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2014年10月31日

2014.10.31

旅への誘い

「旅」、日常から非日常への転換、内面の顕現化、日頃の自分では、
無意識に過ごす瞬間を意識化し、あらためて自分を見直す。
これを体系的、定量化した手法がポジティブ心理学の1つでもある。
政治、経済、社会、技術の圧倒的な進化、深化が各人を包み込み、
不安と恐怖の昨今である。そして、それを誰も制御できない。
このような時代に、「旅」は、個人、団体、社会にも大きな影響を
与え、各人の行動の再考、更に各地での観光ビジネスの活性化など、
社会へ好循環のエネルギーを与える。
まずは、行動やその想いの強さから、松尾芭蕉、柳田國男を少し
深堀し、自分の想いへの参考としたい。

1)松尾芭蕉の場合、
松尾芭蕉は、旅の人である。
一鉢一杖、一所不在、正に世捨て人のなりわいの如くであったとのこと。
松尾芭蕉が、このような長旅と困難なことを実行したのか?
彼にとって、旅とはその人生にどんな意味を持つのか?
これを理解し、自分の血と肉とすべきは、己の使命でもあり、避けて
通れない課題でもある。

「おくのほそ道」に、
「月日は百代の過客にして、行きかう年もまた旅人也。
船の上に生涯を浮かべ、馬の口とらえて老いを迎ゆる
者は、日々旅して、旅を棲とす。古人も多く旅に死せるあり。
予も、いずれの年よりか、片雲の風に誘われて、漂白の思い
やまず、海浜をさすらいて、、、、」。
この旅に出る根本動機について書き出している。
松尾芭蕉の旅の哲学がそこにある。

旅の中に、生涯を送り、旅に死ぬことは、宇宙の根本原理に
基づく最も純粋な生き方であり、最も純粋なことばである詩は、
最も、純粋な生き方の中から生まれる。多くの風雅な先人たち
は、いずれその生を旅の途中に終えている。
旅は、また、松尾芭蕉にとって、自身の哲学の実践と同時に、
のれがたい宿命でもあった。
「旅」の理念、日本の伝統的詩精神を極めて、「旅」こそ詩人の
在り方と心に誓い、一鉢一杖、一所不在、尊敬する西行の
庵生活すら一所定住ではないかと思いつめのも彼である。
よれよれの紙衣を見て、「侘つくしたる侘人、われさえ哀れに
覚えける」と言っている。
松尾芭蕉としての気概がここにある。

2)柳田國男の場合、
柳田國男は、東北を中心に、その地域の生活風情を描いている。
柳田にとって旅とは、一体何であったのだろう。
柳田は「旅は本を読むのと同じである」(以下は、「青年と学問」
からの引用がベース)といっている。

さらに、「雪国の春」の序文は、十分に理解しておくべきことである。
「初めて文字と言うものの存在を知った人々が、新たなる符号を
通して、異国の民の心の隅々まで覗うは容易な技ではない。ことに
島に住む者の想像には限りがあった。本来の生活ぶりにも少なからぬ
差別があった。それにも関わらずわずかなる往来の末に、たちまちにして
彼らが美しいといい、あわれと思うすべてを会得したのみか、
さらに、同じ技巧を借りて自身のうちにあるものを、いろどり形づくり
説き現すことを得たのは、当代においても、なお異教と称すべき慧眼
である。かねて風土の住民の上に働いていた作用のたまたま双方に
共通なるものが多かった結果、いわば、未見の友の如くにやすやす
と来たり近づくことが出来たと見るほか、通例の文化模倣の法則
ばかりでは、実はその理由を説明することが難しいのである。」

旅はその土地のことばや考え、心持ちなどを知ることであり、文字
以外の記録から過去を知ることであるともいっている。
「青年と学問」におさめられた講演のなかで柳田は、人の文章(文字)
や語り(無文字)から真に必要なものを読み取る能力を鍛えろと、
青年たちに訴えている。人の一生はしれている。
その限りある時間を有益に使えといっている。
柳田は見ること、聞くこと、読むことを同一線上でとらえている。
作家にとっては、その五感を鋭敏にすることは、大事であるが、
柳田の場合は、それらを媒介しているのはことばであり、ことば
を媒介としてあらゆる事象を読み取ろうとする。
それは、本を読むように風景を見、人と語る。

