を聴くしかない。
更に、スピーカーだけで行われる講演とは違い、スライドを使うことで
聞き手に強烈な「印象」を与えることができる。

プレゼンの具体的なつくりかたは、以下のとおり。
①スピーチ原稿をつくる→「口語」で書くことがポイント
②セクションごとのキーワードを決める
 →キーワードは、セクションの終わりあたりに登場する言葉を選ぶ
③キーワードを「文字」として使うか「ビジュアル」にするかを決める
 →「どちらが相手にとって印象的か?」を考える
④スライドをつくる
 →アニメーション効果は不要。画面切り替え効果は「フェード」程度。

注意すべきは、「キーワードが答えでない」こと。
まずは聞き手に「なんだろう?」と思わせ、そのキーワードに結びつく答えは、
口頭で述べるだけで焼き付くはず。

プレゼしてて大事なのは「記憶に残して相手を動かす事」。
コレには、プレゼの基本をキチンと考えると同時に、効果的な会場つくりも
必要となってくる。

機械との競争、から見えてくるもの

インターネットの拡大は、社会全体に、大きな変化をもたらしている。
この点については、10年ほど前から多くの知識人が、様々な論評をしているが、
その思想的な指摘は、多くの人にとって、余り興味はないであろう。

しかし、これが、失業とか含め、自身の生活に直接、関係しそうな場合は、
チョット違う対応になるのではないか?

今、MITのメンバーがまとめた、機械との競争を読んだ。
・テクノロジーが雇用と経済に与える影響
・創造的破壊、加速するテクノロジー、消えて行く仕事
・ディジタルフロンティア
などのテーマで、コンピューター、ネットワークの進化拡大による
雇用の変化について、様々なデータを使い、説明している。
アメリカのデータであり、ちょっと違うかもしれないが。
自身としても、キチンと考えておくべき時期かもしれない。
データとしても、
労働生産性の伸びがあるものの、世帯所得の中央値は、
1970年代からその伸びが鈍化しているデータもあり、また、
最近10年間労働年齢世帯収入では、2割以上減少している、とのこと。
更に、労働の対価だけではなく、求人数も減少している。
同じくここ10年間では、雇用創出がゼロである。

ただし、同時期の国民一人当たりのGDPは、堅調に増加している。
その富の増加分は、8割以上が、上位5パーセントの世帯に、
4割以上が、上位1パーセントに集中していることもはっきりしている。

コンピューター含め、テクノロジーの進化が、あまりにも速く、
社会全体が追いついていない現状は認識すべきことである。

結果的に、テクノロジーが雇用を破壊していることになる。
技術の進歩は、生産性を押し上げ、富の総量を増やしているとは言え、
その恩恵の分配には、負の影響を及ぼしていることを、これらの
データは、明確に示しているのだ。
そして、以下の3つの対立と勝ち組、負け組を創り出して来た。
日本でも、これほど顕著ではないかもしれないが、その傾向は、
徐々に、現れている様でもある。最近、話題のブラック企業や
若い人の収入傾向の減少など、意識しておくべき事象は、出て来ている。
すでに、昔よく言われた国民総中流の時代は、昔の話。

3つの対立
・スキルの高い労働者対低い労働者
スキル偏重型技術革新による賃金の大きな格差
・スーパースターと普通の人
最高品質の売り手は、市場シェアのほとんどを独占する。
・資本家と労働者
テクノロジーが、生産プロセスの人的労働の相対的な位置づけ
を押し下げるとなれば、生産されたモノから得られる収入は
生産財の所有者が多くを得る。

所得格差の拡大は、経済全体の規模にも、大きく影響する。
・貧困層の人々を公平な場で、競争出来なくなる。
・不平等は必然的に政治に影響する。
・テクノロジーによるグループ間の所得分配に急激な
変化が起こると、国全体の経済成長が損なわれる。

当然の考え方として、
以下の2点については、対応する必要でがある。
・組織革新の更なる革新
グローバル企業と呼ばれる企業は、既に、その推進はしているもの、
日本での革新進行は、それほど進んでいるとは思えない。
・人的資本への投資強化
企業は、その規模にかかわらず、人である。だが、それをキチンと認識
している企業経営者は、それほど、多くない。

