葛飾北斎、まさに、画凶老人
自由業とは、良いもので、草津の顧客対応の帰りに、北斎の絵を見に行った。
小諸の美術館で、見て以来、浮世絵は結構、見に行っている。
富嶽三十六
景、富嶽100景の展示をやっている。
甲州石班沢(かじかざわ)の漁師と富士山の三角形を組み合わせた大胆な構図、神奈川沖浪裏の大波の中に浮かぶ富士山、その大胆な構図の使い方、駿州江尻の強風下で乱れ飛ぶ紙、蓑笠、そのダイナミックな動きには、ただただ感心。
写真の場合と現物(刷り物)の線の持つ切れ、厚み、の違いを改めて、認識する。
いつも、思うのだが、これらが、70歳の人によって書かれたということが信じられない。
更に年齢を重ねたからの富嶽百景も、三十六景の色刷りとは、違うモノトーンの凄さを見せてくれている。
3冊で構成されているのであるが、いずれも、独特の構図とモノトーンによる微妙な表現は、色彩画、などとは、
別次元の世界のようである。
霧中の不二の峠道の旅人と渓谷から発生した霧の描写は、中々に、面白い。
竹林の不二の竹、筍、笹などの巧みな組み合わせによるちょっと奇抜な組み合わせも参考になる。
富嶽百景の記述の中に、
「、、、、、七十三才にしてやや禽獣虫魚の骨格草木の出生を悟し得たり故に八十才にしては益々進み九十才にしてなお其の奥意を極め、、、、、、、、、、、」
凄まじいまでの絵に対する執念。
最近の60歳定年者の「もう十分に仕事を果たしてきた」という言葉、戯言としかいえない北斎の思いである。
其の爪の、、、、でも。






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