「タビ」という日本語はあるいはタマワルと語源が一つで、人の給与
をあてにしてある点が、物貰いなどと一つであったのではないかと思われる。
漂白と定住、逃散と定着、村を追い出される者、出ていく者、あるいは
諸国を歩く遊行僧、旅芸人、木地師など、移動を余儀なくされる者の
心持が、すなわち「タビ」であったと思われる。
多くの人にとって、「タビ」は、すなわち生きることと直結していたの
である。見ず知らずの者に屋根を与え、火を囲み、事情や他国
の話を聞くなかで、「タビ」が新たな関係を生んでいく。
特に、東北の生活の厳しさは、これらを熟成していく土壌がある。

人生は旅だといい、死に装束も旅姿である。「タビ」は、わたしたち
のこころのなかを貫いているのである。
柳田は「日本人の結合力というものは、孤立の淋しさからきている」
として、この人の情(友だち)や、結びつき(群れ)の研究の必要性
を説いていた(「柳田國男対談集」より)。
「北国紀行」に集録されている「旅行の話」のなかでも、柳田は旅の心構え
や聞き取りの仕方について細かく触れている。

松尾芭蕉は、「旅の中に、生涯を送り、旅に死ぬことは、宇宙の根本原理に
基づく最も純粋な生き方」と喝破している。その意味では、松尾も柳田も、
基本は同じである。

3)私にとっての「旅」とは、
まずは、ほぼ同じ歳の退職老人が、1000kmを歩き通す、
ハロルド・フライの思いもよらない巡礼の旅、と言う小説がある。

昔お世話になった女性が、ガンになった、と言う手紙が届いたところから
それは、始まる。登場人物は、ハロルドとその妻、そして自殺した息子の
影、ガンの女性、隣人の老人であるが、イギリスの初夏の風景と途中で
行合う人々の交流が、きめ細やかに書かれている。歩くと言う行為の中に、
自身と人間の真の姿を見出し、息子への負い目、ガンになった女性への
償い、妻との心の大きな溝を自然が癒して行く。子供時代のその不遇な
環境と生い立ちから、目立たない人生を生きてきた人間が、ガンで生死
の境にある女性に、昔の償いを果たさねばならない、と言う強い気持ち
が、途中の挫折したいと言う気持ちをも乗り越えさせ、肉体的にも、
絶体絶命の状況を乗り越えさせた、それは、なんなのだろうか。
心情的には、凄く納得観のある作品である。
自分にも、「旅」に、求めるべき、そして、残った人生への回答が
あるのでは、ないかという大いなる期待が出てきた。
その一文より、
「人生という名のジグソーパズルのピースは最終的に全て捨て去られる
運命にあるのか?そんなものは結局無に帰してしまったというのか?
ハロルドは今わが身の無力さを思い知らされ、その重さに耐えかねて
気持ちが沈むのを感じていた。手紙を出すだけでは、足りない。
今の状態を変える方法がきっとあるはずだ。
そして、徐々に高まる心の変化、その昂揚感。
小さな雲の塊があたりにいくつもの影を落としながら走りすぎて行く。
彼方の丘陵地にさす光はすすけている。夕闇のせいではなく、前方に
横たわる広い空間のせいだ。ハロルドは頭の中で、イングランドの
最北端でまどろむクィーニーと南端の電話ボックスにいる自分、
そして、その中間にあるはずの、彼の知らない、だから想像する
しかないたくさんのものを思い描いた。道路、畑、川、荒野、そして、
大勢の人間。そのすべてに出会い、通り過ぎるだろう。ジックリと考えている
必要など毛頭ない。理屈をつける必要もない。その決断は、思いつく
と同時にやって来た。その明快さにハロルドは、声をあげて笑った。」

ここ1年ほど、心にわだかまっていた影が、明確な形で姿を現した。
今までの60年以上の生きて来た中での、自身の想いと行動を
赤裸々に、自身に映し出すことにより、虚像と実像は、明確に
分離され、新たなる実像への、何もない自分を知った。
多くの人がそうである様に、過去に自身を埋め、僅か数年先
にも、何も期待しない自分がある。縮退する心は止めどなく、
縮退するのだ。
そして、気が付いた、俺はこのまま老醜となり、朽ちたくない。
残された時間は、大分少なくなったが、現在までの自分から
決別し、新しい自分探し、残された時間と新しい心で、最後の
ステージに乗るべきではないのか。

松尾芭蕉、柳田國男、を見習うことは出来ない。
しかし、「旅」が単なる物見遊山の行動ではなく、自身の
強い想いの結果であることでは、松尾、柳田に引けはとらない。

葛飾北斎はやはり素晴らしい!!