例えば、個人的な課題として捉えれば、雇用喪失の大きな要因として、
労働者側のテクノロジーに対する陳腐化が大きいのでは?との
指摘があるが、これは、意識、習得行動など、全てに言える事でも、
あるに関わらず、真剣に取り組んでいる企業も多くはない。

個人的にも、今日の経済を動かしている重要な原動力の1つが、ディジタル技術
であることは、間違いのないことであるが、コンサルタントをして行く中でも、
多くの人には、まだ、その意識が少ないと言うことも事実であり、
結果的に自社存続の大きな要因になる事さえ、その認識は、不十分ではないのか。

楽浪(さざなみ)志賀への想い

風土と言うものを感じたのは、いつ頃からであったろうか?少なくとも、
バリバリの50歳前後ではあり得ない。
滋賀と言う自然中で、沁みる様に、心に紛れ込んで来たのでは?
そんな感じがする。
人間は、やはり、環境の動物なのだろう。

楽浪(さざなみ)の志賀と言う言葉を聞いたのは、
司馬遼太郎の「街道をゆくの第一巻」であった。
私自身も、此処に移り住んで、まだ、20年も過ぎていない。
しかし、琵琶湖の畔で、比良山の麓で、その自然と人との
温もりを感じてきた。

滋賀に住んで16年、自身の住んでいる周辺と歳によるものも加わり、
日本人としての知識不足を感じて来た。
昔読んだ、和辻哲郎の風土や古事巡礼。そして、その風土を何回か読み返し、
自身の日本人としての原点を少し感じるきっかけともなった。
大分前から、五木の百寺巡礼や白洲正子の隠れ里、近江山河抄、
11面観音他を読み漁った。他にも、日本文化の範疇にはいる様な本にも接した。
唐津一、ドナルドキーン、司馬遼太郎などなど、柳田邦男などもそれに近いかも。

正直な所、今だよく判らない。
確かに、日本文化をそのベースにおいた人が書いているのだから、無学な
私よりも、その本質には近い情報と知識はあるのだろう。
40年ほどを、ビジネスと言う、人間の持つ情感や個人と言う意識よりも
個体として、生活を過ごして来た人間にとって、そのギャップは極めて大きい
のかもしれない。一芸は一生のもの、であるか。

五木寛之にしろ、白洲正子にしろ、その想いは叙述としてしか、我々の前に
存在するのみであるから、深層のところでは違うかもしれない。
五木の語る、各地の神社仏閣の素晴らしさ、白洲正子の語る11面観音の
素晴らしさ、は、あくまでも、読むものにとってのガイドでしかない。
さらに、そこを訪れたしても、残っているのは、建物や仏像と言う形のみである。
それを形作った人の想い、人への共感は、判らないままである。
数百年前の話でもあるのだから。

和辻哲郎の古寺巡礼の一節にもある様に、「かく芸術は、衆生にそのより
高き自己を指示する力の故に、衆生救済の方便として用いられる可能性
を持っていた。仏教が芸術と結びついたのは、この可能性を実現した
のである。」
例えば、11面観音から受ける感じは、何か同じベースをもって伝わってくる、
私の受けた感じである。全く違うかもしれないが?
これらが、日本人としての共通感覚であり、風土と言う中で、長年
培われた日本人としての皮膚感覚なのであろう。
ただ、その基盤となる風土も、狭い意味でも、日本と言う広い意味でも、
時代の変遷と共に、その姿をかえつつある。変えているのは人間であるのだが、
欲望がそれを後押ししている。

風土に、人が帰属する。
そして、その発展系とし文化がある様な気がする。
その定義は、それをうじゃうじゃと述べたがる専門家に任すとして、
個人的には、風土ー文化を意識しながら、自身の関わりをきちんとさせて
行くのが、私自身にとっても、人生終着の仕事かもしれない。

司馬遼太郎、白洲正子も書いている様に湖西含めた近江は、琵琶湖や
比良山を中心とする自然と様々な風土的影響、文化遺産、が見え隠れ
している。
錯綜し、混迷を深める現代において、この地域に住めると言うことは、
幸せなことかもしれない。

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