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2014年12月5日

2014.12.05

手作りへの思いとモノづくり日本

最近、手作り品、手仕事の品への評価が高まっている。
そこには、機械的に作られ安さのみを追求した合理性の完成品への
反発と人間性欠如への抵抗がある。また、それらを望む成熟社会で
生きてきた余力と目利きのよさを背景とする顧客層の拡大が
大きい。京都では、伝統工芸品として、何百件の認定品がある。
また、それらを活かしきる技術が継承してきたことも大きい。最近、
デザイナーと上手く組み、イタリアを中心とするヨーロッパに日本の
伝統工芸品として、認知度を更にアップさせ、ビジネスとしても、成功
している職人が増えつつある。この人たちは、職人と言うよりも、工芸
作家と呼ぶべきかもしれない。

最近、お話を聞いた「桶」製品も自然との調和を基本とする日本人特有の
繊細さと素材を徹底的に活かしきる技の集大成から新局面を迎えつつある。
全体の持つフォルムや美しい杉の香り出し、1点の隙もないその滑らかな
側板のつながりなど、その基本的な技を「桶」と言う常識の中で具現化
するだけでなく、テーブルや街灯、花瓶へと進化させている。
私たちには、素材の放つ高野槇、木曾サワラ、木曾檜、吉野杉の匂いを感じ、
滑らかな手触り、そのフォルムの美しさを見て、手作りの凄さを
身をもって知っている。それは、多くの工芸品と呼ばれるものにある
自然との調和を原点とした日本人の持つ共通した特性であり、まだ我々の
中に、存在している事をあらためて認識する。
多分、手作りとしての繊細さと素材を活かしきることへの情熱が、
「ものづくり日本」の原点ではないのだろうか。確かに明治以降、西洋
の技術と考え方を基本として、工業国への邁進を進めてきたとは言え、
精神的な基盤としての日本人の特性は、脈々と受け継がれてきた。
それが、今の日本を支えていると思う。
これを理解するため、工芸品、民芸品に強い想いを持っていた柳宗悦
について考えて見たい。

伝統工芸品と民芸品の違いが良く質されるが、
伝統工芸は、法律的には通産省認定の産地で工芸士資格保持者が作った物
という定義がある。広義では日常民具の域を超越した、技巧的な産品という
意味の工芸品である。そして、民芸品は日常民具の範囲内で、美術的価値を
持っていてはいけないとされている。柳宗悦の「民衆的工芸」による定義
があるが、あくまでも民具に焦点を当てただけで、民具が美術品以上に評価
され、美術品同等に高価で取引される事を良しとしたわけではない。

更に言えば、「伝統工芸品」とは、日常生活の中で古くから使われてきた
工芸品であり、今もなお伝統的な原材料を使い、伝統的な技術・技法により
手工業的に製造されている工芸品となる。
柳宗悦率いる「民芸運動」の中で、彼らが訴えたのも「用の美、使われてこその
美しさ、日常にあってこその工芸品」である。
陶芸の分野では、河合寛二郎、浜田庄司、バーナードリーチなどが運動
(というか思想)に賛同している。
日本では、出来のいい工芸品は美術品として扱われることも多いので、その辺の格差が
ない分、なんだか桐の箱に鎮座させて「もったいなくて使えない」とか「傷なんかつけ
たら鑑定で金額が下がるから」などの理由で使わないのだろうが、本末転倒の極みと
いえよう。
更には、国の伝統工芸品として指定を受けるためには、「主として日常生活で使われて
いる」「製造過程の大部分が手作り」「伝統的技術または技法(およそ100年以上)
によって製造」「伝統的に使用されてきた原材料を使用」「一定の地域で、ある程度
の産地を形成」という5つの要件が必要となる。

柳宗悦は、昭和初期に興った民芸運動の中心的存在と言っていいだろう。
彼は"民芸"という言葉を使った(作った)。民芸とは、簡単に言えば日常的に使う
道具、民衆的工芸という意味。 著者は20年近くの歳月をかけて、北海道を
除く全国(沖縄含む)に赴いて調査したという。
「手仕事の日本」と言う本では、次第に日本各地から失われてゆく伝統的な手仕事
(民芸品)を記録している。現代では民芸品というと高価な芸術品というイメージが
あるけれども、柳のいう民芸品とは、あくまでも(当時)庶民が日常的に使っている
道具、いわゆる実用品・日用品である。彼の審美眼に適った道具とそれらに
施された美しさを探っている。
しかし、本書はたんに手仕事を記録し紹介する本ではなく、手仕事を通じてその
背景にある日本的な美、日本的な文化と精神、日本と各地方のあり方、日本及び
日本人の指針を書いたでもある。
日常生活ではまず見ることがないけれど、いまでも民芸品として作られている物
もあれば、郷土館か博物館へ行かなければもはや見れないような物もある。
文章だけではいったいどんな物なのか想像できないような物もある。例えば、
囲炉裏関係の道具とか背負籠、蓑や雪帽子等、いまの生活には必要なくなり、
廃れたものもある。職人は自分の仕事に誇りを持っているため、仕事を疎かに
しない。自分の名を誇るのではなく、仕事を誇るからだと言う。
この場合、味わいは愛着とは違う。 古くなっても使用に耐えられる美しい物と
古くなると使えなくなり醜くなる物があると言えよう。

柳宗悦にとっての美しさとは何なのか。端的に言えば、著者は"健康な美しさ"だ
と言う。変に懲りすぎると美しくない物が多い。また、見てくれに走って、使い勝
手が悪かったりする。 良い物は見た目がシンプルな物が多いように思われる。
シンプルでムダがない。

以下の様なコミュニティもある。参考に、
https://m.teshigoto.biz/sanchi/map/index

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