« 2014年11月5日 | トップページ | 2014年11月14日 »

2014年11月7日

2014.11.07

旅するもの、松尾芭蕉

松尾芭蕉は、旅の人である。
東北を中心に、関西までその足を進めている。
しかも、一鉢一杖、一所不在、正に世捨て人のなりわいの
如くであったとのこと。
松尾芭蕉が、このような長旅と困難なことを実行したのか?
彼にとって、旅とはその人生にどんな意味を持つのか?
私自身の旅への強い想いもあり、「おくのほそ道」「野ざらし紀行」
等からその一端を掴みたい。

1)「おくのほそ道」より
まずは、
「月日は百代の過客にして、行きかう年もまた旅人也。
船の上に生涯を浮かべ、馬の口とらえて老いを迎ゆる
者は、日々旅して、旅を棲とす。古人も多く旅に死せるあり。
予も、いずれの年よりか、片雲の風に誘われて、漂白の思い
やまず、海浜をさすらいて、、、、」。

この旅に出る根本動悸について書き出している。

松尾芭蕉の旅の哲学がそこにある。
旅の中に、生涯を送り、旅に死ぬことは、宇宙の根本原理に
基づく最も純粋な生き方であり、最も純粋なことばである詩は、
最も、純粋な生き方の中から生まれる。多くの風雅な先人たち
は、いずれその生を旅の途中に終えている。
旅は、また、松尾芭蕉にとって、自身の哲学の実践と同時に、
のれがたい宿命でもあった。
「予も、いずれの年よりか、片雲の風に誘われて、漂白の思い
やまず、海浜をさすらいて、、、、」とあるが、旅にとり付かれた
己の人生に対する自嘲の念でもある。


また、唐津順三も、「日本の心」での指摘では、
「竿の小文(おいのこぶみ)」「幻住庵記」にある「この一筋」、
様々な人生経路や彷徨の後、「終に無能無才にしてこの一筋に
つながる」として選び取った俳諧の画風に己が生きる道を
見出しながらも、その己における在り方には、まだ不安定ものがあった。
「野ざらし」以後の「旅」の理念、日本の伝統的詩精神を
極めて、「旅」こそ詩人の在り方と心に誓い、一鉢一杖、一所不在、
尊敬する西行の庵生活すらなお束の間の一所定住ではないかと
思いつめた旅人芭蕉にも、ふいと心をかすめる片雲があった,
はずである。
野ざらしを心にして旅に出て以来、殊に大垣を経て名古屋に入るとき、
己が破れ笠、よれよれの紙衣を見て、「侘つくしたる侘人、われさえ
哀れに覚えける」と言って、「狂句木枯らしの身は竹斎に似たるかな」
の字余りの句を得て以来、芭蕉は、つねにおのが「狂気の世界」を
見出したという自信を持った。

松尾芭蕉としての気概がここにある。

2)「野ざらし紀行」より、
貞享元年(1684)8月、松尾芭蕉は初めての旅に出る。
「野ざらしを心に風のしむ身かな」
と詠んで、西行を胸に秘め、東海道の西の歌枕をたずねた。
「野ざらしを」の句は最初の芭蕉秀句であろう。
「野ざらし」とは骸骨である。骸(むくろ)である。
「しむ身」は季語「身にしむ」を入れ替えて動かしたもので、
それを「心に風のしむ身かな」と詠んで、心敬の「冷え寂び」
に一歩近づく風情とした。
「野ざらしを心に」「心に風の」「風のしむ身かな」という
ふうに、句意と言葉と律動がぴったりとつながっている。
この発句で、松尾芭蕉は自分がはっきりと位をとったことが見えたに
ちがいない。
「野ざらし紀行」は9カ月にわたった。伊勢参宮ののちいったん伊賀
上野に寄って、それから大和・当麻寺・吉野をまわり、さらに京都・
近江路から美濃大垣・桑名・熱田と来て、また伊賀上野で越年し、
そこから奈良・大津・木曽路をへて江戸に戻っている。
この旅で松尾芭蕉はついに「風雅の技法」を身につけた。
まるで魔法のように身につけた。
例えば、
道のべの木槿(むくげ)は馬にくはれけり
秋風や薮も畠も不破の関
明ぼのやしら魚しろきこと一寸
春なれや名もなき山の薄霞
水とりや氷の僧の沓(くつ)の音
山路来てなにやらゆかしすみれ草
辛崎の松は花より朧にて
海くれて鴨のこゑほのかに白し

