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2016.06.03

二層化するデモ世代、平和日本の姿

最近、老人と若者が連れ添って?デモをする姿が目に付くようになった。
だが、3.11を契機とする街頭デモに遭遇する人たちへの眼差しは結構
冷めてもいるようだ。メーデーが休日でなくなってから大分経ち、
この一見平和的な日本では奇異なイベントにも見られているのだろうか。
さらに、シニア左翼という言葉を最近知った。

1.シニア左翼
シニア左翼とは60~90代の、もと全共闘世代や60年安保世代を中心に
「反政権」「反政策」を信条とする人たちだ。
原発稼働に反対し、安保法案に反対し、憲法改正に反対する。反原発と反憲法改正
はまったく別もののはずだが、彼らからすればほぼ同義なのか、つまるところ
安倍総理のする事なす事全てが気に入らない。それで「反安倍」で結束する。
2011年3月11日の東日本大震災以後ににわかに活動が活発になり、周囲に
危機を煽りながら原発をやめさせ、沖縄基地移設を止めさせながら活気付いて
きたが、安倍政権が誕生してからは俄然張りきる場面が多くなった。
それで安保法案反対を機にSEALDsに代弁者を見つけ、残りの人生をかけて
「反安倍」に命を燃やす。燃やす命をようやく見つけたという風にも見える。

シニアは熱い。国会前の集会では警察隊に踊りこみ、警察車両をひっくり返そう
と揺らし始める。それを「なにやってるんですか!」と学生に注意されるシニア。
かつては機動隊に火炎瓶を投げ、角棒を振り回していた強者たちも、孫のような
若者にたしなめられては従うほかない。内ゲバで仲間を殺され、死の意味を生涯
探してもいたが、今の若い人は、自分たちがしたように内ゲバで殺し合いなんて
絶対しないだろう。あのあさま山荘の事件を仕事に埋没し、テレビで第3者の趣き
で見ていたころを思い出す。60年安保はモノクロのテレビで小学生ながら、
その凄まじい数と警察隊とのやりあいは子供ながら感じ入っていた。
しかし、70年安保も含め、いずれも部外者であった。
たぶん、60代後半から70代の彼らにとって、革命は暴力を伴うと信じる元活動家
シニアもいるようだから、SEALDsの礼儀正しすぎるのであろう。だが、国家の犬である
デモを取り締まる警察官もまた礼儀正しい。「大丈夫ですか?」「お怪我は
ありませんか?」と転んだシニアに声をかける若い警察官に、かつての学生闘志
たちは一瞬、たじろぐのではないだろうか。

しんぶん赤旗でも、
「警察を見ると殴ってやりたくなる。こんな日がくるとは思ってもみなかった」
という元日大全共闘メンバーは感激する。国会突入は学生時代からの夢でもある。
対する警察は「高齢者が怪我をしないよう」と気遣いながら警備する。
そんな中、SEALDsが叫び、踊りと声を合わせる。それを太鼓をたたいて従うシニア。
なかなか楽しそうなシーンである。60年安保の定かではない記憶では、国会前の
放水車と催涙弾と火炎瓶の応戦が蘇りそうだが、至極静かな闘争である。
中国の軍事的挑発にはなんら行動をしないのに、応じる対応を政府が示せば過敏に、さ
らに過激に反応するシニア左翼。戦争反対なら仕掛けてきそうな国全てがターゲットに
なるはずだが、最も穏健な自国のみをターゲットにする。どこか論理の見えない活動
でもある。

2.1968年は時代の節目
1968年は時代の節目、最近、こんな思いが沸き返ることがある。
ベトナム戦争のリアルな映像が世界を席巻する中で、若者たちが自分たちと国家の
関係に疑問を強く抱き始めた時代であり、フランスのパリの5月革命、アメリカの
学生の反乱、日本での学生運動の活発化、など世界で若者たちがデモや学校封鎖、
一般のストなどが実行された。それは60年安保、70年安保闘争の延長の意味
合いもあったのだろうが、60年安保では、国民の政府への抵抗であり、全国的には
460万人を超す人がそれに参加したという。

