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2018.08.22

立秋に思う

立秋(8月7日から8月22日)

秋隣とはうまくいったものだ。8月半ば彼岸も過ぎた2日は程、涼やかな風が吹きわたった。
久しぶりのクーラのいらない日であった。まさに涼風至る。だが、それも2日間だけ、
その後は、残暑と呼ぶべきか、大暑のままというべきか、35度前後の日々が続き、
我が家の老夫婦を苛めぬく、もっとも苛められるのはこの老人だけで我が家の老婆は
朝の6時からウォーキングと頑張っている。朝は気持ちよくなった、と元気そのもの、
親父はその時間はただ寝るしかない日々である。

トマトはやはり夏物に限る。最近は、1年じゅうあるように思えるが、味の深みが違う。
しかし、深みのあるトマトにはとんと出会えない。あまり熟すると商品価値が落ちるからなのか、
淋しい現実が見えるようだ。西瓜、桃、この時期よく味わっていたものへの興味が薄く
なっていく。ツユクサと朝顔の蒼や紅色にわずかな暑さのやわらぎを感じつつ、感激や
感動という激しい感情の高まりが少なくなっていく、高校野球も結果だけだ、戦後70年経た
への思い、大津の花火、夏祭り、五山送り火も、熱中症と異常高温というメディアの騒がしさ
と射し込むような日差しに何故か、生き延びている。

伸び放題の庭の片隅に白い花が細長い花穂に幾つもの点を見せている。みずひきがあった。
ヒグラシの声を聞くことが多くなった。寒蝉鳴(ひぐらしなく)というこの候、ヒグラシも
人間の季節感に合わせているようだ。墓参りと先祖のお迎えだけが義務のようにお盆を
終えた。台風20号が来ているという。例年の倍の多さだ。すべてが少しづつ地球を変えて
いるのだろう。人も変わっていくのだろう。樹雨きさめは、林や森を歩いていると、木の葉
から滴が滴り落ちることを言うが、霧が出る季節にはよく出会う。だが、熱帯夜が続き、
朝と晩の寒暖差が少ないと、霧も出にくい。まだまだ大暑の中で生きいくしかなさそうだ。

Facebookにネタをもらって以下の投稿をした。
ごりは琵琶湖の夏の風物詩。7月から9月、7月頃の体長1㎝位の子どものゴリ、早く
炊かないと溶けてなくなるそうだ?薄い褐色を帯びた透き通るような体、写真はさらに
生育しているようだけど美味しそうな釜揚げ。琵琶湖名産の「ゴリの佃煮」、少し前までは
一般お惣菜だったけど、今では「高級食材」。でも、かま揚げでポン酢で食べるのは、
最高だ。和邇漁港は数少ない「えり漁」の網を洗う機械がある港、網が汚れると、暑い中
漁で疲れた体を奮い立たせて水を含んだ思い網を持ち上げ洗ってます。
9月「えり漁」が終わると洗って網の修理をします。

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