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2015年8月21日

2015.08.21

「未来のつくり方」から思う(次の社会のキーフレーズ)その一

最近、未来のつくり方(池田純一著)を読んだ。シリコンバレーで活躍して来た
メンバーの生き様、考え方などからアメリカの持つ「未来を考える力」の
源をまとめているが、やや体系的な面での不足もあるのだろうか、馴染まない
点もある。しかし、各テーマの中に出てくるキーフレーズは、これから来る
社会を技術的な視点から考える上では、大いに参考となる。
気になったいくつかのキーフレーズでは、これから起こる社会の動きを知る
上で面白いと思った。

1)アメリカの強さ
90年代の初頭にインターネットに絡む様々な想いや考えが出て来た。
情報スーパーハイウェイ、netscapeによるネットコミュニティ化など
90年代の夢を20年かけて地道に実現して来たアメリカ。
「未来を創る」事への気の長さがその根底にある。そして、その気の長さが
次の20年、未来へつながる。
20年経ったら必ず現実化するという信条がアメリカの強さでもある。
今から20年後の世界を、未来をビジョンとして語る事が出来るのだ。
夢、そして構想が新たな科学的技術的な知見を得るだけで、実現するわけではない。
企業のような組織的マネジメントが必要であり、ユーザーの参加も不可欠である。
構想の実現は社会と言う基盤の中で醸成され、現実化し、成長していく。
単眼的短期的な発想と行動しか出来ない日本の政治屋が多い中、誰に期待を
すればよいのか?

2)シンギュラリティの存在
カーツワイルの説くシンギュラリティとは、ネットワーク上に分散するコンピュータ
の演算能力が増加し続けやがて、地球上の演算能力の総和が人間の持つ演算能力を
凌駕してしまう臨界点。是が2045年に起こると予想している。
この予想される世界に先んじて、googleはgoogleXを設立し、ロボット工学、AI、
生命科学、宇宙工学など多岐にわたる最先端の科学や技術の成果に取り組んでいる。
是を「ムーンショット」、「×10」と言う考え方で積極的な推進をしている。

レイ・カールワイル氏が語る
もし仮に人間と同レベルの知能を持つコンピュータが生まれたら、その後は今の
技術レベルで10年かかるテクノロジー進化が例えば1時間はおろか1分で成し
遂げれると言うのは理論的に可能であると私も思います。
知能というものを情報を学習して記憶し自ら考えて答えを出す能力と定義
するならば、情報量(知識量)の時点では既にコンピュータは人間を超えて
います。なぜなら、2013年の時点でGoogleの検索エンジンには既に30兆ページの
WEBページがインデックスされており(2008年では1兆ページだったそうですが、
5年間で30倍に増えたそうです)、Googleコンピューターはこれら30兆のWEB
ページのすべてを人間よりも遥かに正確に記憶している計算になります。
例えば、あなたがある一つのキーワード、
仮に「パーマネントトラベラー」という語句でGoogle検索したら
この30兆ページのWEBページデータベースを1秒くらいですべて参照して、
そのキーワードにマッチした検索結果をすべて拾ってこのブログを検索結果の
2ページ目とかに表示させるわけです。
もう既にこの時点でコンピューターはWEBから拾える情報の数量では世界人口
すべての人間のインターネット情報量に勝っています。
恐らく10年後には世界の大学図書館の書物はすべてデジタル化されてクラウド
に蓄積されてデータベース化されているでしょう。

そして、数10年後の世界を見るという視点では、2052年(今後40年の
グローバル予測、40年前に出た「成長の限界」のバージョンアップ版?)
をあわせて見ていくと面白い。
「2052年」著作の出発点となる問題意識は、ランダースによると、「成長
の限界」による警告にもかかわらず、人類は十分な対応を行わないまま40年が過ぎた

という点にある、とのこと。
例えば、
「問題の発見と認知」には時間がかかり、「解決策の発見と適用」に時間
がかかる。、、、そのような遅れは、私たちが「オーバーシュート(需要
超過)」と呼ぶ状態を招く。オーバーシュートはしばらくの間なら持続可能
だが、やがて基礎から崩壊し、破綻する」(序文)

「しきりに未来について心配していた10年ほど前、私は、人類が直面
している難問の大半は解決できるが、少なくとも現時点では、人類に何らか
の手立てを講じるつもりはないということを確信した」(1章)

「持続可能性と幸福」実現に向けては、以下の5つの課題、問題をキチンと
精査することが必要とのこと。
・資本主義は終焉するのか?
・経済成長は終わるのか?
・緩やかな民主主義は終わるのか?
・世代間の調和は終わるのか?
・安定した気候は終わるのか?

