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2017.07.28

自分の影?

わたしたちは普通自己の存在は1つしかないものと考えている。それは普段の行動でも
思考でも自分自身とは相いれない何かに気づかず過ごし、そのような局面になったとしても
思い違い程度としてすましていることがほとんであろう。つまりもう1人の自分が
いるなどと思うこともない。でも、心理学では少し違う見方がある。「影」の存在を
認めている。そしてそれが如実に表れるのが「夢」だとも考えている。
たしかに、夢の中では、自身が意識している自分と全く正反対の人間が登場することが
よくある。
たとえば、決断や行動を素早くできると思っているが、時に気弱で優柔不断な男の夢を
見たことはないだろうか。個人的には、時に朝目覚めた時、何か不可思議な自分が
板という記憶がある。記憶もそれが何度か紡がれていくとさすが鈍感な私でも夢の
人間は誰なんだ、と思うことがあった。

河合隼雄の「影の現象学」はその点で面白く読める。
ちょっと以下の文はいかがであろうか。
「まず、自我は影の存在を意識していないが、影によって何らかの影響を受けている
場合がある。こんな時、われわれは思いもかけない失敗をしたり、物忘れをしたりする
ことが多い。これはわれわれの心の中の小さいトリックスターの餌食になっているとき
であるとも言うことが出来る。
言ってはならないことことをつい言ってしまったり、厳粛な場面で笑いが込み上げて
きたりする。これを逆に言うと、われわれはあまりにも馬鹿げた失敗を繰り返すときには、
どのような類の影が自我に働きかけようとしているのかについてよく考えてみることである。
そこで、相手を明確にすることができれば、後に述べるように、われわれはそれと関係
が持てるのである。影が普遍的なものに近くなり、働いている層が深くなるほど、
自我のうける影響は不可解なものとなる。それは幻覚となったり、妄想となったりする。
そのインパクトの強さのため、われわれは外界と内界の識別さえ難しくなるのであろう。
このような自我と影の関係は、昔話や神話の表現によると、正体不明の怪物によって
国や町などが脅かされている状態ということになるだろう。
ここで影の力が強くなり自我がそれに圧倒されるときは、完全な破滅があるだけである。」

このように自身の行動を考えたことはないだろうか。
さらに、ある夢の分析から少しその意識が深まるのでは。
「25歳男性の夢
わたしの兄が何か反社会的なことをしたため、逮捕されることになる。夢の中では、
それは武士の時代のようになっていて、兄は拘引されるより切腹を希望する。わたしも
それを当然の琴と思っている。ところが、切腹の時になって私は「死」を意味することが
はっきりとわかり、必死になって兄をとめる。「死なないで、ともかくどんなことが
あっても生きていれば、会うこともできるし話し合いもできる。死んだらおしまいだ。
死なないで」と私は叫ぶ。
この夢を見た人は、社会的な規範を守り、その線で合理的に割り切って生きていく人
であり、その兄は何とか現状を打ち破り法律を曲げてでも状態をよくするために
行動する人であるという。この対照的な性格を示す兄が影であることは言うまでもない。
兄が反社会的なことを犯したという点にもそれが表されている。しかし、夢の舞台
を「武士の時代」に設定するという巧妙な手段をとって、本人と影との間に役割の変化や
関係が生じてくるようにする。、、、そして最後の瞬間にこの人の態度は逆転し、
社会的通念に反して、生きることを兄にすすめる。彼はここで社会的規範を破って
自分の心の中に流れる感情に従って行動し、影の死を救う。「生きている限り話し合える」
と彼が叫んだことも意義が深い。、、、、」

卑近な例として人格者と呼ばれる人の子供がどうしようもない夜の外れものだったり、国や
集団の影をいけにえ的に弱いものに押し付けたり、自分の影を外向的に照射するような行動
を時折見かけるが、これも「影の投影」という考えがあるという。

「われわれ人間はだれしも影を持っているが、それを認めることはできるだけ避けようとする。
その方策としてもっともよく用いられるのが、「投影」の機制であろう。
投影とはまさに自分の影を他人に投げかけるのである。しかし、投影と言っても誰かれなく
相手を選ばずにするのではない。その意味において、投影を受ける側も投影を引き出すに
値する何かを持っていることも事実である。
自分の周囲にいる「虫が好かない」人を取り上げ、それをひたすら攻撃する。自分は
お金のことなどあまり意に介してないのだが、同僚はお金にやかましすぎる。、、、、
結局は、この人が自分自身の影の部分、お金の問題を同僚に投影していたことが分かり、
この人がもう少し自分の生き方を変え、影の部分を取り入れていくことによって問題が解決された。」

このように影の世界、この存在を意識しておくだけでも自分の行動に幅が出るとも思える。また、
2つ目の文例のように影と自分の会話、内面での会話、がより自分を高めていくという
ことは素晴らしいことであろう。
夢分析なんて単なる心理学者の妄言だという否定的な人には関係ないだろうが、
でも、ことの有無はべつとしても「人間とは面白い生きモノ」であることには同意
してもらえるかもしれない。

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