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2018.04.07

ある里の春

この里では春は土から来る。肌寒さが畑に立つ人の心を揺する。暮れに植えた大麦の葉が
融けはじめた雪の間から顔を出し、春の光の中で微笑んでいる。村人もその顔を見てほっこりする。
まだ寒さを帯びた風が茶色と白の斑な地面を撫ぜ、彼方こちらから湧き出ている水と立ち上る
薄い蒸気を巻き込みながら湖へと流れ落ちていく。湖は薄黄色や薄紅の光を混じり合わせた
霞に曖昧な丸さの朝日を抱きかかえ静かな面を保っている。朝日が斜めから射し込む中を
いくつもの影がその大地を踏みしめ、麦たちのその小さな命を慈しむように単調な作業を
繰り返していく。太い影、小柄な影が劔の山から遠ざかるように湖へと向かい、踏みしめる
足影に、ザクザクという音が混じり込んでいく。しばらくするとその影は湖の霞に浮かぶように
横一線に立ち現れ、また御山に一定のリズムを持って向かっていく。朝日を背にした大小
幾つもの影は、その連なりを時折まだ残る雪の塊に足並みを乱し、四方から掛け合いの
声が響き渡る。足元をただ見つめ歩を進める者、時に薄い綿状の雲に目を上げては
踏み進むもの、何か心配事があるように首を振りながら踏むもの、様々な姿態が
様々な影を落とし畑を一つの線を成して進む。朝の仕事が、それは軍隊の攻め入る姿にも似て、
続いていく。

御山からゆっくりとした足どりで降りてくる風もはたと止まって、土は暖かくその日のすべてを
受け、思う存分その熱を地中へと伝えわたす。その刺激は冬を大過なく過ごしてきた虫や
木の根にも春の到来を告げていく。田圃に並び立つ榛の木もまだ葉も出ないうちに
地味な紅紫の蕾を目立たたぬように少しづつ色づけている。地中の虫たちの中でも
その慌て者は微かな土の盛り上がりにその姿を見せる。蟻が土手の荒く拡がった土の
縁に顔を見せ黒く小さな触角を休むことなく動かし、春の香りを嗅ぐかのように穴の
周辺を動き回る。

春の光をすべてのものが受け止める。そこに新しい命が芽生えまた村人を支えもする。
村の女たちもまた忙しくなる。雑木林や山端の近くに足を運ぶ。春の旬菜を摘み、その
食膳をにぎわすのだ。雑木林にも幾つもの人影が見え隠れしてる。うず高く積もった
枯葉とすべての葉を落とした裸の木々が女たちの姿を明瞭に映し出す。
腰をかがめてひたすら枯葉と茶色の地面に目を据えているもの、二人ならんで喋りながら
時に枯葉色の中に見えた緑の葉を竹編みの籠に入れていくもの、若い女房に採った
野草の食べ方を教えているもの、繁った草もなく、何の遮りもないただ立ち並ぶ幹だけが
光に映えた空間に女たちの姿が動き回る。それは里に下りてきた熊や猪を思い起こさせる。
まだ枯草色が占めるが、若芽の緑がその中に小さな彩を見せている。緑と薄黄色の蕾の
ようなフキノトウがわずかに残った雪の白さに浮き出ている。
少し奥に入ると、白く小さな花の群落が小川に沿って伸びている。二リンソウは暖かい白さ
がある。咲き乱れるその中で春の声を聞く。雜木林も変容を始めていた。枯葉を押しのける
ように其處此處に緑の葉が散在し、顔をのぞかせ春の様子をうかがっている。立ち枯れた
芒や麦の茎が丸裸となったクヌギやコナラの木の間に寄り添うように立ち並び、己の最後の
姿を日の中に晒しているが、その傍では黄色の色鮮やかなタンポポが降り注ぐ日の中に
しっかりと大きな葉を下ろしてる。雑木林の隙間を縫うように鳥たちが飛び交い、様々な音律
を奏でていく。その声とまだ残る枯草のかさかさという音に合し、女たちも自然の恵みを採り続ける。
少し奥の湿ったところにギシギシの葉が見えた。老婆がそれを採りあげ、若い女房に何かを教えている。

