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2017.03.24

時間感覚その1

2年半ほど前、2ヶ月の間の入院であったが、ステロイドによる薬治療であったため
何もせずに時の流れのままに過ごした。だが、ステロイドの副作用で、神経は活性化し、
朝の4時から夜の9時までパソコンと格闘した時の事。その時間感覚は、時に重みを
与え、その広がりは普通に言う短いというより、厚みのある濃厚な記憶となり、むしろ
長さを持った時であった。さらに、退院後、脚力が非常に落ち、今までの歩く時間よりも
半分以下となった時に、歩きながら見た光景の今までと違う感覚に驚いたことがある。
時の流れがゆったりとすると、今まで見ていた世界も大きく違ってくる。それは貴重な
体験でもあった。そんな折、時間とは何か?ふと思った。時間の存在は哲学的な課題として、
多く論じられているようであるが、文学の世界でもその時間感覚に何かを求めている
ようでもあり、いずれにしろ我々が何かの拍子にふと「時間」と言う感覚に触れた時、
その面白さに気づくものなのだろう。
われわれが普段身についた物理的な時間は生活の手段として作り出されたものであり、
その思考的束縛を緩めることからも、個々のレベルで感覚的な時間、意識的な時間を
考えることが必要ではないか、あの大病後のあと、絶えずわたしの課題となっっている。

以前に紹介した「モモ」の中で、ミヒャエル・エンデが、「時間とは意識である」ということ
を子供に語りかけるような言葉で説明している。
食事時間を節約するためにファーストフードで10分で食事を終えることは、一見すると
時間を節約しているように思えるが、その10分が心や意識に残らない10分ならば存在
しないのと同じ。そういう時間のすごし方で30年を重ねたとしたら、物理時間は節約できた
かもしれないが、意識のレベルでは何も残っていない。自身の存在さえ無なのかもしれない。
しかし、食事に30分かけても、記憶に残る食事を経験できたのであれば、それは意識を
大事にできたということであり、つまりは時間をその人が意識できたということになる。

同様の考えは宗教の世界でも言われている。
正法眼蔵の「有事うじ」の巻では、以下のようなものもある。
「時は即ち存在であり、存在はみな時である。
今という時の一日について考えよ。阿修羅像はそのまま現在の時である。
阿修羅の姿はそのまま時であるから今という眼前の一日と全く同じである。
一日24時間が長いか短いか広いか狭いか、きっぱり量りもせずに、人は
これを一日と言っている。日常の一日が朝に来て、夜になれば去るはっきりした
ものであるから人はこれに疑いを持たず、しかし疑いを持たないからと言って
知っているわけではない。
このように、人は見当がつかない諸所の物事にいちいち疑いを持つとは限らない
から、また疑いというものは対象を定まった像に結ぶことがないことによる
疑いであるから、本来はっきりとわからない状態の「疑う前」と疑いを
持った今の「疑い」とは必ずしも一致することがない。知っているようで
実は知らないということも、定まらないままの形相としてやはり時である
ほかはない」と。

時間の感覚には二種類あるともいう。1つは直線的に1方向に進む「直線的時間」で、
日常のなかで時間と言っているのはこれである。この時間は、一度過ぎ去ってしまうと
もう元には戻らない。つまり取り返しのつかない時間で、そのため、昨日したこと、
今やっていることを「自己記憶の配列」として認識している。つまり日々の
活動を記憶し、配列化することで、時間を認識し、自己存在を認識することになる。
エンデや兼好が示す時間はこれに近いのであろう。道元の場合は、これにもう1つの
時間間隔を含めているようであるが、いずれにしろ、特に大事なのは、物理的時間の
中での濃密な意識化であろう。

少し科学的な理解を加えると、ある脳生理的アプローチでは、以下のようなことが言えるという。
今までの少し哲学的な理解に加えると少しすっきりするのではないだろうか。敢て、ここに
コメントしておく。
「脳の時間的機構は私たちが時間を利用するためにあるのではなく、私たちの経験や行動が
秩序だって機能するためにある。時間のメカニズムはいかにという形式的な枠組みを
与えてくれる。それによって何か、つまり見たもの、聞いたもの、触れたもの、が
姿を現してくる。ある種の病気にかかったものは、何を経験したかの記憶はあるものの、
単に彼らはそれらを時間の順に並べることが出来ないだけなのだ。
脳にある記憶が系列的な順序として処理されないことから発生している。
すなわち、時間を感じるということは脳内の記憶がその発生時期に応じて規則正しく
認識されるということなのだ。」

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