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2017.05.06

自然と人とのかかわりとその想いその3

志賀はこの月山ほどの雪の深さはないものの、一、二月は何回か雪に覆われることがある。
冬以外、ほかの四季も歴然とその姿を見せる。
この志賀の良さに憧れて移住してきた人々も少なくない。
この地へ移住してきた人々はその想いを語っている。
ある陶芸家と木工作家、画家の想いを聞くと、それがよく分かる

・ある陶芸作家の想いより
琵琶湖の自然は「インスピレーションの源」である。
眼下に琵琶湖が一望できる工房からは、毎日異なった「空の青」と「湖の青」
が広がっている。この風景が作品に大きく影響している。
琵琶湖の白波に感動しては青磁に白い線を入れ、命の源である「水」を表現する。
大自然と対話を繰り返しながら作品作りを進めた。
作品は徐々に評価され始めたが、まだ失敗を繰り返すことも多く、技法に限界
を感じかけていた2005年、日本伝統工芸展に出品した作品が、宮内庁
買い上げとなった。「何か大きな力」が自分を後押ししてくれるように感じました。
これからも人に力を与えられるものを作りたい。
願わくば、焼き物への関心が低い人へも」

・桶職人と言うよりか、木の工芸家の方は、
比良工房で製作している桶は、大きな檜などの原木から作り上げていきます。
材木屋さんから丸太で届いた木は、割るのにも一苦労。
小さなぐいのみも、おひつも、まずはこの作業から始める。
大人がしゃがんだ高さほども直径がある木か形を創って行きます。
ここまで育つのに、どれくらいの年数がかかったのでしょう。
「樹齢と同じ年数使える桶を作れ」祖父の言葉です。
そして、この志賀の自然環境が私の作品つくりには欠かせないもであり、
京都からこの地に来た成果であります。

・あるアメリカ人の画家
ある日、京都の山里で見かけた茅葺き屋根の民家に一目惚れして、スケッチを
重ねるうち目にしたのは、過疎化した山村で茅葺き民家がトタン張りになり、
現代住宅に建て替わり、また朽ち果てていく光景だった。
「美しい茅葺き屋根の家を改築して住みたい」という思いが芽生えていく。
方々探し歩いた末「棚田の曲線が美しく、琵琶湖の対岸に湖東平野や
鈴鹿山脈まで見渡せる、広がりのある景色がすばらしい」のと、
交通の便の良さが決め手となり、志賀の少し奥の地に住むことにした。
「自分で工夫し設計・施工したので、家が身近に感じられて住む味わいが増した。
作品の中に住んでいるような感じ」と満足のご様子だ。
危機感を覚えるのは、その伊香立を始めとした日本各地の美しい風景が開発などの
ため失われていくことだ。「風景を保全するため働かなければ」という信念のもと
「不要不急な事業を止めるべきだ」と訴えている。

この3人の想いと同じ様な自然に魅了された人々が志賀の北部に居を構え、
地域の中で、自身の作品などを創作し、見せることになどで日々の生活を営んでいる。
例えば、
歴史や文化、伝統をになって代々暮らし続けてきた者、この地に魅せられ移住してきた
者、ギャラリー・工房を構え創作活動する者。さまざまな人々が手をとりあって、元気
な比良を発信することを目的にして、普段は公開していない作家の工房やアトリエを
開放したり、ギャラリーなどでは地域にちなんだ展示をしたり、他にも比良の子供
たちの絵画展や比良にゆかりのある作家たちの作品展、一般参加型のスケッチ大会、
歴史散策、里山コンサートなどを催している。
菓子工房、カフェ、地元食材のお弁当の美味しい店、アウトドアの店、幾つかの
陶芸家の店、庭工房、日用品の工房、アンティークハウス、アトリエ、など
琵琶湖と比良山系にはさまれ、人々の暮らしと自然が融合した地域の作品やもてなし
をしている。びわ湖に比良山脈がせまる細長い土地、それが比良。そこには
雑木林があり、里山の生活もある。
今では珍しくなったしし垣といって獣と人間が住み分けをするために作られた
石垣も残されているような土地なのだ。

先ほどのアメリカ人の画家も言うように、琵琶湖周辺でも、湖西と湖北は、まだ
古きよき日本の原風景を残している。
更には、生活の中に琵琶湖と比良の山並が滑り込んで、その古さと新しさの調和
を活かしている場所でもある。多くの古代文化の遺跡や古墳など形あるものは、
数百年の時により、消え去り埋没したかもしれないが、人をベースとする文化
は継続して残っていくし、その自然も他に比べて生きている。
例えば、湖国に春の訪れを告げる恒例の法要「比良八講(ひらはっこう)」は、
例年3月26日に大津市と周辺の琵琶湖で営まれ、僧侶や修験者らが、比良山系
から取水した「法水」を湖面に注ぎ、物故者の供養や湖上安全を祈願する。
この法要は、比叡山僧が比良山中で行っていた修法。法華八講(ほっけはっこう)
という天台宗の試験を兼ねた大切な法要で、戦後に復活された。
この法要のころに寒気がぶり返し、突風が吹いて琵琶湖が大荒れになる。これは
琵琶湖と比良山の温度差で突風が起こるものであるが、これを人々は「比良八荒
(ひらはっこう)」と呼び、この日を「比良の八荒、荒れじまい」の日として、
この法要が終わると湖国にも本格的な春が訪れる、とされる。
こんな逸話も残る。法華八講の修業が厳しいものだったため、ある僧に恋した娘
が僧の言う通り、琵琶湖をたらい舟に乗って99日通いつめ、100日目の夜に
明かりが灯されなかったがために、娘は琵琶湖に没してしまったという。
そのために、毎年この日、琵琶湖が吹き荒れるともいう。
現在の比良八講法要は、3月9日に日吉大社に関係者が集まって安全祈願する
ところから始まり、3月16日には志賀町の比良山系打見山で取水作法がある。
奈良のお水取りを修二会(しゅにえ)というが、比良八講では修三会(しゅさんえ)
である。そして3月26日午前9時ごろ、長等(ながら)3丁目の本福寺
(ほんぷくじ)を出発した僧や修験者ら約80人がホラ貝を響かせながら大津港
までお練りをし、浜大津港から船に乗って湖上修法と浄水祈願を行いながら堅田
へと向かう。堅田に到着後は、護摩供(ごまぐ)法要が営まれ、これで比良八講法
要が終了する。

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