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2017年11月14日

2017.11.14

西近江路(旧志賀町)をゆく その序

今、私はJR湖西線小野駅の前に立っている。ここも30年ほど前までは、琵琶湖を
見下ろせる緩やかな丘陵地帯であったのであろう。だが、今はその痕跡すら残っていない。
大きなロータリーが2つあり、そこから見えるのは、70、80坪の家並みが続いたいる。
その合間を縫うような形で小山が2つほど見える。古代には、これから向かう北国海道
と呼ばれる京都と敦賀を結ぶ道があった。そして、この地を支配していた和邇部氏や
小野氏の古墳が琵琶湖を望むような形で多く作られた。更には、小野氏の隆盛を感じさせる
幾つかの神社が今も健在である。遠く望む比良の一千メートル級の山並みは秋の訪れを
松、杉の常緑の中に黄色味のブナやオオナラの広葉樹とが微妙な彩となりがゴブラン織り
のような姿を見せはじめるのもこのころだ。
しかし、約30年以上前に開発が進められたこの周辺は4600戸ほどの街並みとなり、
かっての自然はすべて脇に押しやれら、僅かな古墳周辺の雑木林や湖辺に細長く残る
葦原のみのどこにでもある住宅地となった。

西近江路は、大津から敦賀までの街道を示すが、大陸と京都を結ぶ重要な道でもあり、
古代から整備されていた。また旧志賀町は、その街道の一部でもあり、小野から北小松
までの情景、生活風景には、幸いというべきか、まだその残り香が各地区の片隅や伝統行事
という形で散在し、地区の人々に守られ慈しまれている。それはちょっと奥深い小さな神社を
流れる湧水であったり、語り告げられた説話として時に表現されたり、苔むした石垣
の存在であったりもする。歴史の積み重ねの中で捨て去られたり、埋没したものもあろうが、
小野から南方面のいわゆる開発され尽くした地域では、まだ密やかな存在を受け継いでいる
ものさえもが、その多くは時の中、「人間の幸せ」という名分の中に消し去られつつもある。

しかし、北小松までの比良山系と琵琶湖に挟まれたこの地方をぶらぶらと足に任せて歩く
小さな紀行から、まだまだ小さな見どころ、隠れた地域で語り継がれた来たもの、数百年の
時にもかかわらず残っている自然のあり様を見いだせた。それは二十四節気という季節の
変わりごとを描いた農事暦の移ろいが身近に感ぜられることからも分かった。更には、古老
と言われる人々にもそれがある。司馬遼太郎が「街道をゆく」で、その第一回をこの地域を
選んだのが納得できる。琵琶湖に沿う形で伸びる比良山系、山歩きが苦手な私であるが、
千メートルを超える山並みは自然の描画を様々季節、一瞬間の間にもその変化の多様な
琵琶湖の多様多彩な姿形と調和し、時には反駁しながら描いてくれる。湖の群青、満月に光り
輝く黄金色の水面、四季の折り目を見せてくれる葉群の濃淡の緑、秋の赤、黄色、橙の変化する
葉たち、白雪の頂を持つ比良の山並みと透き通る蒼さの中にさざ波を見せる湖面、時には
それらの色凡てが入り混じり濃厚な自然の有色の景観を織りなしていく。
更に少し奥へと足を延ばせば、大小の不揃いな田んぼが緩やかな傾斜を持った小さな丘
を這うように並び「田毎の月」を楽しめる棚田もある。歌川広重が描いた「信濃 更科
田毎月 鏡台山」さながらの景色がある。小さいながらもこの地は日本の原風景を抱えている。
それはアスファルトジャングル化した都会ではありえない自然の癒しであり恵みでもある。

それらのどれか、もしくはすべてに魅かれたのであろうか、琵琶湖を取り巻く近江の文学は
100冊以上もあり、多くの作家の心の襞に触れてきた。例えば、井上靖は「夜の声」「星と祭」等多く
の作品をこの近江を中心に描いている。また、白洲正子や司馬遼太郎の紀行文に描かれる
多くの神社仏閣の存在や琵琶湖を中心とした生活情景は今もまだ息づいている。
商業化されるには、派手さがなく、多くの景観もその規模が小さくそこに住む人にさえあまり知られて
いない存在でもあった。しかし、いまだ人の手が加わらない古代以降の日本的情景が残っている
のもこの地域だ。ここは、その想いを味わいながらゆっくりと歩き、己や知り合いに想いを
深めるには最適の場所でもある。
そして、その第一歩をこの小野から始める。
この静かな住宅地を脳裏からすべて消し去り、都人が訪れ詠ったという歌が「志賀町史」
にある。それを思い出しつつ小さな旅を始めたい。
以下は志賀町史の「志賀の四季」にある。歌心は無けれど、これあの歌以外でも
多くの都人が詠ったという四季時折の歌にその情景が浮かぶ。
そしてそれはまだこれから漂遊する地域でも見られるはずである。自然は頑強に
この地を守ってきた。

「恵慶集」に旧暦10月に比良を訪れた時に詠んだ9首の歌がある。
比良の山 もみじは夜の間 いかならむ 峰の上風 打ちしきり吹く
人住まず 隣絶えたる 山里に 寝覚めの鹿の 声のみぞする
岸近く 残れる菊は 霜ならで 波をさへこそ しのぐべらなれ
見る人も 沖の荒波 うとけれど わざと馴れいる 鴛(おし)かたつかも 
磯触(いそふり)に さわぐ波だに 高ければ 峰の木の葉も いまは残らじ
唐錦(からにしき) あはなる糸に よりければ 山水にこそ 乱るべらなれ
もみぢゆえ み山ほとりに 宿とりて 夜の嵐に しづ心なし
氷だに まだ山水に むすばねど 比良の高嶺は 雪降りにけり
よどみなく 波路に通ふ 海女(あま)舟は いづこを宿と さして行くらむ
これらの歌は、晩秋から初冬にかけての琵琶湖と比良山地からなる景観の微妙な
季節の移り変わりを、見事に表現している。散っていく紅葉に心を痛めながら
山で鳴く鹿の声、湖岸の菊、波にただよう水鳥や漁をする舟に思いをよせつつ、
比良の山の冠雪から確かな冬の到来をつげている。そして、冬の到来を予感させる
山から吹く強い風により、紅葉が散り終えた事を示唆している。これらの歌が
作られてから焼く1000年の歳月が過ぎているが、現在でも11月頃になると
比良では同じ様な景色が見られる。

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