作品の味わい方は当然として、北斎の人となりについても、
まだまだ、知らないことが多い。
ここでは、永田正慈氏の「葛飾北斎」を中心に、少し整理していく。

しかし、葛飾北斎の凄さは、
「七十三歳にしてやや禽獣虫魚の骨格草木の出生を悟し得たり故に
八十六歳にしては益々進み九十歳にしてなおその奥意を極め
百歳にして正に神妙ならんか百有十歳にしては一点一格にして
生きるがごとくならん願わくは長寿の君子予が言の妄ならざる
を見たまうべし」と喝破する絵画への圧倒的な執着であろう。
65歳以上を高齢者と呼び、ある意味、社会から廃絶しようと
する現状で、個人的にも、学ぶべき点は多い。

1)好きな作品について
多くの人は、葛飾北斎を「富嶽三十六景」を描いた風景版画の浮世絵師
程度にしか認識していないようである。しかし、「富嶽三十六景」等の
結構知られている錦絵が描かれたのは、晩年の4年間に集中している。
むしろ、作品としての面白さを味わうのであれば、更に、視野を広げた
鑑賞が必要である。
しかしながら、「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏(かながわおきなみうら)
は、嵐の中遠景に見える富士山は、どっしりとした不動の富士であり、
波が押し寄せてくる瞬間をとらえた、鷹の爪のような波頭の迫力は
この作品の魅力でもある。
しかも良く見ると、荒れ狂う海の中、おしおくり船を必死に漕ぐ人々がおり、
拭き下げぼかしなど、版木ではなく摺師が水分の調整でぼかす、高度な
技術が必要な部分でもある。
現在の横浜本牧沖から富士を眺めた図。

更には、全国の有名な滝を描いた作品が好きである。独特の形態をした滝の
美しさは比類がない。更に、今後実施したい自己回帰の旅のこともあり、
興味のある作品である。
「諸国滝廻り」は、全8図からなり、江戸近郊にとどまらず日光、木曽の奥
や東海道筋筋の鈴鹿峠、吉野など諸国の名瀑を題材にしたものであり、山岳
信仰や阿弥陀や観音が祀られている滝など、信仰の対象となっている滝
が選ばれている。ただ、その土地を描いたというよりは、むしろ滝を通して
水の表現に挑んだ作品と言える。普通ではとらえがたい水という対象物を
自由自在に描き分ける北斎独自のデザイン力が素晴らしい。
これらの水表現は、北斎がそれ以前に手がけた「北斎漫画」や「新形小紋帳」
といったデザインの見本帳にその端緒を見ることができ、何年もかけて水と
いう対象物を研究してきた北斎の集大成の一つが「諸国滝廻り」であり、
個人的にも、「諸国瀧廻 り」の中の日光の「上野黒髪山きりふりの瀧」は、
この滝の特徴を良く捉えており、数百年前の同じ景観を味わうと言う点でも
興味がある。また、美濃国養老の滝(岐阜県養老郡養老町)は、貧しい
ながらも親孝行な樵(きこり)がこの水を年老いた父親に飲ませたところ
お酒に変わったと言う孝行息子の伝説を秘めた滝としても有名であり、現在
では、日本の滝百選や名水百選にも選ばれる名所でもある。
この作品は、空を濃紺にし、画面中央に正面切って直下落去する滝を見事
に描いており、「森羅万象尽くして描かざるはなき」と言われた北斎の水
表現は、流石です。

