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2014.09.19

楽浪(さざなみ)志賀への想い

風土と言うものを感じたのは、いつ頃からであったろうか?少なくとも、
バリバリの50歳前後ではあり得ない。
滋賀と言う自然中で、沁みる様に、心に紛れ込んで来たのでは?
そんな感じがする。
人間は、やはり、環境の動物なのだろう。

楽浪(さざなみ)の志賀と言う言葉を聞いたのは、
司馬遼太郎の「街道をゆくの第一巻」であった。
私自身も、此処に移り住んで、まだ、20年も過ぎていない。
しかし、琵琶湖の畔で、比良山の麓で、その自然と人との
温もりを感じてきた。

滋賀に住んで16年、自身の住んでいる周辺と歳によるものも加わり、
日本人としての知識不足を感じて来た。
昔読んだ、和辻哲郎の風土や古事巡礼。そして、その風土を何回か読み返し、
自身の日本人としての原点を少し感じるきっかけともなった。
大分前から、五木の百寺巡礼や白洲正子の隠れ里、近江山河抄、
11面観音他を読み漁った。他にも、日本文化の範疇にはいる様な本にも接した。
唐津一、ドナルドキーン、司馬遼太郎などなど、柳田邦男などもそれに近いかも。

正直な所、今だよく判らない。
確かに、日本文化をそのベースにおいた人が書いているのだから、無学な
私よりも、その本質には近い情報と知識はあるのだろう。
40年ほどを、ビジネスと言う、人間の持つ情感や個人と言う意識よりも
個体として、生活を過ごして来た人間にとって、そのギャップは極めて大きい
のかもしれない。一芸は一生のもの、であるか。

五木寛之にしろ、白洲正子にしろ、その想いは叙述としてしか、我々の前に
存在するのみであるから、深層のところでは違うかもしれない。
五木の語る、各地の神社仏閣の素晴らしさ、白洲正子の語る11面観音の
素晴らしさ、は、あくまでも、読むものにとってのガイドでしかない。
さらに、そこを訪れたしても、残っているのは、建物や仏像と言う形のみである。
それを形作った人の想い、人への共感は、判らないままである。
数百年前の話でもあるのだから。

和辻哲郎の古寺巡礼の一節にもある様に、「かく芸術は、衆生にそのより
高き自己を指示する力の故に、衆生救済の方便として用いられる可能性
を持っていた。仏教が芸術と結びついたのは、この可能性を実現した
のである。」
例えば、11面観音から受ける感じは、何か同じベースをもって伝わってくる、
私の受けた感じである。全く違うかもしれないが?
これらが、日本人としての共通感覚であり、風土と言う中で、長年
培われた日本人としての皮膚感覚なのであろう。
ただ、その基盤となる風土も、狭い意味でも、日本と言う広い意味でも、
時代の変遷と共に、その姿をかえつつある。変えているのは人間であるのだが、
欲望がそれを後押ししている。

風土に、人が帰属する。
そして、その発展系とし文化がある様な気がする。
その定義は、それをうじゃうじゃと述べたがる専門家に任すとして、
個人的には、風土ー文化を意識しながら、自身の関わりをきちんとさせて
行くのが、私自身にとっても、人生終着の仕事かもしれない。

司馬遼太郎、白洲正子も書いている様に湖西含めた近江は、琵琶湖や
比良山を中心とする自然と様々な風土的影響、文化遺産、が見え隠れ
している。
錯綜し、混迷を深める現代において、この地域に住めると言うことは、
幸せなことかもしれない。

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