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2016年12月16日

2016.12.16

甲斐信枝 雑草のくらし

甲斐信枝さん、絵本作家だという。
雑草の美しさにひかれ草花を描き続けて60年以上、御歳はめされているが、テレビに
移る姿は子供のようだ。可愛らしくかなりお元気である。
代表作「雑草のくらし―あき地の五年間」をテレビで知った。
独自の視点で、植物の生き生きした表情や躍動感あふれる瞬間を次々と発見するしていく。

甲斐さんが“綿毛の舞い舞い”と呼ぶ、ノゲシが一瞬の風に乗ってタネを飛び散らす
様子、葉が吐き出す水玉が、朝日を受けて赤・黄・青と様々に変化する「虹色に輝く
キャベツ畑」が様々な色に彩られる。
どの映像は素晴らしかった。
甲斐さんは、草をかき分け、地面に寝転がって、同じ目線になって植物と会話を楽しむ。
わたし的には猫たちの目線だ。
「植物と人間という違いはあるけど、生きものとしては同じ」。
満開のタンポポを見つけては、「やってる、やってる!」と大興奮する。
何十年見つめ続けても新たな発見やふしぎがあり、「草がおいでおいでするから、永久
に追いかける」という。
雑草たちの別な姿を見せつけられた、そんな思いが残った。

ノゲシが白い花となって空中に舞う。
それを草たちの目線で描く。
メヒシバ、オオアレノギク、カラスエンドウなどが狭い空き地で勢力を争うことを
描いた「雑草のくらし」は面白い。
普段何気なく通り過ぎる空き地、そこでは戦場のように繰り広げられる、雑草たちの
静かで熾烈な生存競争があった。少しでも多くの太陽を求め上へ上へ伸びていくメヒシバや
傷つき一本だけ残った根を深く地面に下ろしていくエノコログサ。風に乗って空き地に
飛んでくる新たな種子たち。勝負は永遠に続くかのようだ。冬を越え、勢力図は一変する。
風が運んできたオオアレチノギクが伸び、陽を奪われた草たちは枯れ消えていく。
しかし、その栄華も続かない。クズやヤブラカシなどのつる草がその上に覆いかぶさるように
成長し、彼らを消し去っていく。さらに、セイタカアワダチソウなど、土の中で栄養を
貯め込んだ新たな勢力が芽を出す。

映像には、彼岸花は赤く細いするどい花弁を無数に出し、あぜ道に太く赤い線を描いていく
様子も描かれていた。その姿も数日の命であるが、違う見方もある。
彼岸花の炎のような花のつぼみにとまるのは、ナツアカネである。このとんぼは
自分が全身真っ赤な色をしていて、いわゆる赤とんぼと言われているが、秋に群れ飛ぶ
姿は子供心にも綺麗だ思ったものだ。彼らは、ここがお似合いであることをよく知っている
かのようだ。彼岸花は、稲を刈り取る時期を教えてくれる大切な花だ。
この花の成長にはそつがない。農家の人が土手を草刈りすると、植物たちの
背丈は一時的に低くなる。そんな時を見計らって竹のごとくまっすぐ生えてくるのが、
彼岸花だ。その後数日のあいだに花を咲かせ、ほかの植物たちが背比べに
挑んできたときには、すでに種子を実らせている。
こんなに完璧に農家の人の暮らしと歩調を合わせる植物が、大陸からやってきた
外来種だと聞くと意外な気がしてしまう。きっと彼岸花は、もともと共存の
智慧を授かっている植物なのだろう。土手の向こうから農家の人の笑い声が
聞こえてきた。いよいよ収穫がはじまる。

我が家の猫たちもこの雑草の世界に不思議感を持っている。
ハナコは野良の時、陽の支配する日には、湖辺の横に広がる大きな空き地で過ごした。
そこは、不思議な世界でもあった。
冬はすべてが茶褐色の枯れ果て死に絶えた姿となるが、やがて雪が消え、体に暖かさが
宿り始めると、茶色の下に小さな緑の世界が徐々に表れてくる。黒ずんだ土を
覆い隠す枯草たちの間から差し漏れる光が彼らに力を与え、密かに集う緑の葉を少しづつ
大きくしていく。