潮干狩図は、肉筆画でも、最高と思われる。
本図の女性は、文化年間後期以降の北斎美人画にしだいに顕著となる退廃的な
雰囲気、ちりちりとした独特の線質、やや歪んだ体躯の造形といった特徴が
まだ明らかではなく、健康な上品さを保っている。
三人のうちには眉をそり落とした年輩の女、桜の模様の小袖を着た年長の娘、
黒地の振り袖を着た若い娘と、衣装風俗に巧みに年齢差が表現されており、
裕な町方の母親と子どもたちが三月三日の潮干狩に興じる様子を表した
ものの様である。
女たちを含めた右側の人物群が一様に砂の上の貝に注意を向け、左側の
少年たちは砂を掘る手元に関心を集中することにより画面に緊張感が
もたらされている。
肉筆画が版画とは異なり、個人による注文制作であった可能性がある。
更に、本図のもうひとつの特徴は、当時司馬江漢等によって喧伝された
新しい洋風画の技法を学んだ広大な風景表現である。
濃い青色の空、山々からわき上がるような白いちぎれ雲、青色と灰色
で表される遠山といった遠景の描写にはとくに洋風画の技法の影響が
強くみられる。本図は、北斎の美人画、風俗表現および風景表現の特質
が融合した希有な作例である。

「北斎花鳥画集」は、その構図や表現方法で、ただ、花と鳥を描写する
だけでなく、自然の中での風・空気・時間までを表現しようとしている。
静止した瞬間をとらえた図と風で動いている一瞬を描写した図の二種類
があり、その計算され尽くされた構図は、北斎ならではの世界であり、
描線の一本一本にも細かな精神が行き届いている。11図あるようで
あるが、その構図を他の、例えば、富嶽三十六景など、絵と比べると
似たような手法も多く、中々に、楽しい。

千絵の千絵の海について
葛飾北斎の場合は、広重の目指した名所絵を描くこととは、基本的なスタンスが
が違う。富嶽三十六景でも、この千絵の海でも、対象物を気象、季節、
その視点などの様々な条件下で、捉え、その都度、異なる情景を描き出そう
としている。
千絵の海は、全10図あるが、変幻する水とともに漁にいそしむ人々の姿が
いきいきと描かれている。 特に私の好きなのは、「総州銚子
(そうしゅうちょうし)」で、岩場に打ち上げられ、砕け散る波しぶきが
大変ダイナミックに描かれているのが良い。
激しくぶつかって砕ける波の表現。細かい飛沫、波の勢いに負けないよう、
船上の人々は力一杯櫂をこいでいる。押し送り船と呼ばれる漕帆両用の小型船。
漁獲された鮮魚を江戸へ高速で輸送するために用いられたとのこと。
難易度の高いぼかしは摺師の腕の見せどころ。このぼかしによって、
水の深さや広さが見事に表現されている。

その略歴と作品概観
1)勝川春章への入門
多くの人は、その名前を知らない人であるが、しかし、浮世絵の世界では、
欠くことの出来ない名手である。
ただ、錦絵が完成されてから活躍した6人の浮世絵師には、入っていない。
鈴木春信、鳥居清長、喜多川歌麿、東洲斎写楽、葛飾北斎、歌川広重の6人。

まずは、勝川春朗(しゅんろう)として、デビューした。
作品的には、あまり個性的な特徴がない、といわれている。
また、密かに狩野派の画法を学んでいると師匠に疑われ、破門される。

2)宗理の時代
勝川派から独立し、狂歌の世界と深く結びつきながら、宗理様式と呼ばれる
独自の画風を挿絵、肉筆画などに残した。
ただ、全体としては、狂歌絵本の挿絵や摺物が重点となって行く。

ここで、作品概要について、少しまとめる。

①読本挿絵  物語について挿絵の効果は大きく、その数量も多い。
「新編水滸伝」「増補浮世絵類考」「七福神図」などがある。
この読本挿絵は、「増補浮世絵類考」に代表されるが北斎の業績
としては、大きい。「椿説弓張月」は、滝沢馬琴との連携で29冊を
書き上げた。
②摺物、狂歌絵本の挿絵  狂歌との連動
「七里ヶ浜図」「画本東都遊」「美やこ登里」「潮来絶句集」などがある。
狂歌絵本としては、「画本狂歌 山満多山」があるが、
「絵本隅田川両岸一覧」は、全図が鮮やかな彩色摺で、宗理様式の風俗
描写が見事な作品である。

摺物では、「休茶屋」「春興五十三駄之内」「狂歌師像集(美人画集
のようなもの)」 
宗理美人と呼ばれる清楚な雰囲気の美人が特徴。
③肉筆画 
宗理時代には、②と③が多くなっているが、画狂人という号を
使い始めた頃から三美人図などの肉筆画が多くなってきた。
「見立三番 風俗三美人図」「魚貝図」など
④黄表紙挿絵
草草紙の1つであり、流行した通俗的な絵入り読み物の総称。
「金々先生栄花夢」などの洒落本を中心に展開していく。
⑤錦絵   非常に少ない

