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2019.04.03

春はまだか、春分に思う?

第4節気 春分(3月20日から4月3日ごろ)

春は、まだあの山の向こうにあるようだ。
寒い日が当たり前の顔を見せている。
足元を、褐色の色模様だけが幅を利かせ、緑の小さき葉が申し訳
なさそうに褐色の後ろに姿を見せる。比良の山並みは薄墨の中に
消えている。ただ、茫洋とした灰色の世界が麓まで落ちてきていた。
数日前に見た、山際に薄緑の野原に円い帽子をかぶったような蕗の
濃緑を思い起こす。その摘み取った蕗を和えた上に手長エビの赤が
微妙な色合いを見せている郷土料理、その味が口にあふれる。
春はやはりほのかな桜の香りを楽しみながら食べる桜餅がよい。
3月半ばから4月初めまで、長く降る雨を春霖(しゅんりん)という。
湖辺には菜の花が群れている。その黄色く揺れる様を想えば、菜種梅雨
(なたねつゆ)もあうかもしれない。春の雨には柔らかさがある。
春に音もなく地上に落ちる天からの雫は、人も動物も、そして草花も
それを望むかのように天に向かい、自身の姿をより高く伸ばしていく。
ここの春は3月26日比良八講から始まるという。
阿闍梨、修験者の唱える読経と薄青く光る空に向かって厚く太くたなびき
上がる白雲は龍が天に昇るがごとき強さがある。
八講の比良山見ゆれ枯木原     青々
八講はすぎたしらせか鶴のこえ   楓下

柳田国男の「雪国の春」にこんな一文がある。
「奥羽の所々の田舎では、碧く輝いた大空の下に、風はやわらかく
水の流れは音高く、家にはじっとしておられぬような日が少し続くと、
ありとあらゆる庭の木が一せいに花を開き、その花盛りが一どきに
押し寄せてくる。春の労作はこの快い天地の中で始まるので、
袖を垂れて遊ぶような日とては一日もなく、惜しいと感歎している
暇もないうちに、艶麗な野山の姿はしだいしだいに成長して、
白くどんよりとした薄霞の中に、桑は伸び麦は熟していき、
やがて閑古鳥がしきりに啼いて、水田苗代なわしろの支度を
急がせる。このいきいきとした季節の運び、それと調子を
合わせていく人間の力には、実は中世のなつかしい
移民史が隠れている。」
生き生きとその情景が見えてくる。この周辺では、まだこれに
近い情景が垣間見られる、まだまだ捨てたものではない。
桜はまだ蕾のままだが、コブシの小さな白い花や木蓮の白、紫
が家々の垣根越しに見える。山菜取りも始まった。
次の節気には、様々な色どりに混じり、せり、オランダガラシ、
ノビル、スイバの山菜が取れるかも。てんぷらや和え物も春の香りを
添えてくれる。

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