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2016年3月18日

2016.03.18

猫への想いその4

残りの猫についても少し紹介しておこう。
ナナは、我が家の最古参である。主人がナナと初対面したのは、まだ京都
に住んでいた時、この滋賀へ来る少し前であった。
その声はどこからか、主人を呼ぶかのようにひそやかに聞こえてきた。
三番目の息子の部屋でそれは聞こえていた。小さく片隅に置かれた段ボールからだ。
そっとその段ボールを開けてみると、そこに小さな生命体がいた。生まれたばかりの小
猫であった。目が見えないのか、薄茶色の体を段ボールのあちこちにぶつけながらしか
し、生きるという行動を必死にとっているようであった。二、三日前草むらにいたのを
連れ帰ってきたという。その日から、家族の一員となった。
京都では、柴犬のグンが唯一の動物であったが、初めての猫族の登場であり、
その後の猫族到来の第一歩でもあった。主人もママも子猫の時は、その排泄を
するため、刺激を与えないとダメということを初めて知った。水を含んだ綿で
お尻などにとんとんと刺激するのである。これを息子たちが交互にやっていた。
滋賀に来るとすぐに、トトというきれいな三毛猫が家族となったが、同じ雌
同士からかナナのその後の性格や行動を決めた。やや緑がかった目と薄茶色の
細身の体は、人間的には美人になるのであろう。
途中一か月もの行方不明の事件もあったが、今は十七歳の毛並も衰えたその身を主人や
ママの横で、過ごしている。その短気さと気の強さは変わらないまま。
ママの言う、一番猫らしい猫、即ちその好物は魚であり、他の四人のドライフードや缶
詰好みとは大いに違う。

6.猫 柳田國男ほかの短編集より
猫島として有名なのが、ここにも紹介のある田代島、現在150匹ほどいると言う。
他には、高松の男木島、岡山の真鍋島、愛媛の青島など多数ある。また、福井の
御誕生寺は猫寺として有名であり、住職のおかげで数十匹の猫が世話になっている
という。

「猫の島
陸前田代島の猫の話では、これは古くから言われていた事らしいが、
田代は猫の島だから犬を入れない。また、色々の猫の怪談が特に、
この島のみに信じられる事になったのかの原因を逆に訪ねる必要がある。
犬を上陸させてはならぬという戒めは伊豆の式根島にもあったと聞いている。
他には、安芸の厳島の別島に黒髪と言う所あり、そのかみ明神のましませし
所にて、今に社頭鳥居など残りてあり。この島に犬無し。犬の吠ゆる声を
憎ませたまう故といえりとある。

犬と猫との仲の悪いことは、日本では殊に評判が高く、枕草子にもすでに
その一つの記録があるが、そればかりでは犬を憎むという島が、即ち
猫の島に変ずる理由には成りかねぬように疑う人もあるいは無いとはいえぬ。
しかし人をそのような空想に導く事情は、私達から見ればまだ此れ以外
にもあったのである。多くの家畜の中では、猫ばかり毎々主人に背いて
自分らの社会を作って住むと言うことが、第1には昔話の昔からの話題で
あった。九州では阿蘇郡の猫岳を始めとし、東北は南部鹿角郡の猫山の
話まで、いい具合に散布して全国に行われているのは、旅人が道に迷う
て猫の国に入り込み、おそろしい目にあって戻って来たと言う奇話であった。
猫岳では猫が人間の女のような姿をして、多勢集まって大きな屋敷に
住み、あべこべに人を風呂の中に入れて猫にする。気付いて逃げて
出る所を後から追いかけて、桶の湯をざぶりとかけたらそこだけに
猫の毛が生えてきたと言う話もあって、支那で有名な板橋の三娘子、または
今昔物語の四国辺地を通る僧、知らぬところに行きて馬に打なさるるはなし、
さては泉鏡花の高野聖の如き、我々がよく言う旅人馬の昔話を、改造した
ものとも考えられぬことはないが、それには見られない特徴もまたある。
中国方面では折々採取される例では、この猫の国の沢山の女たちの中に、
1人だけ片目の潰れた女がいたが、その女の言うにはここにいると危ないから
逃げなさいと教えてくれた猫もいた。