とくに「道のべの木槿は馬にくはれけり」「明ぼのやしら
魚しろきこと一寸」
「辛崎の松は花より朧にて」「海くれて鴨のこゑほのかに白し」
の句は、これまでの芭蕉秀句選抜では、つねに上位にあげられる名作だ。
そういう句が9カ月の旅のなかで、一気に噴き出たのである。
しかし、ここで注目しなければならないのは、これらの句は、
それぞれ存分な推敲の果てに得た句であったという。
例えば、劇的な例もある。有名な「山路来てなにやらゆかしすみれ草」。
これを初案・後案・成案の順に見ていくと、
(初)何とはなしに なにやら床し すみれ草
(後)何となく 何やら床し すみれ草
(成)山路来てなにやらゆかしすみれ草<

このあとの「笈の小文」の旅が約半年、更科紀行が足掛け3カ月、
奥の細道が半年を超えた。芭蕉はそのたびに充実していった。
いや、頂点にのぼりつめていく。
これは高悟帰俗というものだ。「高く悟りて俗に帰るべし」。
それから半年もたたぬうちに、芭蕉は奥の細道の旅に出る。これはそうとうの
速断である。速いだけでなく、何かを十全に覚悟もしている。

フラット化する世界より、思う

最近は、マーケティング3.0とかグローバリゼーション3.0とか、色々と
言われているが、要は、経済、政治、技術、社会がインターネットの広範な
進化に伴い、旧来の世界とは、全く違う姿を見せ始めていることである。
これをトーマス・フリードマンは「フラットな世界」として、まとめている。

グローバリゼーションが広まり、世界がフラット化しつつある要素には、次の
10項目があると言っている。

①ベルリンの壁の崩壊とウィンドウズ‥‥‥1989年11月9日にベルリンの
壁は崩壊し、ソ連圏が解体した。それが引き起こした「自由化」の波がいかに世界の印
象を変えたかはいまさら説明するまでもない。
 そこに1990年のウィンドウズ3・0が重なった。アップル・IBM・ウィンドウ
ズ革命がおこった。「これで文字・音楽・数字データ・地図・写真・音声・映像が
すべてデジタル表示できるようになった。そのうち誰もがたいした費用をかけずに
デジタル・コンテンツを作り出すことになる。

②インターネットの普及と接続の自由‥‥‥90年代の半ばになると、ティム・
バーナーズ・リーが開発したWWWが登場し、ジム・クラークとマーク・アンドリーセ
ンのモザイク・ウェブブラウザーが市販され、ほどなくしてHTML(ハイパーテキス
トの記述言語)が使われるようになった。世界は本気でフラット化に向かった。

③ワークフロー・ソフトウェアと共同作業の実現‥‥‥まず単純メール転送
プロトコルSMTPが種類の違うコンピュータをつなげると、誰でも電子メールの
やりとりができるようになった。線路はTCP/IP(送信制御プロトコル/
インターネット・プロトコル)が、言語はHTML、XMLというデータ記述
言語とそれに付随するSOAPという通信プロトコルが加わって、どんなパソコン
もたいていの情報を共同使用できるようになった。
ここに「標準化」(スタンダード)という共有を求める価値観が生まれた。

④アップローディングとコミュニティ現出‥‥‥アップローディングのしくみは、
コミュニティを創りだし、「リナックス」「ブログ」「ウィキペディア」
「ポッドキャスティング」「ユーチューブ」などが輩出した。

⑤アウトソーシングによる技術転移‥‥‥インドの技術者たちは、GEの
部品のアウトソーシングを担当し、テキサス・インスツルメンタルのマイクロ
チップを担当し、次にアップル社のさまざまなソフトにかかわるようになり、
ついにはアメリカのIT技術の多くのアウトソーシング・センターの中核者と
なっていった。こうしてフラット化された世界の技術はアウトソーシングの先に
新たな技術と市場をつくっていく。

⑥オフショアリングがおこった‥‥‥グローバリゼーションは、それがケータイ
であれ電気自動車工場であれ、どこかにオフショア(海外上陸)しさえすれば、
どこかへのオンショア(国内逆上陸)をおこす。たしかにその相互浸透性こそ
2000年からの世界変化だった。

⑦サプライチェーンが一変する‥‥‥ウォルマートは、フラットな世界ではサプ
ライチェーンが競争力と利益の根幹になっていくことを劇的に示した企業となった。ウ
ォルマートは製品を一つも作らずに、サプライチェーンだけをビジネスにした。在庫を
情報レポジトリーに変え、流通を情報ネットワークにした。

⑧インソーシングで世界が同期化する‥‥‥1996年、運送会社のUPSが「
シンクロナイズド・コマーシャル・ソリューションズ」という事業に乗り出したとき、
渋滞しがちで合理性を欠いていた各社の流通が、UPSのインソーシングによって問題
を解消できることになった。社内で管理していたロジティックスが社外のロジティック
・システムに委ねられるようになったのである。これまた世界のフラット化
がおこっていなければできないことだった。

