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2019.03.20

虫たちも喜び騒ぐ、啓蟄の頃

第3節気 啓蟄(3月5日から19日ごろ)

東の方から少しづつ、まるでモノクロ写真のような 暗さが
やがて白い光となってくる。 ピンクの花衣をつけた梅の木、
まだその葉さえつけていない紫陽花、薄黄色の丸い実をつけている
金柑の木、最後には、毎年赤い大きな花を咲かせるデゴニアへと、
黒いポーチの枠を映しながら白い帯が微妙な速さで流れていく。
それは朝の自然の習慣のようでもある。

少し前まで冬と春がせめぎあうような湖、比良の山々、だがそれも春が次第に
にじり寄ってその強さを増している。 少し前まで見せていた中空の月の姿は、
今はなく、ただ青い空が 全天を照らしている。 朝のしじまが少しづつ、
その明るさと喧騒さに紛れ、一枚一枚皮を剥がすかのように朝の顔になって行く。
この時刻、琵琶湖に向けて歩みを進めると、まだ白いものが残る比良の山並が
少しづつ後ろに流れ、目の前に広がる 蒼き湖が少しづつその大きさを見せる。
浜辺に立つ。八幡山が朝の霞に薄いベールでおおわれ、湖辺と対岸の山々を
溶かし込んでいる。春の暖かさを告げていた。
啓蟄、二十四節気のいう生命の息ぶきを感じる春、すべての情景が冬の衣を脱ぎ
捨て始める。褐色の大地に可愛いピンク、黄色、白などの彩が顔を出す。
名もなき雑草と言われる草たちも冬のややくすんだ緑や茶褐色から光る緑へと
その姿を変えつつある。遠く雑木林からウグイスの元気な声が聞こえる。

花さそうひらの山風ふきにけり こぎゆく船の跡見ゆるまで(宮内卿)

春は山菜の季節だ、3月末から5月へと色々な味が楽しめる。 雑草が伸び始めた
野原を歩くと、茶褐色の枯草の斑模様の緑の中に、ノカンゾウ、クサソテツ
(コゴミ)、たらの芽、ぜんまいなどかひっそりと顔を出している。
いつみてもゼンマイのあのくるっとした姿はほほえましい。
昨夜は酢味噌和えとてんぷらにしたノカンゾウやタラの芽が食べられた。
お浸しにして、カツオぶし醤油をかけるとサッパリ味で美味しいものだ。
思わず、口の中でその味がはじけた。2日前には珍しい魚を食した。
知り合いの漁師さんか分けてもらったイワトコナマズだ。
その活きつくり、泥臭さが全くなく上品な味をしていた。イワトコナマズ
は琵琶湖の固有種だそうだ。
一雨ごとに桜の蕾もふくらみ、褐色な地には薄緑色が支配しはじめ、
雨がその艶やかさをにじみ出す。
さらに時を経れば、心地の好い風が吹き、青空の色も次第に濃く群青となる。
羊の群にも見えるさまざまの形した白い黄ばんだ雲が、あだかも春の
先駆をするように少し暖かさを含んだ微かすかな風に送られ、比良から
湖へと歩み去っていく。
時に春らしい光を含んだ西南の空に、この雲に視線を流す。急に雲の形
があらわれたかと思うと、それが次第に大きく、長く、明らかに見えて
南へ動きながら徐々に薄く消え去る。するとまた、次の雲の形が同じ
位置にあらわれ、同じように広がる。柔かな乳青色の空にすこし灰色の
影を帯びた白い雲が遠く浮んだのは美しい。この高台から眺められるのも
春だからだ。
「菜虫蝶と化す」、説話に「胡蝶の夢」というのがある。本当の私は蝶で、
人間になって美しい蝶の夢を見ている、そんな話し、また影が本当の私で、
影を生んでいる私は夢の人、そんな話もある。
春の朧に、夢は楽しく見たいもの。

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