記述されている40年後の世界については、気候変動、人口と消費、エネルギー
問題、食料事情、社会環境、時代精神など実に膨大な記述がなされている。
それらすべてを要約することは出来ないし、する気もないが、枠組みに
関する最重要なポイントとして、以下の点を理解しておくことは肝要と思う。

①都市化が進み、出生率が急激に低下するなかで、世界の人口は予想より
早く2040年直後にピーク(81億人)となり、その後は減少する。
②経済の成熟、社会不安の高まり、異常気象によるダメージなどから、生産性
の伸びも鈍化する。しかし、生産年齢人口をベースとする粗労働生産性は着実
に伸びる。
③人口増加の鈍化と生産性向上の鈍化から、世界のGDPは予想より低い
成長となる。それでも2050年には現状の2.2倍になる。
④資源枯渇、汚染、気候変動、生態系の損失、不公平といった問題を解決
するために、GDPのより多くの部分を投資に回す必要が生じる。このため
世界の消費は、2045年をピークに減少する。
⑤資源と気候の問題は、2052年までは壊滅的なものにはならない。
21世紀半ば頃には、歯止めの利かない気候変動に人類は大いに苦しむ
ことになる。しかし、農業技術等の進化により 、食料生産量は増加する。
⑥インターネットの拡大は、「外在化した集合意識」として、大衆の影響
力が大きくなる。また、多様で流動的な環境により、安定した拠り所や
制限もほとんどなく、開放的で、様々な機会に恵まれ、意識も大きく
変わっていく。⇒特に、この部分がシンギュラリティと絡んでどのような
姿になっていくか。
⑦米国、米国を除くOECD加盟国(EU、日本、カナダ、その他大半
の先進国)、中国、BRISE(ブラジル、ロシア、インド、南アフリカ、
その他新興大国10カ国)、残りの地域(所得面で最下層の21億人)
の大枠で分析しているが、予想外の敗者は現在の経済大国、中でも
アメリカ(次世代で1人当たりの消費が停滞する)。勝者は中国となる。
BRISEはまずまずの発展を見せるが、残りの地域は貧しさか
ら抜け出せない。 日本はほとんど考慮外?

3)更なる社会変化
ティールの「ゼロ・トゥ・ワン」では今あるほとんどのサイトがサービス
化と言う情報の横流しであり、そこからは新しいモノは、何も生まれない。
ゼロから新しい1を生み出すことがこれからの社会に必要だ、と言っている。
社会にとって、価値ある生産とは何か、現在のインターネットは本質的には、
何も生み出さない、と考えている。
ドットコムバブルがはじけ、シリコンバレーでは次のようなことが起業の
「新しい常識」となった。
①漸進主義
②リーンスタートアップ
③革新より改良
④販売よりも製品
ティールはこのすべてに反論して以下のように主張する。
①大きな賭けをしろ 
②成功するための計画を持て
③競争するな
④販売は製品と同じくらい大切
以下で、彼の考えが簡潔に説明されている。もっとも刺激的なのは、競争は
「存在しないチャンスがあるかのような妄想を抱かせる」資本主義の対極にある
という主張だ。そして「独占」こそすべての成功企業の条件であると言い、
独占状態を永続的に維持するには先行優位ではなく後発優位に着目すべしと説く。
彼は人間を次の二軸で四つのタイプに分類する。
一つの軸は未来に対して曖昧なイメージを持っているか、具体的なイメージを
持っているか。
もう一つの軸は楽観主義か悲観主義か。世界を変えるビジョナリーは「未来に対して
具体的なイメージを持った楽観主義者」だという。未来に対して曖昧なイメージしか
もっていないと無為か無謀に陥り、未来に悲観的だと享楽か逃避に走る。
起業家はまず、「偶然」という他力を拒絶しなければならない、というのがティール
の考えだ。「人生はポートフォリオじゃない」という名言も出てくる。
そのこころは、人は自分の人生を分散することはできないから、圧倒的な価値を生み
出すものにすべてをつぎ込む覚悟でやれということである。どんなに能力があっ
ても起業向きでない人間が起業する必要はない。
彼にとってビジネスは人類のためにかつてないほどの価値を生むことであり、誰かを
叩き潰すことではない。
目的は何か? そのために競争や起業がどうしても必要なのか? ほかにベストな道は
ないのか? 起業家にかぎったことではない。個人から国まで、私たちは目的と手段を
いとも簡単にすり替えて目的化した手段の奴隷となっている。たとえば「便利になれば
なるほど時間が足りなくなる」「効率化すればするほどデフレが悪化する」といった現
象は、「時間の余裕を生み出す」「利益を出す」という目的が「便利」「効率化」とい
う手段にいつのまにかとってかわられることによって起きているのではないか。
競争は善、という思い込みから離れると、これまで道理だと思っていたことが簡単に
ひっくりかえる。ほかにも、機械は人間を代替するか?これは、以前に「機械との
競争」でも取り上げた。ダイバーシティはいいことか? これも、以前に「多様な
意見はなぜ正しいのか」でも考えた。社会起業家は社会の課題を解決できるか?
製品がずばぬけてよければ営業は必要ないか?
と言っている。
(次へ)

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