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2016.11.04

インターネットの次へ来るもの?より考える

2000年に本格的に展開を始めたインターネット、新しい産業革命ともいわれる中で、
何もない空っぽの箱ともいわれたこともあった。
だが、今は全世界のネットユーザーは32億人以上に達し、日本でも1億人以上が使っており、
60兆を超えるページがあって増え続け、社会のインフラとして必須の存在となっている。
さらには、ネットをベースとしたAIやIOT(モノのインターネット)、ビッグデータ、
ロボットといったさまざまな次世代テクノロジーが本格化しつつある。
そのため、従来の仕事がコンピューターに置き換えられ、ネットが人間総体の能力を
上回ってしまうと主張するシンギュラリティーという言葉も真実味を帯びてきた。
デジタル時代は、それ以前の工業時代に比べて時間の経過が何倍も早くなり、物事の変化
が激しくなってきた。個人的にもそのただ中で30年以上を過ごしてきた。80年代の
世界的な通信自由化の時代を経て、光ネットワークが世界中に張り巡らされ、安価で
高速な回線が急激に整備されていった。それに並行する形でコンピューターは大容量、
高速化となり、社会全体がデジタル化へと邁進してきた。マイコンやプリント板で機器を
作りあげていたころから比べれば、隔世の感がある。
そして、進化がさらに進化をよぶ中で、その先までを見つめたのが、この「インターネットの
次に来るもの」なのであろう。

1.その概要
本書の原題はThe Inevitableで、不可避という意味だ。デジタル化したテクノロジー
が持つ本質的な力の起こす変化、それは水が川上から川下に流れるように、不可避な
流れであるといっている。この世界に普遍的な理でもある。
本では、12の傾向に分けて、それぞれの項目を順に説明していく。
「各章に1つの単語を当てはめたが、それらは単独で働く動詞ではない。
どちらかというと、互いがかなり重なり合い、相互依存しながら互いを加速
させていく。1つの単語についてはなすときに、同時にほかの単語について
話さないわけにはいかない。シェアリングが増えることでフローイングが増え、
かつそれに依存することになる。コグニファイングにはトラッキング必要になる。
スクリーニングはインタラクティングと分けられない。ここに挙げた動詞たちは
リミキシングされ、すべての動きはビカミングというプロセスの変形だ。
それはあらゆる動きの統一された場となるのだ」と言う。
動詞化する世界をまさにプロセスとして動いている姿として捉え、これらはデジタル
世界の持つ根源的な性格であり、重要なキーワードとなる。

ネット化したデジタル世界は名詞(結果)ではなく動詞(プロセス)として生成し
(第1章 BECOMING)、世界中が利用して人工知能(AI)を強化することでそれが
電気のようなサービス価値を生じ(第2章 COGNIFYING)、自由にコピーを繰り返し
流れ(第3章 FLOWING)、本などに固定されることなく流動化して画面で読まれる
ようになり(第4章 SCREENING)、すべての製品がサービス化してリアルタイムに
アクセスされ(第5章 ACCESSING)、シェアされることで所有という概念が時代
遅れになり(第6章 SHARING)、コンテンツが増え過ぎてフィルターしないと
見つからなくなり(第7章 FILTERING)、サービス化した従来の産業やコンテンツ
が自由にリミックスして新しい形となり(第8章 REMIXING)、VRのような機能
によって高いプレゼンスとインタラクションを実現して効果的に扱えるようになり
(第9章 INTERACTING)、そうしたすべてを追跡する機能がサービスを向上させ
ライフログ化を促し(第10 章 TRACKING)、問題を解決する以上に新たな良い
疑問を生み出し(第11章 QUESTIONING)、そしてついにはすべてが統合され
彼がホロス(holos)と呼ぶ次のデジタル環境(未来の〈インターネット〉)へと
進化していく(第12章 BEGINNING)という展開なのだ。

2.社会変化への示唆
各変化が重層的に互いに連携しあうような動きで社会全体変化へと向かっている。
この本でも随所にそれが見受けられるが、以下の一文も少しづつ我々が意識し
始めていることなのであろう。

「社会は厳格な階層構造から分散化した流動性へと向かっている。手に触れられる
プロダクトから触れられないものになっていく。固定されたメディアからぐちゃぐちゃ
にリミックスされたメディアになっていく。保存から流れに変わる。価値を生み出す
原動力は「答えの確かさ」から「質問の不確かさ」へと移行している。
答えを出すテクノロジーはずっと必要不可欠なままであり、すぐに得られ、信頼
出来てほぼ無料になる。しかし、質問を生み出すことを助けるテクノロジーは、もっと
価値のあるものになる。質問を生み出すものは、われわれ人類が絶え間なく探検する
新しい領域、新しい産業、新しいブランドや新しい可能性、新しい大陸を生み出す
原動力なのだときちんと理解されるようになるだろう」。