能登半島のはるか沖に、猫の島と言う島があることは、やはり今昔物語の中に、
二度まで記してあるが、此れは鮑の貝の甚だしく捕れる処というのみで、
島の名の起こりは一言も説明せられていない。もやは尋ねてみる方法は
ないかもしれないが、あるいはずっと以前に猫だけが集まって住む島が
あるように、想像していた名残ではないかと思っている。それから今一つ
常陸の猫島は筑波山の西麓で、是は島でも何でもない平野の村であるが、
奇妙に安倍清明の物語の中に入って、早くからその名を知られていた。
土地にも色々と清明の遺跡があって、全ては陰陽師の居住する村であった
ことだけは考えられるが、やはり猫島の地名の由来を明らかにすることが
出来ない。
猫が人間を離れて猫だけで一つの島を占拠するということは、現実には
有りうべきことではない。彼らには舟も無くまた希望も計画も無いからである。
しかし島人には現代に入って後まで、鼠の大群が島に押し渡って、土民の
食物を奪いつくし、暴威をふるった物凄い経験を重ねているために、
猫にも時合ってそういう歴史があったように、想像することが出来たものらしい。

八犬伝に出てくる赤岩一角、上州庚申山の猫の怪という類の話は、いくら例が
あっても要するに空想の踏襲に過ぎない。猫岳猫山の昔話とても、昔々
だからそんな事もあったろうという程度にしか、之を承認するものはもう
無いのである。ところが少なくとも島地だけでは、今でもまだ若干の形跡が
現実に住民の目に触れているのである。猫ならそれくらいなことはするかも
しれない。猫の島というのが何処かの海上に、あるというのも嘘でなかろうと、
思うような心当たりは島にはある。南島雑話は今から百年あまり前の、
奄美大島の滞在記録であるが、そのなかには次のような1条がある。
曰く又ここに一つの奇事あり、雄猫は成長すれば全ての山に入りて山中
猫多きものという。其猫雌猫を恋するときは里の出で、徘徊す伝伝とあって、
それでも山に入ったまま出てこぬ雄猫も多いので、この島の雌猫は往々にして
子を産まぬものがあるという。山に入って行くのが、悉く雄のみだという
観察は、必ずしも正確を期せられない。男性に限ってそんな思い切ったこと
をするよいうのは、或いは人間からの類推であって、実際は山でも時々
は配偶が得られ、従ってまた反映もしたのではないかと思う。

隠岐は島後でも島前の島々でも、飼い猫の山に入ってしまうことを説く
者が今も多いが、愛媛では雌雄の習慣の差はないようである。猫の屋外
の食料は動物ばかりで、家でもらうものよりはたしかに養分が豊かである。
それ故に家々の猫が之をはじめると見る見る太り、そうして段々と
寄り付かなくなってくるのである。面白い事にはこの島には狐狸がいらぬ
ためか、彼らのすることは全てこの猫がしている。寂しい山道や森の陰には
必ず著名な猫が住んで関所を設けている。魚売りが脅かされて籠の荷をしてやられ、
または祝宴の帰りの酔うた客人が夜道を引き回されて包みや蝋燭を奪われた
と言うだけでなく、化けた騙した相撲を挑んだと言う類の他の地方では河童や
芝天狗のしそうな悪戯までを、壱岐では悉く猫がする様になっている。人が
そういう特殊の名誉を、次々に山中の猫に付与したのでなかったら、彼ら独自の
力では是まで進化しそうもない。即ち陸前田代島の怪談なども、単に我々の
統御に服せざる猫がいるという風説から成長した事が類推せられて来るのである。」
いずれにしろ。昔から猫たちも頑張って国造り?をしている。
そんな思いで見たいもの。

