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2014年10月10日

2014.10.10

楽浪(さざなみ)志賀、十一面観音像

ここでは、少し、志賀から離れるが、文化と風土の関係からは、
十一面観音について、簡単に書きたい。
湖北地域には、多くの11面観音像があるが、その中でも、
私が、十一面観音を知ったのは、いつごろであろうか。?
また、それに、興味を持ったのは、何時頃であったろう。

民衆の欲の具現化といえば、済んでしまうが、湖北の様に、
観音と地域住民が一体となっている文化?では、時の権力者、利用者、
などから適当に庇護されて来た観音とは、大きく違うのではないだろうか。

湖北の向源寺に属する観音堂(渡岸寺観音堂)に安置されている十一面
観音像は、地域の人々のこの像に対する想いの強さの現れである。

確かに、京都や奈良の有名寺院に安置されている十一面観音とは、
外見的な美しさとは、何か本質的に違う。
その精錬さにはない、ありのままの姿、実体から来る空気の様なもの。
元々が衆生の願いを様々な形で、叶え様としたのが、あのような
十一面にも及ぶ、憤怒、希望、などの表現像なのであろう。

個人的には、
かなり欲張りな像と思っている。
多分、
有名寺院のそれは、美術品?、安置している寺院には失礼だが。
地域に有る観音は、住民の希望の体現化されたものであろう。
見る人にとっての基本的な心構えが違う。
例えば.有名寺院の十一面は、その部位としての美しさが主となる
かもしれないが、この地域の十一面は、各人の欲望であり、
病気祈願の切実な願いかもしれない。

今度は、観音を拝観するよりも、衆生の方々のすがた、空気、出来れば、
その想いなどをじっくりと味わいたい。
十一面観音像の構成は、
・頂上仏面(如来相)
・正面3面菩薩
・右3面の瞋怒面(怒り)
・左3面の狗牙上出面
・後1面の笑怒面
とのこと。
そして、10種の勝利(現世の利益)、4種の果報(死後成仏)を実現されよう
としている。

和辻哲郎も、「古寺巡礼」で書いているが、
ーーーーー
観世音菩薩は、衆生をその困難から救う絶大な力と慈悲とを持っている。
彼に救われるには、ただ、彼を念ずればよい。彼は境に応じて、時には、仏身
を現じ、時には、梵天の身を現ずる。また、時には、人身も現じ、時には、
獣身をさえも現在ずる。そうして、衆生を度脱し、衆生に無畏を施す。
かくのごとき菩薩は、如何なる形貌を備えていなくてはならないか。
まず、第一にそれは、人間離れした超人的な威厳を持っていなければならない。
と同時に、もっとも人間らしい優しさや美しさを持っていなく絵ならぬ。
それは、根本においては、人ではない。しかし、人体を借りて現れることで、
人体を神的な清浄と美とに高めるのである。
ーーーーーー
別に、今後も、来世に期待はしないが、人の欲望は、尽きぬもののようで有る。
私の想いからすれば、単なる趣味的な、美術品的鑑賞は、意味がない。
そして、これらが、日本文化の今も残る具現化されたもので有ることにも
変わりもない。

三方よしとCSV

売り手よし、買い手よし、世間よし、言われる三方よしは、
混迷する現在の経営環境に対して、温故知新が如く、その本質が
評価される時代になりつつある。日本経営手法の原点でもある。
また、マイケル・ポーターの最近提唱するCSVの基本的経営
アプローチとの共通点も多い。
この両者を概括することにより、中小企業の経営への気付きを
得てもらいたい。

1)三方よしについて
①三方よしの家訓事例より、
・利真於勤
「利ハ勤ルニ於イテ真ナリ」これは、「三方よし」が近江商人の存在
理由であるとするなら、その任務は物資の流通にあると定めたもので、
利益はその任務に懸命に努力したことに対する、おこぼれに過ぎないという
理念を言い表したもの。
これは営利至上主義に陥ることを諫めたもので、経営の社会的責任と
いうものを強調している。
近江商人においては、特定の宗教というより、天下の需要と供給を調整
するのが商人として天職、商人に課せられた社会的責任であるとの考え方で、
これを完全に達成するために勤めるのであり、利益が目的で勤めるのではなく、
利益は商人が責任を果たしたことについて添えられる潤いというべきものとする、
近江商人独特の職業観、職業倫理であった。

