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2017.01.06

時間への想い、その長さと回帰の感覚

約500ページほどの個人的な小説を書いた。一応フィクションであるが、ベースは
今までの悔悟を主とした自身の歩みである。唯一残るものだ、そんな思いに浸っている。
それを書き綴る中で、感じた。
30代から50代初めまでの一番充実していた頃は、忙しさの中で、短く過ぎたものと
思っていたが、意外に記憶が鮮明でその時々長い時間を過ごしていた、そんな思い
に捉われた。

1.時間感覚についての補説より
そんな時、トーマスマンの「魔の山」にある「時間感覚についての補説」を思い出した。

「退屈の本質に関する誤った考えがあふれている。一般には、内容の面白さや
珍しさは時間を追い払う、つまり短くするが、単調さと空虚さは時間の経過に重しを
つけ、邪魔すると考えられている。これは必ずしも正しくはない。空虚さと単調さは
なるほど光景や時間を引き延ばして「退屈に」させるかもしれないが、それらは
膨れ上がった時間を縮小して、消滅させてしまう。反対に、豊かで魅力的なことは、
翼をつけたように時間を縮めてしまうが、全体的にみると、それは時間の進行に
広がり、重み、堅牢さを与える。そのため、波乱にとんだ年月は、風が吹き飛ばして
しまうほど、つまらなくうつろで空虚な年月よりも、はるかにゆっくりと通り過ぎていく。
従って退屈とはむしろ、単調さのために生じた病的に短い時間のことである。
膨大な時間も不断の単調さの前では心が凍るように縮みあがってしまう。
もし一日がほかのすべての日と同じであれば、すべての日は一日として過ぎ去っていく。
完全に一葉であれば、最も長い一日であっても、ほんの短時間しか経験されず、
知らぬ間に過ぎ去ってしまうだろう」。

トーマスマンの最後の言葉を問い直してみよう。これは、私たちの人生が本来
どれほどの長さなのかという問いである。私たちは人生の長さをいつも通り
カレンダーによって測るべきだろうか。それとも経験したことに応じて人生の持続時間
を決める基準とすれば、四十歳の人が八十歳の人よりも長く生きたということも
ありうる。しかし私たちはまずそのような主観的尺度に従うことはない。
ひょっとしたら今日とは異なる時代、異なる文化では、人生の長さがカレンダーの
年数に応じて数量的に判断されたりせず、経験に応じて、つまり意義のある
内容に応じて評価されたかもしれない。(「意識の中の時間」より)

ここで、多くの哲学者や学者が長年、永遠の課題としてきた「時間」の哲学的な
課題を語るつもりは毛頭ない。
だが、「正法眼蔵の有事の巻」やエンデの「モモ」でもテーマとなっている「時間」
についてあらためて考えさせられた。
私の拙い小説でも、その時々の情景や心根がはっきりとしたイメージとなってその一節に
なっていくのは、多くは、仕事の忙しさに追い立てられている状況や困難な局面
に立ち往生しているような時だ。逆にのんびりとした日々となった(そのようなときは
あまりなかったと思うが)時期の記憶はほとんど浮かんでこない。青緑に輝く湖水を
ゆっくりと広がる水のしじまや風に揺らぐ黄金の穂波が、緩みきった体と精神を
通り過ぎ、後にはそれがあったことさえ定かではない、そんな心持だ。
それは、トーマスマンが言う「波乱にとんだ年月は、風が吹き飛ばしてしまうほど、
つまらなくうつろで空虚な年月よりも、はるかにゆっくりと通り過ぎていく。
従って退屈とはむしろ、単調さのために生じた病的に短い時間のことである」
なのかもしれない。

2.ミヒャエル・エンデの「モモ」より
また、ミヒャエル・エンデの「モモ」という童話の事を書いた時も、「時間」というものの
あり方、持ち方について考えさせられた。それは、トーマスマンの思いとは違うようだが、
同根の思いの中にある。
時間の国に住むマイスター・ホラがモモに語った言葉がある。