それは圧制者の下で自分たちの生存をかけて次第にその姿を見せ始める革命者の
趣でもあった。さらに、すでに枯れて死んだと思っていた茶色の茎が徐々に青味を
帯び、緑色の太い茎となっても行く。ハナコはその変化する色彩の世界で、時に
ノロとも過ごし、強くなる陽ざしの中で、その命を長らえていた。
それはハナコたちだけではなかった。
少しでも多くの太陽を求め上へ上へ伸びていくメヒシバの細いながらも強くしなやかな
茎や傷つき一本だけ残った根を深く地面に下ろしてその生命を活かそうとするエノコログサ、
風が運んできたオオアレチノギクが陽を隠すほどに伸び、その陽を失い死んでいく草もある。
だが、その栄華も続かない。クズやヤブラカシなどのつる草、セイタカアワダチソウ
がほかの雑草たちを駆逐していく。勝負は一年では決まらない。冬を越え、勢力図は
一変する。空き地を戦場にその戦いは繰り広げられる、人間には伺い知れない植物たち
の静かで熾烈な生存競争がハナコの目の前で繰り広げられていた。

さらには、自然の力が彼らの生命に深くかかわってくる。
冬が消えはじめ多くの葉は、葉心は葉脈も初々しく滑らかなだが、やがて葉辺は錆色
に蝕まれて破れていく。そのちらばり広がる錆色の斑は、それが季節の移ろいに合わせ
伝染して、波及していくものらしい。今は明るく温かいが、どこからか暗い影が迫ってくる。
その暗さは寒さがつのるにつれて一層強まり、やがて多くの草が地に落ち行く姿となる。

春先には、ノゲシが地面から少し浮いたように濃い緑の葉を見せ、その先に深緑のつぼみ
が少し開くと鮮やかな黄色の花が顔を出す。それはさらに枯草を押し広げ太い茎に
ぎざぎざの大きな葉をつけている。1ヶ月もすると黄色い花は白く細い綿毛の群れ合い
風に乗って空中を舞い広がる。綿毛はただ風に乗るだけではなく、時には弧を描き
茎にまとわりつき、天空へと駆け上がる仕草をも見せる。

だが、それも春が去り始めるとメヒシバがノゲシの寄り添うように増えてくる。
茎は細いが、その身は分枝しながら地表を這い、節々から根を下ろしはじめる。
花茎が立ち上がり、その先端に数本の穂が伸びる。1つの塊となって、次第に
放射状に広がりその葉は細い長楕円形で薄くて柔らかく、小さな穂がいくつかでて、
先のとがった針形が四方へと伸びる。そのころには、すでにノゲシの姿はない。

ハナコはここを訪れるたびにこれらの雑草たちが時の移ろいの中で、少しづつ
強くなったり弱り消え去る様を眼のあたりにしてきた。
そのようなことに無関心なハナコにとっても、草たちの栄枯盛衰は見逃せない
情景でもあったが、ヤブガラシは好きでなかった。
彼らはあっという間に枯草に覆いかぶさり、背丈の低い雑草を枯らし駆逐していく。
のんびりと日差しの中で過ごしたいハナコにとっては、はなはだ迷惑な草だ。
近くの長老猫からこんなことを聞いたことがあった。

「ヤブガラシとはうまくいったもののや。藪を覆って枯らしてしまうほどの生育
が早いのや。別名ビンボウカズラ(貧乏葛)とも言われ、その意味というのは
庭の手入れどころではない貧乏な人の住処に生い茂るからや、あるいはこの植物
に絡まれた家屋が貧相に見える、またはこの植物が茂ったことが原因で貧乏に
なってしもうなどの意味に解釈されているんや」と。

この空き地もそうであるが、我が家の庭も一晩で梅の木や椿の木を覆い隠すほど
につるは数メートルに伸び、そこから幾重もの巻きひげが枝枝に絡みつき覆い
被さって数枚の小さな葉を茂らせる。花は直径数ミリで薄緑色の花弁が散った後に
橙色の花盤が残るのだ。この花盤には蜂や蝶などの昆虫がよく集まり、我が家の猫も
蜂に痛い目にあったことがある。

雑草の戦い、共存の世界、猫たち以上に新しい世界を見せてもらった、甲斐さんに
感謝である!!

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