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2017.02.10

「老い」自身への意味その2

だが、むしろ「心の老い」の方が気になる。4年ほど前から新しいものへの興味、
探求心が少なくなった。何かに感動したり、心が弾むという軽やかさが消えた。
まだ「キレる老人」のごとき醜態は見せていないものの、心のどこかにこの「老い」
が棲みつき始めている、そんな怖れを感じる。
川端康成の「山の音」は老いゆく人をうまく描いている。
例えば、
「そういったとき、ひまわりの花の、大きく重みのある力が、信吾に強く感じられた。
花の構造が秩序整然としているのも感じられた。
花弁は輪冠の縁飾りのようで、円盤の大部分は芯である。張りつめて盛り上がる
ように、しべが群がっている。しかも、芯と芯とのあいだに争いの色はなく、
整って静かである。
そして力があふれている。花は人間の頭の鉢廻りより大きい。それの秩序整然
とした量感に、信吾は人間の脳を、とっさに連想したのだろう。
また、盛んな自然力の量感に、信吾はふと巨大な男性のしるしを思った。
この芯の円盤で、雄しべと雌しべが、どうなっているのか知らないが、
信吾は男を感じた。
夏の日も暮れて夕凪だった。しべの円盤の周りの花弁が、女性であるかの
ように黄色に見える」。

このような感じを持てたのは、いつごろまでであったろうか、この文章を読むと
いつもそう思う。さらに老いの果てにあるものを、

「月の夜が深いように思われる。深さが横向けに遠くへ感じられるのだ。
8月の10日前だが、虫が鳴いている。
木の葉から木の葉へ夜露の落ちるらしい音も聞こえる。
そうして、ふと信吾に山の音が聞こえた。
風はない。月は満月に近く明るいが、しめっぽい夜気で、小山の上を
描く木々の輪郭はぼやけている。しかし風に動いてはいない。
信吾のいる廊下の下のシダの葉も動いていない。
鎌倉のいわゆる谷の奥で、波が聞こえる夜もあるから、信吾は海の音かと
疑ったが、やはり山の音だった。
遠い風の音に似ているが、地鳴りとでもいう深い底力があった。自分の
あたまのなかに聞こえるようでもあるので、信吾は耳鳴りかと思って、
頭を振ってみた。
音はやんだ。
音がやんだ後で、信吾は初めて恐怖におそわれた。死期を告知された
のではないかと寒気がした。
風の音か、海の音か、耳鳴りかと、信吾は冷静に考えたつもりだったが、
そんな音などしなかったのではないかと思われた。
しかし、確かに山の音は聞こえていた。
魔が通りかかって山を鳴らしていったかのようであった。
急な勾配なのが水気を含んだ夜色のために、山の前面は暗い壁のように立って見えた。
信吾の家の庭におさまるほどの小山だから、壁といっても、卵形を半分に
切って立てたように見えた。
頂上の木々の間から、星がいくつか透けて見えた」。

病院を退院して1ヶ月ほどした時、庭で同じような感覚に襲われたことがある。
わたしの住宅地は南側を除き、小さな山に囲まれ、杉などの木立が月に映えて
ざわつくことがある。それは単なる自然現象の1つだったのかもしれないが。
「山の音」を手に取ることが多くなった。老いゆくものにとって、この小説は
ひそやかな怖さをのぞかせるものだ。それぞれの文章にある客観的表現がいつしか
自身にとっては主観的な事実になるという畏れがある。

「心の老い」を「体の老い」と合わせてうまく描いているのが、徒然草の第7段
であろう。老いについて、正面から論じた最初の日本人は吉田兼好とも言われている。

「あだし野の露消ゆる時なく、鳥部山の煙(けぶり)立ち去らでのみ住み果つる習
ひならば、いかにもののあはれもなからん。世は定めなきこそいみじけれ。

命あるものを見るに、人ばかり久しきはなし。かげろふの夕べを待ち、夏の蝉の春秋を
知らぬもあるぞかし。つくづくと一年(ひととせ)を暮すほどだにも、こよなうのどけ
しや。飽かず、惜しと思はば、千年(ちとせ)を過す(すぐす)とも、一夜の夢の心地
こそせめ。住み果てぬ世にみにくき姿を持ち得て、何かはせん。命長ければ辱(はじ)
多し。長くとも、四十(よそじ)に足らぬほどにて死なんこそ、めやすかるべけれ。

そのほど過ぎぬれば、かたちを恥づる心もなく、人に出で交らはん事を思ひ、夕べの陽
(ひ)に子孫を愛して、さかゆく末を見んまでの命をあらまし、ひたすら世を貪る心の
み深く、もののあはれも知らずなりゆくなん、あさましき」という文があった。
古文だけではわからなかったので、現代語訳を読むと、腑に落ちた。

「あだし野の墓地の露が消えないように人間が生き続け、鳥部屋の煙が消えないように人
間の生命が終わらないのであれば、この世の面白み・興趣もきっと無くなってしまうだ
ろう。人生(生命)は定まっていないから良いのである。

命あるものの中で、人間ほど長生きするものはない。蜻蛉(かげろう)のように一日で死
ぬものもあれば、夏の蝉のように春も秋も知らずにその生命を終えてしまうものもある。
その儚さと比べたら、人生はその内のたった一年でも、この上なく長いもののように
思う。その人生に満足せずに、いつまでも生きていたいと思うなら、たとえ千年生きても、
一夜の夢のように短いと思うだろう。永遠に生きられない定めの世界で、醜い老人
になるまで長く生きて、一体何をしようというのか。漢籍の『荘子』では『命長ければ
辱多し』とも言っている。長くても、せいぜい四十前に死ぬのが見苦しくなくて良いの
である。

四十以上まで生きるようなことがあれば、人は外見を恥じる気持ちも無くなり、人前に
哀れな姿を出して世に交わろうとするだろう。死期が近づくと、子孫のことを気に掛け
ることが多くなり、子孫の栄える将来まで長生きしたくなってくる。この世の安逸を貪
る気持ちばかりが強くなり、風流さ・趣深さも分からなくなってしまう。情けないこと
だ」。
多分、今の時代では兼好の時代のの40歳が70歳なのであろうか。
「老醜」への想いはこの古き時代でもあったと思うと、心が軽くなった。

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