さらには、
「友人のために何かを投稿したりするのは時間の無駄だとも割れているが、われわれが
クリックするたびにホロスの知性の中にあるノードを強化する。つまりシステムを
使うことでプログラミングしているのだ。人間は毎日1000億回もウェブをクリック
しているが、それはわれわれが重要だと思ったことをホロスに教えているのだ。
言葉と言葉をリンクで結ぶたびごとにこの複雑な装置にアイデアを教えているのだ。
これは我々の人生が乗っかっている新しいプラットホームだ。
それは世界的な規模で常に動いている。このままのペースでテクノロジーの普及が進めば、
私の見積もりでは2025年までには、この惑星に住むすべての住人すべて、
つまり100パーセントがこのプラットホームにほとんど無料となった何らかのデバイス
を使ってアクセスするようになるだろう。、、、
われわれは始まっていくプロセスの中にいて、その非連続性のまさにエッジにいる。
新しい領域では、中央集権的な権威や画一性といった古い文化は縮小し、シェアし、
アクセスし、トラッキングするという新しい文化的な力が、様々な組織や個人の生活
を支配するようになる。シェアしていくことは、いまでもやりすぎだと思う人もいるが
まだ始まったばかりだ。所有からアクセスへのシフトは、まだほとんど始まってもいない。
流れていくこともストリーミングも、ぼつぼつと始まりだした程度だ。こうした機能は
今生まれたばかりの高品質のコグニファイングによって加速され、やがて現在最も
スマートに見えるモノさえ愚かに見えてしまうだろう。どれもまだ最終形ではない。
こうした移行は、なっていくプロセスの第一歩をふみだしたにすぎない。
つまり「始まっていく」のだ」。

最終章の「BEGINNING」はわれわれがこれからの社会という中で、どのように考え、行動
していかねばならないかを、示唆しているように思える。
格差の世界的な拡大が最近特に顕著にあっているといわれる。スーパー資本主義
と言われる、従来の資本主義よりさらに効率が進み、現世界での資産、体制が駆逐される、
大きな流れもこの流れの1つなのであろう。
さらには、新経済システムの1つとして言われる「シェアエコノミー」。物の共有化が
さらに進み、所有からサービスへの顧客行動、社会価値の変化もこの変化の1つでもある。

3.付加的な想い
この本を読んで次の言葉を思い出した。

自然を理解し、その中に占める人間の居場所を理解するのは、自然の目的と本質的意味
を把握することだった。だが、近代科学の誕生とともに、自然を意味のある秩序とみる
見方は影を潜めた。代わって、自然はメカニズムとして理解されるようになり、物理的法則
に支配されると見られるようになった。自然現象を目的、手段、最終結果と関連付けて
解釈するのは無智のゆえの擬人化した見方とされるようになった。
時計というのはね、人間ひとりひとりの胸のなかにあるものを、きわめて不完全なが
らもまねて象ったものなのだ。光を見るためには目があり、音を聞くためには耳がある
のとおなじに、人間には時間を感じとるために心というものがある。そして、もしその
心が時間を感じとらないようなときには、その時間はないもおなじだ。」
気にかかるフレーズだ。
この言葉をさらに突き詰めていくと、「時間系列が曖昧になった人間にとって
自己の存在はありうるのだろうか」という疑問も出てくる。

人間は自然を凌駕できるモノなのか、変化しつつある時間観念に対して己の存在は、
この本の描くこれからの社会の中で、1人の人間としての存在が問われていく、
そんな思いが強くなった。


いずれにしろ、この本でも言っているように、まだ始まりの緒についたばかりだ。

「つまりこういうことだ。いまここですぐに、2016年から始めるのがベストだと
いうことだ。歴史上、何かを発明するのに、こんな良いときはない。いままでこれほど
のチャンスや色々な始まりや、低い障壁や、リスクと利得の格差や、収益の高さや
成長が見込めるタイミングはなかった。今この瞬間に始めるべきだ。いまこそが、
未来の人々が振り返って「あのころに生きていれば」という時なのだ。
過去の30年ですばらしいスタート地点が作られ、真に優れたものを作り出す強固な
プラットフォームとなった。しかしこれから来るものは、それとは別の、それを超える
もっと違うものだ。われわれが作るものは、恒常的に、休むことなく別のものに
なっていくものだ。それに最高にカッコいいものはまだ発明されていない」。

これは、新しいビジネスへのガイドでもあり、人としてどう未来の社会を生きていくかの
心構えでもある。

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