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2014年12月26日

2014.12.26

「手仕事の日本」から想う

30年ほど前に書かれた柳宗悦の「手仕事の日本」。
もし、精神文化で理解を深めたと言うのであれば、和辻哲郎の「日本古代
文化」であり、地域の持つ文化や一般生活での具体的な形を知るという
点では、この「手仕事の日本」と思っている。終戦と言う大きな節目から
日本社会、日本人そのものが変わりつつあるのは、残念なことであるが、
意識の底流には、まだ数千年の共通的な感覚は残っているのであろう。
「手仕事の日本」で、それを感じるのも、これからの自分にとっても、
有意義なことと思っている。
以下に、「手仕事の日本」からの記述を示す。
今でも、充分考えさせられる内容であることが分かると思う。そして、
我々が如何に、自然との協奏の中にいる事を、強く感じる。

「あなた方はとくと考えられたことがあるでしょうか、今も日本が素晴らしい
手仕事の国であるという事を。
西洋では、機械の働きがあまりにも盛んで、手仕事の方は衰えてしまいました。
しかし、それに片寄りすぎては色々の害が現われます。それで各国とも手の技を
盛り返そうと努めております。なぜ機械仕事と供に手仕事が必要なので
ありましょうか。機械に依らなければ出来ない品物があると供に、機械では、
生まれないものが数々あるわけでありす。全てを機械に任せてしまうと、第一に
国民的な特色あるものが乏しくなってきます。機械は世界のものを共通に
してしまう傾きがあります。それに残念なことに、機械は兎も角利益のために
用いられるので、出来る品物が粗末になり勝ちであります。それに人間が
機械に使われてしまうためか、働く人からとかく悦びを奪ってしまいます。
こういうことが禍して、機械製品には良いものが少なくなって来ました。

(現在の高度に精密加工できる工作機械と熟練の技では、この指摘は、必ずしも
正しくはない。しかし、この文意にもあるが、昨今のグローバリぜーションの
拡大で、「国民的な特色が乏しくなる」と言う点を真摯に受け取ると、
日本文化をキチンと承継し、高めていくにはこの指摘は重要である)

しかし、残念なことに日本では、かえってそういう手の技が大切なものだと言う
反省が行き渡っていません。それどころか、手仕事などは時代に取り残された
ものだという考えが強まってきました。そのため多くの多くは投げやりに
してあります。このままですと手仕事は段々衰えて、機械生産のみ盛んに
なる時が来るでしょう。しかし、私どもは西洋でなした過失を繰り返したくは
ありません。日本の固有の美しさを守るために手仕事の歴史を更に育てる
べきだと思います。

今日眺めようというのは、他でもありません。北から中央、さては西や南に
かけて、この日本がいまどんな固有の品物を作ったり用いたりしているかという
ことであります。これは何より地理と深い関係を持ちます。気候風土と離れて
しなものは決して生まれてはこないからです。どの地方にどんなものが
あるかという事を考えると、地図がまた新しい意味を現してきます。、、、、
こんなにも様々な気候や風土を持つ国でありますから、植物だとて鳥獣だとて
驚くほどの種類に恵まれています。人間の生活とても様々な変化を示し、
各地の風俗や行事を見ますと、所に応じてどんなに異なるかが見られます。
用いる言葉とて、夫々に特色を示しております。これらのことはやがて各地で
作られる品物が、種類において形において色において、様々な変化を示す
事をかたるでありましょう。いわば、地方色に彩られていないものは
ありません。少なくとも日本の本来のものは、それぞれに固有の姿を持って
生まれました。