これにより岸内閣は解散となり、国民の意識も変化し始めた。
しかし、68年の東大での学生運動は強制的な排除となり、挫折し、さらには、
1972年のあさま山荘での連合赤軍の内部闘争での殺人や内ゲバの凄惨さが
テレビで報道され、その無差別な行動が明らかになり、デモや学生運動への嫌悪が
高まった。70年安保も一応の高まりを見せたが、60年ほどの熱意も薄れ、70年
半ばからは、社会的な拒否意識が強くなり、ここしばらくはあのような光景を見る
ことはなかった。しかしながら、最近またデモや抗議活動への意識が高まっている。
大きな起点は福島原発事故への原発反対運動であり、2015年からの安部政権による
憲法改正への動きに対する反対運動である。
これには、シニアの参加がかなりあるが、先ほど書いた元活動家以外のシニアの人も
多いと聞いた。彼ら彼女らの思いはどこにあるのだろうか。

そんな折、ふと目にした「終わった人」という本のコメントが個人的には納得感を
与えてくれた。
「60代は複雑な存在だ。「終わった人」と烙印を押される一方で、本人は失ったもの
を取り戻したいと思う「空腹の世代」でもある。著者はその男たちの心理をすべて
見通したかのように、完膚なきまでに白日のもとに晒す」
また、こんなコメントもある。
「まだ60代の若さで、“毎日が大型連休”の中で、社会から必要とされなくなった
自分を感じながら、旅行や趣味に生き甲斐を見出すのは、これは地獄かもしれない。
でも外に向かっては『第二の人生が自由で楽しみ』と言ってしまうんですね。
見栄で。今回はそんな男を主人公にして、『定年って生前葬だな』とつぶやく日々を
描いています」
自分を終わった人と自虐する割に年寄りを暇なジジババと見下して、同化する事も
できない世代。その過程は違えどゴールしてしまえばみんな同じなのか、と思う半面、
いや俺は違うと思い込もうとするが、ブランド、看板を剥がされた現実は辛い物
がある。
デモのシニア参加者にはこのような底流意識があるような気もする。

3.デモの昨今事情
ある週刊誌の記事から、
8月に安保法制化に反対するデモがあった。国会前の抗議行動には、約12万人
もの参加者が集まったという。
この集会を企画した中心メンバーは、「SEALDs」という10代から20代の都内の学生
組織である。大学教授などの学者グループや子育て世代の女性たちも参加しており、
ベビーカーを押す主婦たち、杖をついた年配者も少なくなかった。
若者たちは鐘やドラムを叩き、そのリズムに合わせて「戦争法案いますぐ廃案」
というラップ調のシュプレヒコールをあげる。

何もかも50年以上前の安保闘争とは様変わりしていた。デモを規制する警官隊は
数名いたが、デモにつきものの機動隊員の姿はなかった。道路脇の装甲車の中で
休んでいる機動隊員たちの姿が、このおとなしいデモを象徴していた。
高齢者世代はデモ=乱闘というイメージがあるが、彼らは整然と行進し、渋谷で
流れ解散となった。
60年安保では、出発するや先頭に立って警官隊と対峙したデモ隊員は必ず逮捕
された。「ワッショイ」の掛け声とともに、警官隊は間髪容れず「逮捕」の命令
を出した。それだけに先頭のデモ隊員の目は血走り、誰もが青ざめて思いつめた
顔をしていた。

ところが、「SEALDs」のメンバーの中にそんな表情をした者は誰もいなかった。
服装もまったく様変わりしていた。60年安保闘争時代は、ほとんど全員が学生服姿だ
ったが、「SEALDs」のメンバーは、Tシャツなどカジュアルな服装ばかりだった。
女子学生らしい若者が雑談するのが聞こえた。

1968、9年と1979年さらに1989年、奇しくも10年ごとに個人的にも節目の時代だった。
いずれにしろ、時代変遷の中で自分はどうしていた、あらためて問うのも面白い。

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