・陰徳善事
これは人知れずよい行いを行うことであり、自己顕示や見返りを期待せず、
人のために尽くしなさいという意味。人間の能力には限界があり、自分の努力
だけではどうしようもないこともあり、そこから先は神仏などの「絶対者」
に帰依するよりほかはないという、近江商人の宗教観を表したもの。

②近江商人の手法から
・天秤棒 創業の原点
・行商 マーケティングの原点
・枝店 物流の拠点化
・乗り合い 資本概念化
・薄利多売 よい商品を安くの原点
・出精金 成果報酬の原点
・お助け普請 不況対策
・定宿帳 ネットワーク化
・進取気鋭 ベンチャー精神の原点
・本家勤め マネジメントスクール化
・諸国物産廻し 商社の原点
その取り扱い商品によって、高島、湖東、八幡、日野商人
に分かれていた。
物流、情報力などがまだまだ不十分な時代であり、お互いの
相互互助の形で、総合力を上げていたのであろう。

なお、ポーターのCSVの定義を見ると、既に、そのコンセプト
が確立されていることが分かるのでは。

「自社の事業の特性や社会との接点をよく考え、3つのコンセプト、
すなわち(1)市場における製品、(2)バリュー・チェーン、
(3)ビジネス環境、を見直すことで実現されうると考えます。」

③近江商人「商売の十訓」というのがある。
その中の1つに、
・商売は世の為、人の為の奉仕にして、利益はその当然の報酬なり。
・売る前のお世辞より売った後の奉仕、これこそ永遠の客をつくる。

少し、その実践者である初代伊藤忠兵衛と「三方よし」から見ると、
忠兵衛は、出身地である近江の商人の経営哲学「三方よし」の精神を
事業の基盤としていた。「三方よし」は、「売り手よし」
「買い手よし」に加えて、幕藩時代に、近江商人がその出先で地域の
経済に貢献し、「世間よし」として経済活動が許されたこと
に起こりがあり、「企業はマルチステークホルダーとの間でバランス
の取れたビジネスを行うべきである」とする現代CSRの源流ともいえるもの。
初代忠兵衛の座右の銘「商売は菩薩の業、商売道の尊さは、売り買い何れ
をも益し、世の不足をうずめ、御仏の心にかなうもの」にも、その
精神が現れている。

・創業時から受け継がれる経営理念の根幹
当時の大福帳
初代忠兵衛は明治5(1872)年に「店法」を定め、また、会議制度を採用。
店法とは現代でいえば経営理念と経営方針、人事制度、就業規則をあわせた
ような内規であり、伊藤忠商事の経営の理念的根幹となって行く。
会議では、忠兵衛自らが議長を務め、店員とのコミュニケーションを重視し、
また、利益三分主義の成文化、洋式簿記の採用など、当時としては画期的な
経営方式を次々取り入れるとともに、店主と従業員の相互信頼の基盤を
つくりあげ、その実践していった。
(利益三分主義とは、まだ封建色が濃い時代に、店の純利益を本家納め、
本店積立、店員配当の三つに分配するというもので、店員と利益を分かち合う、
当時としては大変先進的な考え方)
・社会の期待に応える
会社を取り巻く環境が時代とともに変化していく中で、変化を先取りし、
変化をチャンスと捉える社風を築いてきたからだと考えている。
時代とともに変化する社会の期待に応え、社会から必要とされ続けているから。
何の資源を持たなかった日本が、ここまでの発展を遂げることができたのは、
何よりも「ヒト」という資源の力にある。
このように、日本での人的資源のマネジメントのルーツといえるものは、
300年以上も前の時代に誕生した「近江商人」の経営手法の中にある。

2)CSV(Creating Shared Value)共通価値の創出
前記の「三方よし」の考え方と考え合わせれば、長くこの三方よし実践の
企業は、自信を持って、今後の経営が出来るのではないだろうか。

ポーターによれば、
世の中には環境問題や住宅問題、健康問題、飢餓、障害者雇用など
様々な社会問題があります。共通価値の創造(CSV)とはビジネスと
社会の関係の中で社会問題に取り組み、社会的価値と経済的価値の
両立による共通の価値を創造するという理論です。

自社の事業の特性や社会との接点をよく考え、3つのコンセプト、
すなわち(1)市場における製品、(2)バリュー・チェーン、
(3)ビジネス環境、を見直すことで実現されうると考えます。