⑨グーグルによるインフォーミング‥‥‥グーグルが世界の知識を平等化した。
そこにはグーゴル(10の100乗)な数の人間がかかわれるようになった。
グーグルは、アップローディング、アウトソーシング、インソーシング、
サプライチェーン、オフショアリングのすべての個人化を可能にした。
これによって、「自分で自分に情報を教える」というインフォーミング
が可能になった。これにより、世界はますますフラット化する。

⑩情報のステロイドホルモン化‥‥‥「デジタル」と「ワイヤレス」と「モバイ
ル」と「ヴァーチャル」と「パーソナル」が掛け算されると、強力な情報のステロイド
ホルモン化がおこる。ナップスターやiPodがその先兵の役目をはたした。

更に、これらの要素を最適な形で有効に活用するには、以下の3つの集束
が必要となる。
1)グローバルなプラットホームが形成され、共同作業が可能となる。
これらを上手くこなす仕組み、
フラットな世界への接続可能なインフラ、
プラットホームを活用できる教育体制、
プラットホームの利点欠点を活かせる統治体制、
を構築できた国が先進的な活動と富、権力を得ることが
出来る。
2)水平化を推進する力
水平な共同作業や価値創出のプロセスに慣れている多様な人材が必要である。
3)新たなるメンバーの参加
中国やロシアなど政治、経済などの壁により、参加できなかった30億人
以上のメンバーの参加が可能となった。

面白いのは、これらが実行されることにより、世界レベルでの変革となるが、
その基本は、「共産党宣言」に指摘されてぃることである。
「昔ながらの古めかしい固定観念や意見を拠り所にしている一定不変の凍り
ついた関係は一掃され、新たに形作られる物もすべて固まる前に時代遅れになる。
固体は溶けて消滅し、神聖は汚され、人間はついに、人生や他者との関係の実相
を、理性的な五感で受け止めざるを得なくなる。、、、、、そうした産業を駆逐
した新しい産業の導入が、全ての文明国の死活を左右する。、、、、、、、
どの国もブルジョアの生産方式に合わさざるを得ない。一言で言うなら、
ブルジョアは、世界を自分の姿そのままに作り変える。」

フラット化要件での集束が推進されるには、
すべてが「指揮・統制」(コマンド&コントロール)から「接続・共同」
(コネクト&コラボレート)に切り替わることが重要となる。
このため、個人のアイディンティの整理なほど、個人の持つ力が
重要となる。
旧来のようなラインでの単調な仕事をこなしたり、トップダウンからの
指示を的確に実行するだけの旧来型のミドルクラスは、機械や低賃金の
労働者などに取って代わられ、以下の様な新しいミドルクラスが必要となる。
①共同作業のまとめ役
②様々な技術の合成役
③複雑なものを分かりやすくする説明役
など

特に、注意すべきは、教育と競争への考慮である。
①世間が「学ぶ方法を学ぶという能力」について、もっと注目しなければならない。
②ナビゲーションのスキルを教える方法について、もっと深く考える必要がある。
③フラット化する世界では、IQではなくて好奇心(CQ)と熱意(PQ)が要求され
る。
④バリューチェーンとサプライチェーンにおける有能な合成役(シンセサイザー)が登
場すべきである。
⑤これらを総じて、離れた点と離れた面を結びつける能力を教える学校が必要である。

最後に、注意すべきは、
①フラット化がいくら進んでも政府の役割は残っていること
②各国の事情によってグローバリゼーションの独自の活かし方があること
(メキシコ、アイルランド、中国の例があがっている)、
③企業がフラット化によって変えるべきなのは「自分たちよりも顧客のほう
が知恵がある」と思うべきだということ
④文化問題はグローカリゼーション(グローバル=ローカル)
でもあること
⑤だから最も発揮されるべきイマジネーションだろうということ

トーマス・フリードマンは、まとめとして、
第1には早くグローバル・プラットホームを形成すること、第2にはこれらに見合う
バリューチェーンが発見されること、第3にはそのグローバル・プラットホーム上のバ
リゼーチェーンをリアル≒ヴァーチャルで活性化していける人材チェーンができること
、第4にそれらすべてが「指揮・統制」(コマンド&コントロール)から「接続・共同
」(コネクト&コラボレート)に切り替わること、そして第5にこれらのあいだで何が
「方法」として理解されるのかを知るようにすること。

« 2014年11月5日 | トップページ | 2014年11月14日 »

最近のトラックバック

2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
無料ブログはココログ