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2016年12月2日

2016.12.02

インターネットの次に来るものと第4次産業革命

政府が掲げる成長戦略「日本再興戦略2016」や「ニッポン一億総活躍プラン」など
政策パッケージにより、2020年には名目国内総生産(GDP)を現在の約500
兆円から600兆円に引き上げる目標がある。
その基本の柱は「第4次産業革命」お言われるものだ。AIやIOTを活用することで
産業構造の大転換を図る。要はAI(人工知能)やIOT(モノのインターネット)
を活用することで、産業構造を大きく転換しようという取り組みである。
その意味で、「インターネットの次に来るもの」は現況と今後を見ていく上では、
参考となる。

ベースになる報告書が経産省の産業構造審議会の「中間整理」として「『新産業構造
ビジョン』~第4次産業革命をリードする日本の戦略~」として出ている。
その中で、「産業構造・就業構造の試算」として2030年の「仕事」の増減
を大胆に予測している。試算では、人工知能やロボットによって放っておけば735万人
の雇用が減るとした。職業の種類別にも試算しており、「製造・調達」で262万人、
「バックオフィス」で145万人、経営や商品企画などの「上流工程」で136万人の
仕事がなくなるとしている。
以前にも、「機械との競争」「フラット化する世界」など含め人が機械にその働きを
奪われることの指摘は多くされてきた。
多分、これは避けられない潮流なのであろう。

だが、たとえば、「機械との競争」で指摘されていることも十分認識すべき必要がある。
「機械との競争」では、
・テクノロジーが雇用と経済に与える影響
・創造的破壊、加速するテクノロジー、消えて行く仕事
・ディジタルフロンティア
などのテーマで、コンピューター、ネットワークの進化拡大による雇用の変化について、様々な
データを使い、説明している。
その中でも、富の増加分は、8割以上が、上位5パーセントの世帯に、4割以上が、上位1パーセント
に集中しているという。
コンピューター含め、テクノロジーの進化が、あまりにも速く、社会全体が追いついていない現状がある。
結果的に、テクノロジーが雇用を破壊していることになる。
技術の進歩は、生産性を押し上げ、富の総量を増やしているとは言え、その恩恵の分配には、
負の影響を及ぼしていることを、かれらのデータは、明確に示している。
資本家と労働者の対立では、テクノロジーが生産プロセスの人的労働の相対的な位置づけ
を押し下げるとなれば、生産されたモノから得られる収入は生産財の所有者が多くを得る、という。
雇用の増加はあるものの、さらなる格差の広がりがあるといっている。
そのような点を考えながら、第4次産業革命と言われるものを見ていくことが肝要となる。

テクノロジーが社会を変えていく点では、「インターネットの次にくるもの」で書かれている点を
もう少し細かく見てみる。
期待が高まるAIについては、
「人工的な思考は、本書に描くほかのあらゆる破壊的な変革を加速させる、未来の力の
源になる。コングにファイしていくことは確実に不可避だといえる。
例えば、ここの読者や視聴者が広告にどれだけ注目したかの総量をその個人の社会的な
影響力とかけあわせ、1ドル当たりの注目度や影響力を最適化することも可能となる」。
さらには、
「人間がまるでできないことをこなすためのものだろう。
もっとも重要な思考マシンは、人間の方がより速くよりよく考えられるようなことを
扱うのではなく、人間が考えもつかないことを扱うモノだろう。
、、、
AIの到来による最大の恩恵はそれが人間性を定義することを手助けしてくれる
ことだ。
わらわれは、自分が何者であるかを知るためにAIが必要なのだ」。
「信じがたいことかもしれないが、今世紀が終わるまでに今存在する職業の
70パーセントがオートメーションに置き換えられるだろう。ロボット化は
不可避であり、労働の配置転換は時間の問題なのだ。そこでは人工的な認知、
安価なセンサー、機械学習、偏在するスマート機能が中心に躍り出る。
広範に及ぶこのオートメーションは肉体労働から知識労働まで、すべての
仕事に及ぶだろう」。

第4次産業革命とは、従来の産業革命とは大分違うのかもしれない。
その点から、2つのことを見守る必要がある。

単に社会や企業の効率アップによって多くの人が幸せになるのであろうか。
むしろ現在も広がる格差がさらに大きくなる。それはここ10数年の低所得者と
下層市民と言われるの人々の反乱とも呼べる行動が如実に語っている。

さらに、個人の行動までこの変化は及ぶのではないのだろうか。
「工業化の時代に企業は、効率と生産性を上げることで自分たちの時間を最大限活用して
いた。今日ではそれでは不十分だ。今や組織は顧客や市民の時間を節約しないといけない。
つまりリアルタイムでやり取りできるように最大限努力しなくてはならないのだ。
リアルタイムとは人間の時間だ」と彼は言っている。
それは、時間が個人の行動や心根までも制約し始め、人としての意欲や活気を殺ぐ
ことになる。