社会問題とビジネスは分けて考えられるものではありません。
そして大きな社会問題には実は大きなビジネスチャンスがあり、
CSVの概念により企業は、よりユニークで他社にはない戦略を策定
することができます。市場の拡大においては多くのチャンスが潜
んでいて、例えば製品製造過程の改善のプロセスにおいても
社会問題にインパクトを与える要素は潜んでいるのです。

それは、ビジネスにおける企業の果たすべき役割や社会における
企業の役割は何なのかというのが、今現在この歴史の瞬間において
最も注目されているがゆえに高い反応があったのではないかと
思います。世界中の企業が社会における自分たちの見られ方を
気にするようになっています。
多くの企業が、もっと寄付して欲しいとか、もっといろんな社会貢献
活動をやって欲しいというプレッシャーを感じているのです。

そのため、企業は自社の活動の本質を考え、社会との接点を見つめなおし、
新たなモデルを構築することで、持続可能な社会問題解決に寄与する
新たなビジネスチャンスを広げることができるというCSVの理論を
受け入れています。先進国のみならず途上国においてもさらに高い
関心が寄せられていると考えます。

「共通価値の創造」は、コンプライアンス(法令遵守)やサステイナ
ビリティ(持続可能性)の追求のさらに上を目指す考え方です。
中長期的な視野を持って、社会的状況や経済状況を鑑みて、社会的意義
のある事業活動を行っていく事で、より企業経営を堅実に行っていく
ことを目指しています。
社会と株主双方に取って価値を創出していくことが求められています。
企業としては、優れた人材と資本の両方の資源を投入して、関係する
全てのステークホルダーとともに、事業活動として価値創造していく
ことが必要となっています。

更に、CSVに基づくアイデアが新たな市場を生む
「社会的課題の解決を事業化するには、これまでの枠にとらわれない
発想が必要となる。まずは企業を取り巻くさまざまな社会的課題
を拾い出し、自社の強みをどのように活かしていけるか検討すること
が重要である。
たとえば、食品会社が自社技術を応用し、海藻が付きやすく、環境
に配慮した護岸用コンクリートブロックの開発に成功した事例が
あるが、通常の発想でこのようなビジネスは生まれない。
CSVでは、いかに従来の枠から抜け出した視点を持てるかが
ポイントと言える。

葛飾北斎の凄さ!

北斎の浮世絵にであったのは、かなりの昔であった。
長野の小諸までも見に行った。
暫くは、展示会があれば、行くことが多かった。

最近、葛飾北斎をもっと知る事が、浮世絵の世界の見直しと思うと
同時に、90歳程まで、徹底した自身の作品追求の姿は、
自身に対して大甘な自分にとっても、大いに学ぶべき事が多い。
・その信条と気概
己六歳より、、、、、八十六歳にしては、益々進み、九十歳にして
その奥義を極め、百歳にしてまさに神妙ならぬ人なり。
この絵に対する執念、追求心、そしてその傲慢さは、素晴らしい。
例えば、
人物を描くには、骨格を知らねば真実とはなり得ない、と言うことで、
接骨家名倉弥次郎に入門した。

絵画には、ヨーロッパを中心に、色々な流派の、色々な
題材のモノが多数ある。
昔、元西洋近代美術館館長の高階さんから光の三原則を
基本とする印象派の話を聴き、西洋絵画の奥深さを知った。

浮世絵は、私にとって、
それとは、一線を画するものだ。
もとは、今の人気雑誌の類であったのだろう??
人気役者、江戸の風物詩などを大衆?に広く見せるためであったのだから、
その実力は察しがつく。

しかし、北斎、歌麿、チョット違和感のある写楽などの作品を見ていると、
日本土壌でしか育たない細やかさとイマージュを高める世界観があると思った。
有名な富嶽三十六景や潮干狩図の作品に多様されている遠近感を存分に使った
シンプルな構成と見る人にイマージュを沸かすテーマの設定は、他の絵画の比
ではない。
また、基本は、版画を何枚も重ね絵とした多層、多色のもであり、厳密には、
その出来は、一枚、一枚違うのである。
この多様的な出来が、個人的には好きである。
今流では、大量生産の江戸時版だろうが、実は、個別生産型なのである。