「時計というのはね、人間ひとりひとりの胸のなかにあるものを、きわめて不完全
ながらもまねてかたどったものなのだ。光を見るためには目があり、音を聞くため
には耳があるのとおなじに、人間には時間を感じとるために心というものがある。
そして、もしその心が時間を感じとらないようなときには、その時間はないも
おなじだ。ちょうど虹の七色が目の見えない人にはないもおなじで、鳥の声が耳の
聞こえない人にはないも同じようにね。でもかなしいことに、心臓はちゃんと生きて
鼓動しているのに、なにも感じ取れない心を持った人がいるのだ」

これを読んだとき、心に大きな重しが出来た。悔悟というそれだった。退屈という
時間とは違う過去の回帰という時間の存在だ。
私も、滋賀に来た当初は、家からこの道路を一時間ほどかけてかけて
道の駅から近くの温泉へと、直行便の如く走り抜けていた。狭い道路沿いの川の
流れに、比良山系ってその深さは凄いね、と感じ、迫り来る杉の黒さとその圧倒的な
緑の群れの中の自身の小ささを感じさせた情景を思い出す。
だが、足で歩いていたら全く違う情景もあったはずだ。

3.正法眼蔵「仏経の巻、有事の巻」より
私にとって、耳の痛い話ではあるが、「仏教の巻」の冒頭の一節は、中々考えさせられる。

「諸覚者の覚りが言葉となって現れる、それが仏経である。それは仏祖が仏祖のため
に説くのであり、教えが正しく伝わるために説くのである。これが覚者の説法であり、
威儀である。この教えが最も活き活きと働く精神の場に、諸仏祖を出現させ、諸仏祖
をして十分に解脱させる。この諸仏祖は必ず一塵の場に出現する。
それは一塵の場においての解脱の出現である。それは世界を尽くす解脱の出現である。
一刹那の出現でありつつ、しかも海のごとき長時間に亘る出現である。
そうであるが、一塵の極微の場、一刹那の極微の時間に出現しながら、仏教の本質を
すべて十全に具えている。それは尽世界と海のごとき永遠の時間の出現であり、
何か欠けたところを補うような働きではない。こうしたことであるから、朝に成道し
夕べに死を迎えた諸覚者にあっても、彼に仏教の本質が欠けていることはない。
もしたったの一日ではせっかくの利益が少ないというなら、人間の生きる八十年も
長いものではないのである。人間の八十年を十劫二十劫に比べれば、その一日は
八十年のようなものではないか。時間の長短によって比べるなら、この覚者が
ある日に得た仏教の本質を、またかの釈尊が八十年に得た仏教の本質を理解することは
出来ないだろう。永遠にわたってある所の仏教の本質と釈迦八十年の仏教の本質を
あげて比べてみれば時間の長短が問題ではないことは疑いを持つまでもない。
このように、仏教の仏教とは普遍不変の理法の教えである」。

これを理解したとは言えないが、「、、、、その一日は八十年のようなものではないか。、、、」
の一文は感慨深いものがある。
もっとも、愚鈍なわたしにとって、一日で人生を達観できるとは、とても思えないし、八十年
でも無理であろう。

また、「有事の巻」では、時間と存在とは何ものかを語っている。
「時は即ち存在であり、存在はみな時である。
今という時の一日について考えよ。、、、、一日二十四時間が長いか短いか広いか狭いか、
きっぱり量りもせずに、人はこれを一日と言っている。
日常の一日が朝に来て、夜になれば去るはっきりしたものであるから人はこれに疑いを
持たず、しかし疑いを持たないからと言って知っているわけではない」。

人間生活の便宜のためのものが、いつしか万能の基準とみなし、蝶や鳥の一生が短いとか
長いとかいう。だが、万物の生きることの長短を人間側の物差しで決めることはできない。
さらに、人それぞれの人生の長短も時計の針ような時間で決まるものではないのだろう。
時間とはやはり不可思議なものだ。

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