なお、北斎は、妙見菩薩という北極星を神格化した熱心な信仰者
であり、その作画活動のエネルギーであった。 
また、「画狂人」という号を使い始める。  

北斎は、その揃物でも、東海道揃物を7種類ほど出しており、
東海道に対しては、多作であった。

注目される摺物錦絵がある。
洋風表現を取り入れた風景画。
「江ノ島図」「「賀奈川沖本杢(ほんもく)之図」がある。
これらには、板ぼかしと呼ばれるぼかし手法が多用され、大胆な
表現となっている。これは、後の「富嶽三十六景」へとつながる。

3)文化中期の時代
肉筆画が多くなる。
「二美人図」は宗理様式の美人図として、随一の傑作と言われている。
「獅子図」は、墨絵で、一気に描かれた。
肉筆画の代表作品としては、「潮干狩図」で、唯一の重要文化財に
指定されている。これは、潮の引いた砂浜で、大人や子供がいる光景
を違和感のない透視図法で、伊豆の山並や富士山を遠望している。
ほかにも、多様な手法が使われており、近景は、宗元画の漢画描法、
遠景は、油彩画手法で描かれている。

また、この頃、絵手本「北斎漫画」の初版を出す。
絵手本とは、画様式や技法をマスターするための指針であり、
多くは、特定の絵師や弟子のためにだけで肉筆で描いた。
しかし、北斎の場合は、門人や地方の支援者の習作のために、
また、葛飾派の画風を普及させるために、作成した。
北斎漫画は、10編に追加の5編がある。
なお、略画式の「紅毛雑話」では、鳥、動植物、虫、魚など
掲載もしている。

錦絵では、「東海道名所一覧「木曾名所一覧」「江戸一覧」
などを俯瞰図の形で、宿場の町並み、細かな人物までを
描いている。

4)錦絵の時代
1830年からの4年間がこの時代と考えられている。
「画狂老人」の号をこの前後から使っている。
しかし、「富嶽三十六景」等の風景版画や多くの錦絵がこの時代に
描かれている。
主な錦絵の分類
・風景画(富嶽三十六景)
・名所絵(江戸八景)
・俯瞰図(百橋一覧図)
・古典画(詩歌 写真鏡)
・花鳥図(百合、芙蓉に雀)
・武者絵
・化け物絵
・雑画
・玩具絵など
特に、「富嶽三十六景」は、広重の東海道に比して、大きく違うのは、
富士と言う対象物を気象、季節、視点など様々な条件下で、捕らえ、
その都度、異なる山容の表情に最大の興味を持っていることにある。
これは、同時期に描かれた、
①千絵の海
各地の漁撈を画題とした錦絵。変幻自在する水の表情と漁業に
たずさわる人が織り成す景趣が描かれている。全12図。
既に、無くなった漁労の風景が生き生きと描かれており、古き
日本の風物詩が語れている。
②諸国滝まわり
落下する水の表情を趣旨として全国の有名な滝を描いた。全8図。
相州大山ろうべんの滝(神奈川県伊勢原市大山の滝)
東海道坂の下清流くわんおん(三重県亀山市関町坂下)
美濃国養老の滝(岐阜県養老郡養老町)
木曽路の奥阿弥陀の滝(岐阜県郡上市白鳥町、日本の滝百選。白山の参拝)
木曽海道小野の瀑布(長野県木曽郡上松町、現存)
和州吉野義経馬洗い滝(奈良県吉野郡あたり、滝はなし)
下野黒髪山きりふりの滝(日光市、現在は日光3名滝)
東郡葵ケ岡の滝(東京、赤坂溜池)
③諸国名橋奇覧
全国の珍しい橋を画題とした11図。
摂州安治川の天保山(大阪、天保山)
足利行道山くものかけ橋(足利の行道山)
すほうの国きんたい橋(山口県の錦帯橋)
越前ふくいの橋(九十九橋、福井市)
摂州天満橋(大阪天満橋)
飛越の堺つりはし(飛騨と越中の国境)
かうつけ佐野ふなはし古図(群馬県佐野市)
東海道岡崎矢はぎのはし(三河の岡崎)
かめいど天神たいこばし(亀戸)
山浅あらし山吐月橋(京都嵐山渡月橋)