また、犬との違いにも触れられている。
「犬と猫との違いはこういうところにあるかと思う。犬には折々は乞食を主人と
頼むものもいるが、猫のほうがよほど美味い物をくれないとふいと出て行って
戻ってこない。東京の真ん中でも空き地へ出てバッタを押さえたり、トカゲを
咥えて来て食っているのがいる。あら気味が悪いと言ったところで、もともと
鼠を給料のつもりで、飼っているような主人である。あまり美食させると鼠を
捕らなくなるからいけないなど、気まづいことを考えている主人である。
いづくんぞ知らん猫たちの腹では、へんこの家には鼠が多いから居てやるんだと、
つぶやいているかも知れぬのである。
そう言う中でも、いやに長火鉢の傍などを好み、尾を立て咽喉を鳴らして媚びを
売ろうとするものと、子供でもくるとつい立ち退いて、半日一夜ごこへ行ったか
何を食っているかもわからぬ者とがある。これは勿論気力の差、もしくは
依頼心のていどでもあろうが、1つには、又各自の経験の多少にも由ることで、
田舎は大抵の街の真ん中よりも、その経験をする機会が多かったわけである。
娘や少年の前に出たがらぬ者を、関東の村々では天井猫といい、あるいは
ツシ猫など戯れて呼ぶ例も多いが、これは猫たちが屋根裏に隠れて何をしているか
を、考えない人々の誤った警鐘である。」

7.ノラや
「ノラや」は、内田百閒の飼い猫ノラの失踪とその後飼われた猫クルツに関する文章を
あつめた作品集。昭和32年3月、ノラがふらっと家を出たまま帰ってこなくなった。
その後の百閒の悲しみようは大変なもので、毎日めそめそと泣き暮らし、風呂のふた
の上に寝ていた猫を思い出すからといって風呂にも入らなかった。
猫探しの情熱も並々ならぬものがあり、新聞広告や折込チラシによってくり返し情報
提供を求め、ノラに似た猫がいるとの知らせのたび奥さんらが近所を駆け回った。
ときには、埋められた猫の死体を掘り返すことまでさせている。

「クルは毎晩家内の寝床に抱かれて寝た。寝るときは枕をするのが好きらしい
ので家内が小さな猫の枕をこしらえてやった。ずっとその枕で寝ていたが、
この頃になってから枕ではなく、家内の腕に抱かれて寝るくせになった。
あとから考えると、何と無く段々人にすりついていたがる様になったらしい。
そうしておとなしく寝ていれば良いが、自分が寝るだけ寝て目を覚ますと、
一人で起きているのは淋しいのだろう。夜中でも、夜明け前でもお構いなく、
いろんな事をして寝ている家内を起こす。人の顔のそばに自分の顔をくつつけて
ニヤアニヤア鳴いたり、濡れた冷たい鼻の先を頬に擦り付けたり、それでも
起きないと障子の桟に攀じ登って、障子の紙を破いたり、箪笥棚の上に
置いてあるドイツ土産のシュタイフの小鹿をひっくり返したり、あらん限り
のいたづらをする。家内がいくら叱っても怒っても利き目はない。
猫の目的は、自分独りで起きているのはいやだから、人が寝ているのが気に
入らないのだから、寝ている家内を起こすことにある。

だから家内が根負けしてそこにおきればおとなしくなる。起きたのを見届けて
それで気がすむと今度は寝床の足下のほうに回り、らくらくとくつろいだ恰好に
なって、又ぐうすら寝込んでしまう。
我が儘で自分勝手で、始末が悪い。
しかしそうやって、何と言うこと無く人にまつわり付いていようとする猫の気持
が可愛いくない事はない。」
このような情景は我が家でも同じだ。特にナナは歳が経るにつれて、ますます妻の
ベッドで寝るようになった。

「行くのか」と云つて家内が起ち上がらうとすると、先に立つてもう出口の土間に降り
て待つてゐる。家内は戸を開けてやる前に土間からノラを抱き上げ(…)洗面所の前の
木戸の所からノラがいつも伝ふ屏の上に乗せてやらうとしたら、ノラはもどかしがつて
、家内の手をすり抜けて下へ降りた。さうして垣根をくぐり木賊の繁みの中を抜けて向
うへ行つてしまつたのだと云ふ。(「ノラや」三月二十九日金曜日)」

このような日記を書き綴っているが、さすが我が家の猫で行方不明者はいない。
もっとも、食事だけに来る猫は数年すると、次の新しい猫に代替わりするが。

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