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2017年4月7日

2017.04.07

和辻哲郎「古寺巡礼」との付き合い その1

人の心の移ろいとは中々に妙のあるものだ。
最近特にその思いが強くなった。個人的に見ても、20代から60代まで、相手や自身の
心根への反応も大分変ってきたように思う。もっとも、その一番根底にあるその人の
深層的考えは変わると思っていないのも一方にあるが。
そのような想いの中で、「古寺巡礼」への自身の移ろいもまた変わってきている。
この本に出合ったのは、昭和48年発行版であるから、40年以上前になるのかもしれない。
(ちなみに初版は、大正8年)この本を持って奈良見物?をガイドブック的に回った
記憶もある。当時は仏像を単なる芸術的な鑑賞物として拝観したようで、ほとんどその
記憶はないものの、本から伝わる熱い何かは心に残った。

仏像を最初に素晴らしいと感じたのは、広隆寺の弥勒菩薩半跏思惟像であった。
関西に移った30代後半から何度となく広隆寺を訪れたこともあった。
正直なところ、中宮寺の木造菩薩半跏像は2回ほど見たが、広隆寺の弥勒菩薩ほどの感銘は
うけなかった。この本の記述にあるような感動は、広隆寺の像の方がぴったりと
合っている、そんな想いが強かった。しかし、40代後半に聖林寺の十一面観音を見た時、
改めてこの本の記述と符合する感動を受けたものだ。それ以降は十一面観音が私の主たる
興味の対象となった。その記述は、
「切れの長い、半ば閉じた眼、厚ぼったい瞼、ふくよかな唇、鋭くない鼻、
全てわれわれが見慣れた形相の理想化であって、異国人らしいあともなければ、
また超人を現す特殊な相好があるわけでもない。しかもそこには、神々しい威厳と
人間のものならぬ美しさが現されている。
薄く開かれた瞼の間からのぞくのは、人のこころと運命を見通す観自在の
まなこである。、、、、、、
この顔を受けて立つ豊かな肉体も、観音らしい気高さを欠かない。
、、、
四肢のしなやかさは、柔らかい衣の皺にも腕や手の円さにも十分現されていながら、
しかも、その底に強靭な意思のひらめきを持っている。
殊に、この重々しかるべき五体は、重力の法則を超越するかのようにいかにも
軽やかな、浮現せる如き趣を見せている。
これらのことがすべて気高さの印象の素因なのである。
、、、、
われわれは観音像に接する時その写実的成功の如何を最初に問題とはしない。
にもかかわらずそこに浅薄な写実やあらわな不自然が認められると、その像の
神々しさも美しさも悉く崩れ去るように感ずる。だからこの種の像にとっては
写実的透徹は必須の条件なのである。そのことをこの像ははっきり示している。」
まさに、この描写の世界であった。

この本が発行された時、彼は三十歳だった。さらに、この改版にあたって、その序文は
中々に興味がある。
「、、、著者自身も、もしそういう古美術の案内記をかくとすれば、すっかり内容
の違ったものを作るであろう。つまりこの書は時勢おくれになっているはずなのである。
にもかかわらずなおこの書が要求されるのは何ゆえであろうか。
それを考えめぐらしているうちにふと思い当たったのは、この書のうちに今の著者が
もはや持っていないもの、すなわち若さや情熱があるということであった。
十年間の京都在住のうちに著者はいく度も新しい『古寺巡礼』の起稿を思わぬでは
なかったが、しかしそれを実現させる力はなかった。ということは、最初の場合の
ような若い情熱がもはや著者にはなくなっていたということなのである。
このことに気づくとともに著者は現在の自分の見方や意見をもってこの書を改修する
ことの不可をさとった。この書の取り柄が若い情熱にあるとすれば、それは幼稚である
ことと不可分である。幼稚であったからこそあのころはあのような空想にふけることが
できたのである。今はどれほど努力してみたところで、あのころのような自由な想像力
の飛翔にめぐまれることはない。そう考えると、三十年前に古美術から受けた深い感銘
や、それに刺戟されたさまざまの関心は、そのまま大切に保存しなくてはならないとい
うことになる。、、、、」

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