等にもいえる。

5)晩年
北斎の作画に対する気概。
「己6歳より物の形を」写す癖ありて半百のころよりしばしば
画図を顕すといへども七十年前描く所は実に取り足るものなしに
七十三歳にしてやや禽獣虫魚の骨格草木の出生を悟し得たり故に
八十六歳にしては益々進み九十歳にしてなおその奥意を極め
百歳にして正に神妙ならんか百有十歳にしては一点一格にして
生きるがごとくならん願わくは長寿の君子予が言の妄ならざる
を見たまうべし

八〇歳を超えてからは、動植物や宗教色の強い内容、古事古典などを
描くようになった。
肉筆画の手本となるような「肉筆画帖」を製作している。
また、絵手本では、「画本彩色通」によって、今までに修得した作画
への知識の全てを開陳しようとした。
動植物や文様、西洋と尾東洋の明暗法等の描写法、泥絵、硝子絵、
油彩画の絵の具の調合法など当時としては、秘密にすべき内容を
解説まで加えている。
最後の大作「須佐之男命厄神退治之図」「弘法大師修法図」の
2つを描いている。

辞世の句
「飛(ひ)と魂(たま)でゆくきさんじゃ夏の原」

自分は、幸福ですか?チョット定量的に見る方法

幸福度にしろ、感謝度にしろ、普段、それを考えることは少ない。
しかし、この不安定な世の中で、自身の状況を知っておくことも
ビジネスマンとしては、重要である。
セリグマンが、ポジティブ真理をベースに、以下の様なワークを考えている。
出来れば、以下の4つの設問から、少し自身の状況を知って欲しい
ものである。

1.自身の楽観度
楽観と希望は、仕事の業績を上げ、健康の増進に必要である。
自身の楽観度を見てみる。
以下の設問に回答する。

1)あなたと配偶者は、喧嘩したあとで、仲直りした。
・私の方が折れたからだ。0
・私はいつも寛大である。1
2)夕食会を主催して成功した。
・あの晩、私は、特にうまくホストを務められた。0
・私はホスト役が上手い。1
3)株で大儲けした。
・私の仲買人が新しい株に賭けようと思ったからだ。0
・私の仲買人の腕がよいからだ。1
4)スポーツ大会で優勝した。
・負ける気がしなかった。0
・一生懸命練習したからだ。1
5)就職の面接で素晴らしい成果を上げた。
・面接の時、自信に満ちていたからだ。0
・私はいつも面接をうまくこなす。1
6)配偶者がロマンチックな週末旅行に連れて行ってくれた。
・彼らは、何日間か日常生活から離れたかったからだ。0
・彼らは、新しい場所を散歩するのが好きだ。1
7)重要なプロジェクトを統率するよう要請された。
・私は、同様のプロジェクトをやり遂げたばかりだ。0
・私は、優れた監督者である。1
8)配偶者の誕生日を忘れた。
・私は、誕生日を覚えるのが、苦手だ。1
・他のことに気を取られっていたからだ。0
9)図書館の返却が遅れたので、遅延金を1000円払わねばならない。
・本に夢中になると返却期間を忘れることがよくある。1
・レポートを書くのに夢中で、本を返すのを忘れてしまった。0
10)確定申告書を期限内に提出しなかったため罰金を課せられた。
・私は、いつでも、申告を後回しにしてしまう。1
・今年は申告を怠けていた。0
11)友達から傷つけられる様なことを言われた。
・友達は、いつも思いやりがなく、つい口をすべらせる。1
・友達は、機嫌が悪く、その矛先が私に向けられるのだ。0
12)スキーでひどく転倒した。
・スキーは難しい。1
・ゲレンデが凍っていたからだ。0
13)休暇中に体重が増えて、元に戻らなかった。
・ダイエットは、結局効果がない。1
・私がやったダイエットには、、効果がなかった。0
14)密かにあなたに憧れている人から花をもらった。
・私は、相手にとって魅力的な人物だ。0
・私は、誰にでも、好かれる。1
15)地域の公職に立候補して当選した。
・選挙運動に全力投球したからだ。0
・私は、何事にも、全力投球する。1
16)ボスから与えられた時間は短かったが、なんとかプロジェクトをやり遂げた。
・私は、仕事がよく出来る。0
・私は、有能な人間だ。1
17)窒息しかかった人を助けた。
・私には、窒息しかかっている人を助ける技術がある。0
・私は、危機的状況にどう対処したらよいのかを知っている。1
18)雇用主から助言を求められた。
・聞かれたことが私の専門分野だったからだ。0
・私がよい助言をするからだ。1
19)苦しい時に助けてあげたことを友人から感謝された。
・私は、困っている友人を助けるのが好きだ。0
・私は、いつも人助けをする。1
20)医者に健康状態が良好だと言われた。
・頻繁に運動するよう努力しているからだ。0
・健康に非常に気をつけているからだ。1
21)会社の権威ある賞を受けた。
・私が重大な問題を解決したからだ。0
・私が優秀な社員だからだ。1
22)大切な約束を忘れてしまった。
・時々物忘れをすることがある。1
・時々、予定表をチェックし忘れる。0
23)大事な試験に不合格だった。
・他の受験ほど頭が良くなかったからだ。1
・あまり準備をしていなかったからだ。0
24)ご馳走を用意したのに、友だちはほとんど手をつけなかった。
・私は、料理が下手くそだからだ。1
・急いで支度をしたからだ。0
25)長いこと練習して来たスポーツ競技に負けた。
・私は、運動能力が劣っている。1
・私は、あの競技が苦手だ。0
26)
ある人にデートを申し込んだら断られた。
・あの日は、ついてなかった。1
・デートに誘った時、うまく話せなかったからだ。0
27)恋愛関係にある相手から暫く、冷却期間を置こうと言われた。
・私が自己中心的すぎたからだ。1
・相手と過ごす時間を十分に割かなかったからだ。0
28)保有株がずっと低迷している。
・購入当時、私はその会社の事業環境をよく知らなかった。1
・株式の選び方を失敗した。0
29)買い物をした店で、クレジットカードが使えなかった。
・口座にもっと残高があったと勘違いすることがあるからだ。1
・クレジットカードの請求の支払いを忘れることがあるからだ。0
30)友達に腹を立ててしまった。
・彼らがいつも私をしつこく苦しめるからだ。1
・彼らは、機嫌が悪かったのだろう。0
31)パーティーで頻繁にダンスに誘われた。
・パーティーでは、いつも社交的だ。1
・私は、あの晩、絶好調であった。0

