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2016.04.14

志賀の里、清明穀雨のころ

猫たちとこの里を感じる。

雲が全てを覆い隠していた。
比良山系の頂のいまだ残る雪もまったくその雲の中に隠れ、わずかに杉の木立ちが
山の瀬戸際の切れ切れの底から顔を出している。
湖も一番手前の砂浜をわずかに見える程度で立ち尽くす雲の群れの中に隠されていた。
春を迎えるに辺り自然も色々と都合があるのであろうか、寒い冬の日と暖かい
春の日を交互に人間界に見せてくる。それは少し湿っているが、霞んだ蒼い空と
雨の日を交互に見せても来るのと同じ理由かもしれない。

清明は、4月5日ごろ。万物がすがすがしく明るく美しいころだ。
「暦便覧」には「万物発して清浄明潔なれば、此芽は何の草としれるなり」と
記されている。ここから西の地方では、様々な花が咲き乱れ、お花見シーズンになる。
全てが柔らかな光に照らされ、早朝の比良の山には、うっすらとした霞がたなびく。
春霞の中、樹々に清々しい新緑が芽吹きはじめる。その中で、山椒の花が開花し、
このごく短い期間に自宅で手摘みされた花山椒は、収穫もわずかで貴重な季節の
食材となり、やがて来る色とりどりの食べ物への先駆けとなる。

ラジオから河口恭吾の桜が流れている。
「僕がそばにいるよ 君を笑わせるから 桜舞う季節かぞえ 君と歩いていこう
 、、、、、
 まぶしい朝は何故か切なくて 理由をさがすように君を見つめていた
 涙の夜は月の光に震えていたよ
 二人で
、、、、、、、、、
いつもそばにいるよ 君を笑わせるから やわらかな風に吹かれ
君と歩いていこう、、、、、
君がいる 君がいる いつもそばにいるよ」

そして、この歌のような清純な世界とは対極にある生存への涙ぐましい世界もある。
春は冬の間凍りついていた多くの活動を一斉に解き放していた。
外の少し残る肌寒さが我が家では、一段とその強く感じられるが、若きエネルギーの
充満する家ではむしろ心地よい日々なのかもしれない。
そして、「桜」と言うこの季節には極めて多くの思い出を残すキーワードも徐々に
眼につき始めている。残念ながら我が家の桜はさくらんぼであり、その花と実を
つけるのはもう少し時間が必要であるが、世間は桜と多くの花々の到来を
告げ始めていた。
・桜さく比良の山風吹くままに
 花になりゆく志賀の浦なみ     御京極
・桜咲く比良の山風ふくなへに
 花のさざ波寄する水海       大納言定国

更には、ドナルド・キーンの言う、
「美の本質的要素としての、この非永続性は、長い間日本人によって、暗黙の
うちに重視されてきた。開花期が長い梅や、ゆっくりしおれてゆく菊
よりも、早々と散り果てる桜の方が、はるかにこの国で尊ばれるゆえん
である。西洋人は、永遠の気を伝えんがために、神々の寺院を大理石
で建てた。それに反して伊勢神宮の建築の持つ本質的な特色は、その
非永続性にほかならない」を、かみしめる頃でもある。

また、二十歳を超えたであろう老猫もいう。
「もう考えるのも面倒くさいほどの昔は、この辺も湖と比良山と周辺の森や林
だけだった。見えるのは、お寺と萱葺の家が数10軒肩を寄せ合うようにある
だけだったし、俺たちも近くの漁港の余った魚をノンビリと食べて変わらぬ
日々を過ごしていた。周りの景色も白と灰色の世界からこの時分は畑の緑が
少し色をつけ、やがて緑色一色になり、一面が色とりどりのカラーの世界、
動物と植物が支配し、人間は片隅で動いていた。そんなのが同じ様に続いたよ。
白さ舞う冬からピンクや薄緑の草木の春となり、燃え立つ緑と湖のコントラスト
の強い夏、最後には抜ける蒼さの下に広がる赤や黄色の秋、それが限りなく
続いていた」。40年ほど前まではその様々に色を変え、姿を変える自然の
中を茶色に塗られた2両続きの木造列車が走り抜けていた、と言う。

