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2018.08.18

西近江路紀行16 自然との協奏

西近江路紀行16 自然との協奏

西近江路を少し奥へ迂回すると、比良の自然、思うがままに書き綴れる。
湖水を見て、鳥の声を聞き、野辺の草花を触り、森の匂いを嗅ぎ、
せせらぎの水を味わう、五感のすべてに自然が語り掛けてくる。
見慣れた風景ではあるが、朝日の中に、夕陽に、二十四節気の自然の趣に
人も自然も輝きわき立つ。

春の季節では、自然界に新たな成長の季節が訪れるころである。
松尾芭蕉も詠んでいる。
山々にかこまれた春の琵琶湖の大観を一句に納めたものとして、
「四方より花吹き入れて鳰の海」、春の琵琶湖である。
木々や草花はいっせいに華やかな色彩とかおりをまき散らし、トチノキの
枝は小刻みに震えながら、円錐形の花キャンドルを支えていた。
白いヤマニンジンの花笠が道端をびっしりと覆っている。つるバラが
庭塀を這いあがり、深紅のシャクヤクがテッシュペパーのような花弁
開いている。りんごの木は花びらを振り落としはじめ、その後にビーズ
のような小さな実をのぞかせている。

また、少し奥へと入れば、比良山系の自然の作品、精神風土の名残にも
会える。比良山系は、千メートル以上の山々が連なっており、冬の雪景色
(比良の暮雪と言われているが)、春のみずみずしい青さ、秋の紅葉と常緑の緑
のパッチワーク的な山肌、夏の深い緑と多面的な顔を持っている。
ここは、山岳信仰の場でもあり、今は廃墟と化しているが、比良三千坊と
呼ばれた寺院、修行場の跡も含め、修養の場としても最適であったのだろう。
森に入れば、その一端を味わえるのではないだろうか。

比良山系に「日本の滝百選」にも選ばれている名瀑である八淵(やつぶち)
の滝がある。比良最高峰・武奈ヶ岳の北東に端を発する鴨川源流にかかる名瀑
として有名。その名前のとおり、八つの淵(滝)があり、下流から、魚止の滝、
障子の滝、唐戸の滝、大摺鉢、小摺鉢、屏風の滝、貴船の滝、七遍返しの滝と
なっている。八つの中でも、障子の滝と貴船の滝は大きくスリルに富んでおり、
夏には、その滝めぐりは清涼感の漂う、気持ちのよい山歩きとなる。
だが、冬には違う味わいもできる。真冬には数10センチとなる雪の中の
雪白な美しさと身を絞める寒さが生きていることへの証左を見せてくれる。
夏から秋の初めに集落を歩くと、細い石畳が続き、石で囲まれた3面水路を
水が踊りながら下へと流れていく情景によく出会う。
側壁の石にその煌めくしぶきがはね何十という黒い水あとを残すが、それは
暑さの中で、すぐに消える。苔にかかりその緑色を一段と輝かせるが、
それも一瞬のこととて、すぐに黄色味を帯びた苔の帯に変わる。

この志賀も含め、近江は書く者にとって、多くの熱情を与えるようだ。
以前にも、書いたが、近江を中心に描かれた小説は100冊以上もあるようだ。
井上靖が描いた「夜の声」という小説がある。
この退廃していく社会を憂い、交通事故で神経のおかしくなった主人公を通して
その危機を救える場所として近江を描いている。
神からのご託宣で文明と言う魔物と闘うが、自分はそのために刺客に狙われている
と思い込んでいる。魔物の犯してない場所を探して、近江塩津、大浦、海津、
安曇川から朽木へと向う。朽木村でその場所を見つける。
「ああ、ここだけは魔物たちの毒気に侵されていない、と鏡史郎は思った。
小鳥の声と、川瀬の音と、川霧とに迎えられて、朝はやってくる。漆黒の
闇と、高い星星に飾られて、夜は訪れる。、、さゆりはここで育って行く。
、、、レジャーなどという奇妙なことは考えない安曇乙女として成長していく。
とはいえ、冬は雪に包まれてしまうかもしれない。が、雪もいいだろう。
比良の山はそこにある。、、、さゆりは悲しい事は悲しいと感ずる乙女になる。
本当の美しいことが何であるかを知る乙女になる。風の音から、川の流れから、
比良の雪から、そうしたことを教わる。人を恋することも知る。季節季節
の訪れが、木立ちの芽生えが、夏の夕暮れが、秋白い雲の流れが、さゆりに
恋することを教える。テレビや映画から教わったりはしない」
舞台は朽木としているが、この比良地域も同じだ。井上靖が願望する
自然がまだ多くみられる。

さらには、比良のしゃくなげ(井上靖)詩集北国からもその情景が読み取れる。
「むかし写真画報と言う雑誌で、比良のしゃくなげの写真を見たことがある。
そこははるか眼下に鏡のような湖面の一部が望まれる北比良山系の頂で、
あの香り高く白い高山植物の群落が、その急峻な斜面を美しくおおっていた。
その写真を見たとき、私はいつか自分が、人の世の生活の疲労と悲しみを
リュックいっぱいに詰め、まなかいに立つ比良の稜線を仰ぎながら、
湖畔の小さな軽便鉄道にゆられ、この美しい山嶺の一角に辿りつく日が
あるであろう事を、ひそかに心に期して疑わなかった。絶望と孤独の日、
必ずや自分はこの山に登るであろうと。
それから恐らく10年になるだろうが、私はいまだに比良のしゃくなげを
知らない。忘れていたわけではない。年々歳々、その高い峯の白い花を瞼に
描く機会は私に多くなっている。ただあの比良の峯の頂き、香り高い花の群落
のもとで、星に顔を向けて眠る己が眠りを想うと、その時の自分の姿の
持つ、幸とか不幸とかに無縁な、ひたすらなる悲しみのようなものに触れると、
なぜか、下界のいかなる絶望も、いかなる孤独も、なお猥雑なくだらなぬものに
思えてくるのであった。」
多くの開発と言う行為の中には、自然への畏敬と尊敬の念が欠落していることが
多く、我々の知らないうちに自然がその生命を終えて行くことが見られる。
比良と琵琶湖の織り成す清々しい魅力を次代へと伝えて行く必要がある。

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