このテストには、永続性と普遍性を判断する。
1)から13)、30)、31)が永続性を確認。
簡単に諦めてしまう人は、自分に起きた災いが永続的と考える。
簡単に諦めない人は、一時的なものと考える。

テストの評価について
・永続的に悪い出来事pb
8)から13)、30)の合計点数が0か1であれば、非常に楽観的である。
合計点数が2か3であれば、やや楽観的。4ならば、普通。5、6であれば、
やや悲観的。7、8であれば、非常に悲観的。
・永続的に良い出来事pg
1)から7)、31)の合計点数が7か8であれば、非常に楽観的である。
合計点数が6ならやや楽観的。4、5であれば、普通。3ならやや悲観的。
0、1、2なら非常に悲観的。
・普遍的に悪い出来事gb
22)から29)の合計点数が0か1であれば、非常に楽観的である。
合計点数が2か3であれば、やや楽観的。4ならば、普通。5、6であれば
やや悲観的。7、8であれば、非常に悲観的。
・普遍的に良い出来事gg
14)から21)の合計点数が7か8であれば、非常に楽観的である。
合計点数が6ならやや楽観的。5、4であれば、普通。3ならやや悲観的。
1、0なら非常に悲観的である。

以上の結果からあなたの希望具合が分かる。
・悪い希望 gb+pb
・良い希望 gg+pg
希望度は、良い希望から悪い希望を引いた値で判断出来る。
点数が、10から16であれば、非常に希望的。
6から9であれば、やや希望的。1から5であれば、普通。
マイナス5から0なら、やや絶望的。マイナス5以下であれば、
非常に絶望的。

重要なのは、楽観度を高めて、希望を持てる自身を作りだすことである。
重要なのは、自分自身に反論することである。その反論をきちんと
記録しておく事。
自身の思い込みの証拠を見出し、別の選択を選び、発想の転換をし、
検証する。