刈田はまだ眠ったままだ。雪解けの水が稲の白く枯れ切った切り株のまわりにいくつもの
水溜りを作っている。水溜りが空の青さを写し取り、それがピースの抜けたパズルの未完成品
のように所々に黒い土を見せている。しかし、田圃のあぜ道はすでに緑の衣装を着けた様に
様々な野草の中で緑のフレームを作り上げている。村人はあぜ道をゆっくりと踏みしめ歩き、
冬に弱った土盛りや崩れ落ちた畦を丁寧に修復をしていく。泥にまみれた手と足がタビラコ、
つくしやスギナに褐色の色を残しつつも照り始めた日の中でやがて薄茶色に変色しながらも
彼らの仕事はそこに満足の微笑みが見えるまで続く。中腰の曲げた身体を時にまっすぐにし
小さな吐息を吐きながら、老人は折を見てあぜ道に座り込み、のこぎり葉の真ん中から茎を
直立に伸ばしたタンポポの健やかな姿に見入る。若者は汗ばんだ顔を手で拭い、その影が
紅赤に帯びるまで止めることはない。彼らを励ますのは、ほのかな蒸気を見せて流れる湧き水
の流れの音だ。だが、田圃に引き込まれる水はまだその役目を果たさないまま道の脇から
ごぼごぼという音を立てつつ所在なさげに小川を通り、湖へと白い糸引きを見せつつ流れ行く。
それを見下ろす榛の木もまだ葉をつけるまでには至っていない。あぜ道に佇む村人は思う。
風が暖かみを見せ、劔の山もせり上がる緑色が中腹まで至ると、籾種が水の張られた水田
を突き上げるように萌出てくる様を、そして大麦の畑がその若い穂波をその柔らかな風に
揺らし波打つ絨毯の様を見せていることを。自然との闘いと共生が循環を巡らしてまた
彼らの前に現れてくる。

村の間近も色づいた。雪の間にひっそりと見えていた小さな緑の葉が一面に拡がり、すでに
黄色く色づく蕾となって、日の強い東側では、黄色の薄絹に覆われたかのように菜の花が
石垣に沿って彩を放っている。時折降る細く緩やかな雨に促されるのか、その黄色を更に
強め見る人に春を告げる。村人が自作している小さな畑には、春キャベツ、菜花、明日葉、
が一畝ごとに濃い緑、黄色みある緑、薄緑を注がれる光に映えている。
冬を過ごしたナズナが線香のような細い薹をもたげてその先に米粒に似た花をつけている。
黒く盛られた畝に薄茶色の玉ねぎが見えている。数人の老婆が玉ねぎ取りながら畝の
雑草を取っている。少し腰をかがめ丸くなった身体を左右に揺らし土の香りとともに玉ねぎを
引き抜いていく。雑草たちも春の光の中、己らの存在を誇示したいのであろう。しかし、
その皺とあかぎれの見える手は彼らに容赦しない。次第に黒く艶のある畝と一直線に
並んでいる玉ねぎだけがそこに残る。

雪が融け込んでいた雨にも温かさが育ち、彼らの細く緩やかな滴りは多くの草木にとっては
育ての親となる。木の芽起こしの雨だ。夜の密やかな闇を音もなく降り注ぎ、また薄青さと
灰色の入り混じった空から見えないほどの細い雨を降らしていく。まだ山端の奥、谷の
せせらぎの傍、家の軒下に残る雪、すでに泥を帯び白き純白さを失った、を消し去っていく。
黒く何も身に着けていない殺風景な木立にその雫がしみ込み、また大地に葉を広げる雑草や
野草にも雨が柔らかくその発育を促す。若くしなやかな葉が木々に戯れ、地上の葉は次第に
大地に映る影を黒く大きく広げていく。空からのエネルギーは地上の生物、植物に均等に注ぎ、
新しい命と力を与えていく。それは人に対しても同じだ。多くの人は、その内より湧き上がる
興奮と喜びに冬に味わった苦痛と萎んだ心、身体に決別を宣言する。

若者や子供たちは光の注ぐ野や山に出かけ、老いたるものは日差し溢れる庭や縁側で
終日を過ごす。男たちは畑や湖で日々の生業を自然の循環に合してこなしていく。女たちも
また家事や畑仕事を中心に日々にその身を委ねる。老いたるものも同じだ。
そしてその身を動かし自然の中で生きることが彼らの役目であることを理解している。
村はそのように動き、長き時に合わせ生きて来た。

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