浮世絵に惹かれるのは、昔、まだ、モノクロ全盛時に、自身で出向いて撮った
写真の現像から作品作りまで、やっていたことが大きな影響を持っていると思う。
浮世絵を見ていると、流石と思うものの多くは、そのフレーム切り出しの上手さ。
シンプルな中にも、情景、例えば、滝の音、雨脚の速さ、小舟の動きなどが
見る人各様に迫って来る様ではないか……

そして、好きなのが、肉筆画の凄さである。「潮干狩図」に見られる透視画法、
等の和漢洋の表現方法や技法の混然一体の作品や晩年の「肉筆画帖」にある様な
その精密な描き方は、北斎にして、画狂老人と言わしめた執念の凄さにある。
この点、浮世絵とは違いがあるが、伊藤若冲の超リアリティは、同次元で、
驚嘆に値する。リアリティを徹底追求するためなのか??その表現技術は、
誰も真似の出来ない領域かもしれない。
西洋や中国などの他国にはない、美意識、文化的土壌である。

写真は、光の加減を撮影対象と自身のイマージュに、如何に合わすのか、
に自身の才能を発揮し、
現像液の持つ粒子を自身の想いに合わして、作り上げていく事が、基本となる。

そこに、表現方法の多様性が出て来る。
土門拳さんや木村伊兵衛さんの作品を見ているとそれを強く感じる。
写実性と言う点では、少し違うのでは?との意見もあろうが、
肉筆画などを見ていると、同根にある様な気もする。
チョット、素人的発想かも。

浮世絵には、全面的とは言えないが、それがあり、出来るのである。
おなじ、原画であっても、年代を経て復刻された作品が、以前の
ものと違うなー、と感じた方もおられるはず。
浮世絵理解のベースには、日本人としての、共通項がある。
これを日本文化、その美意識の発露と捉えてもよいはず。

・個人的に興味ある作品
以下の作品は、錦絵として、描かれているが、「対象物が持つ
本質をあらゆる角度から捉えようとしている」視点の違いが
広重の東海道53次と本質的に違うのでは、と思う。

1)富嶽三十六景
富士山を主題、46図。凱風快晴(通称赤富士)、神奈川沖波裏 など。
収集家にとっては、その構図、色使いなど素晴らしいのであろうが、
江戸時代の庶民の生活風景、江戸の賑わいなど、チョット違う
視点で見ていると結構面白い。

2)千絵の海
各地の漁撈を画題とした錦絵。変幻自在する水の表情と漁業に
たずさわる人が織り成す景趣が描かれている。全12図。
既に、無くなった漁労の風景が生き生きと描かれており、古き
日本の風物詩が語れている。

3)諸国滝まわり
落下する水の表情を趣旨として全国の有名な滝を描いた。全8図。
相州大山ろうべんの滝(神奈川県伊勢原市大山の滝)
東海道坂の下清流くわんおん(三重県亀山市関町坂下)
美濃国養老の滝(岐阜県養老郡養老町)
木曽路の奥阿弥陀の滝(岐阜県郡上市白鳥町、日本の滝百選。白山の参拝)
木曽海道小野の瀑布(長野県木曽郡上松町、現存)
和州吉野義経馬洗い滝(奈良県吉野郡あたり、滝はなし)
下野黒髪山きりふりの滝(日光市、現在は日光3名滝)
東郡葵ケ岡の滝(東京、赤坂溜池)

4)諸国名橋奇覧
全国の珍しい橋を画題とした11図。
摂州安治川の天保山(大阪、天保山)
足利行道山くものかけ橋(足利の行道山)
すほうの国きんたい橋(山口県の錦帯橋)
越前ふくいの橋(九十九橋、福井市)
摂州天満橋(大阪天満橋)
飛越の堺つりはし(飛騨と越中の国境)
かうつけ佐野ふなはし古図(群馬県佐野市)
東海道岡崎矢はぎのはし(三河の岡崎)
かめいど天神たいこばし(亀戸)
山浅あらし山吐月橋(京都嵐山渡月橋)

ともかく、北斎の凄さは、その対象ジャンルの広さと作品の多さにある。
読本挿絵、摺者、肉筆画、黄表紙挿絵、錦絵など、当時の絵に関する
ほとんどのジャンルを手がけ、しかも、そのレベルはとても高い。
北斎は、単なる風景画作家ではない。
個人的にも、更に深く知りたい人間である。

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