2.日常の幸福度
まずは、以下の4つの設問に答えてみる。
1)一般的に、あなた自身の幸福度は、どのレベルになりますか?
1から7までのレベルから1つだけ。1は、それほど幸せではない。7は、
とても幸せだ。
2)友人や同僚と比較したときのあなた自身の幸せ度は?
1から7までのレベルから1つだけ。1は、彼らよりも幸せではない。7は、
彼らより幸せだ。
3)通常は、とても幸せだという人がいる。こう言った人達は、
現在の暮らしぶりとは関係なく、生活を楽しみ、何事であれ、
可能な限りのものを手に入れている。
1から7までのレベルから1つだけ。1は、まったく該当しない。7は、
カナリ該当する。
4)通常は、あまり幸せではないと言う人たちがいる。こう言った人たちは、
落ち込んでいないのだが、幸せであるはずなのに幸せそうには、見えない。
1から7までのレベルから1つだけ。1は、かなり該当する。7は、まったく該当する。

ポジティブでは、多くの事例から、幸福の公式と言うものを出している。

永続する幸福のレベル=人はあらかじめ設定された幸福の範囲を持っている
+生活環境から得られる幸せ+自分に定められた最高の幸せの状態を
持続させるために役立つ自発的コントロール

特に、自発的コントロールを進めるいは、
・過去が未来を決定してしまうと言う固定観念をすてること。
・絶えず感謝をする。

3.自身の感謝度
あなたの感謝の程度は
まずは、あなたの感謝の程度を以下の設問を通じて、確認しよう。
設問
1)自分の人生を振り返ってみると、感謝すべき事がたくさんある。
2)感謝しているすべての事柄を書き出すと非常に長いリストになる。
3)世界中を眺めて見たところで、感謝すべき事はたいしてない。
4)様々なタイプの人に感謝している。
5)年を取るい従い、自分の今までの人生に登場した様々な人々や
出来事、状況に深く感謝出来る様になった。
6)何かに、誰かに、感謝出来るようになるには、非常に時間がかかる
はずだ。

同意尺度
・強く同意する。 7点
・同意する。 6点
・やや同意する。 5点
・同意でも不同意でもない。 4点
・あまり同意出来ない。 3点
・同意出来ない。 2点
・まったく同意出来ない。 1点

採点について
・設問1、2、4、5の得点を合計する。
・設問3、6の得点を逆にする。6点ならば2点、4点ならば4点。
・上記2つの得点を合計する。
得点分布は、6点から42点となる。

得点を評価する。
42点 非常に感謝している。
39から41点 やや感謝している。
36点から38点 あまり感謝していない。
6点から35点 まったく感謝していない。

感謝具合が少なかった人の対処方法の1つは、
満足度テストと日常の幸せ度をもう一度やってみる。
その後、毎晩過去の24時間を振り返り、感謝する事柄を5つ書き出す。
たとえば、
素晴らしい友人、気持良い朝の目覚め、妻との楽しい会話 など

2週間後に、満足度テストと日常の幸せ度をもう一度やってみる。
効果があるようであれば、これを習慣化する。

4.自身の満足度
人生の満足度として、
ポジティブな感情には、
・未来に対するもの 楽観、希望、信念、信頼
・現在に対するもの 喜び、絶頂感、落ち着き、熱意、歓喜、快楽、完全な充足
・過去に対するもの 充足感、安堵感、達成感、誇り、平穏
この3つの状況における幸せの感情を正しく理解する事が重要である。
以下の設問について、7つの同意尺度から自分にもっとも当てはまるものを選ぶ。
設問
・私の人生はだいたい理想に近い
・私の人生の状態は上々である。
・自分の人生に完全に満足している。
・これまでのところ、人生に望む大切なものを手に入れた。
・人生をやり直せるとしても、全く同じ事をするだろう。
同意尺度
・強く同意する 7点
・同意する 6点
・やや同意する 5点
・同意でも不同意でもない 4点
・あまり同意出来ない 3点
・同意出来ない 2点
・まったく同意出来ない 1点

合計点の評価
・非常に満足している。 30から35点
・大変満足している。 25から29点
・やや満足している。 20から24点
・やや不満 15から19点
・不満足 10から14点
・たいへん不満足 5から9点

私の場合は、29点であった。
セリグマンによると、非常に満足している人は、
それほど多くないとの事。

時間を見て、是非、試して下さい。

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