« 2015年12月18日 | トップページ | 2016年1月1日 »

2015年12月25日

2015.12.25

地域資産を見える化する

最近、世界遺産、日本遺産、更には、未来遺産、そして最近この地域で
進めようとしている文化的景観と呼ばれる生活と自然を組み合わせた資産など
様々な地域の持つ資産継承の活動が言われているようだ。
変わり行く日本であるが、変わってもらいたくないものもある。人は自然との
調和の中で生きている。これは、都市生活と呼ばれる機能性と便利さを重視
した生活とは、ある面、対極にあるものでもあろう。しかし、自然をそのままに
活かし、人がその中で過ごせることが肝要ではないのだろうか。人口減少に
よって多くの市町村が消滅の危機にあるという話がよく聞かれるようになった。
多くの市町村が都会と同じ生活を目指し同様の市民サービスをしてきたが、
コンクリートだらけの無機質な世界を造るのではなく、自然の資産、資源を
活かした自分たちの実力に見合った運営をしてくれば、このような姿とは違った
ものになった可能性もある。だが、自然を壊し高速道路や様々な施設を造る事が
住民サービスだという遅れた意識と行動がまだまだある。人と自然は一体の
もののはずだが、人の尽きない欲望が優先し、それを壊す事に専念してきた時代
でもあった。
この旧志賀町辺りは、様々な文化的な遺構、遺跡、そして比良山系と琵琶湖の
織り成す自然がまだまだ生きている地域でもある。
その環境に魅かれて様々な人々が移住して来ている。
出来れば、この良さを未来につないで行きたい、と思う人が多い様だ。

1.重要文化的な景観の認定に向けて
まずは、地域の資産を自ら見直し、それらを見える形にして行くことを目指す
この地域の特長である石を中心とした「重要文化的景観」へ取り組みについて
直接関わりがあるわけではないが、概要を述べて行きたい。
1)文化的景観とは、
まず「文化的景観の定義」ですが、 文化財保護法第2条に「地域における人々の生活
又は生業及び当該風土により形成された景観地で我が国民の生活又は生業の理解のため
に欠くことのできないもの」と定義されている。
この「地域における」という部分が重要で、 名勝地のように国のレベルで高い評価
を得ているということだけではなく、地域に残された固有のものを積極的に保護対象
にしていこうという法律なのです。
また、 法律自体はその生業や生活を保護するものではない。 しかし、その生活・
生業を営んでいく中で結果として形成された景観地を保護対象とすることになっている

この制度の中で「どのような」景観を「どのように」選ぶのか重要となる。
「どのような」の部分については、選定基準を設けている。地域がそれを文化的景観
であると考えれば、どのような景観でも保護対象になるとは考えられるが、
やはり地元の中で合意を得ているということが重要となり、それを重要文化的景観
選定基準という形である程度明らかにしている。
まずは、 選定基準の第一項で「地域における人々の生活又は生業及び当該地域の
風土により形成された次に掲げる景観地のうち我が国民の基盤的な生活又は生業の
特色を示すもので典型的なもの又は独特のもの」と定められている。
これらのうち、 特に「基盤的な生活や生業の特色を示す典型的なもの又は独特な
もの」について、具体的には次のものが選定基準になっている。
①水田・畑地などの農耕に関する景観地
②茅野・牧野などの採草・放牧に関する景観地
③用材林・防災林などの森林の利用に関する景観地
④養殖いかだ・海苔ひびなどの漁ろうに関する景観地
⑤ため池・水路・港などの水の利用に関する景観地
⑥鉱山・採石場・工場群などの採掘・製造に関する景観地
⑦道・広場などの流通・往来に関する景観地
⑧垣根・屋敷林などの居住に関する景観地

2)この地域は石の文化が生活に根付いている
比良を中心としたこの地域から産する石材を利用した多くの歴史的な構造物が今も
残っている。これらは、河川や琵琶湖の水害から地域を守るための堤防、獣害を
防ぐしし垣、利水のための水路、石積みの棚田、神社の彫刻物などであり、高度な
技術を持った先人たちが、長い年月をかけて築き上げてきた遺産である。さらには、
個人の家の庭や道には、石畳として使われたり、生活用水のための石造りのかわと
など生活の一部に溶け込んでもいる。神社の狛犬、しし垣、石灯篭、家の基礎石、
車石など様々な形でも使われて来た。
古くは、多数存在する古墳にも縦横3メートル以上の一枚岩の石版が壁や天井に
使われている。古代から近世まで石の産地としてその生業として、日々の生活の
中にも、様々に姿を変え、関わってきた。
また、南小松は江州燈籠と北比良は家の基礎石等石の切り出し方にも特徴があった
ようで、八屋戸地区は守山石の産地で有名であったし、木戸地区も石の産地と
しても知られ、江戸時代初期の「毛吹草」には名産の一つに木戸石が出ている。
コンクリートなどの普及で石材としての使われる範囲は狭まってはいるが、石の
持つ温かさは、我々にとっても貴重な資源である。ここで、文献などから石や石工
など石に関することに、の様子などを少し見て行きたい。
「旧志賀町域の石工たち」の記述より、
明治十三年(1880)にまとめられた「滋賀県物産誌」には、県内の各町村における
農・工・商の軒数や特産物などが記録されている。ただ、「滋賀県物産誌」の記述は、
滋賀県内の石工を網羅的に記録している訳ではない。
「滋賀県物産誌」の石工に関する記述の中で特筆すべきは、旧志賀町周辺の状況
である。この地域では「木戸村」の項に特産物として「石燈籠」「石塔」などが
挙げられているなど、石工の分布密度は他地域に比べて圧倒的である。
木戸村・北比良村では戸数の中において「工」の占める比率も高く、明治時代初めに
おける滋賀県の石工の分布状況として、この地域が特筆されるべき状況であった。
江戸時代の石造物の刻銘等の資料では、その中で比較的よく知られている資料と
・「雲根志」などを著した木内石亭が郷里の大津市幸神社に、文化二年(1805)に
奉納した石燈籠の「荒川村石工今井丈左衛門」という刻銘。、、、」ともある。