今の様なコンクリートのそっけもない列車ではなく、まるでどこでも乗り降り
自由なそのごとごとした揺れと音の列車は猫たちにとっても楽しい動くモノ
でもあった。初めはそのような動くモノに警戒したものの、やがて猫たち
にとっても、それを見ることが一つの楽しみとなった。
菜の花が咲き乱れる中を、桜が舞い落ちる季節を、雪が吹き付ける寒空の下を、
しっとりと降り注ぐ雨の中を、比良山と琵琶湖の間を縫うように毎日欠かさず
走るその姿に一種の感動を覚えるのだ。
さらに、「それは今も続くけど、やがて丘に沿って人間の家が上へ上へと伸びて
グロテスクな世界が支配し始めたし、田圃や畑も姿を変えていったね、
面白くないけど」。

だが、生活の中に琵琶湖と比良の山並が滑り込んで、その古さと新しさの調和
を活かしている場所でもある。多くの古代文化の遺跡や古墳など形あるものは、
数百年の時により、消え去り埋没したかもしれないが、人は人をベースとする文化
は継続して残っていくし、自然も、皆生きていく。
千年前、都人が愛でたであろう情景は、今もここにある。

穀雨(こくう)とは、二十四節気の第6番目であり、4月20日ごろである。
田畑の準備が整い、それに合わせて春の雨の降るころであり、穀雨とは、
穀物の成長を助ける雨のことである。そして、穀雨の終わりごろ(立夏直前)
に八十八夜がある。春雨が地面に染み入り、芽を出させる頃となり、各地の
竹林では筍が収穫の時期を迎える。街の奥にある竹林でも、筍が元気な姿を
見せる。筍の魅力は、春を感じる独特の香りとコリコリとした独特の歯応え
であり、それを楽しむ方法はここの郷土料理にはたくさんあるが、中でもよく
親しまれているのが佃煮。細かく刻み、木耳(きくらげ)や椎茸などと混ぜ
合せることで、食感が更に引き立つ。その味は、食べたものでしか分からない。

すでに彼方此方から桜の開花や花見の様子が伝えられていたが、このあたりは
少し遅い様で穀雨前後に桜も満開となる。公園や坂を少し下った道沿いの桜も
まだ固く蕾のままである。
しかし、農作業はすでに始まり、田圃にも水が張られ、気の早い蛙は日夜その
独唱に励んでいる世でもある。水を湛え始めた田圃にも生気が蘇り、畦道にも
命の息吹が見えていた。ハコベの緑に加えタンポポの小さな黄色が幅を利かして
いたし、紫の小さな花々がその横に一団となって咲いている。
気の早い人はすでにトラクターの騒がしい音を畑や田圃一杯に響かせている。

猫たちは、地元の長老猫から聞いたすでに数週間前には終わっていたが、
比良八講の様子をまるで本人がその場で見てきたかのように話すのを春の
まどろみの中で、うつらうつらと聞いていた。

その日3月26日の様子は、
近江舞子は白く長い砂浜と幾重にも重なるように伸びている松林に静かな時間を
重ねていたね。冬の間は、この砂の白さも侘しさが増すのであるが、比良山系の
山に雪が消えるこの頃になると一挙に明るさを取り戻すようだ。
山々もここから見ると蓬莱山、武奈岳などが何層にも重なり合い和邇から見える
景観よりも変化に富んだ顔を見せる。その幾層もの連なりには微かな雪化粧が
残っているものの、すでに木々の緑がそのほとんどを支配し始めていたよ。
途中で、子供たちの声とともに和太鼓の激しい響きが聞こえてきた。
その響きにあわせてやや凹凸のある道を進んでいくと、左手に紅白の幕が風に
揺られるように手招きしている。そして、松林の切れたその光を帯びた先に護摩法要
のための杉の枝を積み上げた小山が見えた。小山といっても2メートルのほどの
高さのものであるが、周囲をしめ縄で仕切られ、祭壇が置かれているのを見ると、
比良八講の四字がたなびく旗とともに目の前に大きく浮かんでくる。