先ほどの報告書では、テクノロジー活用の点からの技術至上主義的なアプローチであり、
人の意識や行動をどうこの変化に合わせていくかが議論されていない。
単に積極的な産業構造の転換や働き方の転換を行い、人工知能やロボットによって生産性
を高め、一人ひとりの取り分(報酬)を増やしていくことが可能だとしているのだ。

報告書では「変革」を進めることで従業者数が大きく増える部門がある一方で、逆に
従業者数の減少幅が大きくなる部門を想定している。端的なのが、「製造・調達」部門
である。現状を放置すれば262万人の減少になると試算しているが、変革した
場合には減少数は297万人へと拡大するとしているのである。
つまり、人口知能やロボットによって、「製造・調達」部門の仕事をむしろ積極的に
削減し、それを他の部門に振り替えていくべきだ、としている。

放っておけば減るが、変革によって増やせる仕事として、「営業販売」などを挙げて
いる。これまで通りの営業職はどんどん不要になるが、「高度なコンサルティング機能
が競争力の源泉となる商品・サービス等の営業販売に係る仕事」は増加するとしている。
現状放置では62万人が減少するが、変革すれば114万人の仕事が増える。
また、サービス職でも「人が直接対応することが質・価値の向上につながる高付加価
値なサービスに係る仕事」は増えるとしている。ここでも6万人の減少が179万人の
増加に転換させられるとしている。

数字的にはいいことづくめのようだが、「インターネットの次、、」にもある
以下の2点は重要な視点となる。

「テクノロジー版社会主義を、自由市場的な個人主義か、あるいは中央集権的な
権威主義かとゼロサムのどちらかで考えるよりも、テクノロジーによる共有は
新しい政治のOSであり、個人と集団の両方を同時に向上させるのだと考える
こともできるはずだ。どこにも明文化されていないが誰もが直感的に理解している
シェアリングテクノロジーのゴールとは個人の自律性と集団が生み出す力を
同時に最大化することだ。つまり、デジタルによる共有は、昔ながらの常識
とはかなりかけ離れた、第3の方法だとみなすことが出来る。、、、
新しいOSに当たるものは、私有財産を認めない古典的な共産主義の中央集権的な
計画でもなければ、純粋な自由主義の自己中心的なカオスでもない。
そうではなく、分散化した人々の協調によって、純粋な共産主義や資本主義では
できない新たなクリエイションと問題解決のためのデザイン領域が出来つつある
ということだ」。

さらに
「社会は厳格な階層構造から分散化した流動性へと向かっている。手に触れられる
プロダクトから触れられないものになっていく。固定されたメディアからぐちゃぐちゃにリミックス
されたメディアになっていく。保存から流れに変わる。価値を生み出す原動力は
「答えの確かさ」から「質問の不確かさ」へと移行している。
答えを出すテクノロジーはずっと必要不可欠なままであり、すぐに得られ、信頼出来て
ほぼ無料になる。しかし、質問を生み出すことを助けるテクノロジーは、もっと
価値のあるものになる。質問を生み出すものは、われわれ人類が絶え間なく探検する
新しい領域、新しい産業、新しいブランドや新しい可能性、新しい大陸を生み出す
原動力なのだときちんと理解されるようになるだろう」。

要は、変革をどのように行うかであろう。ツールの類はそろうが、それを活かし社会
を活動的にするには、今までより以上の個人の意識化が重要となる。
格差がさらに広がらないためにも、個人がこれらのインフラと各種ツールを使いこなす
こと、それが課題だ。この避けられない社会変化の中で、われわれが生き抜いていく
ことは、漫然とした態度では済まなくなる。

さらに、山崎正和氏の以下の言葉も同時に考えるべきことであろう。
「本来、人間は単に所得によってではなく、他人の認知によって生きがいを覚える動物で
ある。嫉妬や自己蔑視の原因は、しばしば富の格差よりも何者かとして他人に認められない
ことに根差していた。これに対して、20世紀の大衆社会は万人を見知らぬ存在に
変え、具体的な相互認知を感じにくい社会を生んだ。隣人の見えにくい社会では
遠い派手な存在が目立つことになり、これが人の目を富裕層や特権階級に
引き付ける結果を招いた。
こう考えれば、今、急がれるのは社会の「視線の転換」であり、他人の注目を
受ける人間の分散であることが分かる。普通の人間が求める認知は名声ではなく、
無限大の世界での認知ではない。むしろ人は自らが価値を認め、敬愛する少数の
相手に認められてこそ幸福を覚える。必要なのはそれを可能にする場を確保
することである」。

「インターネットの次、、、」にある流れは必然的な避けられないものである。
だが、そこには人としての心根も忘れてはならない。

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