しかし、重要文化的景観の選定に向けては、以下の三つが必要で有る。
・地元の人がどうしようとするのかの想いと位置付けを明確にする
・その位置付けを研究者が明確にする
・景観法に沿ったまとめ(大津市)
この選定の活動は、始まったばかりのようであり、この三つの要件をキチンと
満足させられる体制作りが今後重要となっていくようだ。

2.日本遺産とは、
「日本遺産」は各地に点在する有形・無形の文化財を、地域的なつながりや時代的な
特徴ごとにまとめ、その魅力を国内外に発信していこうと、文化庁が今年度新たに
設けた。第1回の認定を目指して83件の申請があり、審査の結果、18件が
選ばれた。
このうち、水戸市と栃木県足利市、岡山県備前市、それに大分県日田市が合同で申請
した「近世日本の教育遺産群」は、水戸藩の藩校だった「旧弘道館」や、国内で現存
する最古の学校とされる「足利学校跡」などが含まれていて、武士だけでなく、庶民
も対象にした学校の普及が高い教育水準を支え、日本の近代化の原動力になった
としている。
また、織田信長が発展させた岐阜城の城下町や長良川の鵜飼の観覧など、岐阜市一帯の
景観や文化は、「信長公のおもてなし」が息づく戦国城下町として認定された。
さらに、石川県能登地方の「キリコ祭り」は、巨大な灯籠が町を練り歩く伝統行事で、
夏になるとおよそ200の地区で行われるという。
「日本遺産」に認定された18件には、文化庁がガイドの育成や外国語のパンフレット
の作成などにかかる費用を補助することにしていて、観光客の増加や地域の活性化を
支援していく。
申請をしてもらうにあたり、文化庁は一つの自治体で完結する「地域型」と各地の遺産
をひとまとまりにする各地の遺産をひとまとまりにする「ネットワーク型」の2つの
タイプを想定した。「日本一危ない国宝鑑賞」として認定された鳥取県三朝町の申請
は地域型。水戸市、栃木県足利市、岡山県備前市、大分県日田市の4市が共同
で申請した「近世日本の教育遺産群」はネットワーク型にあたり、水戸藩校だった
「旧弘道館」や、日本最古の高等教育機関とされる足利学校跡、庶民教育の場だった
旧閑谷学校、私塾の咸宜園跡で構成される。

滋賀の日本遺産認定
滋賀県は提案した7件から「琵琶湖とその水辺景観-祈りと暮らしの水遺産」
が認定を受けた。湧き水を家に引き込む「川端(かばた)」など水と生活が
調和した景観や、いかだ乗りを川の魔物から守るシコブチ信仰などの宗教、
ふなずしに代表される食など「水の文化」の深さをアピールした。
文化庁は、「びわ湖の水と人々が織りなす文化」を認定した。
滋賀県からは、びわ湖の水と人々が織りなす文化を集めた「琵琶湖とその水辺
景観ー祈りと暮らしの水遺産」を認定した。具体的には、
びわ湖に面する県内6つの市にある、
・国宝に指定された寺院
・国の重要文化的景観に選定された近江八幡市の水郷
・大津市の延暦寺は、比叡山から臨むびわ湖を最澄が理想郷とたたえて
建立したとされている。
そのストーリーの概要
穢れを除き、病を癒すものとして祀られてきた水。仏教の普及とともに東方
にあっては、瑠璃色に輝く「水の浄土」の教主・薬師如来が広く信仰されてきた。
琵琶湖では「水の浄土」を臨んで多くの寺社が建立され、今日も多くの人々を
惹きつけている。また、暮らしの中には、山から水を引いた古式水道や湧き水
を使いながら汚さないルールが伝わっている。湖辺の集落や湖中の島では、
米と魚を活用した鮒ずしなどの独自の食文化やエリなどの漁法が育まれた。
多くの生き物を育む水郷や水辺の景観は、芸術や庭園に取り上げられてきたが
近年では、水と人の営みが調和した文化的景観として多くの現代人をひきつけている。
ここには、日本人の高度な「水の文化」の歴史が集積されている。