護摩壇の先には、蒼い湖が広がり沖島の黒い姿が見えている。陽射しはこれら全てに
容赦なく注ぎ込まれ、更なるエネルギーを与えているようにも感じられた。
やがて、法螺貝とそれに先導された僧や行者が念仏を唱える音、人のざわつきの音、
道を踏みしめるなどの様々な音とともに横を緩やかな風とともに通り過ぎていった。
そして、それに連なる祈祷を受ける人々の一団が思い思いの歩みで現われる。
背筋をキチンと伸ばしただ一直線に護摩法要の祭壇を見ている老人、数人で
談笑しながら歩む中年の女性たち、孫と手を携えている老婆、各人各様の想い
が明るく差し込む木洩れ陽の中で踊っているようだ。
俺も隠れながらその集団についていった。

そこには、信仰の重さは感じられないけど、明るさがあったね。
法螺貝が止み一つの静寂が訪れ、次へと続き僧や修験者の読経が始まり、
やがてあじゃりの祈祷となる。あじゃりの読経する声は1つのリズムとなり、
護摩法要の祭壇を包み込み、その声が一段と高まり、水との共生をあらためて
想いの中に沸き立たせていく。その声が参列する人の上を流れ、蒼い空の下でやや
霞を増した比良の山並に吸い込まれていく頃、護摩木を湛えた杉の小山に火
がかけられいくんだ。
杉の小山から吐き出される煙はその強さと濃さを増しながら青き天空へと消えて
行くが、その煙が徐々に渦を巻き、龍がとぐろを巻くが如き姿となっていく。
下から燃え上がる炎と渦を巻き上げながら舞う煙が一体となって龍の姿を現し、
ゴーと言う音ともに比良の山並みに向かっていく。ここに護摩法要は最高潮となり、
周りを取り巻く人々も跪き般若心経を唱え始める。俺は無信仰だから横で
様子を見ていただけど、人間も結構いいことするな、と想ったよ。

雨がやみ、それと同時に自然界に新たな成長の季節が訪れた。
松尾芭蕉も詠んでいる。
山々にかこまれた春の琵琶湖の大観を一句に納めたものとして、
「四方より花吹き入れて鳰の海」、春の琵琶湖である。
木々や草花はいっせいに華やかな色彩とかおりをまき散らし、トチノキの
枝は小刻みに震えながら、円錐形の花キャンドルを支えていた。
白いヤマニンジンの花笠が道端をびっしりと覆っている。つるバラが
庭塀を這いあがり、深紅のシャクヤクがテッシュペパーのような花弁
開いている。りんごの木は花びらを振り落としはじめ、その後にビーズ
のような小さな実をのぞかせている。

比良の若葉山の姿は、やはりこのあたりから見るのが良いように思った。
山並みの傾斜と直立する杉の木々との角度、これに対する見るものの位置が
あたかもころあいになっているのである。
その上に昔もこの通りであったととも言われぬが明るい新樹の緑色に混じった
杉の樹の数と高さがわざわざ人が計画したもののように好く調和している。
猫たちの考えでは、山は山の自然に任せておけば、永くこの状態は
保ちえられると思っている。琵琶湖の水蒸気はいつでも春の木々を紺青にし、
これを取り囲むような色々の雑木に花なき寂しさを補わしめるような複雑な
光の濃淡を与える。山に分け入る人は、単によきときに遅れることなく、
静かに昔の山桜の陰に立って、鑑賞しておりさえすればよいのであって、
自然の絵巻きは季節がこれを広げて見せてくれるようになっているのだ。

そんな事を考えながら、雑木林を抜け、街のはずれの竹林の中を落ち葉の
かさかさする音と踏みしめる足元の心地よさを味わっていた。
通り過ぎる家々の壁はその陽射しの中で新しい灰色、キチンと刈り込まれた
生垣の緑色、庭の芝生も黄緑の色を濃くしていた。それに対抗する様にユキヤナギ
の木々が5弁で雪白の小さな花を枝全体につけてその白さを誇っているよう
に繁っている。雑草が一本も生えていない花壇には、クロッカスの紫の花が
行儀よく2列をなしている。家々は春の装いの最中なのだ。

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