さてこういうような様々な品物が出来る原因を考えて見ますと、2つの大きな
基礎があることに気付かれます。一つは自然であり、一つは歴史であります。
自然と言うのは、神が仕組む天与のもであり、歴史と言うのは人間が開発した
努力の跡であります。どんなものも自然と人間との交わりから生み出されていきます。
中でも、自然こそは全ての物の基礎であるといわねばなりません。その力は
限りなく大きく終わりなく深いものなのを感じます。昔から自然を崇拝する
宗教が絶えないのは無理もありません。日rんを仰ぐ信仰や山岳を敬う信心は
人間の抱く必然な感情でありました。、、、、、、
前にも述べました通り、寒暖の2つを共に育つこの国は、風土に従って多種多様な
資材に恵まれています。例を植物にとるといたしましょう。柔らかい桐や杉を
始めとして、松や桜やさては、堅い欅、栗、楢。黄色い桑や黒い黒柿、節のある
楓や柾目の檜、それぞれに異なった性質を示してわれわれの用途を待っています。
この恵まれた事情が日本人の木材に対する好みを発達させました。柾目だとか
木目だとか、好みは細かく分かれます。こんなにも木の味に心を寄せる国民は
他にないでしょう。しかしそれは全て日本の地理からくる恩恵なのです。
私たちは日本の文化の大きな基礎が、日本の自然である事をみました。
何者もこの自然を離れて存在することが出来ません。

(このような指摘は、様々な人が言ってきた。
例えば、和辻哲郎は、言う。
「この日本民族気概を観察するについては、まず、我々の親しむべく
愛すべき「自然」の影響が考えられなくてはならない。
我々の祖先は、この島国の気候風土が現在のような状態に確定した
頃から暫時この新状態に適応して、自らの心身状態をも変えて行った
に違いない。もし、そうであるならば、我々の考察する時代には、既に、
この風土の自然が彼らの血肉に浸透しきっていたはずである。
温和なこの国土の気候は、彼らの衝動を温和にし彼らの願望を
調和的にならしめたであろう。」と。
そして、美濃和紙や各地の和紙、有田から備前などの焼き物、木曾檜の
木工品など結構好きで、旅したときはその地方の工芸品を見たり、
買ったりしてきたが、それらがその地域の自然と切り離しては、成り立たない、
と言うことをその度に、感じたものである。)

しかし、もう1つ他に
大きな基礎をなしているものがあります。それは一国の固有な歴史であります。
歴史とは何なのでしょうか。それはこの地上における人間の生活の出来事であります。
それが積み重なって今日の生活を成しているのであります。、、、、、、
どんなものも歴史のお陰を受けぬものはありません。
天が与えてくれた自然と、人間が育てた歴史と、この二つの大きな力に
支えられて、我々の生活があるのであります。

我々は日本人でありますから、出来るだけ日本的なものを育てるべきだと思います。
丁度シナの国ではシナのものを、インドではインドのものを活かすべきなのと、
同じであります。西洋の模造品や追従品でないもの、すなわち故国の特色あるものを
作り、またそれで、暮らすことに誇りを持たねばなりません。たとえ西洋の
風を加味したものでも、充分日本で咀嚼されたものを尊ばねばなりません。
日本人は日本で生まれた固有のものを主にして暮らすのが至当でありましょう。
故国に見るべきものがないなら致し方ありません。しかし幸いなことに、
まだまだ立派な質を持ったものが各地に色々と残っているのであります。
それを作る工人たちもすくなくありません。技術もまた相当に保たれている
のであります。ただ残念なことにまえにも述べたとおり、それらのものの
値打ちを見てくれる人が少なくなったため、日本的なものはかえって等閑に
されたままであります。誰からも遅れたものに思われて、細々とその仕事を
続けているような状態であります。それ故今後何かの道でこれを保護しない
限り、取り返しのつかない損失が来ると思われます。それらのものに
再び固有の美しさを認め、伝統の価値を見直し、それらを健全なものに
育てることこそ、今の日本人に課せられた重い使命だと信じます。

(ここ数年、伝統工芸品、工芸品への理解が高まり、各地で若い職人と
大学などとのコラボやデザイナーの積極参加で伝統工芸の技や素材を
活用した新しい製品造りが盛んになっている。私の近くでも、京都の
工芸のスキルを織物や木工品に適用して、今までにない形でのものの
提供を図っている人々が多くなっている。日本文化の発信として、国
全体としての取り組みが少しづつ具体的な形になって来たのであろう。
また、民間でも、企業ベースで、地域の工芸技術を活用した様々な
製品が創出されている。これを更に大きなうねりとすることが柳さんたちの
想いを結実することとなろう。それは、また、最近忘れ去れつつある
日本文化の見直しとその原点の認識を更に、多くの人に理解してもらい、
より精細な文化創造物を生み出すことの推進力にもなる。)

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