個人的に気になる日本遺産として、福井県(小浜市,若狭町)がある。
テーマは「海と都をつなぐ若狭の往来文化遺産群~御食国若狭と鯖街道」
・ストーリーの概要
若狭は,古代から「御食国(みけつくに)」として塩や海産物など豊富な
食材を都に運び、都の食文化を支えてきた地である。
湖西もその交通要路としてその役割が大きい。
大陸からつながる海の道と都へとつながる陸の道が結節する最大の拠点
となった地であり、古代から続く往来の歴史の中で、街道沿いには港、城下町、
宿場町が栄え、また往来によりもたらされた祭礼、芸能、仏教文化が街道沿い
から農漁村にまで広く伝播し独自の発展を遂げた。
近年「鯖街道」と呼ばれるこの街道群沿いには、往時の賑わいを伝える町並み
とともに豊かな自然や受け継がれてきた食や祭礼など様々な文化が今も
息づいている。
湖西のこの地域は小浜や若狭と深いつながりがあり、また多くの渡来人が小浜
などからここを通過して様々な文化や生活の技術を伝えたのであろう。

3.プロジェクト未来遺産
日本ユネスコ協会連盟が新しいプロジェクトを始動した。
その名も「未来遺産運動」。
http://www.unesco.or.jp/mirai/
「100年後の子どもたちの為にできることって何だろう?」
その答えのひとつとして、ユネスコが新たに手がける「未来遺産運動」は、
地域文化や自然遺産を未来へ伝えていこうとする活動を「プロジェクト未来遺産」
として登録、それを推進する地域を支援できるような仕組みを作るもの。
プロジェクト未来遺産は公募で選び、応募条件は「原則として2年以上の活動実績
があること」「非営利団体であること」「地域の人々が主体となって運営して
いること」の3つだという。
さて、ユネスコというと、世界遺産をイメージする人も多いはず。世界遺産との
違いは、世界遺産がものを指定するのに対し、未来遺産運動ではそれを守る人々
を応援しようという点にあるということだ。
ちなみに、2009年から2011年 プロジェクト未来遺産の重点テーマは、
「危機にある遺産」と「生物多様性」。プロジェクト未来遺産に登録されると、
総額500万円の助成金が想定され、専門家の派遣などの支援が得られるという。
となれば地域が元気になり、日本全体ももっと元気になるというもの。
ぜひとも奮って応募してほしい。
この未来遺産運動は、ほかにも子どもたちがふるさとの伝統と文化の素晴らしさ
を学び、紹介する「私のまちのたからものコンテスト」、社会全体でこうした活動
を支えていくための「未来遺産募金」も行うという。
ありそうでなかった運動。明るい未来を作ろうという、人々の意欲を活性化する
いいカンフル剤となるだろう。

滋賀では、残念ながらまだ1件が登録されたのみである。比良山系の自然と古墳や
城跡のような文化資産の多く残る滋賀では、まだまだ多いとはいえない。
地域の人々が自分の住んでいる場所、生まれ育った地域を再認識する事で、行政に
頼らない新しい「結い」の世界を創って欲しいものである。
滋賀で選定されたのは、湖国の原風景権座(ごんざ)水郷を守り育てる活動
(日本の里百選)である。
団体名:権座・水郷を守り育てる会
場所:滋賀県近江八幡市
琵琶湖の内湖である西の湖・長命寺川辺周辺は、日本で唯一とされる「権座」と
呼ばれる内湖にある湖中水田の風景などが、文化財保護法に基づく「重要文化的景観」
に選定された。またラムサール条約湿地として西の湖・長命寺川が琵琶湖の拡大
として登録され、「日本の里百選」にも選ばれた。当会では水郷景観の保全活用
を推進するとともに、純米吟醸酒「權座」の生産・販売、魚のゆりかご水田の設置、
魚道設置、親子陶芸教室や田植え・稲刈り体験、収穫感謝祭や権座・水郷コンサート
の開催など、持続可能な地域農業経営と景観保全活動を展開している。
私も2回ほど地域支援の関係で権座を訪ねたが、地域全体の活動として根付いている事
を感じた。しかし、限られた人数で、色々な催しをしたり、保全作業をすることは
かなり厳しいようである。
昔は、内湖にも同様の水田があったそうであるが、埋め立てなどで旧来の姿は、失われ
て来ている。これらを踏まえ、今後も継続的活動をどう進めて行くかが課題でもある。

これらの活動はいずれも、その地域に住む人々が永年にわたり育てて来たものである。
旧志賀町には、文化的景観で目指す「石の文化」が生活の場の彼方此方に見られるが、
まだ地域の人々がそれを充分認識しているとは言い難い。また、比良山系をその
母体とした湧水や山からの生活用水活用などの「水の里」でもある。「石と水」
この当たり前の情景を更に見える化し、その遺産を次の時代へ伝えて欲しいものだ。

« 2015年12月18日 | トップページ | 2016年1月1日 »

最近のトラックバック

2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
無料ブログはココログ