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2017.03.03

自然と人とのかかわりとその想いその1

この街に住んで20年ほどとなった。5回ほどの転居の最後の土地
になるのであろう。琵琶湖の近くに住んでみたい、それが理由であったが、
それはここの湖西地域でなくとも、東側の湖東地域でもよかったわけだ。
だが、住んでみてこの地に来たことは正解であった。
比良山系と間近な琵琶湖、良い意味での開拓の進まなかった手つかずの
自然の残る土地が少なくなかった。

「木戸の歴史めぐり」というかっての木戸村の村史の序文からは、短い
ながらこの地に住む人々の自然との関わり、その思いが伝わってくる。

自分の眼前に、神秘の謎を秘め、朝日夕陽に照らされて、神々しく輝く
偉大な母なる琵琶湖。琵琶湖が、木戸からでは一望でき、他の町村では
味わえないよさがある。
湖面に波一つなく、朝の静寂を破り、あかね雲とともに、母なる琵琶湖の
対岸の彼方より上り来る、こうごうしい朝日に向かい、手を合わすたびに
「ああ、ありがたい。今日も一日、幸せでありますように。」と祈る、
このすがすがしいひととき、この偉大なる母なる琵琶湖も、風が吹きくれば、
きばをむき、三角波を立て、悪魔のようにおそいかかり、鏡のような静かなる
湖も、荒れ狂い、尊い人命を奪い去る事もある。

また、湖西の自然に筆を執った作家も少なくない。司馬遼太郎の「街道をゆく」
では、その始まりをこの湖西の旅から始めているし、井上靖は「夜の声」で
朽木を含めたこの湖西の自然が人間の汚濁から逃れている地として、心の
よりどころを求めた。1000メートル級の山並みが続く比良山系と間近に
迫る海のごとき蒼き琵琶湖、その自然の調和が彼らや多くの人々を惹きつけているのだ。
さらには、都の北端で都人の交流、比叡山延暦寺の仏教文化の余波を受けるという
余燼の文化的な微風を感じる土地でもある。

春のこの辺の情景を描写してみたい。
穀雨(こくう)とは、二十四節気の第6番目であり、4月20日ごろである。
田畑の準備が整い、それに合わせて春の雨の降るころであり、穀雨とは、
穀物の成長を助ける雨のことである。そして、穀雨の終わりごろ(立夏直前)
に八十八夜がある。春雨が地面に染み入り、芽を出させる頃となり、各地の
竹林では筍が収穫の時期を迎える。街の奥にある竹林でも、筍が元気な姿を
見せる。筍の魅力は、春を感じる独特の香りとコリコリとした独特の歯応え
であり、それを楽しむ方法はここの郷土料理にはたくさんあるが、中でもよく
親しまれているのが佃煮。細かく刻み、木耳(きくらげ)や椎茸などと混ぜ
合せることで、食感が更に引き立つ。その味は、食べたものでしか分からない。

すでに彼方此方から桜の開花や花見の様子が伝えられていたが、このあたりは
少し遅い様で穀雨前後に桜も満開となる。公園や坂を少し下った道沿いの桜も
まだ固く蕾のままである。
しかし、農作業はすでに始まり、田圃にも水が張られ、気の早い蛙は日夜その
独唱に励んでいる世でもある。水を湛え始めた田圃にも生気が蘇り、畦道にも
命の息吹が見えていた。ハコベの緑に加えタンポポの小さな黄色が幅を利かして
いたし、紫の小さな花々がその横に一団となって咲いている。水の入っていない
休耕田であろうか、透明感のある小さな桃色の花が一面をおおっている。蓮華草の
花畑だ。昔は、肥料として使うため、蓮華草の種を夏の終わりに播いたという。
その葉が放射状に刈田に広がり緑の絨毯となって冬を過ごすのだ。
そして、春を待ちかねたように桃色の世界を田の中に演出していく。そこに、
蜜蜂も訪れ、春の賑わいをさらに高めていく。
気の早い人はすでにトラクターの騒がしい音を畑や田圃一杯に響かせている。
雨がやみ、それと同時に自然界に新たな成長の季節が訪れた。
松尾芭蕉も詠んでいる。
山々にかこまれた春の琵琶湖の大観を一句に納めたものとして、
「四方より花吹き入れて鳰の海」、春の琵琶湖である。
木々や草花はいっせいに華やかな色彩とかおりをまき散らし、トチノキの
枝は小刻みに震えながら、円錐形の花キャンドルを支えていた。
白いヤマニンジンの花笠が道端をびっしりと覆っている。つるバラが
庭塀を這いあがり、深紅のシャクヤクがテッシュペパーのような花弁
開いている。りんごの木は花びらを振り落としはじめ、その後にビーズ
のような小さな実をのぞかせている。

比良の若葉山の姿は、やはりこのあたりから見るのが良いように思った。
山並みの傾斜と直立する杉の木々との角度、これに対する見るものの位置が
あたかもころあいになっているのである。
その上に昔もこの通りであったととも言われぬが明るい新樹の緑色に混じった
杉の樹の数と高さがわざわざ人が計画したもののように好く調和している。
このあたりの人の考えでは、山は山の自然に任せておけば、永くこの状態は
保ちえられると思っている。琵琶湖の水蒸気はいつでも春の木々を紺青にし、
これを取り囲むような色々の雑木に花なき寂しさを補わしめるような複雑な
光の濃淡を与える。山に分け入る人は、単によきときに遅れることなく、
静かに昔の山桜の陰に立って、鑑賞しておりさえすればよいのであって、
自然の絵巻きは季節がこれを広げて見せてくれるようになっているのだ。

そんな事を考えながら、雑木林を抜け、街のはずれの竹林の中を落ち葉の
かさかさする音と踏みしめる足元の心地よさを味わっていた。
通り過ぎる家々の壁はその陽射しの中で新しい灰色、キチンと刈り込まれた
生垣の緑色、庭の芝生も黄緑の色を濃くしていた。それに対抗する様にユキヤナギ
の木々が5弁で雪白の小さな花を枝全体につけてその白さを誇っているよう
に繁っている。雑草が一本も生えていない花壇には、クロッカスの紫の花が
行儀よく2列をなしている。家々は春の装いの最中なのだ。

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